9-9(ここは私たちに任せて先に行って).
「ふーっ」と僕は溜息を吐いた。
「なんとか入れたな」
コウキ、マツリさん、サヤさん、カナさん、僕、ユイ、それにクレアの7人は魔王城の最初のホールのような場所に転がり込むことに成功した。ユウトたちとサリアナたちのおかげだ。
僕たち全員が体当たりして開けた巨大な扉を今度は全員で閉じる。外ではユウトたちやサリアナが扉を塞ぐように陣取っている。外では「後を追えー!」とか「させるか!」などの怒号が飛び交っている。
「ユウトたちも頑張っている。俺たちも行こう」
全員がコウキの言葉に頷いた。ユウトたちが粘ってくれている。急がなくては。人数差から見てそんなに長くは持たないかもしれない。心配だ。
「ハル静かだね」
「それと、思った以上に広いです」
魔王城は外から見たときも大きいと思ったけど、その印象は中に入っても変わらない。それと、さっきからなんだか違和感を感じる。魔王城の中がダンジョンのようであまりにそれらしいからだろうか?
「なんだか、エラス大迷宮みたいだね」
ユイとクレアが頷く。
僕たちの会話を聞いていたコウキが「ハル、不謹慎だけど、俺はRPGゲームの主人公にでもなった気分だよ」と言った。
コウキの言うことは分かる。いよいよ勇者一行が巨大な魔王城まで到達し最奥にいる魔王の間を目指している。日本から召喚されて3年。ついにここまで来た。そんな感じだ。
僕たちはコウキとサヤさんを先頭に入口のホールから真っすぐに進む。僕は後ろや横にも気を配っている。油断は禁物だ。入口から離れてますます静かになり僕たちの足音が廊下に響く。否応なしに緊張感が高まる。
そしてホールから3番目に当たる部屋に入ったときにそいつらはいた。
巨人だ! それに巨人の部下なのか杖を持った魔族がいる。巨人の部下にしてはずいぶん小柄だ。
二人とも只者ではないオーラを纏っている。特に巨人のほうは大きいだけじゃない威圧感がある。さすがにヘビーモスやサイクロプスより大きいということはない。だけどキングオーガくらいはありそうだ。
「四天王のデイダロスか?」
巨人はコウキの問いに「そうだ!」と短く答えた。見かけ通り声も大きい。
「デイダロス様、相手は7人もいます。お気をつけて」
デイダロスの隣にいる杖を持った魔族がデイダロスに注意を促した。
「お前は誰だ」
コウキが杖を持った小柄な魔族に訊く。
「私はメイヴィス様の側近の一人でグリマドスと申します。勇者様」
小柄な魔族は仰々しくお辞儀をしながらコウキの質問に答えた。
デイダロスは右手に持ったハルバートで床をドンと突くと、「勇者、やるか」と言った。
「デイダロス様、さっきも言った通り相手は7人です」
「関係ない!」
「まあ、デイダロス様、ここはグリマドスめにお任せください」
グリマドスはそう言うと僕たちの方を向いて「そもそも、勇者様たちはなんのためにここへ来られたのですか?」と尋ねた。
その問いに僕は一歩前に出ると「エリルは、エリルはこの奥にいるのか?」と尋ねた。
「なるほど、エリル様に会いに来たと。勇者様のお仲間の中にエリル様と縁のある者がいると聞いています。それがあなたですね。たしかハルとかいう名前でしたか?」
「そうだ」
「なるほど、なるほど。それでエリル様に会いに来たと、そう言うことですな。エリル様は我が主メイヴィス様の反対にもかかわらず、人族との和解を目指していました。だから、勇者様も同行してきた。こんなとこですか」
「そうだ! サリアナから聞いて駆けつけたんだ」
エリルのことが心配でつい声が大きくなってしまった。
グリマドスはうんうんとわざとらしく頷くと「すべてメイヴィス様の予想通りです」と言った。
メイヴィスの予想通りだと、こいつは何が言いたいんだ。
「おい、グリマドス、これ以上待てないぞ!」
デイダロスが叫ぶ。
グリマドスは「デイダロス様、落ちついてください。勇者様たちを侮ってはいけません。メイヴィス様も言っていたでしょう。これだからメイヴィス様が私を付けたのです」と言った。
デイダロスはグリマドスの言葉に「貴様ー」と憤っているが、グリマドスはそれを無視して僕たちに向かって「確かに、この奥にエリル様はいます。しかし、エリル様は四天王筆頭ジーヴァスとの戦いで瀕死の状態です。ジーヴァス様はエリル様に敗れて命を落としたようです。さすがエリル様といったところでしょうか。そして今は、大魔王べラゴス様がエリル様と一緒にいます」と言った。
「エリルが瀕死だって!」
僕は思わず叫ぶ。すぐにユイに回復魔法使ってもらいたい。
「そんな大声を出さなくても、そう言っているでしょう」
「ここを通せ!」
「いいですよ」
グリマドスはあっさりと通っていいと言って頷いた。
「ただし、二人はここに残って我らと戦ってもらいます」
「なんだと、グリマドス、俺は7人全員でも負けたりしないぞ!」
イライラしたデイダロスが大声で口を挟んだ。
「デイダロス様、さっきのべラゴス様とメイヴィス様の話を聞いていなかったのですか? べラゴス様は勇者様と戦うことを望んでおられます。2000年前の借りを返したいのです。それがべラゴス様の望みです。我らの任務は勇者一行の数を減らすことです」
なるほど、それで二人ここへ残れと・・・。
それにしてもジーヴァスはエリルに殺された・・・。やっぱり、エリルはジーヴァスを誘っていたに違いない。ガルディア帝国を傀儡にして人族を支配するという計画が水泡に帰したジーヴァスに、エリルは死に場所を用意してやったんだ。魔王に挑んだ末、敗れて死んだのならジーヴァスも本望だろう。
「この奥には魔王エリルの他に大魔王だというべラゴスと四天王のメイヴィスがいるのか?」とコウキが確認した。
「ええ、それに私と同じくメイヴィス様の配下であるタツヤ様もいますな」
タツヤ・・・。ヤスヒコもいるのか・・・。
「火龍は?」
今度は僕が確認する。
「ええ、もちろんいます。タツヤ様と火龍は同じメイヴィス様の配下でも私とは違って特別な存在ですから」とグリマドスは少し残念そうに言った。
ということはこの奥には瀕死のエリルの他に大魔王べラゴス、メイヴィス、ヤスヒコ、そして火龍がいることになる。
大魔王べラゴスは初代の魔王で人族を滅亡一歩手前まで追い込んだ存在だ。伝説では最期に勇者アレクと大賢者シズカイと戦い倒された。しかし、その際に大賢者シズカイも死んだ。そう伝えられている。他にも大魔王べラゴスに辿り着く前にアレクの親友でもあった大魔導士ルグリが亡くなっている。
「私がここに残って、このでかいやつの相手をするよ!」
突然サヤさんがそう宣言した。
「サヤちゃん!」
大きな盾を持ったサヤさんが一歩前に出た。
「なんだと、そこの小さいの、俺様の相手になるとでも思っているのか!」
デイダロスの顔は真っ赤だ。
「そっちこそ、ただでかいだけで私に勝てるとでも思ってるの?」
デイダロスがドンっと手に持ったハルバードで床をつくと、負けじとサヤさんが巨大な盾を地面に突き立ててドンと音を立てる。
デイダロスとサヤさんが睨み合う。
「サヤちゃんが残るのなら、私も残る」とカナさんが言った。
「いいでしょう、これで予定通り2対2です」とグリマドスが満足そうに言った。
サヤさんがデイダロスを睨みながら「コウキくん、ここは私たちに任せて先に行って。こいつらもそれでいいみたいだしね」と言った。さらにサヤさんは僕のほうを見ると「魔王エリルを早く助けに行きたいんでしょう」と言った。
サヤさん・・・。
僕はとっさに考える。この先には大魔王べラゴス、メイヴィス、タツヤ、火龍がいる。それにエリルが瀕死だと言う。急がなくては・・・。でも、サヤさんとカナさんの二人で大丈夫だろうか。
「ハル、サヤとカナを信用しろ」
コウキが僕の心配を察したように言った。僕はコウキの言葉に頷きながらもやはり違和感のようなものを感じていた。
「コウキ・・・」
「二人は大丈夫だ。こんなやつらに負けたりしない」
「コウキの言う通りよ」
僕よりサヤさんとカナさんのそばに長くいたコウキとマツリさんが二人を信用しろと言う。この先にいる相手を考えたら先に行ったほうがいい。それに過去の経緯を考えたら大魔王べラゴスは・・・。
「分かった。サヤさん、カナさん気をつけて」
「サヤさん、カナさん、命を大事にだよ」
僕とユイの言葉に二人は任せてと言うように頷いた。クレアは黙ってその様子を見ている。
「それでは残りの5人の方々はどうぞ先へ」
グリマドスは恭しくお辞儀をすると部屋の先にある扉を示した。




