9-11(ハル対ヤスヒコその1).
デイダロスたちをサヤさんとカナさんに任せた僕たちは魔王城を更に奥へ進む。
「この奥が怪しいな」
コウキが巨大な扉の前で立ち止まった。
「ハル様、まるで・・・」
「うん」
この巨大な扉、まるでエラス大迷宮の6階層のようだ。
「ハル、どうみてもエラス大迷宮と同じ存在が造ったとしか思えないよね」
その通りだ。この巨大な魔王城も失われた文明の遺物なんだろう。
「行くか!」
コウキの掛け声で全員が一歩踏み出すと、扉は自動的に開いた。やっぱりエラス大迷宮と同じだ。そして扉の向こうにはエラス大迷宮と同じように龍がいた。
火龍だ!
そして火龍のそばに立っている人影が二人。メイヴィスと・・・。
「ヤスヒコ!」
僕は大声でヤスヒコの名を呼んだ。
「ハル! 待ってたぞ!」
ヤスヒコは俺はタツヤだとは言わずに僕の名を呼んだ。仮面とかもしていない。
「ヤスヒコ、ここを通してくれ」
「・・・」
ヤスヒコは何も答えない。
「エリルは、エリルは無事なのか?」
「どうかしらね。かなりの深手を負っていたから、そろそろ危ないかしら」
そう答えたのはヤスヒコではなくメイヴィスだ。
「なら、ここを通せ。ユイなら、ユイやマツリさんなら治療できるかもしれない」
「そう。その二人が賢者っていうわけね」
メイヴィスは俺たちを観察している。
「エリルはお前たちの長だろう。まずエリルの治療を・・・」
メイヴィスだって、エリル派でないとは言っても、魔王を治療するのに不満はないんじゃないか。
「タツヤは勇者だった」
メイヴィスは僕の言葉を無視して違うことを話し始めた。落ちついた態度だが、それが返って狂気を感じさせる。
「そして、今、そこのお前は賢者として二人の名を呼んだわよね?」
「そうだ」
僕は頷いた。ユイ、クレア、コウキにマツリさんも黙って僕とメイヴィスのやりとりを聞いている。
「だったら」
メイヴィスの言いたいことは分かる。
「魔王もを二人いるってことか」
「その通り。べラゴス様が復活したからよ」
デロンからべラゴスのことは聞いた。やっぱり本当にべラゴスが復活したのか? 人族を滅亡一歩手前まで追い込んだ2000年前の大魔王が。
そんなことがあり得るのか・・・。
だが、確かにメイヴィスの指摘した通り勇者と賢者は二人ずついる。
「信じられないって顔ね。でも本当よ、ね、タツヤ」
ヤスヒコはメイヴィスの言葉に黙って頷いた。
「私の固有魔法で蘇生したのよ。オリジナルのアイテムボックスの中にべラゴス様の死体をずっと保管してたのよ」
「それって、貴方も2000年生きているってことなの?」
マツリさんが質問した。
「その通りよ」
2000年・・・想像もできない長い期間だ。とにかくメイヴィスは2000年前から四天王だったってことなんだろう。
「勇者アレクに倒されたべラゴス様の死体を私が発見したときには、蘇生するには時間が経ち過ぎていた。だけど、私は諦めなかった」
凄い執念だ。その執念はどこから来ているのか? 魔王に対する忠誠? いや、たぶんそれは・・・。
「詳しいことは言わないけど、2000年間の研究の結果、べラゴス様の復活がなったということよ」
メイヴィスは恍惚とした表情を浮かべている。
「だから、勇者と賢者の二人はここを通ってもいいわ」
何がだからなのか?
「察しが悪いわね。2000年前べラゴス様は勇者アレクと賢者シズカイに殺された。まあ、その戦いでシズカイも死んだんだけどね。だから、べラゴス様はそのときの借りを返すことを望んでいるのよ」
そういうことか・・・。
「ハル、それなら俺とマツリがベラゴスのところへ行く。ヤスヒコのことは頼めるか?」
僕も同じことを提案しようと思っていた。エリルのことが心配だけど、やっぱりヤスヒコとは僕が決着をつけるべきだろう。
「分かった。ユイとクレアもそれいいかな?」
「OKだよ」
「はい」
「コウキ、マツリさん、エリルのことを頼むよ」
コウキとマツリさんは頷くとメイヴィスやヤスヒコたちの横を通って奥へ向かった。メイヴィスたちもそれを黙って見送った。
「いいんですか? 2000年前にべラゴスは勇者アレクと賢者シズカイに負けたんでしょう?」
僕の挑発にメイヴィスはニヤリと笑った。
「べラゴス様が今代の勇者に負けるはずがない。初代魔王のべラゴス様と初代勇者のアレク。二人は多くの魔王や勇者たちの中でも圧倒的な強者なのよ。私は2000年間、多くの魔王と勇者たちを見てきた。その私が断言するわ。これは紛れもない事実なの。だから私はべラゴス様のことは少しも心配していない。少なくとも今の勇者と賢者の二人だけではべラゴス様は絶対に倒せない」
メイヴィスは自身たっぷりだ。少しもべラゴスが勝つことを疑っていない。メイヴィスは2000年もかけて研究するという尋常ではない執念でべラゴスを復活させたのだから、そのべラゴスが危機になるようなことを許すはずがない。
コウキ、マツリさん・・・。それでも僕は二人を信じる。
「それより自分たちの心配をしたほうがいいんじゃないかしら」
目の前にはメイヴィス、ヤスヒコ、火龍がいる。それにしても火龍がいてもそれほど狭く感じないこの部屋は本当にエラス大迷宮のようだ。あのときと違ってレティシアさんがいない。火龍のブレスを防ぐ手段が一つ欠けている。
確かに危険だ。
そのとき僕はふっと、ずっと感じてきた違和感の正体に思い当たった。当たり前のようにデイダロスたちがいた部屋にサヤさんとカナさんが残り、僕たちは先を目指した。そして今、コウキとマツリさんはべラゴスのいる部屋に向かい、残った僕たちはヤスヒコやメイヴィス、それに火龍と対峙している。
全員でそれぞれの部屋を突破してはいけなかったのだろうか?
まるで勇者一行の英雄譚のように勇者一行は順番に四天王を相手にして最期は魔王に勇者と賢者が挑む流れになっている。僕たちだけでなく魔族側もそうなるように動いている。
誰も疑問を持たずにだ・・・。なぜだ?
(だって、そのほうが面白いじゃないか・・・)
はっ! い、今・・・。
そうだ! まるで誰かが書いたシナリオ通りに動いているみたいだ。だとしたら、シナリオを書いた奴が誰かは決まっている。思えば、過去の人族と魔族の戦いも最期はこんな流れで決着をつけてきたんじゃないだろうか。決して何千人、何万人での争いではなく、最期は魔王と勇者で・・・。
「ハル、1対1で勝負だ!」
ヤスヒコが言った。
僕は分かったと頷いた。火龍やメイヴィスたちを全員で相手にするよりそのほうがいい。特にレティシアさんがいないので火龍のブレスを相手にしたくない。それに、やっぱりヤスヒコと決着をつけるのが僕の役目のような気がする。
さっきまでの疑問はすっかり頭の中から消え去っていた。このときの僕は、いや、ヤスヒコも何者かに操られていたのかもしれない。
「光弾!」
「黒炎盾!」
ヤスヒコは攻撃魔法を僕は防御魔法を使うと、お互いに斬り掛かった。
バーン!
黒炎盾が光弾を防いだ。ヤスヒコの光弾は消えたが僕の黒炎盾はまだ壊されていない。勇者の光属性魔法は威力が高いが僕の黒炎盾は二段階限界突破されている。
バリン!
その黒炎盾は、何度かヤスヒコの剣での攻撃を防いだ後、壊されて消えた。だけど、僕は黒炎盾が破戒された瞬間、ヤスヒコに斬り掛かっていた。
カン、カン!
剣が交わる音が響く。速い。僕のほうが有利な態勢だったはずだがヤスヒコは両手に持った剣で巧みに僕の攻撃を防いだ。
まだだ!
「黒炎弾!」
僕は、魔法の二重発動を使って用意していた黒炎弾を放った。ヤスヒコ、これも二段階限界突破しているぞ!
剣では防げない。しかもヤスヒコは目の前だ。僕は、これでザギもネイガロスも倒した!
一気に決める!




