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9-17(エピローグ).

 先週、この国の王である勇者コウキと賢者マツリの結婚式が行われた。勇者の結婚式を見ようと多くの人がルヴェンからコウキと名を改めた王都を訪れた。そのため王都コウキは普段とは違う祝祭的なムードに包まれた。

 結婚式には、この世界の大国の一つであるガルディア帝国の皇帝サイモン・ビダルともう一つの大国であるドロテア共和国の大公レティシア・コジマが出席した。この二人が出席したというだけでも如何に勇者コウキの結婚式がこの世界の注目を浴びていたのかが分る。


 先週の王の結婚式の余韻がまだ残る王都コウキで、今日、王の結婚式とは比べものにならない規模だが、それでもかなり注目される結婚式が挙げられている。


 注目を浴びている理由はその出席者だ。


 先週結婚した王と王妃のほか、軍務大臣サヤ・キサラギ、王国筆頭魔導士カナ・アサギのほか、先週、王の結婚式に参列したガルディア帝国皇帝サイモン・ビダルとドロテア共和国大公レティシア・コジマがそのまま王都に残って出席している。そのほかにもSS級冒険者のジークフリート・ヴォルフスブルクとイネス・ウィンライトまで出席した結果、王都コウキにはすべてのSS級冒険者が集合するという騒ぎになった。しかし、それらの人たちを上回る注目を集めた出席者がいた。


 魔王エリルだ。


 魔王エリルに関しては人族と魔族の和解の象徴として先週の王の結婚式に参列するという案もあった。しかし、ガルディア帝国とドロテア共和国以外からも多くの要人が出席する結婚式にいきなり魔王が出席するのは時期尚早と判断され見送られた。それに対して今日の結婚式はあくまで私的なものだ。


 魔王エリルはゴアギールから四天王サリアナを含む多くの魔族を率いて王都コウキにやって来た。サリアナが連れている伝説級の魔物ケルベロスとオルトロスを見た人々は恐怖に青ざめた。しかし、彼らは友好的だった。最初に魔族たちに慣れたのは一人の子供だった。その子供は両親を振り切ってケルベロスの足元に近づくと、その足を撫でた。するとケルベロスは大きな舌で子供をペロリと舐めたのだ。それを切っ掛けに多くの子供たちが魔族の集団に近づいた。


 子供は最高の親善大使だ。


 式場に新郎のハルが一人で入場してきた。ちょっと緊張しているようで動きがぎこちない。エリルはそれを見て笑顔を浮かべている。


「エリル様、ハルは本当に魔王なんですよね」とサリアナがハルを見ながらエリルに尋ねた。

「そうだ。あの黒炎の魔法は闇魔法だ。間違いない」


 ハルはエリルに固有魔法をかけられた後、あの魔法が使えるようになったらしい。だが、エリルの固有魔法にそんな効果はない。短時間、身体能力がちょっとだけ上がるだけの魔法だ。あのときハルは魔王として覚醒したんだろう。


「だとしたら、ハルの四天王はいないのでしょうか?」


 四天王は魔王一人に対して必ず4人いる。前魔王が残した四天王は次の魔王に引き継がれる。エリルの四天王は前魔王から引き継いだメイヴィスとジーヴァスに新たに混沌の神バラスに選ばれたサリアナとデイダロスの4人だった。今ではサリアナとデイダロスの二人しかいない。こうなった場合、また二人追加されることはない。


 ハルが魔王だとすれば、ハルの四天王はどうなるのだろうか? それがサリアナには疑問だった。


「もちろん、いるだろう。賢者も二人いるのだからな」

「やはり、そうですか」

「ああ、その内の何人かは私にも分かる」

「それは一体?」

「サリアナもちょっとは自分で考えてみろ」


 サリアナはエリルは意地悪だと思った。


「エリル様、ヒントを」

「いや、もう少し自分で考えてみたらどうだ」

「そこをなんとか」

「しかたない。ハルから聞いたエラス大迷宮の話を覚えているか?」

「はい」

「それがヒントだ」


 あの御伽噺のような話が・・・。ハルはエラス大迷宮で失われた文明の創造者だというアノウナキと名乗る精神生命体の話を聞いたらしい。


「もしかして・・・」

「そのもしかしてだ」

「ですが、エリル様、聖龍と闇龍に呼ばれたのはハルとユイだけだったはずです」


 サリアナの聞いた話では他の二人は何も感じなかったはずだ。


「魔王と賢者なのだから当然だな」

「それに闇龍の剣もハルがエラス大迷宮で手に入れたという闇龍の杖もハル以外には使えなかったと聞きました。そういえば、闇龍の剣は魔王本人も使えたんですね?」

「そうだな。私もそうだが魔王は魔導士タイプが多いから気がつかなかったのかもしれないな。大体、私もドラコから引継ぎを受けたわけじゃない。私の前のドラコですら200年も前の話だ。正確なことなど分かるはずがない。まあ、メイヴィスやジーヴァスは知っていたかもしれないがな」

「エリル様、話を戻すと、闇龍の剣も闇龍の杖もハル以外は使えなかった。ハルとユイ以外は聖龍や闇龍に呼ばれなかった。こう考えると・・・やはり違うのでは?」

 エリルは少し間を置くと「だが、最期のアノウナキとやらの話は全員で聞くことができた」と言った。


 もしかすると、そういうことなのか・・・。


 四天王は魔王が現れてすぐに選ばれるとは限らない。サリアナ自身、四天王を示す文様が背中に現れたことに気がついたのはエリルが魔王に選ばれてから1年以上経ってからだ。ということは、エラス大迷宮を攻略中のどこかで・・・。


 盛大な拍手の音が聞こえたのでサリアナが顔を上げると、結婚式場に花嫁の一人がこの国の王と王妃、軍務大臣のサヤ、筆頭魔導士のカナの4人と一緒に入場してきた。もう一つの入り口から、もう一人の花嫁が右側にガルディア帝国皇帝のサイモン・ビダル、左側にドロテア共和国大公のレティシア・コジマを伴って入場してきた。


 大公レティシアの家名が今日結婚する者と同じだと気がついた人たちは、親戚だろうか? 母親にしては若すぎるが、などと首を捻った。


 二人の花嫁の入場に、一層拍手の音が大きくなった。


 そのとき教会の鐘が3人を祝福するようにゴーンと大きな音を立てた。エリルとサリアナは鐘の音に誘われるように花嫁と花婿を見た。サリアナは3人があまりに幸せそうでなんだか腹が立ってきた。


「やっぱり花嫁が二人とは珍しいですね」

「そうだなー。側室を持つ者は多いが、一度に二人と結婚式を挙げるのは珍しいな」


 サリアナの言葉にエリルはのんびりとした口調でそう返した。





★★★






 結婚式は無事終わり、その後はパーティーに移行した。


 各テーブルの間を滑るように動き回っている真っ白い髪のメイドがいた。とても若い。獣耳があるのでバイラル大陸出身なのかもしれない。左目が隠れるほど前髪を伸ばしているので表情はよく分からない。それでも、とても可愛らしい少女であることは隠しきれていない。


「サヤちゃん、残念だったね」


 カナは周りのテーブルを見回しながら言った。SS級冒険者ジークフリートが向かいの同じくSS級の冒険者であるイネス・ウィンライトに「イネスさんは、迷宮にしか興味が無いのかと思っていましたが?」と質問しているのが聞こえた。イネス・ウィンライトは「ジークフリートさんこそ、政治的なことには関心が無いと聞いていましたがこんなとこまで・・・」と応じた。二人の間に火花が見えた。それを呆れたように見ているのはジークフリートの妻たちだ。


「全然、残念じゃないよ。だって王国騎士団ってさ、イケメンが多いんだよ」


 サヤは軍務大臣という役職についている。これは騎士団の事務方トップという位置づけだが、サヤは戦場に出てもトップクラスの実力がある。


「そういうカナっちはどうなのよ? ユウトくんたちは魔王城の事件の後あっさり旅立っちゃたし」

 

 カナは「別にー」と言って頬を膨らませた。 


「ほんとはヤスヒコくんも来てればもっとよかったよね」とサヤが言った。


 ヤスヒコは、未だにゴアギールのメイヴィスの屋敷にいる。少なくとも自殺する心配はなさそうなのでそのままにしている。


「そうだね。でも生きているだけでもよかったよ」

「うん」


 生きていれば時間が解決する。ヤスヒコくんだってハルくんと同じようにきっと幸せになれる。カナはそう思った。できれば自分も・・・と、あっさり旅立ったユウトの顔を思い浮かべた。


 そのとき会場の天窓から大きな鳥が入って来た。ジャターのようだがずいぶん大きい。このために天窓が大きく開かれていたんだろうか? 司会者が大きなジャターの足に結び付けられた手紙のようなものを取る。


「新郎と同じ異世界人のA級冒険者のユウジロウ様からジャター便による祝辞が届きました」


 司会者はそう言ってその祝辞を読み上げた。短いが心のこもった祝辞だった。





★★★





「ユウトくんはたくさんの女の子を連れていたわよね」とユウトがジャターで届けた祝辞を聞きながらマツリが言った。マツリの言葉に「そうだな」とコウキは短く返事をした。

「ハルくんも今日二人と結婚するしね。それにコジマを名乗っているあのおばさんも怪しいわ。もちろん魔王エリルもね」とマツリはチラリとレティシアのいるテーブルと魔王たちがいるテーブルを見た。

「そうかもしれないな」とコウキはそっけなく返事をした。

「でもコウキ、あなたはダメよ。いくら王でもね」

「分かってるさ」


 クラネスのことが未だに記憶に新しい中、コウキはそう答えるしかなかった。


「まあ、私がいれば当然よね」


 マツリは新婦にも引けを取らない笑顔を見せた。


 ハルでもユウトでもなく俺が勇者なのに・・・。コウキはそう思ったがもちろん口には出さなかった。





★★★





「レティシア殿は新郎新婦たちとパーティーを組んでいたことがあるのだとか?」


 向かいに座るガルディア帝国皇帝サイモン・ビダルが尋ねた。


「ええ、サイモン様、そうなのです。攻略はできなかったのですがエラス大迷宮の6階層に到達したんですの。それで私はSS級冒険者なんてものになったんですよ」


 ガルディア帝国の皇帝とドロテア共和国の大公が同じテーブルについている。これは凄いことだ。


「なるほど。そういえば、レティシア殿の家名はハルと同じようですが、同じ一族なのですか? いや、ハルは異世界人なのですから、そんなはずはありませんな」

「ええ、同じ一族とかではありません」

「それでは、どうして?」

「さあ、どうしてでしょう」


 レティシアはいたずらっぽい顔で片目を瞑った。


「それは、そうとクレアはサイモン様の?」とレティシアは話題を変えた。

「ええ、義娘むすめです」

「それは、何か理由が?」

「まあ、いろいろと・・・」

「そうですか。いろいろと・・・」


 二人がお互いの腹を探り合っていると、白髪の少女がおかわりはいかがですかと少し色のついたボトルを持って尋ねた。





★★★






「エリル様、よかったのですか?」とケーキとかいうデザートを食べながらサリアナが訊いた。

「何がだ?」

「いえ、ハルをゴアギールに連れ帰らなくて?」

「そのことか。今は二人にハルを預けておこうと思っただけだ」 

「今は?」


 エリルは急にサリアナを覗き込むように見ると「ハルはたぶん長く生きる」と言った。


「ハルが?」

「ハルは人族だが魔王に選ばれたことで、おそらく普通の魔族以上に長生きする。そして、もちろん私もな。まあ、メイヴィスのように2000年もは生きないだろうがな」

「・・・」

「まあ、最後に笑うのは私ってことだ」


 サリアナは前を向いて新郎新婦を見た。3人とも輝くような笑顔を浮かべている。とても幸せそうだ。そして、今度はエリルを見た。エリルも笑顔で3人を見ていた。だが、サリアナにはその笑顔がいかにも魔王らしい邪悪な笑顔に見えてきた。それに比べて、同じ魔王なのにハルの笑顔がどことなく儚げなに見えてきたのは気のせいだろうか・・・。


 あれで、本当に長生きするのだろうか?


 サリアナにはなんだかハルが不憫に思えてきた。反対にエリルの顔は生気に満ちている。


 ふっとエリルの魔王らしい高笑いが聞こえたような気がした。もちろん、エリルは声を上げて笑ってなどいない。なのにサリアナにはそれが空耳には思えなかった。





★★★





(第二幕へのトリガーが引かれたか・・・。思ったより早かった。だが予想は裏切られるほうがいい。そのほうが面白い。第二幕はもっと面白くなることを期待しよう・・・)                                              

                                        to be continued  

 とうとう完結しました。とても感慨深いです。

 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 文字通り最後のお願いで、評価や感想などを是非お願いします。


 本作や本作の登場人物にはとても愛着があるので、いつか外伝とか未来の話とか、書けたらいいなと思っています。


 『心優しき令嬢の復讐』シリーズの短編3つをまとめた上、新しいエピソードも加えて10万字程度の長編した「乙女ゲームの断罪の場に転生した俺は悪役令嬢に一目惚れしたので、シナリオをぶち壊してみました!【連載版】」を投稿しました。よかったら読んでみて下さいね。

 新作「ありふれたゲーム世界転生~ゲーム序盤で死んでしまう辺境伯令嬢を救え! いやいや、俺のステータスではゲームの舞台の学園に入学すらできないんだが…」の投稿を始めましたのでそちらもよろしくお願いします。

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