8-26(コウキ~遅いわよ!とマツリが叱る).
「援軍を期待しても無駄だ」
アトラスが嘲るように言った。
「お前たちが連れてきた100人は今頃その3倍の数の王国騎士を相手に全滅している頃だろう」
くそー! 予想されていたこととはいえ、ルヴェリウス王国騎士団第一師団の2000のほとんどがルヴェンに集められているようだ。ユウトの従魔タロウからの連絡では中央広場に1000の騎士が待機しているはずだ。ということは王宮の周辺に残り1000近くがいるってことか・・・。
「連れてきた100は精鋭だ。簡単にやられたりしない」とギルバートが言い返す。
「それにルヴェンの外にいる残り900だって直ぐに駆けつけるはずだ」とギルバートは続けた。
ギルバートの言葉にグノイス王がニヤリと笑った。
「ギルバートよ、それは無理だな。ルヴェン全体が結界で守られている」
「結界? そんなもんここを覆ってるやつだけじゃない! ルヴェン全体だなんて、あんたボケてんじゃないの」とマツリがグノイス王に言い返す。
「ふん、あれが見えないのか」
上を指さしたグノイス王がそのまま硬直している。
「な、なぜだ。防御結界が・・・ない」
俺も上を見るが、マツリが言うようにこの一角をドーム状に覆っている結界以外には何も見えない。ルヴェン全体を守っている結界などどこにも無い。
「な、何かの手違いで起動してないのか?」
「なんか、ずいぶん動揺しているようだけど・・・。そういえば、さっき上の方で何かが壊れるような音がしたわね。その防御結界とやらは案外脆かったんじゃないの」
「貴様、馬鹿なことを言うな。あれはこの地を守るため神から与えられたもの。破壊などできるはずがない!」
グノイス王が叫ぶようにマツリに反論した。
「ふーん、それなら、その神とやらに見放されたってことね」
「なんだと!」
口から泡を飛ばしてグノイス王が叫ぶ。
「陛下、ここはお下がりください」
セイシェルがグノイス王に声をかける。
「アトラス、お父様をお連れして。ここはセイシェルに任せましょう」
「分かりました」
グノイス王は「勇者たちとギルバートを殺せ!」と叫びながらアトラスに引きずられるように後方に下がった。
俺はグノイス王とアトラスの背中に向けて魔法を放とうと試みたができなかった。ルヴェン全体を守る防御結界とやらは起動してないようだが、まだ危機は去っていない。それでも俺は剣を抜いた。盾を落としてしゃがみ込んでいたサヤも剣を抜いて立ち上がった。マツリとサヤは杖を握りしめている。みんなの目はまだ死んでない。
「コウキ様、ここは私が」
ギルバートと数人のミカミ王国の騎士が前に出た。ギルバートたちだけがいつもの力を発揮できる。だが、相手は数百人だ。如何にギルバートであっても・・・。
ここまでなのか・・・。
「手違いで防御結界は発動してないみたいだけど、今ルヴェンには全部で2000人の騎士がいるのよ。それにコウキ、貴方たちが魔力を使えないことは何も変わっていない。これは勝負あったんじゃないかしら」とクラネスが言った。クラネスはずいぶん落ち着いている。勝利を確信しているのだろう。
「そうかしら」
クラネスを睨みつけてそう言い返したのはマツリだ。こっちも落ち着いている。マツリとクラネスは火花を散らして睨み合う。突然、マツリが杖を頭上に掲げた。俺もつられて上を見た。
俺はすぐにはその光景が信じられなかった。俺たち異世界人の魔力を妨害していた結界が、ドーム状に一帯を包んでいた結界が徐々にその輝きを失っていく。
「何が、何が起こっている」
叫んだのはセイシェルだ。隣のクラネスも顔面蒼白になっている。
「さあ、なんでしょう?」
やがて結界は完全に光を失い・・・消え去った。
「馬鹿な・・・」とセイシェルが呟きクラネスはマツリを睨みつけた。
「クラネス、あんた最初から気に入らなかったのよ。だから、あんたのことは見張らせていたのよ」
クラネスを見張らせていた? 一体誰に? 王宮の中にそんな者が?
「マツリ・・・。一体何が?」
「コウキ、女遊びもほどほどにしてよね」
「・・・」
「この女が碌でもないってことは最初に見たときから分かっていたわ。それにセシェルと通じているってこともね」
クラネスはマツリを睨みつけた。だが、マツリは涼しい顔をしている。
「私はあなたみたいに欲深くないから、女王じゃなくて王妃で我慢するわ」
そう言うとマツリは俺を見た。
「それとコウキ、側室は認めないわ。分かったわね」
マツリは笑顔だったが、俺は思わず頷いていた。
「カナっち、マツリさんのほうが勇者みたいに見えるね」
「サヤちゃんったら・・・」
そのとき俺たちの後方から4人の人物が走ってきた。ハル、ユイ、クレア、それになぜか可愛らしい獣耳のメイドがいる。ハルとユイは髪を茶色に染めている。
「遅いわよ」
マツリがハルに呼びかけた。
「いやー、なんとか王宮に潜り込んだんだけど、クラネスを見張れって言われてもなかなか大変だったんですよ。大体どこにいるのかも分からないのに・・・。マツリさん無茶言い過ぎなんですよ。まあ、カナンが役に立ってくれたんでなんとかなりました」
ハルたちと一緒にいるメイドはカナンという名前らしい。
「それで、クラネスを見張っていたら、魔導技術研究所へ入っていって、それで外で待ってたらクラネスが出てきたんで追いかけようとしたんですけど、しばらくしたら結界が生成されるのが見えたんです。それで慌てて魔導技術研究所に戻って結界を止めたってわけです」
それにしても、マツリがクラネスを見張るようにハルに頼んでいたのか。でも、ハルはどうやって王宮に・・・。あらかじめカナンとかいうメイドを忍び込ませていたんだろうか? 分からない・・・。
「それでどうやって結界を止めたの?」
「マツリさんこれよ」
ユイが手にしているのは魔石だ。
「魔導技術研究所の地下にあった結界魔法陣からこれを抜いたの。最初は壊そうと思ったんだけど壊れなくて、大体私たちも魔法が使えなくなっちゃたのよ。でもハルが魔石を抜くことを思いたの。そしたら、ちょっと時間はかかったけど、しばらくしたらこうなったってわけ」
「いやー、結界が発動する前に止めるべきでした」とハルが頭を掻いた。
結界に魔力を供給していた魔石を抜いたのか。やはり結界は壊せなかったようだ。異世界召喚魔法陣も同じなんだろう。
「まだ、終わってはいない。圧倒的に人数はこっちが上だ」
セイシェルは意外と落ち着いている。クラネスのほうはいつの間にか姿が見えない。
「竜巻!」
なんとセシェルが風属性の上級魔法を使ってきた。俺たちは竜巻を避けて後退した。
「全員、もう少し距離を取って囲め! あまり固まりすぎるな!」
セイシェルは範囲魔法を警戒しているようだ。騎士団長のくせにアトラスの姿はない。グノイス王やクラネスと一緒に安全なところへ避難したんだろう。
「コウキ、みんなに指示を!」
マツリの声に我に返った俺は「カナとマツリは範囲魔法の準備だ」と言った。サヤはすでに巨大な盾を構えてギルバートさんの隣に立っている。
「ふん、いくらお前たちでもそんな人数で勝てるはずがない」
確かにセイシェルの言う通りまだまだ人数差は大きい。
「よっぱど自信があるようですね。師匠」
そう言ったのはハルだ。
「でも、こっちにも援軍が来たようです」
巨大な狼とその背に乗った4人の姿が見える。
「ユウトくんたちだよ、サヤちゃん」
「よかったね、カナっち」
ユウトたちの後方にはミカミ王国の騎士たちの姿も見える。
俺たちのそばまで近づいたユウトにギルバートが「ユウト、ルヴェンにはかなりの数の王国騎士団がいるはずだが」と尋ねた。
「ギルバートさん、それは今ハワードさんやアイゼルさんたちが相手をしています」
「アイゼル師団長がいるのか?」
「はい。なんでもグノイス王に呼ばれてきたらしいんですけど、こっちに味方してくれるそうです」
俺は、あの歴戦の戦士のようなアイゼル師団長の顔を思い出した。アイゼル師団長はギルバートの師匠でもある。そうかあの師団長がこっちに味方してくれたのか・・・。
「ユウト、よく防御結界を破壊できたね」とハルがユウトに声をかけた。
「いやー、それがさ、ハワードさんの話では破壊したのは赤いドラゴンとヤスヒコらしいんだよ」
「え!?」
なんだって!
「赤いドラゴン、火龍だっけ、のブレスも凄かったらしいんだけど、ヤスヒコが使った巨大な光の剣を生成する魔法がそれ以上だったんだって」
巨大な光の剣・・・。
同じ勇者である俺には分かる。その魔法はヤスヒコの勇者として奥義なんだろう。だからこそ失われた文明の遺物である結界さえ破壊できたのだ。
「そうか、ヤスヒコが・・・」
「だけど、せっかくヤスヒコが壊してくれた結界がまた再生されそうになったんだ。でも僕たちが塔の地下にあった魔法陣から魔石を抜いたら、結界の再生も防げたんだ。ていうか最初から魔石を抜けば結界を壊さなくてもよかったのかな」
ハルたちと同じでユウトたちも魔法陣から魔石を抜いたのか・・・。ということは魔法陣自体は破壊できなかったんだろう。
「いや、それは分からないよ。しばらくは発動したままだったかも。こっちの結界は魔石を抜いてもすぐには消えなかった。外の魔法陣は巨大な装置だから魔法陣自体に相当な魔素が蓄積されているとか、空気中の魔素を取り込めるとか、いろんな可能性がある。ただ、最初に魔法陣を生成するときに一番魔素を必要としそうだから魔石を抜いたら再生を防げたとか・・・。いろいろ考えられるよ」とハルが説明した。
ハルの言う通りだ。魔法陣、特に失われた文明の遺物についてはすべてが解明されているわけではない。
とにかく、これで十分戦える態勢になった。
「みんな、一気にケリをつけるぞ!」
俺の声に全員が「おー!」と気勢を上げた。




