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9-3(エリル対ジーヴァス).

「お前たち手出しは無用だ」とジーヴァスが配下の魔族たちに言った。配下の魔族には使役魔導士もいたようで何体かのブラックハウンドの姿もある。


「お前たちもだ」とエリルが屋敷を護衛している魔族に言う。こっちのほうが数は遥かに少ない。


 二人は睨み合う。少し離れて魔族たちが二人を囲んでいる。


 ジーヴァスは凄い速さで間合いを詰めてエリルに斬り掛かってきた。エリルは両手を軽く振るようにして黒い刃を次々を生成してジーヴァスの剣を受けた。


 ジーヴァスはバシバシと両手で持った剣で黒い刃を弾き飛ばす。その動きは知っている者ならインガスティそっくりだと言っただろう。だが、ジーヴァスも凄いが剣に負けない速さで黒い刃を作り出すエリルも凄い。普通、1対1では剣士のほうが有利なはずだがエリルは全く負けていない。これなら剣を持つ必要はない。エリルは少し空中に浮いて移動するが、ジーヴァスもそれに付いてくる。二人とも空中浮揚の固有魔法を持っている。

 赤い髪に一本の角、魔族というより獣人に間違えられそうなエリル。対するジーヴァスは黒にも見える濃い紫の髪で角などはない。こちらもあまり魔族らしくない。ただ、外見はともかく二人のオーラを見れば両者が普通の存在でないことは誰にでも分る。


 互角の戦いが続く。


「魔王様、さすがですね。最初に魔王様を見たときにはどうなることかと心配しましたが、ずいぶん成長されたようで何よりです」


 一旦、距離を取ったジーヴァスが言った。


「ジーヴァス、ずいぶんと余裕だな」


 エリルが腕を振るようにすると、今度は次々と黒い塊のようなものがジーヴァスを襲う。ジーヴァスが素早い動きでそれを右へ左へと避ける。だが、黒い塊は地面に激突すると、そこでバーンと音を立てて爆発する。かなりの勢いで爆発するのでジーヴァスとしても油断するわけにはいかない。ジーヴァスは空中浮揚も使いながら爆発に巻き込まれないように素早く移動する。

 それでもジーヴァスが押されていると思ったのか配下が援護しようとしたが、ジーヴァスはそれを手で制する。


「これならどうですか?」


 ジーヴァスの声に合わせるようにエリルの上空から無数の炎の玉が降ってきた。


「火属性の固有魔法か。なかなか多彩だな」


 エリルは両手を上を向けて何かを唱えた。エリルの頭上に黒いシールドのようなものが生成される。闇属性の防御魔法だ!


 かなりの時間、炎の玉がエリルに降り注いだが、エリルはその場から動かずそれらをすべて防御して見せた。


「終わりか? なら今度はこっちから行くぞ」


 エリルは右手に真っ黒な剣を持っている。本物の剣ではない。魔力で作り出した剣だ。混沌の神バラスの加護を持つ魔王の魔力は無尽蔵だ。


 エリルが黒い剣で斬り掛かる。ジーヴァスは2本の剣で巧みに受け流して逆に反撃する。まるでインガスティのように速い。インガスティはジーヴァスの分身なのだから当たり前だ。空中浮揚を持つジーヴァスの動きは戦いの最中にも関わらず優雅にすら見えた。しかしエリルは魔力で生成した黒い剣で攻撃しながらさらに黒い刃の魔法を次々と放ってくる。


 黒い刃の一つがジーヴァスを捉える。


「うっ!」


 また一つ、また一つと黒い刃がジーヴァスを傷つける。黒い刃がジーヴァスを捉えるたびにジーヴァスの動きが鈍る。そして、さしものジーヴァスも傷だらけになって追い込まれた。

 

「どうしたジーヴァス、その程度か」

「なんの、これからですよ」


 ジーヴァスの左手の動きに合わせて炎のシールドが形成された。しかし、黒い刃はいろいろな方向からジーヴァスを襲ってくる。その間もエリルは黒い剣で攻撃しているのだ。ジーヴァスはエリルの攻撃全てを防ぐことはできていない。


 やはり魔王様は強い。


 だが、こうでなくてはとジーヴァスは思う。こうでなくては、魔王様と戦う意味がない。強い魔王を倒してこそ自分が魔族の長になれる。そもそもジーヴァスは混沌の神バラスに選ばれた者が魔王となり、魔族最強と言われるのが我慢ならなかった。混沌の神バラスに選ばれさえすれば魔族最強だなんて誰が決めたのか。ジーヴァスは200年を越える年月を生き抜いてきたのだ。昨日今日魔王になったエリルに負けるわけにはいかない。


「ジーヴァス、まだこんなもんじゃないぞ!」


 エリルは、さらに黒い刃の数を増やして攻撃する。


「まったく、無尽蔵の魔力ですね。ですが魔力量だけで私に勝てると思ったら大間違いです」


 ジーヴァスが剣を持った両手を広げると、雷鳴と共に巨大な竜巻が現れた。その暴風のような巨大な竜巻は次々とエリルの生成した黒い刃を巻き込んで移動する。巨大な竜巻はバリバリと雷鳴を轟かせながらエリルに迫る。


「まだ、終わりじゃないですよ」


 さらにジーヴァスはエリルの真上から無数の炎の玉を降らせた。ジーヴァスは暴風のルドギスが使った魔法と炎の化身アグオス使った魔法を同時に操っているのだ。そして剣魔インガスティと同じく両手に持った曲剣でエリルに迫る。自身にも炎を玉が降り注いでいるがお構いなしだ。

 

 今度はエリルのほうが追い込まれた。


 さっきと同じでエリルは防御魔法で炎の玉を防いでいる。だが、黒い刃は次々とジーヴァスが発生させた巨大な竜巻に飲み込まれて消えていく。その竜巻は背後からエリルに迫っている。前には双剣を持ったジーヴァスがいる。


「魔王様、どうやら私の勝ちのようですね」と言った。それでもジーヴァスに油断する様子はない。

「ジーヴァス、これがお前の全力か」とエリルも冷静に言い返す。


 傷だらけのエリルは同じく傷だらけのジーヴァスを睨みつける。エリルはせっかくならジーヴァスにその能力のすべてを出させた上で倒そうと思っていた。エリルは魔王であり、ジーヴァスはエリルに仕えるはずの四天王だ。


 魔王として最大の敬意を持ってお前を送ってやる、ジーヴァス。心残りの無いようにな!


「これで終わりだ、ジーヴァス!」


 エリルの体が黒くなりその輪郭があいまいになる。いや、エリルが黒くなっているのではない。エリルの周りに黒い霧のようなものが漂っている。そしてそれはエリルを中心にどんどん広がっている。


 そうか、これがとジーヴァスは思った。おそらくこれが魔王エリルの奥義なのだ。


 ジーヴァスは本能的に黒い霧から距離を取ろうとした。しかし遅かった。黒い霧に触れたジーヴァスはたちまち体が重くなるのを感じた。思うように動けない。まるで水中を歩いているようだ。

 逃げ遅れたジーヴァスはたちまち黒い霧に包まれた。ジーヴァスの身に着けている高位の魔物の素材で作られた防具がまるで何千年も前の骨董品であるかのように朽ちていく。朽ちているの防具だけではない。ジーヴァス自身もだ。


 これはまずいとジーヴァスの配下が近づこうとしたが、黒い霧に触れてバタバタと倒れている。こうなると誰も二人に近づけない。


 逃げなければ・・・。いくらジーヴァスが逃げようとしても足が動かない。動くはずがない。ジーヴァスの足は・・・。それに空中浮揚もできそうにない・・・。


 ジーヴァスの生み出した巨大な光る竜巻は黒い霧に触れ徐々に力を失いついには消え去った。上空から降り注いでいた炎の玉も黒い霧に触れた瞬間に蒸発したようにかき消されている。


 真っ黒な霧の向こうでエリルがニヤリと笑った。まさに魔王だ!


「こ、これが魔王様の闇魔法、最強の闇魔法なのですね!」


 ジーヴァスがなぜか嬉しそうに叫ぶ!


 今ジーヴァスは絶体絶命だ。それにもかかわらず、ジーヴァスはこの状況を自分が楽しんでいることに気がついていた。不思議だとジーヴァスは思った。四天王とは魔王に従う者、そう決まっている。


 だが、そんなことを誰が決めたのだ?


 今、何者かが決めたそのルールに逆らってジーヴァスは魔王と戦っている。魔王ドラコに従って人族や勇者と戦ったときより、自分は自由だと、ジーヴァスはそう感じていた。すでに魔族の長になる、いや、この世界の支配者になることなどジーヴァスの中ではどうでもよくなっている。


 魔王様は予想以上に強い。


 だが、いくら魔王とはいえ相手は小娘だ。自分の方が何倍も長く生きているのだ。このままでは終われない。最後まで勝利を目指して足掻く!


 黒い霧を纏ったエリルは動いていない。たぶんこの奥義を使っている間は動けないのだ。しかも、心なしかエリルの顔が苦痛に歪んでいるようにも見える。この魔法は簡単に使えるようなものではないのだ。それにそれほど長時間は維持できない。そうでなければ、最初から使っているはずだ。

 

「そうだ、ジーヴァス! 私にこれを使わせたことを誇れ!」


 エリルの言葉を聞いたジーヴァスは笑みを浮かべてその場に崩れ落ちた。


 やっと終わったか・・・。ジーヴァスは強かった。エリルがハルに初めて会った頃の修行中のエリルなら負けていたかもしれない。


 エリルがそう思ったとき、エリルの背後に剣魔インガスティが立っていた。


 グサッ!


「なに!」


 背中から胸を突かれたエリルは呻き声を上げながらその場に崩れるように倒れた。インガスティの姿はすでに消えている。


「魔王様、これが私の奥義です。もっとも分身は3体とも倒されたばかりで、今は一瞬だけ、それもたった一人だけしか顕現させることができません・・・。ですが、それで十分でした・・・」


 それ以上ジーヴァスは話すことができなかった。ジーヴァスの命の炎は今消えようとしている。


 自らが仕えるべき魔王と戦った結果とは言え、200年に亘る人生の最後としてはいささか呆気ないなと、まるで人ごとのようにジーヴァスは感じていた。やはり、自らがこの世界の支配者になろうなどいう野望を抱くべきではなかったのか? ジーヴァスは混沌の神バラスから四天王に選ばれた。だが、魔王には選ばれなかった。魔王ドラコの時代からそれがずっと不満だった。やはり身の程をわきまえるべきだったのだろうか? 


 いや、バラスなんて糞食らえだ! 


 エリルの奥義によって死んでいこうとする今、ジーヴァスは不思議とこれで良かったのだと感じていた。こうして四天王筆頭であるジーヴァスは多少の後悔と大いなる満足を得てその生を終えた。最後にエリルと戦わなければ後悔と満足の比率は逆になっていただろう。


 魔王エリルは自らも地面に伏したまま死にゆくジーヴァスを眺めていた。ジーヴァスがエリルの奥義のことを知らなかったように、エリルもジーヴァスの分身魔法のことを詳しくは知らなかった。


 とはいえ、ジーヴァス見事だ!


 エリルが動くことができない最高のタイミングで分身魔法を使ってきた。さすが200年以上生きただけのことはある・・・。

 

 私は少し休む。


 エリルはゆっくりと目を閉じた。

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