8-14(ルヴェリウス王国からの独立).
アレクの領主館で戦後の会議が開かれた。参加者は、エルロウ・キング侯爵、その側近が数人、ヨルグルンド大陸側の領主たち、ギルバートさん、コウキたち、ユウトたち、そして僕たちだ。
「勇者コウキ、それにその仲間たちよ、よくやってくれた。今回の戦い正直勝利できるとは思っていなかった」
キング侯爵が大きな声で僕たちを称賛した。キング侯爵は大柄で陽気な感じの人だ。側近たちや領主たちもキング侯爵の言葉に頷きながら感謝の言葉を口にする。場は明るい雰囲気に満たされている。当たり前だ絶体絶命の戦いを勝利したのだ。
「戦い前の雰囲気とは正反対だよ」
コウキが小声で教えてくれた。
「まるで図ったように、ここぞという場面でハルたちが現われた。全く・・・。冒険者ギルドに残された助けに行くっていう伝言だけじゃ何も分からなかったぞ」
「いや、ほんとに、こっちもいろいろあったんだよ」
それにしても、ギリギリだった。
「私が助かったのはユウトくんのおかげだよ」
「カナっちよかったね」
気のせいか、ユウトを見るカナさんの顔が赤い。ユウトは冒険者ギルドに僕が残した手紙を見て僕より一足早く戦場に駆け付けカナさんの危機を救ったのだ。
ユウトのほうは「いやー」とか言って照れている。それをユウトの仲間の3人が微妙な表情で見ている。やっぱりユウトには・・・。別にうらやましくはない。
「それにギルバートの働きも素晴らしかった。さすがに剣聖だけのことはある。シトラスのことは残念だった」
ギルバートさんと同じ剣聖であるシトラスという人は、イズマイルとの戦いの中で亡くなったのだ。側近たちからも今度はギルバートさんとシトラスさんに対する称賛の声が上がる。僕たちが駆けつけるまで何とか持ちこたえたのも、僕たちやコウキたちがネロアやイズマイルと少数で戦うことができたのもギルバートさんたちの奮戦があったからこそだ。
「そこでだ」
キング侯爵がコウキの方を見ている。
「これを機にアレクを中心としたヨルグルンド大陸側の地域は、ルヴェリウス王国から独立することにする!」
キング侯爵の独立という言葉に沈黙がこの場を支配した。
しばらくして、側近の一人が「独立ですか・・・?」と呻くように尋ねた。財務部門を統括する最側近で確かリチャードとかいう名だ。国でいえば宰相のような存在だろう。
「そうだ。考えても見よ。グノイス王は我らの危機に大隊一つ500しか援軍を寄こさなかった」
「確かにそうですが、コウキ様たち勇者一行を派遣し、実際に勝利しました」
「それは結果だ。そもそもグノイス王は我らだけでなく勇者一行も切り捨てるつもりだったのだ。そうだなギルバート」
「はい。私はルヴェンでの会議にも参加しました。魔族との最前線にいる第二と第五はともかく、第一師団からもう少し援軍を出しても良かったはずです。私はそう進言しましたが断られました」
キング侯爵は、うむと頷くと「それとジョンルカ」と別の側近の一人に声を掛けた。
「ジョンルカには諜報活動を担当させている」
ジョンルカは頷く。
「帝国をバルトラウト家が支配するようになって以来、ヨルグルンド大陸側ではずいぶん領土が削られました」
それは周知の事実だ。
「帝国は仮想敵国です」
皆、ジョンルカの次の言葉を待つ。
「ヨルグルンド大陸側での帝国の脅威はシデイア大陸側よりも身近なものです」
ジョンルカは当たり前のことを説明している。
「ですから、私はエルロイ様の命を受けて長年帝国での諜報活動を行っておりました。いえ私の前任者やその前も含めてです。ですから、それなりに伝手を持っています」
それはそうかもしれない。戦争とは情報戦でもある。
「グノイス王が帝国と水面下で交渉していたとの情報があります。我らを見捨て自分たちだけが生き残る交渉です。どうやら異世界召喚魔法陣を盾にして交渉していたようです。この情報は帝国側からだけでなくグノイス王側からも漏れてきました。どうやら交渉はあまり上手く行っていなかった様子ですが・・・」
やはりグノイス王はアレクを中心としたヨルグルンド大陸側を見捨てるつもりだったのだ。異世界召喚魔法陣を盾にしての交渉があまり上手く行っていなかったのはガルディア帝国を支配していたのがジーヴァスたちだからだ。
「ハル、実はここへ派遣される前に、俺もある筋から同じ情報を得ていたんだ。まあ、ギルバートさんも同じ結論に達していたから情報ってほどでもないが」
なるほど、コウキもいろいろ動いていたというわけだ。
「諸君、そういうわけだ。グノイス王がそういう考えなら我らも独立しようと思う。今ならグノイス王もガルディア帝国も何もできまい」
皇帝ネロアと黒騎士団団長イズマイルが殺され、しかも魔石に変わったところを多くの騎士に目撃されたことで、ガルディア帝国は混乱状態だ。獣騎士団も壊滅している。少なくとも200年に渡ったバルトラウト家の支配は終わることになるだろう。
「私は賛成です。エルロウ様が王になって独立すべきです」
側近の一人がこの場の趨勢を代表して大きな声で賛意を示した。よく考えてみれば今がチャンスだと思い至ったのだろう。
「いや、王は私ではない」
「い、今なんと?」
最側近のリチャードが訊き返した。
「王は私ではなく勇者コウキだ」
僕は思わずコウキを見た。
「ハル、これは俺とエルロイが戦前に交わしていた約束だ。エルロイは約束を守ってくれるようだ。俺の目に狂いはなかった」
そういうことか・・・。コウキはさすがだ。
「初代勇者の名を冠するアレクを王都として独立する国の初代王として勇者コウキをほどふさわしい者はおるまい」とキング侯爵が言った。
コウキは立ち上がると皆を見回した。
「俺が王になっても宰相はエルロイに任せる。実質的な国の運営は今までと大きく変わらない。新しい国の騎士団長はもちろんギルバートだ。どうだ?」
何人かの側近や領主たちが「私はそれで構いません」、「新しい国に参加します」などと即答した。勇者の治める国、それはある意味憧れのようなものだ。そもそもルヴェリウス王家には古の勇者の血が流れていると聞いている。
コウキやマツリさんたち、それにギルバートさんも全然驚いていないから予め話はできていたのだろう。
「ねえ、ハル、ルヴェリウス王国はどうでるかな?」
「どうかなー、少なくとも今は何もできないと思うけど・・・」
ルヴェリウス王国には3つの師団が残っているけど、うち二つがゴアギールとの国境を守っている。おまけに勇者たちもいない。すぐにどうこうはできないと思う。むしろこの後コウキがどうするかだ。
そこでキング侯爵が発言した。
「皆、これは強制ではない。新しい国に参加したくない者は10日以内に申し出てくれ。ルヴェリウス王国に残ったからと言ってすぐに我らが貴公らの領土を攻めたりはしない。ただし・・・」
一旦、キング侯爵はそこで言葉を切ると、より大きな声で「ルヴェリウス王家には思うところがある」と言った。
これは脅しなのだろうか?
もともとキング侯爵はルヴェリウス王国のヨルグルンド大陸側の盟主であり人望も厚いと聞いているから、ほとんどの領主が新しい国に参加すると思う。
コウキの、そして僕の目的にとっても、これは大きな一歩だ。




