表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

325/327

9-15(魔王の死).

「ぐおぉぉぉーーー!!!!」


 この世のものとも思えない叫び声が魔王の間から聞こえてきた。


 メイヴィスはその声を聞くと「べラゴス様ー!」と叫び、クレアと戦うのを止めて魔王の間の方へ走り出した。僕たちは呆気に取られてそれを見送った。気がついたらヤスヒコと火龍の姿も消えている。


 火龍も動けるようになったのか・・・。


 それにしても火龍が自由に動けるのだから魔王城は巨大だ。エラス大迷宮を思い出す。いやそれよりも・・・。


「ハル!」

「ハル様!」

「うん」


 僕たちはメイヴィスとヤスヒコを追った。僕たち3人がヤスヒコやメイヴィスたちに少し遅れて魔王の間に到着するとベラゴスらしき大柄な魔族が床に蹲って苦しそうに呻き声を上げていた。額に立派な2本の角、青い髪に青磁のような肌の色。典型的な魔族だ。コウキとマツリさんが蹲ったべラゴスを茫然とした様子で眺めて立ち竦んでいる。慌てた様子のメイヴィスが蹲ったべラゴスに駆け寄る。


「カナっち、あれが大魔王のべラゴスなのかな?」


 サヤさんの声がした。


「そうみたいだよサヤちゃん」


 サヤさんとカナさんも追いついてきたみたいだ。


 抱き起こそうとするメイヴィスを制して、ベラゴスは床に蹲ったまま、コウキに向かって杖を振り上げた。何か魔法でも使おうとしているのか・・・。凄い形相だ。


「コウキ! 危ない!」

光槍シャイニングジャベリン!」


 マツリさんの声に反応したコウキが蹲っているベラゴスに向かって魔法を放った。


光盾シャイニングシールド!」


 ヤスヒコがそれを防ごうと防御魔法を発動した。どちらも中級の光属性魔法だ。それなら相殺されるはず・・・。


 バリン!


「なんで・・・」


 僕は思わす声を上げていた。同じ中級の光属性魔法同士なのにコウキの光の槍はいとも簡単にヤスヒコの光の盾を光の欠片に変えるとベラゴスに迫った。


「ぐわぁーーー!!」


 それでもコウキの光の槍はベラゴスに届くことはなかった。メイヴィスが立ち塞がってベラゴスの代わりに光の槍を受けたからだ。


 ヤスヒコが「メイヴィス!!」と叫んでメイヴィスに近づくと倒れているメイヴィスを抱き起こした。メイヴィスの胸には大きな穴が空いている。


「コウキ、貴様!」

「俺の勇者としての最終奥義は自分を含めた仲間の能力を短時間だけ上げるものなんだ」


 コウキが申し訳なさそうに言った。


 そうか。それで・・・。これがコウキの必殺技だったのか。自身と仲間の能力を上げる。思えばコウキらしい能力だ。


 ヤスヒコに抱かれたメイヴィスが「ベラゴス様は・・・」と尋ねた。その声に導かれるように僕もベラゴスを見た。なんだかベラゴスの輪郭がぼやけてきている。


 一体何が・・・。


「メイヴィスよ、どうやら我の蘇生は不完全なものだったようだ・・・」


 ベラゴスの声は掠れている。


「不完全・・・。ベラゴス様・・・。も、申し訳・・・」


 メイヴィスの声も掠れている。


「何を言うメイヴィス、お前に会えた上、再び勇者と相まみえることができたのだ。これ以上何を望むことがあろうか。お前には感謝している」

「べラゴス様、もったいないお言葉です」


 メイヴィスはヤスヒコに抱かれたまま倒れているべラゴスに手を伸ばした。そして二人の手はしっかりと握られた。


「お前の2000年に亘る研究は決して無駄ではなかった。悲しむ必要はない」


 べラゴスは低い声でメイヴィスを慰めたが、それでもメイヴィスの顔は晴れない。


「ほんの僅かな時間とはいえ、お前のおかげで・・・我は神の摂理に逆らってこの世を・・・何よりもお前の顔をもう一度、この目で見ることができた。誇れ! メイヴィス!」


 一瞬、ベラゴスの声は力を取り戻した。


 べラゴスは今度はコウキたちのほうを向くと「勇者コウキよ。残念ながら戦いはここまでだ。この先は今世の魔王に任せようぞ」と言った。


 コウキはべラゴスの言葉に大きく頷いた。マツリさんはコウキを励ますよようにコウキの腕をギュッと掴んだ。


 べラゴスはその間にも徐々にその輪郭を不確かなものにして崩壊していく。


「メイヴィス・・・」


 べラゴスはメイヴィスに向かって笑いかけた。すでにメイヴィスが握っていたベラゴスの手は消えている・・・。


「愛している。2000年前からな・・・」


 ベラゴスは何かメイヴィスに話しかけようとしたが、その声はだんだん小さくなり・・・。

 

「べラゴス様・・・」


 二度目の死を迎えたべラゴスは今度は死体すら残さなかった。アリウスのときと同じだ。


 ヤスヒコに抱かれたメイヴィスは消えていくべラゴスに両手を差し伸べたまま固まっている。ヤスヒコの手はメイヴィスの血で真っ赤だ。魔族の血も赤い・・・。本当に人族と魔族の間に大した違いはないのに・・・。僕たちは一体何をやっているんだ。


「メイヴィス、自分で再生できないのか? そうだ! ユイ、マツリ、頼むメイヴィスに回復魔法を」


 ヤスヒコの言葉にユイとマツリさんが進み出た。


「その必要はないわ」


 思いの外、強い口調でメイヴィスが言った。


「それにもう遅い。こんな穴が胸に空いているのよ。私の魔法でなんとか今の状態を保っているだけ。もう死を免れることはできない。賢者の魔法でも無理よ」

「そ、そんな・・・」


 ヤスヒコがすがりつくような口調で言った。


「コウキ、お前のせいで!」

「ヤスヒコ、俺は・・・」


 コウキは、勇者として大魔王ベラゴスと戦っただけだ。コウキは悪くない。だけど、ヤスヒコにとっては・・・。


「べラゴス様の復活が叶わなかった以上、私のほうが死んでべラゴス様の下へ行くことにするわ。それに私はずいぶん長く生きた。さすがに2000年を超えるとね・・・。どっちにしても私はもう長くなかったのよ。だからタツヤ、悲しむ必要はないわ。最後にタツヤと会えて楽しかったわ」

「メイヴィス、なんで」

「タツヤ、私が死んだら、あなたはヤスヒコに戻りなさい」

「メイヴィス、それはどういう意味だ?」

「じゃあね。私の可愛いタツヤ」


 メイヴィスは目を閉じた。


超回復エクストラヒール!」

超回復エクストラヒール!」


 ユイとマツリさんが同時にメイヴィスの言葉を無視して回復魔法を使った。しかも最上級だ。だけど、メイヴィスの胸に大きく空いた穴は再生しない。二人の賢者でも無理なら・・・


 メイヴィスはヤスヒコの腕の中でその2000年に亘る生を終えた。その顔は穏やかに微笑んでいた。


「メイヴィス・・・」


 火龍が「ギャー!!」と大きく一声嘶いた。


 僕はその声に火龍の方を見た。火龍の鱗がボロボロとはげ落ちている。やがて火龍はベラゴスやアリウスと同じように・・・塵となって消えた。メイヴィスの眷属だった火龍はメイヴィス死によって本来あるべき姿に戻ったのだ。


 そんな!


 僕は火龍の様子を見てパニックになった。それなら火龍と同じメイヴィスの眷属であるヤスヒコも・・・。僕の親友のヤスヒコが消えてしまう! 


 ああー、全身から血の気が引いていく。僕は動くことさえできずにメイヴィスの死体を抱くヤスヒコを見つめていた。


 だけど、しばらく経ってもヤスヒコには何も起こらない・・・。


「どういうことだ! 俺もメイヴィスの眷属なのに!」


 ヤスヒコが叫ぶ!


 一体何が?


 僕は混乱していた。


「ハル、ハルの親友のヤスヒコとやらはメイヴィスの眷属にはなっていなかったようだな」


 気がつくと僕たちのそばにエリルが立っていた。


「え、エリル無事だったのか」


 見たところエリルは元気そうだ。


「今、気がついたところだ。どうやらメイヴィスが回復魔法をかけてくれていたようだな」


 そうか、メイヴィスが助けてくれたのか・・・。


「でも、確かにあのとき俺は・・・自暴自棄になって・・・森で・・・アカネが死んで・・・それで・・・」


 ヤスヒコはメイヴィスの死体を抱いたまま自分に言い聞かせるように話している。


「ハル、メイヴィスの二つ名は『再生の魔女』だ。それは死者蘇生ができるからだけじゃない。賢者と同じく回復魔法に優れているからだ。私もそれで助けられた」とエリルが言った。

「そ、それじゃあ・・・」

「ああ、ヤスヒコとやらはメイヴィスに蘇生されたのではなく、瀕死のところを救われたのだろう」


 そうか! そういうことだったのか・・・。


「ヤスヒコ、お前は生きているんだよ!」


 よかった! ヤスヒコは本当に生きているんだ!


「まさか・・・そんな、メイヴィス・・・。お前もアカネと同じで俺を置いていくのか・・・」

 

 ヤスヒコはうわ言のように何かを呟いている。自分が生きていることをまるで喜んでいない。


「俺が目を覚ました時、ベッドの脇に日本語で書かれたタツヤの日記があった。それを読んだ俺は、俺にもタツヤと同じことが起こったと思い込んだ。メイヴィスもそれを否定しなかった。何より俺はメイヴィスの考えに共感し人族への復讐を誓った」


 今のヤスヒコを見れば分かる。ヤスヒコは本当にメイヴィスを慕っていた。だけど、それは眷属になったからじゃない。


「ヤスヒコ、お前は自分の意思でメイヴィスに従ってたんだよ」


 ヤスヒコは思い当たることでもあるのか、何か考えている。


「そう・・・なのか・・・」


 ヤスヒコはメイヴィスの死体を抱きしめたままだ。声無き慟哭でその肩は震えている。


 僕はそれをただ見ていることしかできなかった。ヤスヒコはまた大切な人を失った。ごめん、ヤスヒコ、それでも・・・僕はヤスヒコが生きていてくれてうれしいよ。


 アカネちゃんだってきっと・・・。

 あと2話でこの長い物語も完結です。

 伏線の一つが回収されました。もしよければ、感想や評価をお願いします。


 ここまでお付き合い下さりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ