8-8(ドロテア共和国議会).
ハルたちがコウキたちの下へ駆けつけた数日前・・・。
トルースバイツ公国の公都トラリアではドロテア共和国の議会が開かれていた。議場にはドロテア協和国を構成する5つの公国で選ばれた議員が集まっている。その中にはそれぞれの公国の議員の中から選ばれた5人の公主も含まれている。
今日の会議で議長を務めているのはニダセク公国の公主サウロス・ボッツだ。サウロスは5人の公主の中で最年長であり、そして無駄に年齢を重ねているわけではない老獪さを備えている男だ。そのサウロスはこれは面倒なことになりそうだと感じていた。議会の前にニダセクの英雄イネス・ウィンライトからいろいろと話を聞かされていたからだ。はっきり言って、ニダセク公国においてサウロスなどよりもイネスのほうがよっぱど影響力がある。
議事は予定通りに進行した。ジリギル公国の公主である女傑シーナ・スプロットがその発言をするまでは。
「なぜ、共和国軍をルヴェリウス王国へ派遣しているのだ?」
シーナはトルースバイツ公国の公主でありドロテア共和国の大公であるジェフリー・バーンズを睨みながら言った。
「前回、説明したはずだが、ルヴェリウス王国は国境付近の我がドロテア共和国系の住民やガルディア帝国系の住民を差別し虐げている。これに対してガルディア帝国が改善を要求したが聞き入れる気配がない。そこでガルディア帝国は虐げられている人々を保護するために止むなく騎士団を派遣した。我が国にも協力要請があったのだ」
「国境付近の住民を保護するにしてはガルディア帝国騎士団はアレクに迫っているという情報もあるが?」
「それは、ルヴェリウス王国が抵抗を止めないからだ」
実際、すでにイネス・ウィンライト率いるドロテア共和国軍はガルディア帝国騎士団と合流すべくアレクを目指している。
「ふん、ところでジェフリー、バイラル大陸の住民が違法に奴隷にされているとの噂を知っているか?」
「聞いたことはある。バイラル大陸との関係もあるから私も憂慮している」
「憂慮しているか・・・。お前がガルディア帝国と組んでやっていることだろう」
「な、なんてことを、言いがかりだ。いくらシーナと言えども許さないぞ」
そのとき議場の入り口が騒がしくなった。
「イネス様、困ります」
議場に入って来たのはこの国の英雄イネス・ウィンライトだ。その後ろには数人の人物が続いている。議場にいる何人かはその中の一人がバイラル大陸からの特使ゴンドであることに気がついた。ゴンドは大柄で2本の角を生やした目立つ容姿をしている。
「イネス、この騒ぎは何だ!」とジェフリーが叫んだ。
「ほう、ジェフリー、俺を呼び捨てにするとは偉くなったものだな」
イネスは世界に3人しかいないSS級冒険者だ。ドロテア共和国は王政はとっていないが、他国であれば王族と同等の地位にある。
「イネスをこの場に呼んだのは私だ」と議長であるニダセク公国の公主サウロス・ボッツが言った。
「私は聞いてないぞ」
「まあ、言ってないからな」
議長であるサウロスは事前にイネスから聞いていた。ジェフリーとマルメの公主以外の公主たちにも伝えてある。
「ジェフリー、これはお前を裁く場だ。裁かれるお前に事前に伝えるわけがないだろう」とジリギルの公主シーナ・スプロットが馬鹿にしたように言った。
「シーナ、貴様、俺を嵌めたのか」
そのとき、イネスの後ろにいたゴンドが何かをジェフリーに投げつけた。それはジェフリーの前の机に当たり跳ね返るとジェフリーの額に傷をつけた。
「うっ! な、何を!」
ゴンドは「それは、お前がガルディア帝国と一緒に開発した新型の奴隷の首輪だ! これでお前たちは我らが同胞を違法に奴隷にしていた。これをつけると主に逆らえないだけでなく、奴隷になった経緯を話すことができなくなる」と吐き捨てるように言った。
「な、何の証拠があって」
「確か、バイラル大陸からの特使のゴンドさんでしたな。証拠はありますか?」と議長のサウロスが尋ねた。
ゴンドはサウロスに頷くと議場の入り口の方を見た。入り口から多くの人がゾロゾロと入って来た。
「彼らはトラリア魔術学園で保護された違法奴隷だ」
議場から「トラリア魔術学園?」などの声が上がる。
「ジェフリー、お前と関係の深いトラリア魔術学園の建設中の施設の中に彼らは囚われていた。彼らの多くは数カ月前に襲撃されたバイラル大陸のグジキル村の出身者だ。グジキル村の彼ら以外の住民は全員惨殺されていた!」
ゴンドの怒りの籠った告発に議場は静かになった。静かになった議場に「まさか・・・」、「住民を惨殺」、「村ごと襲撃・・・」などの囁きが聞こえる。
「そんなとことは、私だって知らない。何の証拠があって」
「ジェフリー、調べはすでに済んでいる。お前とマルメ以外の公主たちにも報告してある。彼らの多くが奴隷になる過程でジェフリーとか大公とかいう言葉を耳にしている。あと帝国とかホロウとかいう言葉もな」
「こ、こんな奴らの証言など信用できるか!」
「こんな奴らだと! 我が同胞に対して!」
ゴンドが叫ぶ。
「ジェフリー、語るに落ちるとはこのことだな」とイネスが言った。
「イネスさんの言う通りだ。同じドロテア共和国人として恥ずかしい。ゴンドさん、心からお詫びする」とシーナは起立するとゴンドや元奴隷たちに頭を下げた。議長のサウロスを含む他の4人の公主もシーナに倣って起立すると頭を下げた。議員の中にもそれに倣って頭下げている者もいる。
「証拠が、証拠がない! おい、マーカム、頭なんか下げてないで、お前もなんか言え!」
まだ、ジェフリーが叫んでいる。マーカムとはマルメ公国の公主だ。
「これだけ、多くの者が証言しているんだぞ」
議長のサウロスの言葉にジェフリーはまだ「証拠が、証拠が」と叫び続けている。
「連れてこい!」
ゴンドの指示にまた数人の人物が引き立てられてきた。
「こいつらは、トラリア魔術学園の施設を守っていた者とトマス・ケスラ研究所の研究員だ。お前が帝国と計って違法奴隷取引に関わっていたと証言してくれた。そうそう、お前が開発させた新型の奴隷の首輪を彼らに装着したらとても協力的になったぞ」
ジェフリーの顔は真っ青だ。
「な、なぜ、新型の首輪を・・・」
「我らが同胞から外した首輪を使っただけだ」
「そ、そんな、あれは、外せるはずが・・・」
ジェフリーは自白していることに気がついていない。
「ジェフリー、もっと決定的な証拠を見せてやろう」
ゴンドがそう言うと一人の少年が議場に入って来た。真っ白い髪をした獣人系の少年だ。
「カナン、辛いだろうが、頼む」
少年は頷くと話し始めた。
「7年前、俺の住んでいたバデナ村は襲撃された。両親は死んだ。俺と俺の姉は奴隷として捕まり船に乗せられてこっちの大陸に渡ってきた」
少年は淡々と自らに突然降りかかった災難について語った。そして語り終わったとき、議場には沈黙が訪れた。
「ホロウとかいう貴族は俺を売った奴隷商と一緒に何度か俺の主を訪ねてきた。奴隷商の元締めがホロウであることは間違いない」
さっき少年は、少年の主だったのはガルディア帝国の貴族ジェイソン・エジル子爵だと話した。少年の姉を死に追いやった男だ。
「そうそう、こっちの大陸に渡って最初に奴隷たちが集められた場所で、俺はそこにいる男に会った」
少年は顎でしゃくるようにして大公ジェフリー・バーンスを示した。
「う、嘘だ。私はそんな場所は知らない!」
少年は馬鹿にしたような顔して「嘘じゃない。お前がいた」と言った。
「こんな子供の言うことを信じるのか!」
この場にいる者たちには、大公の動揺が全てを証明しているように見えた。
「あのとき俺は、その場で一番偉そうにしていたお前の手に噛みついた。そして取り押さえられ殴られた」
白髪の少年はポケットからハンカチを取り出した。
「お前は、このハンカチで自分の手から出ている血を拭った。さらに俺の口から出ている血を拭って、可愛い顔をしているな、と言ってこのハンカチを俺に投げつけた」
白髪の少年はそのハンカチを見せびらかすようにひらひらとさせた。
「ちょっとそれを見せてみて」
ジリギル公国の公主シーナ・スプロットはそう言うと白髪の少年に近づいてハンカチを受け取った。
「確かにバーンズ家の紋章があるわ。あと血の跡もね」
「そんなもの誰だって偽造できる」
「ふん、ジェフリー諦めが悪いわね。本物かどうかは調べればすぐに分かる。特注でしょうからね。それに、血が付いていれば魔力痕だって調べられる。どうするの?」
「あ、あ・・・」
ジェフリーは口を動かすだけで言葉が出てこない。拠点を抑えられ、50人以上の奴隷の証言があり、拠点を守っていた者たちやトマス・ケスラ研究所の研究員たちも逮捕されている。そして、最後に白髪の少年の証言と証拠のハンカチだ。ジェフリーは自分の運命を悟った。
「大犯罪人ジェフリー・バーンズを拘束しろ!」
議長であるニダセク公国の公主サウロス・ボッツの指示によってジェフリー・バーンズは拘束された。
「そうそう、偶々我が国を訪れていたガルディア帝国の商人カイゲル・ホロウも拘束している。我々は大切な交易相手であるバイラル大陸の多くの国家に対して多額の賠償金を支払う必要がある。なんせお前たちはここ数年で100人単位の違法奴隷をバイラル大陸から攫ってきたんだからな。それ以上の人数の住人を惨殺してだ。奴隷の中にも少年の姉のように悲惨な死を遂げた者もいる。帝国にも厳しく抗議せねばならん」
サウロスの言葉にバイラル大陸からの特使ゴンドは大きく頷いた。
議場から引きずり出されたジェフリーを見送った後、議長のサウロスは「さて、大公ジェフリー・バーンズはその職を失いました。とりあえず大公不在となり、しかもドロテア共和国軍はガルディア帝国軍と合流すべくルヴェリウス王国に侵入しています」と言った。
「大公が何らかの理由で職務を果たせなくなったときの代行の順番からいうとマルメ公国の公主マーカム・フィールド殿が大公代行ということになるのでは?」
落ち着いた口調でそう言ったのはヴェラデデク公国の公主ランドルフ・ピックマンだ。銀色の髪を長く伸ばし知的な目をした紳士だ。
「ランドルフ殿、その通りです」
「だが・・・」
「ええ、ランドルフ殿、マルメ公国はトルースバイツと親しい。しかも違法奴隷はカイワンから運ばれていることが分かっています。マーカム殿!」
「ひっ! わ、私は、た、大公代行は辞退します」
「マーカム殿、大公代行の辞退は承りました。しかし、貴方の調査はこれからも継続されます。もし、違法奴隷への関わりが判明すれば、ジェフリーと同じことになるでしょう」
「そ、そんな・・・。私はただ、ジェフリーに言われて・・・」
議長のサウロスはそんなマーカム・フィールドを相手にせず「マルメが辞退すれば後は、ジリギル、ニダセク、ヴェラデデクの順番になるが、シーナ殿どうしますか?」と尋ねた。
「私から提案がある。今、誰よりもドロテア共和国の大公代行に相応しい人物を呼んである」
「ほー、それは」
「レティシア様!」
シーナの呼びかけに応えて議場に登場したのは、この世界3人目のSS級冒険者『鉄壁のレティシア』だ。勇者コウキと並ぶ、話題の中心だ。特にここドロテア共和国では勇者コウキを凌ぐ人気である。
その『鉄壁のレティシア』が今議場に入って来た。
「私が世界最強の冒険者『鉄壁のレティシア』だ。私に任せてくれればガルディア帝国に鉄槌を食らわしバイラル大陸に支払う賠償金もぶん捕ってきてやろう。どうだ?」
レティシアは不敵な笑みを浮かべて議場を睥睨した。現在国中の尊敬を集め大人気のレティシアに物申す者は誰もいなかった。
議長のサウロスは、やれやれ、これでイネスと若い3人の冒険者から頼まれたことは、なんとか果たせたようだと、安堵の溜息を吐いた。




