8-29(エピローグ2).
僕たちが王宮の敷地内での戦闘に勝利した頃、中央広場周辺での戦闘もアイゼル第二師団長がこちらに味方してくれたおかげでミカミ王国の勝利に終わった。第二師団は長年魔族との最前線に配置されていた師団だ。それに対してルヴェリウス王国騎士団を指揮していたのはグスタフという男だったらしいがギルバートさんには遠く及ばない実践経験も少ない騎士だった。
それに、多くのルヴェリウス王国騎士たちが勇者に敵対することに疑問を持ちながらの戦いであったようで士気の違いも大きかったらしい。ルヴェリウス王国に生まれたものにとって本来勇者に敵対するなどあってはならないことだ。
気になるのはグノイス王、クラネス王女、アトラス騎士団長の行方が分からないことだ。セイシェルと名乗っていた暴風のルドギスもだ。市街地も大混乱だったから無理もない。それに、何かを察したのか、今回の騒ぎの少し前から魔導技術研究所のバラクとルクニールが姿を消していたらしい。
まあ、ルヴェンを脱出したとしても今から何かできるとは思えないけど・・・。
それでもコウキは「今回の件もそうだが、そもそも異世界召喚に関して最も責任のあるグノイス王たちを逃がすわけには行かない」と徹底的に捜索するつもりだ。
そして、戦いで勝利した僕たちを王宮で出迎えたのは宰相のジェズリー・ライトだった。
「我々は降伏します」
ジェズリーは頭を下げてミカミ王国の王であるコウキを迎え入れたのだった。こうして、この世界の大国であり最も長く続いてきた人族国家であるルヴェリウス王国はあっさりと崩壊した。
★★★
今日は戦後の会議が王宮の一室で開かれている。僕たち異世界人7人はもちろん参加している。異世界召喚魔法陣に関することは議題の一つだ。クレアとユウトの仲間たちもいるが、少し離れた場所に座っている。その他にはギルバートさんやアイゼル師団長もいる。ルヴェリウス王国側の代表は宰相のジェズリー・ライトだ。ジェズリーの他にも複数の大臣クラスと事務方もいる。グノイス王の親族はいない。そもそも、その多くが行方不明だ。
「それで、ルヴェリウス王国はどうするんだ?」
コウキの質問に対してルヴェリウス王国を代表してジェズリーが「コウキ様がお許しいただけるのであればミカミ王国に加えて頂きたいと思っています」と答えた。
「ルヴェリウスという名が無くなっても勇者様が治める国であれば民も納得するでしょう」
「まだ、グノイス王の行方は分かっていないぞ」
「民を捨てて逃げた王に用はありません」
コウキはジェズリーの言葉に「その申し出を受け入れよう」と即答した。続けて「何か条件や希望はあるか?」と尋ねた。
「私以外の大臣や官吏たち、ルヴェリウス王国騎士団や宮廷騎士団は上の指示に従って行動したただけですので、寛容な処分をお願いします。彼らは異世界召喚に関しても詳しいことは知らされておりません」
「それは分かっている。お前が言った者たちを処分するつもりはない」
「ありがとうございます」
「グノイス王の関係者はどうなるのでしょうか?」
コウキはジェズリーの目を見た。
「異世界召喚魔法陣の危険性について知っていたのは誰だ?」
「私は知っていました。騎士団長のシグデマイル卿もです。魔導技術研究所で研究していたバラクとルクニールはもちろん知っています。一番詳しいと言ってもいいでしょう。あとは王太子であったアルフレッド様、それに今はミカミ王国の騎士団長になっているギルバートもある程度知っていました」
ギルバートさんは「ジェズリーの言う通りです、陛下。私も異世界召喚魔法陣が危険なものであること、アカネ様が罹った病気についても知っていました。どのような罰でもお受けします」と言った。
「ギルバートは最後に俺たちを逃がそうとしてくれた。それに加えてミカミ王国建国への貢献によってその罪を許す」
「しかし」
「ギルバート、これは俺が決定したことだ。お前がそれでも納得できないならミカミ王国へのさらなる貢献でそれを返せ!」
「ハッ!」
そしてコウキはジェズリーを見ると「だが、その他の者は死罪だ。悪いがジェズリーお前もだ」と言った。
ジェズリーは自分が死罪になることを落ち着いた態度で受け入れ頷いた。コウキはここまでのことを僕たちになんの相談もせず決断した。たぶん、僕たちの心の負担を考えてのことだ。
やはりコウキは王の器だ。
「ジェズリー、お前の家族を処分するつもりはないから、その点は安心しろ。それからお前に代わって官吏の取りまとめができる者を何人か推薦しろ」
「かしこまりました。それとバラクとルクニールの行方が分かりません」
「うむ。それは俺も聞いている」
ルクニールはコウキの情報源でもあった男だ。どさくさに紛れて逃げたのか・・・。ある意味、もっとも罪が重い奴らだ。バラクたちが異世界召喚魔法陣を改良したことにより日本人の被害は増えたのだ。
「コウキ、例え異世界召喚魔法陣のことを詳しく知らなかったとしても、行方不明になっているクラネスと王太子のアルフレッドはもちろんだけど、それ以外のグノイス王の直系の子供たちも処分したほうがいいわ。それに王妃や親族もなんらかの処置は必要でしょう」とマツリさんが言った。
マツリさんの言う通りだ。異世界召喚魔法陣は破壊することができなかった。僕たち異世界人の魔力を封じる結界魔法陣も同じだ。クラネスの行動から推察するにあれはルヴェリウスの血を引く者にしか起動できない可能性がある。それを言うなら異世界召喚魔法陣も同じだ。この場にいる誰も起動するところを見たことが無いのだから・・・。今後の憂いは断ち切る必要がある。
だけど、それでも・・・。
「マツリの言う通りだ。グノイス王の直系の子どもは全員死罪。王妃などの関係者は平民に落とした上、国外追放としよう」
今後の憂いを断つには当然のように思えるが、僕だったらこの決断を下せただろうか?
「ハル」
ユイが僕の腕をぎゅっと掴んだ。
「ユイ、おそらくマツリさんはコウキと非情な決断をする負担を分かち合うつもりだ」
「うん」
マツリさんもさすがだ。
「そうだ、孫はいるのか?」
「はい。アルフレッド様、長女のエリザベス様、次女のカタリナ様にはそれぞれ幼い子供がいます」
コウキの質問にジェズリーが答えた。
「子供とはいってもルヴェリウスの直径だ。どうするか・・・」
コウキも悩んでいる。
「コウキ、ヨルグルンド大陸の南部、ここから遠いところに追放したらどうかな?」
「ハル、何か考えがあるのか」
「僕はいくつかの南部の国に伝手がある。そんな遠い国に、しかもバラバラに追放したらどうかな。それに、南部の国々に顔が利くSS級冒険者も知っている。きっと協力してくれる」
「ジークフリートのことだな」
「うん」
ジークフリートさんはあまり政治向きのことに関わることが好きではない。でも頼めばきっと協力してくれる。それに神聖シズカイ教国は僕たちの頼みを断らないだろう。そうだ、タイラ村のサカグチさんたちにもこのことを伝えないと・・・。もうタイラ村を御使様が訪れることはない。
「分かった。ハルの言う通りにしよう。その他の処分は、十分時間をかけて今回の件や異世界召喚魔法への関与の度合いなどを調査の上決定することする」
おそらく、異世界召喚魔法陣に関する真実を知っているものは他にはあまりいないだろう。いたとしてもルヴェリウス王国の方針に関与できる立場でなければ罰する必要はない。これ以上大量に処分される者が出ることはないと思う。
「コウキ」
「なんだ、ハル」
「違法奴隷関連の調査も頼む」
コウキは僕の言葉に頷いた。ドロテア共和国では大公のレティシアさんが、ガルディア帝国では皇帝のサイモン・ビダルがそれぞれ違法奴隷関連の調査を今でも続けてくれている。まだ、解放されていない違法奴隷はいる。カナンのような身の上の者を一日でも早く解放してあげたい。
「違法奴隷、特にバイラル大陸からの違法奴隷に関しては徹底的調査する。違法奴隷を解放することはもちろん、関与の度合いによって厳正な処罰を下す」
このあと、今後についていくつかの打ち合わせがなされた。
「コウキ様、これでルヴェリウス王国は消滅し旧ルヴェリウス王国全土がミカミ王国となりました。これ以上の詳細な詰めは私の推薦した者たちに任せます」
ジェズリーの言葉は今日の会議の終了を意味していた。
「ジェズリー、今日の会議での貢献によって罪一等を減じてもいいが?」
「コウキ様、ありがたいお言葉ですが、それは不要です。私もグノイス王の子供たちと共に神の元に参ります。神がそれをお許しくだされば、ですが・・・」
「そうか。我らとは考えが違ったが、その胆力は見事だ」
「恐れ入ります」
ジェズリーも、ジェズリーなりにこの国やルヴェリウス王家のためを思って行動したのだろう。やはり物事の善悪をはっきりさせるのは難しい。間違っているかもしれなくても、非情と言われても誰かがそれを決断して前に進めなければならない。
「ハル、やっぱり僕は王にはなれそうもない。自由な冒険者がいいよ」
「ユウト・・・」
「だけど、ハル、僕は仲間としてコウキやマツリさんを誇りに思うよ」
僕はユウトの言葉に頷いた。ユイは僕の腕を強く握ったままだ。
勝手にこの世界召喚されてから、僕たちは否応無しにここまで来た。日本にいればまだ大学生だ。でも、コウキはミカミ王国を建国し王になった。そして、今日、僕たちを召喚したルヴェリウス王国全土をその傘下に収めたのだ。コウキはだいぶ前からルヴェリウス王国の王になってこれ以上の召喚を防ぐと同時に責任ある者にその罪を償わさせると言っていた。そして、それを3年も経たずに達成したのだ。
やっぱり大したやつだよコウキ・・・。
「ハル、コウキくんはさすが勇者だけど、ハルもずいぶん貢献したと思うよ。ハルは凄く頑張ったよ。私、知ってるよ」
「ユイ・・・」
そうだなー。長いようで短い旅だった。僕にしてはよく頑張った。
日本からこの世界に召喚された。そしてクレアと一緒にイデラ大樹海に飛ばされた。僕は少し離れたところに座っているクレアを見た。クレアには本当に助けられた。僕が見ていることに気がついたクレアは不思議そうに首を傾げた。
それからイデラ大樹海でエリルに会った。エリル・・・。
そしてクレアと二人イデラ大樹海を脱出して神聖シズカイ教国の聖都シカディアでついにユイと再会した。僕は隣に座っているユイを見た。僕と顔を見合わせたユイがニコっとした。ユイと無事再開できてうれしかった気持ちが蘇ってきた。
そして、ガルディア帝国での出来事、エラス大迷宮でレティシアさんと知り合ってこの世界の秘密の一端に触れたこと、ドロテア共和国での出来事、すべてがこの日のために役立った。なんだか不思議だ。
できることなら、ヤスヒコとアカネちゃんと一緒にこの日を迎えたかった・・・。
これで第8章(王国編)は終わりです。続けて第9章(完結編)に入ります。「第8章までの登場人物紹介」も投稿する予定です。
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