8-16(ルヴェリウス王国とゴアギール).
王宮の王族のプライベートエリアにあるその部屋には3人の人物の姿があった。
「どうしますか? このままでは」
この場で最も若い人物が最も年長の人物に尋ねた。
「ミカミ王国の独立を承認せざる得ない状況だ。だが、それは絶対にできん。異世界人など我らの言う通りにしていればいいものを・・・」
それは、この場にいる3人の共通見解だ。当然のように残り二人の人物も頷く。
「まさかガルディア帝国とドロテア共和国がミカミ王国を承認するとは・・・。忌々しい」
白くなるほど強く握りしめた年長の男の手は怒りで震えている。
「で、どうするのですか?」と若い人物が尋ねた。
「ふん、そうだな・・・」
この場で最も年長かつ地位の高い男は、少し考えてからフッと息を吐き出すと、さっきまでより少し落ち着いた口調で「勇者たちをここに招待しよう」と言った。
「勇者たちをここに? それで、その後は?」とローブに身を包んでいる3人目の人物が尋ねた。
「勇者たちをここで殺す」
少しの沈黙の後「勇者たちは招待に応じるでしょうか? 当然警戒していると思いますが」とローブの人物が訊く。
「ミカミ王国はルヴェリウス王国からの独立を宣言したのだ。世間的にも我らとなんの話し合いもしないというわけにもいかないだろう」
年長の人物の言葉に残りの二人も確かにそうかもしれないと思った。独立するのに全くルヴェリウス王国と交渉をしないというのは不自然だ。
「しかし、勇者たちは強いです。あのガルディア帝国を退けたんですから。しかも独立したということは自分たちが切り捨てられようとしていたことに気付いているのでしょう。ギルバートの奴もいます。我々に復讐したいとでも思っているのかもしれません」
ローブの人物の言葉に年長の人物は頷いた。
「忌々しいことにな。だが、だからこそ奴らは来る。そして強者を殺す方法はいくらでもある。例えば毒殺とかな」
「なるほど。しかし彼らだって警戒しているでしょう。そんなに上手く行くのでしょうか?」
しばらく二人の会話を黙って聞いていた一番若い人物が「何か考えがあるのですね?」と尋ねた。
「ここは数千年に亘って魔族と戦ってきたルヴェリウス王国の王都ルヴェンだ。ここに異世界召喚魔法陣があるのは偶然ではない。勇者たちが我らに逆らうことなどできない」
「異世界召喚魔法陣が? それに逆らえない?」とローブの人物が尋ねる。
「これまでも長い歴史の中で、我らに反抗しようとした異世界人はいた。だが、それが成功したことはない」
年長の人物の顔は醜く歪んでいた。本人は笑ったつもりなのだろう。
「異世界召喚魔法陣は、かつて人族が魔族に滅ぼされようとしていたとき、神が人族に、いや、ルヴェリウス王家に与えたものだ。あれが、ここにあるのは偶然ではない。そうだな、私の後継者たるお前たちには話しておくか。なぜ奴らが我らに逆らうことができないのか、その理由をな。この話は決して誰にも話してはならん。常に、この国の支配者たるルヴェリウスの者だけに伝えるのだ」
そして年長の人物は二人にその話をした。
年長の人物の話が一段落すると「そんなことが・・・」とローブの人物が呟いた。一番若い人物はなるほどとでも言うように納得した表情を見せた。
そんな二人の様子を見た年長の人物は普段以上に傲慢な表情で「そもそも異世界人ごときが我らに逆らうなど身の程を知らないにも程がある。勇者も含め異世界人など黙って我らに従っていればいいのだ。まあ、いい。あんな奴らはさっさと始末してまた代えを召喚すればいい」と言い放った。その目は強い光を帯びていた。
その言葉に残りの二人も頷いた。
★★★
「メイヴィス、コウキが、勇者が王になりましたよ」
「タツヤも勇者でしょう」
「まあ、そうなんですけど。それで、どうします。ルヴェリウス王国を襲撃でもしますか。チャンスですよね」
コウキたちはガルディア帝国を退けてジーヴァスの企み打ち砕いた。どうやらハルやユウトらしき人物もいたらしい。それにしても、ルヴェリウス王国からの独立を宣言するとは・・・。
コウキらしい。
「まあ、ルヴェリウス王国が分裂した今がチャンスかもしれないわね。でも、例の件がもう少しなのよ。そっちを優先したいんだけど」
最近メイヴィスはそっちのほうにかかりっきりだ。メイヴィスはジーヴァスには時間が無いと言っていたが、もしかしたらメイヴィスにも・・・。
「分かりました。俺だけでもちょっとルヴェリウス王国の様子を見てきてもいいですかね」
「もちろんよ。こっちにはグリマドスもいるしね」
グリマドスとはメイヴィスの側近の魔導士だ。眷属となった俺をメイヴィスが重用しても、あまり嫌な顔することもない、なんとなく憎めない小柄な魔族だ。
「でもタツヤ、千年単位で魔族と戦ってきたルヴェリウス王国を甘く見ないほうがいいわ」
「それはどういう?」
「え? そのままの意味よ」
言われてみれば、ルヴェリウス王国が簡単な相手ならメイヴィスだってとうに目的を果たしているのではないだろうか。勇者だっていつの時代にもいたわけじゃない。
「これまで私はいろいろ見てきたけど、魔族が完全に人族を滅ぼすことは無理なのよ。そうできている」
一番人族のことを憎んでいるメイヴィスの言葉とは思えない。
「そうできている?」
「まず、第一に数が違いする。繁殖力もね。これだけ数が違うと魔族が完全に人族を支配するのは難しい。この世界は広い。魔族には広すぎるのよ」
「なるほど。そうだとするとジーヴァスのやろうとしたことはあながち間違いではありませんね」
「そうね。人族を使って人族を支配する。もしくは人族同士を争わせて人族を滅ぼす。最終的にはそれしかないかもしれないわ」
それこそ、まさにジーヴァスがやろうとしたことだ。
「でも、歴史を見ると一度だけ魔族が完全に勝利しそうになったことがありましたよね?」
「そうね」
俺とメイヴィスはしばらく見詰め合った。別に愛を囁こうと思ったわけではない。
「そういえば、ジーヴァスはどうしているのでしょうか?」
俺のほうから話題を変えた。あの食えないジーヴァスが落ち込んでいる顔を想像すると笑ってしまう。
「勇者たちのせいで完全にジーヴァスの目論見は潰えたように見えるわね」
「見える?」
「いえ、潰えたんでしょうね。今から、またジーヴァスが人族を支配することはできない」
「ですよね」
帝国のようなジーヴァスの傀儡国家をまた一から作り上げるのは不可能だ。メイヴィスはもうジーヴァスには時間が無いと言っていた。
「それなら」
「でも、ジーヴァスは諦めない。ううん、諦めないというか最期まで足掻くでしょうね。少なくともジーヴァスの計画を邪魔した者たちに一矢は報おうとするでしょう。あいつの性格なら」
「面倒な性格ですね」
「そうね」
まあ、メイヴィスの許可もでたし、ちょっとルヴェリウス王国の様子でも見てくることにするか・・・。可能なら、アカネを殺したものたちへの復讐を実行してもいい。だが、メイヴィスはルヴェリウス王国を甘く見るなと言った。
「メイヴィス、ちょっと火龍を借りてもいいですかね?」
「かまわないわ。そうそう、ルヴェリウス王国へ行くのならちょっと頼みがあるの。できたらでいいわ」
★★★
「エリル様、これでジーヴァスの計画は終わりですね」
「そうだな。だが、サリアナ、ジーヴァスが死んだわけではない」
「といいますと?」
「まだ、奴は何をしでかすか分からん。それに、奴は長くない」
「え?」
「奴はそろそろ寿命が尽きるんじゃないかと思う」
「エリル様には分るのですか?」
「間違っているかもしれないが、なんとなくな」
ジーヴァスは四天王の一人だ。魔王には四天王のことがある程度分るものなのかもしれないとサリアナは思った。サリアナもその辺りことはよく知らない。なんせサリアナはデイダロスと並んで四天王の中では新参者だ。
「なので、シーラ叔母を通じてハルたちに注意するように伝えておこうと思う」
「ジーヴァスがハル様に何かすると?」
「分からん」
「しかし、今更意味があるとは思えませんが・・・」
「そうだな。だが、意味があろうがなかろうがジーヴァスが自分を邪魔した者に何もしないとは思えない」
サリアナは四天王の中では比較的合理的な思考の持ち主である。だからこそ、真っ先にエリルの人族との融和策に賛成した。もちろんエリルのことを気に入ったのもある。そのサリアナにしてみれば、ジーヴァスの考えは全く読めない。普通に考えれば今回の件でジーヴァスの野望は潰えた。人族の有力国家であるガルディア帝国の支配権を失っただけでなく側近二人を失った。
待てよ・・・。
「エリル様、今回の件でジーヴァスは、側近のうち二人、炎の化身アグオスと剣魔インガスティを二人を失いました。しかし、私は見ていませんが、二人は魔石に変わったとか。まるで迷宮の魔物のように」
「たぶん、それがジーヴァスの固有魔法だったんだろうな」
「はい。だとすると、また固有魔法で創ることができるのでしょうか?」
「できるんだろうな。ただし、それにはいろいろ制限があるのではないかと予想している」
「制限が?」
「ああ、メイヴィスの死者蘇生と同じだ。強力過ぎる固有魔法故に何らかの制限があるのではと思う。まず、創れるのは3体までだと思う。これまでもそうだったしな」
「それはそうですね」
「それと、後は時間だ」
「創るのに時間がかかると」
「そうだ。他にも何か制限があるかもしれない。まあ、ただの推測だ」
サリアナはエリルの言ったことを考えてみる。確かにいつでもどこでも強力な側近をすぐに創り出せるとするとちょっと強力過ぎる気はする。
「とにかくサリアナ、このままジーヴァスが何もしないとは思えない。引き続き注意が必要だ。あとは・・・」
「メイヴィスですね」
「ある意味こっちのほうがもっと問題だ。黒髪のメイヴィスの側近、異世界人ではないかと疑ってはいたが」
「まさか、勇者だとは」
「うむ」
エリルがハルから聞いてきたところによると、なんとあのメイヴィスの側近は勇者だというのだ。しかもハルの親友だとかでハルはメイヴィスの側近のことをとても気にしているらしい。今回の異世界召喚では勇者も賢者も二人召喚されたのだ。しかし、メイヴィスの固有魔法で勇者を眷属にできるとは、サリアナも最初に聞いたときには、驚きを通り越して唖然とした。それは、どうやらエリルも同じだったらしい。
「とにかく、今回の召喚にはいろいろと異例なことが多い」
サリアナは他にもエリルが何かハルから聞いているのではと疑っている。ハルたちはしばらくの間、あのエラス大迷宮に籠っていたらしい。そこで『鉄壁のレティシア』と知り合ったらしいのだ。そのことが何か関係しているのではとサリアナは考えている。
サリアナはエリルを信頼している。
エリルが話さないということは、そのほうがいいとエリルが判断しているということだ。必要になれば話してくれるだろう。




