2-2(安全地帯).
僕はいつの間にか眠っていたみたいだ。
目を覚ますと、ユイじゃない女の子が、僕の顔を覗き込んでいた。
誰だっけ・・・。
そろそろ、訓練に遅れないように起きないと・・・。
「クレア・・・さん?」
そうだ、僕とユイはクレアさんに襲われて・・・魔法陣が起動して・・・気を失った。それで、気がついたら、クレアさんが巨大な魔物・・・ハクタク?・・・と戦っていて・・・。
「・・・大丈夫ですか?」
上体を起こして、自分の状態を確認する。大丈夫みたいだ。あれ、右足も痛くない。
「大丈夫・・・みたいです。クレアさん、回復魔法使えるんですか?」
「使えます。初級ですけど。それより、なぜ私を助けたのです? 私はハル様とユイ様を殺そうとしたのですよ。忘れたのですか?」
クレアさんは少し怒ったような口調だ。だけど、前と同じで様付けだし丁寧な喋り方だ。
確かに、クレアさんは僕とユイを殺そうとした。でも、ハクタクの下敷きになったクレアさんを見捨てることはできなかった。 それに、あのときクレアさんは、僕とユイを殺すのを躊躇っていたようにも感じた。気のせいだろうか?
「殺されそうになったのは・・・それは、さすがに覚えてますけど。でも、目の前の死にそうになっている女の子を見捨てることなんてできませんよ」
「私が・・・女の子? ・・・を除いて、そんなことを言う者は・・・」
クレアさんは、なぜかちょっと遠くを見るような目をしている。
「ええ、かなり、可愛い女の子にしか見えませんけど」
クレアさんは可愛いというよりは美人だと思う。でもなぜか今のクレアさんを見ていると可愛いと言う言葉が出てきてしまった。しかも僕より少し年上だと聞いているから女の子だなんて失礼だったかも、せめて女の人だったか。
「可愛い・・・」
クレアさんの顔が少し赤い。
「それに、クレアさんが、あの巨大な魔物、本で見たんですけど伝説級の魔物のハクタクとかいうやつですよね? あれを倒してくれなかったら、僕たち死んでますよね?」
「あれは、自分の命を守るために、戦っていただけです。ハル様を守ろとしたわけではありません」
「それでも、クレアさんのおかげで命拾いしたことは間違いありません。ところで、クレアさん、もう傷はいいんですか?」
「もうどこも痛くないです。ハル様は回復魔法を使えなかったはずでは? それに、そもそも通常の回復魔法程度で回復するような傷ではなかったと思ったのですが?」
「上級回復薬を一つ持っていたので、それを使いました。持っていて良かったです」
「上級回復薬を? なぜ、そんなものを・・・。あー、最初の実践訓練のとき・・・カルネで配られた・・・。あれはとても貴重なものです。どうして私に?」
「でも、クレアさんも、僕に回復魔法をかけてくれたんでしょう?」
「初級の回復魔法と上級の回復薬ではわけが違います。使うのなら自分のためにでしょう。それに私がハル様に回復魔法をかけたのは自分のためです」
「自分のため?」
「ここにはハクタクのような普通では出会うこともない伝説級の魔物がいます。ここがどこかも分かりません。生き延びるためには少しでも戦力が多いほうがいいと判断して、ハル様を回復させただけです」
「そうですか。じゃあ、僕が上級回復薬をクレアさんに使ったのも自分のためってことで」
「・・・」
クレアさんは僕のシャツで作った包帯もどきを不器用に巻かれた自分の胸をじっと見ている。
クレアさんはしばらく黙っていた後、口を開いた。
「見たのですか?」
クレアさんは冷静に質問する。
え、そこ?
「いやそれは、やむを得ず・・・」
「触ったのですか?」
「いや、それもやむを得ず・・・」
「揉んだりは・・・」
クレアさんはあくまで冷静だ。
「それは、してません!」
そこはきっぱり否定する。僕にはユイがいる。
「そうですか。ハル様はそういうことが好きだという情報を得ていたのですが・・・」
それは、どこからの情報だ?
クレアさんは、赤い顔をして、しばらく何かを考えていた。
「あの・・・クレアさん・・・?」
「はい?」
「クレアさんは、なぜ僕を、僕とユイを殺そうとしたのですか? 何か理由があるんでしょう?」
クレアさんは、黙っている。
僕も黙って、クレアさんの答えを待ったが、結局それを聞くことはできなかった。
「言いたくないのなら、しかたありません。その代わり、クレアさんにお願いがあります」
「お願い?」
「ユイを探すのを手伝ってください」
あのときユイも魔法陣の中に飛び込んできた。ユイも転移したはずだ。
なんとしてもユイを探さないといけない。同じ魔法陣で転移したのなら近くにいる可能性が高いのではないだろうか?
ユイを探す。それが最優先だ。
とりあえず、僕たちが最初にいた場所の辺りを探したい。でもここは、ハクタクのような伝説級の魔物が住んでいるとんでもなく危険な場所だ。クレアさんの協力がほしい。クレアさんは天才と呼ばれる剣技の持ち主で回復魔法も使える。
ユイを探すためなら誰にだって頭を下げる。それが例え僕たちを殺そうとした人であってもだ。それに、なぜかクレアさんがそこまで悪い人には思えない・・・。
「分かりました。ここで生き延びるには、少しでも戦力は多い方がいいです。ユイ様を見つければ大きな戦力になるでしょう」
「ありがとうございます」
「私はハル様とユイ様を殺そうとしたのです。そもそもこうなったのは私のせいです。お礼を言うのはおかしいです。私は自分にメリットがあるから協力するだけです。ユイ様を見つけて、ここから脱出できたら、またハル様とユイ様を殺そうとするかもしれませんよ」
なんで、僕たちを、そこまでして殺したいのだろう?
とりあえず、ユイを探すのに協力はしてくれるみたいだけど・・・。
それにしても・・・。
「近づいてきませんね」
「そうですね」
今いる潅木と沼地のそばの川辺にはなぜか魔物が近づいてこない。
遠くにたくさんの魔物の気配がある。それなのに、魔物の気配はこの場所を遠巻きにするようにして一定の距離を取りそれ以上近づいてこない。
「理由は分かりませんが安全地帯のようです。とりあえずここを拠点にしてユイを探しましょう」
「探すと言っても、どこから探すんですか?」
「まず、最初に転移した場所、クレアさんがハクタクを倒した場所に戻って、そのあたりを捜索します」
僕には魔法陣の仕組みはよく分からない。でも同じ魔法陣で転移したとしたら、やっぱり近くにいる可能性が高いんじゃないだろうか?
「クレアさんは、魔法陣での転移には詳しいのですか?」
クレアさんは、黙って首を横に振る。
「クレアさんも知らないか・・・」思わず呟いた僕の声が聞こえたのか、クレアさんは「そもそも転移魔法陣は失われた文明の遺物ですから誰にも詳しいことは分からないのです」と説明してくれた。
この世界の不思議は、いつだって失われた文明だと説明される。
「太古には、今よりはるかに進んだ魔導文明があったと考えられています。その進んだ文明の遺物が、遺跡や迷宮などで発見されることがあります」
迷宮・・・これもよく耳にする言葉だ。多くの魔物が生息していて倒すと魔石に変わる。ゲームのダンジョンみたいな場所だ。おそらく古の超古代文明によって人為的に造られた施設だろう。
「現在の技術では再現不可能な貴重な遺物が遺跡や迷宮の奥には眠っています。光の聖剣や光の聖杖もそうですし、転移魔法陣や異世界召喚魔法陣もそうです。失われた文明の遺物は発見されても、すぐには使い方が分からなかったり破損していたりするので、魔導技術研究所で研究していたのではないでしょうか?」
「僕たちが転移させられた魔法陣も研究中のものだったと」
「たぶんそうかと。なので私にも詳しいことは分かりません」
クレアさんは申し訳なさそうにそう言うと、口を閉ざした。
結局、転移魔法陣の詳しい仕組みは分からない。研究中のものだったとすると何が起こってもおかしくない。だけど同じ魔法陣で転移したのなら、ユイは近くにいると考えるのが、やっぱり自然だと思う。
こんな危険の森の中に一人で転移したとしたら、僕ならあっという間に死んでいるだろう。昨日だってクレアさんがいなかったら・・・。
「ユイ・・・」
「ユイ様は強いです」
クレアさんが僕の考えを読んだようにそう言った。
「基本四属性すべてを上級まで使える魔導士なんてユイ様とマツリ様ぐらいです。セイシェル隊長だってそこまでは使えないはずです」
隊長? そうかセイシェル師匠は宮廷騎士団の隊長だった。そういえばセイシェル師匠が使える魔法の種類とか聞いたことがなかった。わざと教えないようにしていたのかもしれない。でも最上級魔法を見たことがある者は、ほとんどいないと言っていたから、使えても上級までだろう。それもユイのように4属性とまではいかないはずだ。宮廷騎士団隊長の師匠でさえそうなのだ。クレアさんの言う通りでユイは強い。
「それに、なんといってもユイ様は聖属性魔法を最上級まで使えます」
そうだ。まるで神の御業とさえ思えるほどの回復魔法をユイは使える。危険な場所で生き抜くのにこれ以上の魔法はないだろう。ただ、魔法を使うには魔力がいる。魔力は無尽蔵ではない。回復はするけどすぐにじゃない。それに魔法は発動までに時間だって必要だ。高位の魔法になればなるほどそうだ。
いや、今は余計なことを考えないようにしなくては・・・。とにかくユイは生きてる。そして僕は、ユイを探し出す。それだけを考えることにしよう。
「とにかく急いでユイを探します。どうか協力をお願いします」
「分かりました」
クレアさんはしっかりと頷いてくれた。
こうしてクレアさんと二人でのユイ捜索は始まった。




