9-5(ゴアギールへ).
僕、ユイ、クレアの3人はサリアナと一緒にケルベロスに乗って移動している。コウキ、マツリさん、サヤさん、カナさんの4人はサリアナが呼び出したオルトロスに乗って並走している。ユウトたちはクーシーに乗って後ろをついて来ている。クレアもユウトの仲間たちもゴアギールに行くと言ったら当然のように付いてきた。
「カナンを置いてくるのに苦労しました」とクレアが言った。
「うん。カナンの気持ちはうれしいけど、やっぱりこれ以上危険な目に合わせるわけにはいかないよ。まだ、違法奴隷の件も片付いてないしね」
カナンは俺も行くといってずいぶん暴れていた。思い出すと笑みが零れる。なんとなくだけど、これからもカナンとは縁がありそうな気がする。でも、ゴアギールはさすがに危険過ぎる。今回は留守番で我慢してもらおう。
「ケルベロスって強そうだよね」とユイが後ろから声を掛けてきた。
「実際強い」とサリアナが答える。
ケルベロスは3つの頭を持つ巨大な犬の魔物だ。大きな尻尾もある。だが一番不気味なのはその鬣だ。その蛇のような鬣一本一本に顔がついている。ユイは怖がって一番後ろに乗っている。
隣を走るオルトロスは2つの頭を持っていて、ケルベロスと同じ巨大な犬の魔物だ。ケルベロスに比べるとやや細身でその外見通り凄く速いらしいが、今はケルベロスと同じ速度で走っている。
「それにしても、あのクーシーとかいう魔物はなかなかだな」
最初からサリアナは興味津々といった様子でクーシーを眺めていた。使役魔法を使う者として思うところがあるのだろう。
クーシーはオルトロスたちに遅れずに追走している。それに大きさもそれほど変わらない。冒険者ギルドでも上級に認定されている。だけど、そろそろ伝説級でもいい気がする。
「そろそろ、ゴアギールに入る」
「サリアナ、あの、右手に見えるのは?」
「あれはカギラン砦だ」
カギラン砦、魔族側の対ルヴェリウス王国の最前線だ。ミカミ王国の北東部で魔族側から見ると南東部だ。僕たちはカギラン砦の西、ギディア山脈の裾野を通ってゴアギールに入ろうとしている。
「ハル、遠目にも凄く大きな城壁に囲まれているのが分かるね」
「うん」
ユイの言う通りで、カギラン砦はルヴェンにも負けないくらいの立派な城壁に囲まれている。カギラン砦は小高い丘のような場所にあって砦全体が城のようだ。
「砦と呼ばれているが、カギランは砦というより街だな」
へえー、城のように見えるけど、あれ全体が街なのかー。一度行ってみたい気がする。
「そうですか。それじゃあ、たくさんの魔族が住んでいるってことですよね」
「そうだ。まあ、ほとんどの者が人族との戦闘に関係してる仕事に従事しているんだがな」
魔族は人族に比べて数が少ない。その上ゴアギールは広大だと聞いている。その中でカギランは結構大きな街なのだろう。
「カギランには寄らない。直接魔王城を目指す」
「エリルは行方不明なんですよね」
「そうだ。だが、犯人はジーヴァスとしか考えられない。ジーヴァスが魔族の長を目指すなら必ず魔王城に現れる。魔王城の主になることが魔族の長になるということだ」
なるほど、エリルは大丈夫なのだろうか。心配だ。
「ハル、エリル様が心配か?」
「それはもちろんだよ」
サリアナは少し考えるような仕草をした後「ハル、謝っておかねばならないことがある」と言った。
「それは・・・」
「わたしがハルを呼びに来たのはエリル様に言われていたからではない。エリル様はむしろ魔族同士の争いにハルが巻き込まれるのを心配していた」
「それじゃあ、なぜ?」
「ジーヴァスはハルのことをとても恨んでいる」
それはそうだろう。ガルディア帝国での件、そしてガルディア帝国とルヴェリウス王国の戦争の件、僕たちはことごとくジーヴァスが人族を支配しようとする企みを邪魔してきた。
「ジーヴァスはハルが謎の仮面男であり、私も関わったガルディア帝国の内乱はもちろん、ガルディア帝国とルヴェリウス王国との戦争でもドロテア共和国を動かしてジーヴァスの邪魔をしたことを知っている。私自身もハルがここまでの働きをするとは正直予想外だった。エリル様は、ハルの活躍をとても喜んでいた。だが、同時に心配もしていた」
まあ、結果としてそうなった面もある。
「それで、僕がジーヴァスに恨まれていると・・・」
「そうだ。わたしは今回のエリル様行方不明の件はハルをおびき出そうとするジーヴァスの作戦のような気がするんだ」
「それで、ジーヴァスの作戦にあえて乗って僕を迎えに来たと」
「そう言うことだ。広いゴアギールで闇雲にエリル様を探すよりハルを連れてきてジーヴァスと交渉したほうがいいと思ったんだ」
「それじゃあ、ハルは囮ってことですか」とユイがサリアナに詰め寄った。
「そうだ」
サリアナは動じない。
「それで、ハル様、どうされますか?」
「どうもしない。魔王城に行くよ」
僕の心は決まっている。
「ハル様」
「何、クレア?」
「ハル様は最初から分かっていたんですね」
「うーん、まあ、なんとなくね」
「やっぱり」
「だって、四天王のサリアナが僕を頼るっていうのはちょっと変だと思ったし、ほんとならルヴェンに僕を迎えに来る間も惜しんでエリルを探したいはずだと思ったんだ。それなのにサリアナは僕の所へ来た。だからね」
僕の言葉にサリアナは頷いている。
「サリアナ、僕は引き返すつもりはないから、もう少し詳しいことを教えてもらえるかな?」
「分かった。エリル様が行方不明になったとき、エリル様は故郷の屋敷に帰っていた。そこから予定を過ぎても魔王城に帰還しなかったんだ」
いわゆる、里帰りでもしていたのか・・・。
「もちろん屋敷のほうも探したがエリル様はいなかった。屋敷には戦闘の跡があった。使用人に聞くとジーヴァスらしき者が屋敷を襲ってきたらしい」
「それじゃあ、犯人はジーヴァスだと最初から分かっていたんですね」
「ああ、だが、使用人たちはその後どうなったのか分からないと言うんだ。エリル様がジーヴァスを倒したと言う者もいるし、その逆だと証言する者もいる。エリル様はあまり護衛を置いていなかったし、ジーヴァスと1対1で勝負すると言って使用人たちを遠ざけたらしいんだ。ジーヴァスの配下たちの姿もすでになかった。あとは、そうだな、巨大な龍を見たという証言もあったが確かなものではない」
巨大な龍・・・。メイヴィスが協力しているのだろうか? ジーヴァスとメイヴィスはあまり仲がよくないと聞いていたが・・・。
「屋敷にはジーヴァスの姿もエリル様の姿もない。・・・もちろん死体もだ。ジーヴァスがエリル様を拘束して引き上げたとすれば納得できる」
「それで、死体すらないってことは・・・サリアナはジーヴァスの狙いがエリルを使って僕をおびき寄せることじゃないかと考えた?」
「その通りだ」
僕はエリルの立場になって考えてみた。
「サリアナ、エリルがあまり護衛を置かずに故郷に帰っていたのはジーヴァスを誘ってたからじゃないかな」
「ジーヴァスを・・・。わざとだというのか。わたしにも言わずにか?」
「言えば反対すると思ったんじゃないですかね」
「そうか・・・。エリル様の性格ならありえるな」
サリアナは片方の手を顎に軽く当て考え込む仕草をした。
「よく分かりませんけど、ジーヴァスって四天王筆頭なんですよね?」
「そうだ」
「とてもプライドが高いとか? 自分が魔族最強だと思ってるとか?」
サリアナは頷くと「だからこそ自分がこの世界の支配者になることを望んだ」と言った。
それなら・・・。
「やっぱりエリルはジーヴァスを誘ってたんですよ。ガルディア帝国を使って人族を支配するというジーヴァスの計画は完全に潰えました。そうなると、この世界の支配者になるのも難しそうです」
「そうだな」
「ジーヴァスにしてみれば200年かけて進めてきた計画が頓挫したわけです。でも、このまま座して死を待つようなジーヴァスではない。最期にジーヴァスは魔王に、エリルに挑んでくるんじゃないか。エリルはそう予想した」
「それで?」
「プライドの高いジーヴァスなら、1対1の勝負を提案すれば乗ってくるんじゃないかとエリルは考えた。そして、それは一番犠牲者を少なくする方法です」
サリアナは「うむ」と大きく頷いた。
エリルにしてみれば魔族同士の大きな争いが起こるよりも自分とジーヴァスのサシの勝負でかたをつけたほうがいいと、そう考えたんじゃないだろうか。
最期は、強さを信望する魔族らしい方法で決着を着けようと・・・。




