8-15(建国とその後).
「ガガサトとフランちゃん行っちゃったね」
「うん」
巨大な魔導船が岸壁を離れて、だんだん小さくなる。白く泡立った航跡が手前のほうからが消えていく。しばらくすると帆が張られていくのが見える。帆が風に膨らむ。岸壁を離れるときには魔導エンジンだけを使っているが長い航海では帆との併用になる。
ガガサト、フラン、元気でね。幸運を祈るよ。
「ハル様、いつかバイラル大陸にも行ってみたいですね」
「うん」
頬に海水で湿った風を感じる。
「大きくなったガガサトやフランにも会いたいしね」
本当にいつかそんな日がくればいい。でも確実にそれに近づいている気がする。
「二人には俺と違って両親が待ってる。きっと幸せになる」
カナン・・・。急にちょっと強い風が吹いてカナンの真っ白な髪が揺れる。
「カナンはバイラル大陸に帰らなくてよかったんですか?」
クレアがカナンに訊いた。
「いいんだよ。貧民街の奴らもいる。それに、なんとなくそうしたほうがいい気がしたんだ」
「そうですか・・・」
違法奴隷の件が改善されたとしてもこっちに渡ってきて、いろいろな理由で貧民街に流れ着いたバイラル大陸出身者は多い。その中にはカナンよりも小さな子供たちもいる。残念ながら、未だに差別感情だってある。
「そういえば、カナンは男の格好に戻ったのに髪を伸ばしたままなんだね」と今度はユイが言った。
確かに、カナンの真っ白な髪は長い。特に顔の左側は前にも伸ばしていて左目が見えにくいんじゃないかと思う。
「なんだか、男装している女の子に見えますね」とクレアが言った。
「そんなことよりさ、ユイは魔法をクレアは剣をまた教えてくれよ」
「いいよ」
「手加減はしませんよ」
カナンはここまで僕たちと一緒に来る間もユイから魔法をクレアから剣を習っていた。獣人系は身体能力強化に優れる場合が多く。もともと素早かったカナンはなかなか筋がいいとクレアが言っていた。ある意味それは予想通りだったのだが、カナンが風属性魔法を使えることには驚いた。試しにと魔導書を買って試してみた結果だ。魔導書は高価だが僕たちはお金には全く困っていない。困っていないどころかエラス大迷宮を攻略した僕たちは相当な金持ちだ。
というわけで、カナンは風属性魔法をなんと中級まで使えることが分かった。外見からすれば水属性魔法が似合ってそうだけど・・・。風属性魔法は剣士と相性がいい。クレアやヤスヒコを見れば分かる。その上、カナンは中級まで使えるのだ。これは凄いことだ。風属性魔法の中級は稲妻だ。相手を一瞬硬直させる効果がある。これと素早い剣士の相性は抜群に思える。そのことはカナンにも伝えている。ただし、クレアのように生活魔法程度を補助的に使うくらいならともかく、僕たち異世界人と違ってこの世界の人にとっては身体能力強化をしながら属性魔法を使うことは不可能に近いほど難しい。そうでなけばみんなそうしている。だけど、僕はなんとなくカナンならできそうな気がしてアドヴァイスした。特に根拠はない。勘のようなものだ。そういえばブリガンド帝国で冒険者のイルティーカにも同じようなアドヴァイスをした。
そうそう、それに加えてカナンはやっぱり認識阻害の固有魔法を持っていた。これには、みんな納得した。カナンが僕たちの後を付けてきたときに、この世界の人より魔法探知に優れている僕やユイでも見失うことがあったからだ。認識阻害はあの大盗賊オーガスト・デュパンが持っていた。カナンの場合、過酷な経験の中で発動したのかもしれない。とにかくカナンは才能の塊と言っていい。
「ハル、それにしても違法奴隷の調査からこんなことになるなんてね」
「そうだね」
クレア、ユイ、カナンはプニプニに乗っている。クレアは自分の前にカナンを乗せようとしたが、カナンは嫌がって一番後ろに乗っている。ガルディア帝国を退けた後、僕たちは一旦トラリアに戻った。そしてプニプニと再会しカイワンまで足を延ばして、さっきガガサトとフランを見送った。ジャイタナさんとジネヴラさんも同じ船で帰国した。二人はガガサトとフランを直接両親の下に送り届けると言っていた。ジャイタナさんはカナンがバイラル大陸に帰らないと言うと、とても心配そうだった。ジャイタナさんはカナンと同じバデナ村の出身だ。ジャイタナさんは、あのとき村にいなくてカナンたちを助けられなかった。きっと思うところがあるのだろう。
「とりあえず、カナンをトラリアまで送ったら、その後どうするの?」
「まだ、何も考えてない」
「レティシア様は、このまま正式な大公になるんでしょうか?」
「どうだろう」
レティシアさんが大公になったらよい国になりそうな気がする。レティシアさんはリーダーシップがある。そして何より決断力がある。施政者に向いていそうだ。
「それはそうと、コウキ、本当に王様になっちゃったね」
「うん」
あのアレクでの会議から2週間後、勇者コウキを王とするミカミ王国の建国とルヴェリウス王国からの独立が世界に宣言された。ミカミ王国にはすべての元ルヴェリウス王国ヨルグルンド大陸側の領主たちが参加した。もともとヨルグルンド大陸側はキング侯爵を盟主とする領主の集まりだったのでこれは予想された結果だ。
マツリさん、サヤさん、カナさんは王様であるコウキの側近という立場だ。あのときの話の通りで、キング侯爵が宰相でギルバートさんが騎士団長に就任した。元の状態からそれほど変化はないので国としての体裁はすぐに整った。僕たちとユウトたちは引き続き国の外から協力するという立場だ。コウキには戻って来いと言われたが自由な立場のほうが今回のように貢献できることもある。ユウトのほうはもともと自由を求めてルヴェリウス王国を出たのだから当然の判断だ。
いち早くミカミ王国の独立を承認したのはドロテア共和国だ。ドロテア共和国は大公代行のレティシアさんの名で承認とお祝いの声明を発表した。もちろん、裏では僕たちも働きかけた。
「ミカミ王国のことは、ここでも凄く話題になってるよね」
もともと勇者コウキの出現はこの世界にとって大事件だった。その勇者がガルディア帝国の侵攻を退けて建国したのだから話題にならないほうがおかしい。
「ハル様は、コジマ王国を作らないのですか?」
「え、まさか、そんな予定はないよ」
「そうですか。ハル様とユイ様は、今回の件でも大活躍でした。勇者様以上の英雄だと思うのですが」
クレアは相変わらず僕とユイを持ち上げてくれる。
「それより、さっきも言ったように自由に生きて、バイラル大陸とかいろいろ行ってみようよ」
「確かに、そのほうが楽しそうですね」とクレアも顔をほころばせた。
「そうそう」とユイも頷いている。
「でも、その前にやることがあるけどね」と僕は言った。
「なんだ、そのやることってのは。俺も協力できるのか?」
「そうねー。カナンがもうちょっと強くなったらね」とユイが言った。
「今でも俺は強いぞ」
「では、私から一回でも一本取ったら、私がハル様にお願いしてみましょう」
いや、それは僕にも無理だ・・・。
「ちぇ、二人ともケチだな」
「ちょっと、ケチって」
うーん、なんかのどかだ。
「そうだ、カナン、これを渡しておくよ」
「これは?」
カナンは僕の渡した小さな金属の棒のようなものを見て言った。
「これは、新型の奴隷の首輪を外すための鍵だよ。魔力を流せば誰でも使える。これがあれば僕やユイがいなくてもあの首輪を外せる」
これは、トマス・ケスラ研究所で新型の奴隷の首輪と併せて開発されたものだ。トマス・ケスラ研究所の元研究員を徹底的に追求して手に入れたものでトラリアでレティシアさんから受け取った。通常の奴隷の首輪に対しても正規の奴隷商人が持つ首輪を外す魔道具が存在する。なので同じような魔道具が新型の首輪に対してもあるのではと想像はしていた。
「カナン、それを悪用してはいけませんよ。ハル様はあなたを信用してそれを託したのです」
「わ、分かった」
本当に悪事を犯すなどして、この世界のルールに則り奴隷になったものを勝手に解放してはいけない。ただし、わざわざ新型の奴隷の首輪を着けられているのは違法奴隷だけだと思う。なので実際にはカナンが悪用することはないだろう。クレアが言ったのは念のためだ。まだまだ開放されていない違法奴隷がたくさんいる。ここドロテア共和国だけでなくガルディア帝国にもルヴェリウス王国にもだ。それくらい違法奴隷取引は幅広く行われていた。バイラル大陸出身で自らも違法奴隷にされていたカナンにはこれを持つ資格があるだろう。
さて、あとは・・・。
「ハル様、今回の件はガルディア帝国と四天王ジーヴァスには大きな痛手です。この後、ガルディア帝国はどうなるのでしょうか。まさか将来レオナルド様が・・・」
ガルディア帝国はクレアの故郷だ。そしてクレア自身、皇帝ネロアと関係の深い騎士養成所の出身なのだ。ガルディア帝国はドロテア共和国に続いてミカミ王国を承認した。だけどガルディア帝国はまだ混乱中だ。皇宮からはネロアの家族や複数の側近が姿を消したらしい。今、実権を握っているのはクラッグソープ家やクレアとも縁の深いビダル家など旧貴族家だ。黒騎士団は皇帝ネロアへの忠誠を叩きこまれていた分、そのネロアと団長イズマイルが魔石となって消えた今、何もできない。獣騎士団も壊滅している。
僕は別れ際にレオナルドさんに、転移魔法陣を探すようにアドヴァイスした。ゴアギールとガルディア帝国を繋ぐ転移魔法陣がどこかにあると思う。ジリギル公国の例を見ても分るように、この世界には思ったより多くの転移魔法陣が存在している。
「あとはルヴェリウス王国がどうでるか、だよね」
ユイの言う通りだ。この世界の大国であるドロテア共和国とガルディア帝国はミカミ王国を承認した。しかし、ルヴェリウス王国は未だにミカミ王国を承認していない。ミカミ王国はもともとルヴェリウス王国であり、そこから独立したのだから簡単ではないだろう。
だけど、コウキの、僕たちの目的は多くの日本人を殺してきたルヴェリウス王国上層部にそれに見合う罰を受けてもらうこと、そして人族と魔族との和解だ。今回の件でそれに一歩近づいたことは間違いない。
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