2-3(捜索その1).
ユイを探すため僕とクレアさんは最初に転移した場所に戻ってみた。
ハクタクの死体は魔物に食い散らかされたのか、すでにほとんど骨だけになっていた。特徴的な大きな2本の角は残っていたのでアイテムボックスに回収した。伝説級の魔物の素材だ。 魔物は、下級、中級、上級、伝説級に分かれている。さらに伝説級の上位を神話級と呼ぶこともあるらしい。分かれているといっても人間が勝手にクラス分けしているだけだが。
普通によく見かけるのは下級の魔物だ。中級の魔物は冒険者でもCランクやBランクが相手にする魔物だ。上級魔物が目撃されれば、すぐに討伐隊が組織されるだろう。上級ともなると滅多に出会わないレベルだ。だがハクタクはさらにその上に伝説級の魔物だ。普通の人にとっては書物の中だけの存在だろう。ハクタクの眼中になかった僕の魔法が不意をついたとはいえ、よく倒せたものだ。まあ、倒したのはクレアさんなんだけど。僕はたった一発魔法を使っただけだ。
でも、いくら伝説級の魔物を倒しその素材を回収したとしても、ユイを見つけてユイと一緒にここを脱出しないと無意味だ。
「ハル様、これを」
「クレアさん、これって?」
「魔石です」
そうだった。すごく高位の魔物は体内に魔石を持っているんだった。
クレアさんが僕に渡してくれたのは、透明に近い藍色をした宝石のような石だ。大きさは拳より一回り大きいくらいだろうか。あの転移魔法陣の周りにも魔石が4つセットされていた。
「骨の間から見つけました。ハクタクは伝説級です。間違いなく魔石を持っていると思ってました」
魔石は一部の魔物がその体内に持っている。伝説級以上なら確実に上級なら個体により中級以下はまず持っていない。そう聞いた。魔物が体内に持っている魔石は純度としては鉱山産と迷宮産との中間くらいだが、希少価値がすごく高い。
ハクタクを見てもわかるように伝説の魔物は大きい上にすごい身体能力を持っている。ドラゴンなどは空を飛んだりブレスを吐いたりするらしい。アニメとかで見るファンタジーの世界のイメージ通りだ。その能力が魔法の一種だと考えれば、体の中に魔石があってもおかしくない。
「同じ魔石でも魔物由来のものはとても高価です」
僕が聞いた知識と同じだ。
「これってどのくらい価値があるのかな?」
「はっきりとは分かりませんが・・・おそらく金貨500枚以上はするかと」
金貨500枚って5千万円くらいってことか。しかも魔石だけでだ。
「あくまで想像です。伝説級のハクタクの魔石ですから。オークションにかければ、とんでもない値がつくかもしれませんね」
「あの転移魔法陣の周りにもあったよね。これと同じくらいの魔石が4つ。あれ伝説級の魔物とかを倒して手に入れたのかな?」
「おそらく、あれは迷宮産でしょう。高位の冒険者でも迷宮の外で伝説級魔物を討伐した経験はまずありません。そんなことを成し遂げれば英雄と呼ばれることになるでしょう」
英雄とはSS級ランクの冒険者や国から剣神の称号を授けられた人たちのことだ。この世界に数人しかいない。あのハクタクはそんな人たちでなければ倒せない魔物だったんだ。本当に僕たちは運が良かった。
「魔石って迷宮産でも、ある意味魔物由来ですよね。それにあの部屋にあったのも大きかった」
迷宮の中で魔物を倒すと魔石に変わる。迷宮とはゲームのダンジョンのような存在だ。迷宮でも大きな魔石を手に入れるためには、より強い魔物を倒す必要があるはずだ。
「そうですね。ですが迷宮産の魔石は討伐した魔物の強さで比べると通常の魔物由来のものより大きいです。あの大きさなら上級魔物のものだと思います。希少価値ではこの魔石の方がはるかに上ですね」
迷宮の魔物は、おそらく本物の魔物ではなく失われた文明の魔導技術によって魔素か魔力から人工的に造られた魔物だ。そもそも迷宮そのものが失なわた文明による巨大な魔道具のようなものだと思う。この世界でも同じように考える人が多い。
「そうなんだ。でも迷宮なら・・・迷宮の深層に行けばここみたいな伝説級の魔物がいる場所だってあるんじゃないのかな?」
「どうなんでしょうか? エラス大迷宮ならそういう場所もあるのかもしれませんね。でも、ここよりは簡単に引き返すこともできるでしょうし、徐々により強い魔物の挑むことが可能なんじゃないでしょうか。それに例え迷宮の中であっても伝説級の魔物を相手にできるのは英雄クラスかそれに近い人たちだけだと思います。しかもそれなりの人数を揃えてです」
「なるほど」
僕は手に持っている魔石をもう一度見る。薄い紫色でかなり透明に近い。
「色が薄くて透明に近いほど純度が高い・・・ですよね?」
「はい」
最も純度が高いの迷宮産のはずだが、これもかなり質が良さそうだ。そういえば、いつだったかサヤさんたちと似たような話をした。
それにしても、この魔石だけでも僕たちにとっては相当なお金だ。でも、いくら高価な魔石や素材を持っていても、人間が住む街に帰還できなければ何の意味もない。
何よりユイを見つけなければ・・・。
「僕はアイテムボックスを持っていますので素材や魔石はとりあえず預かります。生きてここを出られたら、いえ、必ずユイを見つけてここを出ます。そうしたら素材や魔石はクレアさんに返しますね。倒したのはクレアさんですから」
「・・・それは生きてここを出たときに考えましょう」
「そうですね」
この辺りは、高い樹木が密集していて、昼でも薄暗い。巨木の根本に密集している苔が年月を感じさせる。書庫で得た知識ではハクタクのような伝説級の魔物は恐ろしく長い年月をかけて魔素の濃い場所で生み出されるらしい。
ハクタクの状態を改めて観察してみる。
「他の魔物に食べられてしまったのように見えますね。いったいどんな魔物があの巨大なハクタクを・・・」
クレアさんから答えは返ってこない。クレアさんにも分からないのだろう。
引き続きクレアさんと一緒に、辺りを捜索する。
魔力探知を使い気配を探る。しかし、周りに魔物がいる気配はしてもユイの気配は感じられない。クレアさんも熱心に探してくれている。基本、クレアさんが前衛、僕が後衛だ。とりあえずクレアさんを信用しよう。
魔物の気配は、ここへ来てから常時感じられるといってもいいくらいだ。一体この森林はどこなのだろう? 違う世界に飛ばされた可能性もあるが、どちらかというとその可能性は少ないと思う。なぜなら、ハクタクは伝説級の魔物とはいえ書庫にあった魔物図鑑に載っていたからである。
「ハル様、今度もしハクタクのような伝説級の魔物に出会ったら逃げましょう。あのハクタクを倒せたのは運が良かったのです。本当は二人で倒せるような魔物ではありません。あのときは、木が密集していて大きなハクタクは動き難そうにしていました。その上、私がほとんど戦闘不能になって、ハクタクが油断していたときに、それまで気絶していたハル様がいきなり魔法を使ったので不意を突くことができたんです」
「普通に考えれば、英雄クラスの人たちが、それもパーティーとかで相手にするような魔物を二人で倒せるはずがありませんよね。これからは伝説級の魔物と遭遇したら逃げるという方針でいきましょう」
「はい。逃げるのが可能なら・・・ですが」




