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9-2(エリル).

 すでに日が落ちて数時間が経つ。ここはエリルの出身地にあるエリルの屋敷だ。


 ジリギル公国から帰ってすぐに可能な限り人族との争いを控えるようにサリアナと共に奔走した。それはある程度上手く行ってハルや勇者たちはガルディア帝国を退けた。そしてその勢いのまま勇者たちはルヴェリウス王国全土を支配したと報告を受けている。

 

 あとはゴアギールを私が纏めるだけなんだが・・・。


 だが、これがなかなか大変だとエリルは思った。ジーヴァスの野望は潰えた。だが、ジーヴァスは死んだわけではない。それに、メイヴィスとデイダロスは未だに人族との融和には反対だ。


 とりあえず、落ち着こうとエリルは魔王城を離れこの屋敷を訪れた。


 魔王になる前、エリルはゴアギールの北西部を治める魔族の娘だった。まあ、田舎領主の娘だったわけだ。だが、魔王になった今、エリルは田舎領主の娘どころかゴアギールの支配者となった。今ではここの領主もエリルが務めている。両親は引退してただでさえ田舎であるこの地域のさらに田舎に引っ込んでいる。エリルはこの屋敷で両親と一緒に過ごしていた日々を懐かしく思い出した。


 やはりこの屋敷のほうがずっと落ち着ける。魔王城はどうも大きすぎる。だか静かな点ではここも魔王城もそれほど違いはない。魔王城が騒がしくなるとしたら歴史上何度も繰り返されたように勇者一行が攻めてきたときだろう。


 エリルの一族は領主といってもメイヴィスやジーヴァスのような代々四天王を輩出しているような有力な一族ではない。サリアナだってエリルに比べれば良家の出身である。

 ただ、山間にあるこの田舎領地にはある秘密があった。この地域は人族の支配する地域、ドロテア共和国のジリギル公国と転移魔法陣で繋がっている。ここは、エリルが目指している魔族と人族の融和をすでに実現している地域なのだ。実際、エリルの母親のそのまた母親は人族である。この地域にはエリルに限らず人族との混血が多い。反対にジリギル公国のほうにも魔族との混血が多い。エリルはこの秘密をサリアナにだけは伝えていた。おそらく人族に比べて数が少ない魔族が広大なゴアギールを支配しているからこそ、今日までこの秘密は守られてきたのだろう。


 そのおかげでハルを助けることができてよかった・・・。


 あのときのことを考えると、思わず笑みが浮かんだ。それにしてもハルに泣かれたのには驚いた。だが、エリルは知っている。異世界から来たハルがどれだけの困難を乗り越えてきたのかを・・・。


 だが、そろそろ魔王城に戻らなくてはならない。サリアナがイライラして待っているだろう。 


 ん? 外が騒がしい。


 何か争うような音が聞こえる。いつも静かなこの場所には不似合いな音だ。そのとき長年の使用人である初老の魔族が部屋に転がるように入って来た。


「エリル様、襲撃です」

「ジーヴァスか」


 エリルは瞬時にその意味を悟った。


「やっと来たか・・・」


 魔王であるエリルを襲撃するなどジーヴァスしかありえない。エリルは窓から外を見た。ここは2階だ。下では数十人の魔族が争っている。この屋敷にそれほど多くの護衛は置いていない。


 別に油断したわけではない。護衛の少ないこの屋敷に戻っていたのは、エリルが心のどこかでジーヴァスが来るのを待っていたからだ。魔族は個の強さに重きを置いている。結局、これが一番手っ取り早い方法だったのだ。


 エリルが窓から下を見ていると、下から浮かび上がってくる魔族の姿があった。エリルも持っている空中浮揚の固有魔法だ。魔族にはこの固有魔法を持っているものがときどきいる。その魔族はついに窓のすぐ向こうにまで昇ってきてエリルと顔見合わせる格好になった。


 ジーヴァスだ!


 ガシャン!


 バレット系の魔法で窓ガラスが割られた。エリルはとっさに窓際から離れて難を逃れた。


 ジーヴァスは部屋に入ってくるとエリルの前に立った。二人は睨み合う。初老の魔族が間に入ろうとするが「いい」とエリルが手で制止した。


「目的はなんだ?」

「私は魔族の支配者になりたいのです」


 ジーヴァスはさも当たり前のように言った。


「お前は魔王には選ばれていないはずだが?」

「混沌の神バラスにも誤りはあります。誤りを正すため魔王様自ら、私に禅譲すると宣言するのです」

「私が言うことを聞くとでも?」

「魔王様の大切な謎の仮面男、ハルという名の異世界人の命と引き換えならどうですか?」

「ハルの?」


 ハルの名を聞いてエリルの表情が変わった。


「ええ」

「よく調べたな」

「いえ、たいしたことではありません。謎の仮面男が異世界人だということはすぐに分かりました。インガスティからもそう報告を受けていましたしね。そして、そのあとエラス大迷宮でも目撃されています。名前がハルであることも分かりました。そしてドロテア共和国での事件とガルディア帝国の敗北。全てその背後にはハルがいました。忌々しいことにね。どうやったのか分かりませんが魔王様はハルと関係がある。それもとても親しい関係が。なんせハルは闇龍の剣を持っているのですから」


 エリルはジーヴァスの言葉に納得した。まあ、今の状況では、さすがに調べればその程度は分かるか・・・。


「それで、ハルを拘束したのか? 簡単なことではなかったと思うが。ハルと一緒にいるクレアとユイも強い」

「あー、異世界人の魔導士と大剣使いですな。いえ、まだハルとやらを拘束したわけではありません。ですが魔王様が行方不明となれば必ずここゴアギールに現れるでしょう」


 ハルの名を聞いて正直動揺したエリルだったが、ジーヴァスの計画を聞いて拍子抜けした。まだハルを拘束すらしていない。なんと杜撰な計画なのか・・・。

 

「私をだしにしてハルたちをおびき寄せると?」

「ええ、そうです。必ず奴らは来ます」

「そうかもしれないな。だが、もしかしたら勇者たちも来るかもしれないぞ。そうすればお前では勝てまい」

「勇者たちも来るなら好都合です。私は勝ちます。それに勇者たちが来れば反人族であるメイヴィスやデイダロスだって私に協力するでしょう」


 確かに、そうかもしれない。それでもとエリルは思う。あまりにもいい加減な作戦だ。


「ジーヴァス、本気でそんなことを思っているのか? いや、違うな。お前だってすでにお前がこの世界の支配者になる計画が潰えたのは分かっている。お前は生きている間に、私とハルに一泡吹かせたい。そう思っているだけだな」


 どう考えても上手く行くとは思えない計画だ。数百年に亘って慎重にガルディア帝国の支配を進めてきたジーヴァスが考えたとは思えない。ただ、エリルにはジーヴァスの気持ちが分かる気がした。数百年に亘る計画が潰えた今、そのまま諦めて死ぬことをよしとしない。最期まで足搔くそれがジーヴァスの選択だったのだろう。魔族であろうが人族であろうが、理屈だけで動いているわけではない。それはエリルにも分かる。


「ジーヴァス、外に出よう。1対1で勝負だ。お互いに配下を無駄に死なせる必要はない」

「いいでしょう。魔王様ではなく私が魔族最強だと証明しましょう」


 魔族は強い者に従う傾向がある。それにジーヴァスは死に場所を求めているだけだとエリルは思った。ならば、私が、魔王である私が四天王ジーヴァスを、あの世に送ってやろう。魔王のほうが強いと分かればジーヴァスとて少しは納得してあの世にいけるだろう。


 エリルとジーヴァスの二人は空中浮揚の魔法で屋敷の外に降り立つと睨み合った。


「ジーヴァス、私は手加減はしない。お前は強いからな。だからお前も私を殺すつもりでこい。私を殺せば、私の姿が消えれば、さっきお前が言った計画通りハルたちもゴアギールに現れるかもしれん。それに、私が禅譲を宣言しなくてもお前が魔王より強いのなら魔族の長になるのに問題はない」


 ジーヴァスは黙ってエリルの話を聞いている。


「回りくどい作戦など必要ない、ジーヴァス! 魔族は強い者に従う。そうだろう!」


 エリルは叫ぶ!


 ジーヴァスは頷くと「その通りです、魔王様。だいたいドラコ様がもっと私の言うことを聞いていれば、だから、真の強者である私が魔族を率いるしかないと思ったのです。いえ、それは今言っても仕方のないことですね」と言って剣を構えた。


 暗い紫の髪をしたジーヴァスは曲剣を両手に持っている。インガスティと同じ構えだ。角などもなく肌の色を除けばあまり魔族らしくないのも側近たちと同じだ。ジーヴァスの側近だった3魔族はジーヴァスがその固有魔法で作り出したものでジーヴァスの力を分け与えられていたのだから当然だ。

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