9-4(復活).
「メイヴィス、これが死者蘇生の魔法陣なのですか?」
「正確には、私の固有魔法である死者蘇生を補助する魔法陣よ」
俺はメイヴィスの屋敷の地下にある巨大な魔法陣を眺めていた。異世界召喚魔法陣にも劣らない巨大さだ。だが、これはメイヴィスの魔法を補助するためだけの魔法陣だという。メイヴィスはなんとこれを2000年の間研究していたのだ。
「タツヤも知っての通り、私の固有魔法では死後一定時間以内でないと蘇生できない。私は勇者一行との激しい戦闘で動けなくなった。あの忌々しいルグリの魔法にやられたのよ。でもあいつも死んだ。いつの間にか気絶していた私は目を覚ますと自分に再生魔法をかけた。そして、なんとか動けるようになった私は急いでべラゴス様の下に駆け付けた。でも・・・」
「大魔王べラゴスは勇者アレクに倒されていた」
メイヴィスは俺の言葉に顔を歪めて頷いた。
「私が魔王城の最奥、魔王の間へ辿り着いた時には、べラゴス様の死体だけがあった。勇者アレクと賢者シズカイの姿はどこにもなかった」
メイヴィスは遠くを見るような目をしている。
「私はべラゴス様を蘇生しようとした。でもダメだったの。べラゴス様が倒されてから時間が経ち過ぎていたのよ」
メイヴィスは今まさにべラゴスの蘇生に失敗したかのように悔しそうに言った。
「とっさに私はべラゴス様の死体をアイテムボックスに収納した。私のアイテムボックスは失われた文明のオリジナルなの。この中では時間は完全に止まっているのよ」
メイヴィスがべラゴスの名を口にするとき、その目には狂気が宿っている。
「べラゴス様を蘇生する。それが私の目的よ。私の愛するべラゴス様をね。私はもう2000年もこの魔法陣を研究しているの。私自身の固有魔法を基にしてね。そしてついにこの日が来た」
メイヴィスの目は歓喜に輝いている。
「タツヤに頼んで攫ってきてもらったバラクは役に立ってくれたわ。たいしたもんだわ。短い寿命の中であれほど魔法陣に詳しくなれるなんてね」
「それで、今バラクはどこに?」
「今は私が与えた自室で休んでいる。これが完成した以上、もう用はないわ」
バラクは、バラクを攫ったときに俺が殺したルクニールと同じくアカネの敵だ。異世界召喚魔法陣の改良に関わっていたのだから罪は重い。もう用済みなら後で始末しておこう。
「私はね、いつもべラゴス様と一緒だったの。私のアイテムボックスの中に2000年の間べラゴス様の遺体は保管されていたのよ。べラゴス様を蘇生する。それが私の目的よ。私の愛するべラゴス様をね」
これは愛なのだろうか・・・。
オリジナルのアイテムボックスの中の大魔王べラゴスの死体。伝説の初代勇者アレクに倒されたばかりの死体・・・。
アイテムボックスの中に大魔王べラゴスの死体があることは以前聞いていた。メイヴィスの目的が大魔王べラゴスの復活であることも。それでも、今でも驚きを禁じ得ない。
メイヴィスは自身の死者蘇生魔法を研究してべラゴスを蘇生しようとしていたのだ。2000年に亘ってだ。メイヴィスはべラゴスの時代から四天王だった。メイヴィスの一族は代々四天王を輩出する魔族の有力な一族だと思われていたが、そうではなくメイヴィスはべラゴスの時代からずっと四天王だったのだ。誰にも2000年前のことなど分るわけがない。
「私は人族を憎んでいる。べラゴス様の後にも私に近い者が何人も勇者や人族に殺された。その中には私の眷属もいた。本物のタツヤだってそうよ」
「メイヴィス、俺も本物のタツヤも勇者ですよ」
「それは、別の話よ。タツヤは私と同じで人族に大切な人を殺されたんだから。それにね、不思議なことに私は最初からべラゴス様を殺した勇者アレクや賢者シズカイより彼らを召喚して私たちと殺し合わせた人族のほうをより憎んでいた・・・」
大切な人・・・アカネ・・・。
メイヴィスにとってベラゴスは単に仕えるべき魔王ではなく愛する人だったのだ。俺にとってのアカネ、本物のタツヤにとってのユキと同じだ。
「最初は私の頭の中にある魔法陣を実際に再現しようとした。でも、それはいくらやっても無理だった。だから、ここ300年くらいは、私の魔法を補助する魔法陣を作ることに切り替えた。そしてついに成功したのよ」
「間違いないんですか?」
「ええ」
「イデラ大樹海で手に入れたサイクロプスの死体を使ったの。普通では蘇生できない時間が経過している魔物の死体をいくつかアイテムボックスに入れているのよ」
そうか、新たに眷属にしたと言ってメイヴィスはローダリア近郊での戦闘にサイクロプスを投入した。そしてそのサイクロプスは人族に倒されて塵となって消えた。二度目の死を迎えたからだ。アリウスと同じだ。なんで、いまさらサイクロプスなのかとは思ったが、あれは実験の成果だったのだ。
「眷属の最後の一枠は実験に使ってたんですね。それでなるべく使わないようにしていた・・・」
アリウスを眷属にしたとき以外は、ずっと眷属は俺と火龍だけだった。その前のことは知らないが、もしかしたら、すべての枠を使って実験していたこともあるのかも・・・。
「そうよ」
「イデラ大樹海などで倒した魔物たちの死体を眷属にもせずアイテムボックスに保管していた。実験に使うために」
「その通りよ。わざと私の魔法では蘇生できない期間を置いてから実験していたのよ。そしてついに成功した」
メイヴィスは2000年間、実験を繰り返していた。凄い執念だ。
「タツヤ、無駄話は終わりよ。ついにこの時が来たのよ」
メイヴィスの瞳は期待の色に染まっている。それは狂気と言い換えてもいい。なんせメイヴィスは2000年もこの時を待っていたのだ。普通ではない。
「タツヤ、いくわよ」
メイヴィスは目の前の巨大な魔法陣に魔力を流した。メイヴィスの手は興奮のためか震えている。魔法陣の四隅には大きな魔石が嵌め込まれている。
魔法陣が淡い光を放ち始めた。そして光はどんどん強くなる。
メイヴィスはふーっと大きく息を吐くとアイテムボックスからそれを取り出した。
大魔王べラゴスの死体だ!
大魔王べラゴスは大柄な魔族だ。いや大柄と言うより巨人だ。昔の魔族は今より大きかったのだろうか? 立派な角が二本ある。今まで見た魔族や獣人系の人族にもこんなに大きな角を持った者はいなかった。髪は青い。典型的な魔族の髪色だ。胸に大きな傷がある。これが2000年前人族を滅亡寸前まで追い込んだ大魔王べラゴスなのか・・・。
メイヴィスは眩しく光る魔法陣の中心にべラゴスの死体を置いた。そして死体の前に跪くと今度は右手でべラゴスの死体に触れ祈るように目を閉じた。メイヴィスとべラゴスの死体も光っている。何か犯してはならない神聖なものに見える。
そのままどのくらいの時間が経っただろうか? 俺は瞬きをするのも忘れて魔法陣の中央を見詰めていた。
ああー。胸の傷が治っていく・・・。
べラゴスの右手がピクリと動いた。
成功したのか・・・。
やがて、魔法陣やメイヴィス、それにべラゴスを包む光が収まってきた。
そして・・・べラゴスがカッと目を見開いた。
「べラゴス様・・・」
メイヴィスの目から涙が溢れた。歓喜に染まったメイヴィスの顔が俺には狂人のようにも神に身を捧げた巫女のようにも見えた。どちらにしてもとても美しかった。
べラゴスは半身を起こすと、周りを観察した。そして自分を抱きかかえるようにして泣いているメイヴィスに向かって「メイヴィス、アレクは、勇者はどうした?」と尋ねた。
「べラゴス様、勇者アレクは死にました」
「アレクが死んだ?」
「はい。勇者アレクは2000年前に死にました。べラゴス様、あれから2000年経ったのです」
「2000年? それはどいうことだ? それにメイヴィス、どうしてお前は泣いているのだ?」
べラゴスはメイヴィスを抱きかかえて立ち上がった。まさに大魔王に相応しいオーラを放っている。
べラゴスはメイヴィスをそっと床に下した。
「メイヴィスよ、あれから何があったのか我に説明してくれ」
「はい。それではべラゴス様、まずこちらへ」
べラゴス、メイヴィス、そして俺の3人は研究室を出てメイヴィスの屋敷の中で最も立派な部屋に移動した。そしてメイヴィスの長い話が始まった。それは文字通り長い話だった。なんせ2000年分だ。それでもメイヴィスはそれをべラゴスに説明できるのがとても嬉しそうだ。
べラゴスはその長い話を最初は黙って聞いていた。だが、それがいよいよ現在の状況の説明に移ると、何度か確認をした。べラゴスはそのいかにも魔族の強者らしい風貌や体格にもかかわらず非常に知的だった。考えてみれば、いくら強いといっても遥かに数の多い人族を滅亡寸前まで追い込んだべラゴスが愚かであるはずがない。
メイヴィスが俺が勇者でかつメイヴィスの眷属であることを説明すると「なるほど」と頷き「我もメイヴィスに蘇生されたのだから同じだな」と言った。考えてみれば、これでメイヴィスは勇者と魔王を眷属にしたことになる。あり得ないというか、不思議な巡り合わせだ。
「べラゴス様が私の眷属など」
「だが、お前の魔法で蘇生されたのだから、そうなのだろう」
「それはそうですが」
メイヴィスの話が終わった後、べラゴスは「メイヴィス、2000年もの間よく頑張ってくれた。感謝する。お前の顔をもう一度見られただけでもこの復活には価値がある」と言った。
「私もべラゴス様の声をもう一度聞けただけでこの2000年の努力が報われました」
メイヴィスの顔は歓喜で輝いている。
「うむ。それでな。メイヴィス頼みがある」
「なんなりと」
「我は今代の勇者と戦ってみたい」
なるほど、べラゴスにとってはさっきまで勇者アレクと戦っていたのだ。だが、俺も勇者だ・・・。
「心配するな、タツヤとやらお前ではない。ルヴェリウス王国にいるという勇者のほうだ。それにしても勇者が二人とは・・・。それは普通のことなのか?」
「いえ、今の世でもこれは普通のことではありません。おそらくべラゴス様が復活して魔王が二人になるのを見越して天がそう差配したものと想像しております」
「なるほど。我の復活により魔王が二人になるから勇者も二人用意されていた。そういうことか」
やはりべラゴスは知的だ。理解が速い。
「はい」
メイヴィスの言葉にべラゴスは改めて俺を見た。しばらくして「確かにこの者からアレクと同じ気配を感じる」と言った。
「とにかく我はその勇者コウキとやらと戦いたい。我は2000年前の心残りを晴らしたいのだ。アレクと再戦することは叶わないのだからな」
べラゴスの言葉にメイヴィスは「分かりました。私に考えがあります」と頷いた。
「それにしても、メイヴィス、お前に再び会えただけでなく勇者と再戦するチャンスを与えてくれたのだから、感謝してもしきれぬ」
「べラゴス様、もったいないお言葉です」
俺にもその表情からメイヴィスが心の底からからそう言っているのが分かった。メイヴィスは2000年の間これを待っていたのだ。愛するべラゴスの復活を。
「それにしても2000年とは、我には想像もつかぬな」
「べラゴス様、いざことが成ってべラゴス様のお顔を見たらこれまでの苦労のことは忘れました。なんだかこれまでの2000年が案外短かったようにも感じられて不思議な気分です」
その後メイヴィスは復活したばかりのべラゴスの体調を心配していたが、特に問題はなさそうだった。
「メイヴィス、勇者と一戦交える前に、今代の魔王に挨拶に行くとしよう」




