8-6(コウキ~ドロテア共和国軍参戦).
獣騎士団を一掃した俺たちはギルバートさんのいる本隊の方に向かった。
騎士たちは突然現れたユウトの従魔たち、クーシーとタロウだ、に驚いている。タロウはジャターという鳥型の魔物だが、かなり大きく特殊個体のようだ。しかし鳥にタロウとはユウトの感性が今一理解できない。
タロウは戦場を凄い速さで飛び回っている。そこまで攻撃力はなさそうだが、鋭い嘴と爪で帝国騎士団を翻弄している。クーシーのほうはいきなり帝国騎士団、たぶん黒騎士団だ、が固まっているあたりに突っ込んだ。
「うあー」とか「何だ、この魔物は!」とかあちこちから声が上がっている。
「クーシー戻れ!」
ひとしきり暴れて帝国騎士団にダメージを与えたクーシーはユウトの声でこっちに戻ってきた。いくらクーシーが上級相当の特殊個体だといっても騎士たちの数は多い。冷静に囲まれたら危ない。ユウトは落ち着いてその辺りを判断している。本当に頼もしくなったものだ。
少し離れたところにギルバートさんが率いている部隊が見える。ギルバートさんたちが戦っているのはイズマイル団長だ。イズマイル団長の周りには多くの黒騎士団がいる。シトラス師団長の姿はない・・・。
「ギルバートさん!」と俺は大声で呼びかけた。
こっちをチラっと見たギルバートさんが「コウキか。獣騎士団は?」と訊いてきた。「従魔はすべて倒しました」と俺が答えるとギルバートさんは「さすがだな」と言った。
それでも戦場全体が圧倒的に不利なことには変わりない。すでに人数差は倍以上に広がっている。
「氷弾!」
「稲妻!」
マツリとカナが魔法で攻撃する。乱戦なのであまり範囲の広い魔法は使い難い。カナの稲妻で硬直した黒騎士に王国騎士が斬り掛かかる。
「炎弾!」
あれはユウトの仲間のミリアという名前の魔導士だ。
とにかく乱戦なので、マツリ、カナ、ミリアなど魔導士の守りには注意だ。サヤとシャルカが守りに目を光らせている。俺も仲間たち様子に注意しながら光の聖剣を振う。相手が人だろうが魔族だろうが関係ない。
これは戦争なのだ! やらなければやられる!
それでも、できれば早めにイズマイルとネロアを倒して、これ以上犠牲者が増える前に戦いを終わらせたい。帝国の騎士だって皇帝ネロアの指示に従っているだけなのだ。そのためにもギルバートさんたちがイズマイルと戦っている辺りに近づきたいんだが・・・。
「今だ!」
戦場にイズマイル団長の声が響いた。見るとギルバートさんたちが総崩れになっている。俺やユウトたちが加わっても戦いの大きな流れを変えることはできていない。
「ギルバートさん! 一旦下がって下さい!」
俺はあらん限りの大声を上げた。
「ユウト! ユウトたちもギルバートさんたちが、一旦下がるのを援護してくれ!」
「分かった!」
ユウトはすぐにクーシーとタロウをギルバートさんたちの方に向かわせた。俺の大声に戦場のあちこちから「勇者様だ!」、「勇者様が来てくれたぞ!」、「獣騎士団は壊滅した!」などの歓声が上がった。多少士気が持ち直したようだ。
ユウトの従魔たちの援護を受けながらギルバートさんたちが撤退している。
「マツリ、カナ、魔法で援護だ!」
二人は俺の指示に頷く。
「氷盾!」
マツリが防御魔法でギルバートさんたちの撤退を援護すると、カナは「竜巻!」と竜巻を発生させた上、それを巧みにコントロールして同じく撤退を援護する。
帝国騎士団の追撃はマツリとカナの魔法によって確実に遅らされている。
「炎盾!」
マツリとカナにユウトの仲間のミリアも続く。そのユウトといえば、一旦クーシーを戻すと、今度は自らその背に乗って帝国騎士たちの間に突っ込んで剣を振るっている。
ユウト・・・。
それは、さすがに危険だぞ。ユウトはあんなに無謀・・・勇敢な奴だっただろうか? しかたない。俺も行くか!
「マツリ、サヤのところへ行ってろ!」
俺はマツリに指示するとユウトがいる辺りに突っ込んだ。そしてユウトとクーシーと並んで帝国騎士を斬りまくった。
俺とユウトが加わったおかげで、ギルバートさんたちの撤退がよりスムーズになった。
「コウキ助かった」
僕はギルバートさんに頷く。
「グノイス王も俺も勇者たち異世界人の実力を見誤っていたのかもしれないな。考えてみれば勇者一行といえば何度もゴアギール奥深くまで入り込み、あまつさえ魔王城で魔王を打ち取った者たちだ・・・」
ギルバートさんが、何か呟いているがよく聞こえない。
イズマイル団長が俺とユウトの方の睨んでいる。だが、お前を相手にするのは今じゃない。
「ユウト!」
俺はユウトに声かけるとギルバートさんたちの後を追って撤退した。このため帝国騎士団と俺たちを含む王国騎士団は再び距離を取って対峙する格好になった。仕切り直しだ。だが、すぐに帝国騎士団が距離を詰めて来る。
「今だ! カナ、やってやれ!」
これで味方を巻き込む心配なく範囲魔法が使える。
「天雷!」
カナの風属性最上級魔法である天雷が再び距離を詰めようとしたガルディア帝国騎士団に向かって放たれた。
無数の稲妻が直撃した帝国騎士たちは声を上げる間もなくバタバタと倒れた。直撃を免れた者も硬直している。天雷の付随効果だ。天雷はこの付随効果と攻撃範囲の広さにより大軍相手には最も効果的な魔法だ。欠点は使える者がほとんどいないということだ。
天雷によって倒された者と硬直した者が後続を堰き止めるような恰好になっている。
チャンスだ! 俺は「マツリ!」と声を掛ける。
「氷矢雨!」
「光矢雨!」
そこへ俺とマツリの範囲魔法により氷の矢と光の矢が降り注ぐ。
「うあー!」
「グオー!」
「ぐふぅー!」
帝国騎士団から悲鳴や怒号が上がる。
「炎爆発!」
ミリアも俺たちに続く。
俺たちの一連の範囲魔法による攻撃でかなりの数のガルディア帝国騎士たちが命を散らした。
よし! 今なら押し返せる。勇者専用の光属性の魔法を見てこちらの士気も上がっている。
「勇者コウキ」、「勇者コウキ」と連呼する声が聞こえる。
そのときだった。
押し返そうとしたルヴェリウス王国騎士団の頭上から無数の炎の玉が降ってきた。
「ぎゃあー」
「うわぁー」
今度は王国騎士たちの悲鳴が戦場に溢れた。俺たちも慌ててそれを避けるように動いた。サヤやシャルカは盾を上に向けている。
見ると大きな黒い馬、おそらく魔物だ、に乗った男が両手を空に掲げていた。あいつがこの炎を魔法を使ったのだ。
「あれは?」
「皇帝ネロアだ」
俺の質問にいつの間に俺の隣にいたギルバートさんが答えてくれた。そうかあいつがネロアか・・・。確かにイズマイルと同じオーラを感じる。
「なるほど、あれが皇帝ネロアですか。少なくとも、大量の騎士や俺たち、いやヨルグルンド大陸側の民もですか、を犠牲に自分だけが生き延びようとしているグノイス王よりはましみたいですね」
皇帝ネロアは、なんだかんだでリスクを負って戦場に出てきた。勇敢だ。無謀とも言えるが、それだけ自分の武力に自信があるんだろう。
「ガキどもが調子に乗るな!」
ネロアの低い声は思いの外戦場によく響いた。
そして、ネロアの魔法に続いて氷の矢だの岩石の矢だのが、王国騎士団に向かって降ってきた。考えてみれば魔族にも魔導士はいる。いや、むしろ魔族のほうが魔法が得意なのだ。威力としてはカナやマツリの魔法、それに俺の光属性魔法には劣る。それでも魔導士の数は多く形勢は一気にまた帝国のほうへ振れた。
見るとイズマイル団長が前に出てきている。
やはりイズマイル団長と皇帝ネロア、この二人を倒さないことにはどうしようもないみたいだ。
「最上級魔法など連発はできないはずだ。ここで一気に押しつぶすぞ!」
イズマイルが帝国騎士団を鼓舞した。
皇帝ネロアの登場とイズマイル団長の声で再び士気を取り戻したガルディア帝国騎士団から、うおー!と地鳴りのような声が響く。
まずい!
「ギルバートさん、俺が前に出ます」
俺はギルバートさんの返事を待つことなくルヴェリウス王国騎士団の先頭に出た。なんと、隣にはクーシーに乗ったユウトとユウトの仲間のルルがいる。そしてすぐ後ろにはサヤとシャルカ、さらにサヤの後ろにマツリとカナ、シャルカの後ろにはミリアだ。
「俺たちでイズマイルとネロアをやる」
「分かった」
クーシーの背でユウトが頷いた。
さっきの一連の魔法の打ち合いは俺たちのほうが勝っていた。人数差は少し縮まったと思う。だが、まだ圧倒的に相手が多い。イズマイルもネロアも健在だ。それに部隊長クラスだろうか数人の強者がいる。おそらく『皇帝の子供たち』、それもその中でも強者だ。
この後、また乱戦になればお互い範囲魔法は使いずらい。とにかくイズマイルとネロアだ。数に差がある現状でこれを覆すためには二人を倒すしかない。
だが、次に起こったことは俺たちを絶望の淵に叩きこんだ。
遠くから何かが近づいてくる。最初は薄っすらとした影のように見えたそれはどんどんとその輪郭をはっきりさせてきた。
ドッドッという地鳴りのような音が聞こえる。
現れたのは予想通りドロテア共和国軍だ。思った以上の大軍だ。俺は先頭にいる男に見覚えがあった。武闘祭でハルと戦ったドロテア共和国の剣聖ケネス・ウィンライトだ。あのときドロテア共和国軍に所属していると紹介されていた。
ダメだ・・・。さすがにこれは負け戦だ・・・。




