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8-18(久しぶりの王都ルヴェン).

「ハル、懐かしいね」


 そう話しかけてきたのはクーシーに騎乗しているユウトだ。クーシーにはユウトの他にもユウトの仲間全員が乗っている。クーシーは未だに成長している。冒険者ギルドで上級魔物に認定されたらしい。僕にはフェンリルやサリアナが使役していたケルベロスとさほど変わらないように見える。ちょっと小型のフェンリルだと言っても信じる人は多いのではないだろうか?


「うん」

「あれから、3年? もっとかな?」


 ユイも感慨深げだ。クレアは前方に見えるルヴェンの城壁を睨んでいる。プニプニに乗ったユイとクレアの髪が風になびく。ユイの髪は僕と同じく茶色に染められている。なんだか風の匂いまで懐かしい気がした。シデイア大陸の風は少しひんやりしている。


「城壁の外には、それほど街が広がっていないね」

「そうだね」


 ユウト言われて気がついた。以前ルヴェンにいたときには気にもしていなかったのに・・・。


 これまで訪問した大きな街ではたいてい城壁の外にも街が広がっていた。中には城壁の外の街の方が広い場合だってあった。帝都ガディスなんて、そもそも城壁は古いものがあるだけでぜんぜん目立たなかった。やっぱり、ゴアギールやゴアギールとの間を隔てるギディア山脈に近いせいだろう。


「それで、ハル、僕たちは普通に入るんだよね」とユウトが確認してきた。

「うん。ユウトはクーシーを連れているから、どうせ目立つしね」

「まあ、もともと僕はルヴェリウス王国に許可をもらって冒険者になったってことになってるしね」とユウトが苦笑いをする。


 それでもユウトたちが危険なことには変わりない。先の戦争にユウトが参加していたということも知られているかもしれない。それは僕たちも同じだ。それでも僕たちとユウトたちはここまで来た。


 僕たちとユウトたち一行はコウキたちより一足先にルヴェンを訪れることにした。コウキたちの安全のために何かできることがあるかもしれないと考えたからだ。


「さて、そろそろ準備するか」と僕が言うとユイが顔を顰めた。


 無理もない。僕、ユイ、クレアの3人はクーシーが引いている荷車に積み上げられている大量の魔物の死体の中に隠れるのだ。文字通り魔物の皮を被ってルヴェンに潜入するのだ。エイダンでの出来事から思いついた作戦だ。


「シャルカさん、プニプニをお願いします」とクレアが言った。クレアとシャルカさんは可愛いもの好きで意気投合している。

「クレア、任せろ」とシャルカさんが頷いた。


 クレアはプニプニから降りると一番に魔物の死体の中に潜り込んだ。潜り込んだだけじゃなくてあらかじめ内蔵を抜いて皮だけにしてある魔物の中に入った。「ユウト、僕の馬も頼むよ」と言って僕も馬を降りてクレアに続いた。そしてユイも僕の後に続く。


 僕たちが生きていることは、こないだの戦争はもちろんガルディア帝国の件などからも、ルヴェリウス王国にバレていると思う。ユウトたちと同じく堂々と戻ることも考えたが、帝国のスパイだったクレアがいるし自由に動けたほうがいいと判断してこの作戦を考えた。


 クーシーの牽く荷車の上でしばらく揺られた後、ユウトたちが門衛と話をする声が聞こえた。ずいぶん長い間話をしている。大丈夫だろうか? 


 僕の心配は杞憂に終わり荷車はまた動き出した。どうやら作戦は成功したらしい。


「ハル、ユイさん、クレアさん、急いで」


 ユウトの声に僕は魔物の皮の中から抜け出した。ユイとクレアも僕に続く。どうやらここは騎獣預かり所らしい。ユウトが上手く人目につかない場所でクーシーの巨体を盾にして僕たちを隠してくれている。


「ユウトありがとう」


 僕は小声でユウトにお礼を言うと、ユイとクレアと一緒に素早くその場を後にした。


「ハル、上手く言ってよかったね。凄くドキドキしたよ」


 ユイはそう言いながら自分の腕の匂いを嗅いで顔を歪めた。僕たちには魔物の匂いが染み付いている。


「とりあえず宿を取ろう。高級な宿は危険だから安宿になるけど、とりあえずお湯を貰って体を綺麗にしよう」


 その後、どう見ても本人確認などしそうもない安宿を見つけて偽名で宿泊した。冒険者証の提示なども求められなかった。どこにでも光と影はある。僕たちはこのために貧しい駆け出し冒険者の格好をしている。獣の匂いで臭かったこともむしろ功を奏したかもしれない。


 3人で一部屋を取って、なんとかお湯だけ貰って体を拭いた。チラっと見えたユイとクレアの白い肌が眩しかった。僕は後ろを向いていたがユイとクレアは堂々としている。


 体を拭き終わると「ハル、どうだった?」とユイが僕の顔を覗き込んできた。


「どうだったって?」

「なんだ、ハル、見なかったの?」と言ってニコっとした。すると、クレアが「イデラ大樹海では、いつも私の裸を見てました」と得意そうに言った。

「え、そうなの?」


 クレアが大きく頷いた。


「そ、そんなことないよ」

「ハル様、冗談です」


 ユイとクレアが顔を見合わせて笑っている。


「ハルが、凄く緊張してたから」

「そうだったんだ」

「うん、でも、コウキくんたちのためにも頑張らないとね」

「うん」


 僕たちはコウキたちの安全のために、一足早くルヴェンに来た。ルヴェンにはいろいろ仕掛けがあるかもしれないとキング公爵やギルバートさんが言っていた。


「そういえば、ハル、ルヴェンを出るときマツリさんとなんか話してなかった」

「ハル様、まさか、ついにマツリ様とも・・・」


 いや、クレア、マツリ様ともって・・・。


「マツリさんが、コウキを頼むって」

「そうか、マツリさんがコウキくんに黙ってそんなことを・・・。マツリさんも女の子だね」


 ユイがうんうんと納得している。


「ですが、ハル様、ここまでは来れましたが、ルヴェンにはもう一つ城壁があります。コウキ様たちを密かに護衛するためには中に入る必要が・・・」


 その通りだ。ルヴェンは二重の城壁に守られた街だ。一番内側に王宮や貴族の屋敷がある。そこまで入るにはもう一つの城壁を抜けなければならない。それは簡単なことではない。最初の城壁よりさらに厳重な検問があるからだ。





★★★





 次の日、僕たちはルヴェンの中にある勇者を記念する公園の一角でユウトたちと会った。公園の中は緑も多くあちこちに歴代勇者の銅像が立っている。やっぱり初代勇者アレクの銅像がひときわ立派だった。アレクはあまり日本人らしくなく両脇に大賢者シズカイと大魔導士ルグリを従えていた。シズカイはやっぱり少しユイに似ていて日本人ぽかったが、これらの像がどれだけ在りし日の姿を伝えているのかは分からない。アレクの銅像は何度も作り直されているからだ。


「それで、どうだった?」


 僕はユウトに訊いた。


「うん、朝になって宿に王宮から使いの人が来た。王宮に招待したいってね」


 予想通りか・・・。


「それで?」

「計画通り断ったよ。僕は、王国にも許可を貰って冒険者になったからってね。一応、今日はそれで引き上げてくれた」

「そうか」と僕は頷いた。


 ほんとはユウトが招待に応じれば王宮の中にも入れる。だけで、それじゃあ、あまりにもユウトたちが危険過ぎる。できれば、秘密裏に忍び込みたいのだ。コウキたちが来る前に・・・。

 だけど、これでユウトたちの存在が王国に知られていることがはっきりした。ユウトの身分を証明する冒険者証の名前はユウトになっているのだから予想通りではある。とにかく、あまり長くユウトがここにいるのは危険かもしれない。


「ユウトたちは、結界魔法陣のことを調べてみてほしい」

「予定通りだね」

「うん。アレクにあるやつのこともいろいろ聞いたんだけど、それからすると王都ルヴェン全体を覆うように結界を張れるような魔法陣があると思うんだ。アレクのと同じだとすると魔法陣は4つあるはずだ。あの巨大な城壁が怪しいから調べてみて」


 コウキはギルバートさんと1000人の騎士と一緒にルヴェンを訪れる予定だ。だけど、1000人もの騎士はルヴェンの中に入れてもらえないかもしれない。結界が発動されたらルヴェンの外で待機している騎士たちは中に入れない。だから結界のことを調べておきたいのだ。


「分かった。タロウもいるからなんとかなると思うよ」

「タロウの見たものってユウトにも分かるの」

「うーん、言葉にするのは難しいんだけど、なんとなくならね」

「そうか。やっぱりユウトは凄いな」

「いやー、僕が凄いんじゃなくてクーシーやタロウが凄いんだよ。それに仲間たちもね」


 そう言ってユウトはルルさん、シャルカさん、ミリアさんを見た。


「いえ、凄いのはユウ様です」とルルさん。

「ユウジロウ様は凄いのです」とミリアさん。

「まあ、ユウジロウが思ったよりやるのは確かだな。それに最近は男らしいだけじゃなくて、クーシーやタロウほどじゃないが、ちょっと可愛い気もしてきたな」とシャルカさんが言った。

「シャルカ、ユウ様は最初から男らしいだけでなく可愛いですよ」

「私はユウジロウ様は可愛いというよりカッコいい思います」


 うーん、ユウトは仲間に好かれている。


「ハル、どうかしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

「ハル様、私はハル様が一番強くてカッコいいと思います」とクレアが僕の耳元で囁いた。すると、ユイが「クレア、今、抜け駆けしようとしたでしょう」とクレアを可愛く睨んだ。


 そこでユウトが真面目な顔で「それで、ハルたちのほうは内側の城壁の中に潜入するんだよね」と確認してきた。

「うん」

「でも、内側の城壁を突破する方法はあるの?」

「考え中なんだ。クレアの身体能力ならなんとかなる場所があるかもだけど・・・」

「それじゃあ、見つかりそうだよね」

「うん、堂々と乗り越えようとしたら絶対に見つかるよね」

「ちょっと、考えてみるよ」


 引き続きユウトたちは外側の城壁とルヴェンの街の調査を続け、僕たちは内側の城壁の中に入る方法を考えることになった。


「ユウト、とにかく安全第一にな」

「分かってる。むしろハルたちのほうが危険だよ」

「いや、ユウトたちは王国にルヴェンにいることがバレているから、ある程度調べたらルヴェンを一旦出たほうがいい」

「そうだね。忠告ありがとう。僕は臆病だから、そうするよ」


 こうして僕たちはユウトたちと別れた。これからの連絡はタロウを使う予定だ。タロウには僕たちやコウキたちのことを覚えさせている。タロウはジャターという情報の伝達によく使われる魔物の特殊個体だ。その能力は普通のジャター以上に高い。

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