8-2(コウキ~大都市アレク).
「アレクの周辺は基本的に平地だ。大軍同士がぶつかるのには適しているが、あまり策を弄するような余地もない場所だ」
「そうですね」
俺たち4人は城壁の上から景色を眺めながらギルバートさんと話している。遥か遠くまで見渡せる平原とその間を縫って各方面から大都市アレクに繋がっている道が見える。日本で見ていたのとそっくりな太陽が地平線に半分沈んでに西の空を赤く染めている。
俺たちはグノイス王の命令でギルバートさんと共にここアレクに派遣された。侵攻してくる帝国騎士団を迎え撃つためだ。
「ということは素直に強いほうが勝つ可能性が高いということだ」
強いほうが・・・勝つ。
「ルヴェリウス王国が不利だということですね」
「そうだ」
「人数は相手のほうが多いんですよね」とサヤが確認する。
「ああ」
「それに使役されている魔物もいるのね」
ギルバートさんはマツリの言葉に頷く。
「籠城は?」
アレクは立派な城壁に囲まれている。
「コウキ、アレクにはな、城壁だけでなく結界魔法で街を守る仕組みが備わっている」
「結界魔法?」
「ああ、魔法陣があるんだ。ルヴェンにもある。俺も詳しく知っているわけではない。だが、ルヴェリウス王国は長年魔族と戦ってきた国だ。そのくらいの備えはある」
「それなら」
「コウキ、籠城というのは援軍が期待できる場合の戦法だ。援軍が来るまでの時間稼ぎだ。今回は援軍を期待できんどころか相手にはドロテア共和国軍が援軍に加わる可能性がある。時間は相手の味方だ。結界魔法も城壁も永久にアレクを守れるわけじゃない。グノイス王は援軍を寄越す気などない。そして結界魔法や城壁が破壊された後は・・・」
「多くの民間人が死にますね」
アレクはルヴェンより人口の多い大都市だ。
「ああ。グノイス王なら民間人が死ぬことなど気にしないだろうがな」
「ギルバートさん・・・」
俺はギルバートさんから初めて王を批判するような言葉を聞いて驚いた。俺は先ほどまで領主館で開かれていた作戦会議のことを思い出す。
アレク周辺を治めるのはルヴェリウス王国のヨルグルンド大陸側最大の貴族であるエルロウ・キング侯爵だ。キング侯爵家はその名の通りアレク周辺というよりヨルグルンド大陸側の王のような存在だという。会議で見たキング侯爵やその側近たちの表情は明るいとは言えなかった。それはそうだ。戦況は圧倒的に不利なのだから。それでも武闘祭で名を轟かせた俺の登場に期待していることは明らかだった。勇者とはそれほどの存在だ。
「エルロウ様は降伏する気はなさそうでしたね」
「ここ数十年こそ、大きな争いはなかったが、すでにヨルグルンド大陸側の領土はガルディア帝国によって大きく削られている。そしてガルディア帝国に併合された地域での元ルヴェリウス王国の国民の生活はあまり恵まれたものではない」
マツリやギルバートさんと共に訪れた帝都ガディスは活気があった。だが、ガルディア帝国もそんな場所ばかりではないようだ。元の世界と同じで人とは愚かなものだ。魔族と戦っているのに、なぜ人同士で差別する必要があるのか。いや、ハルによればその魔族とて人とそれほど差異はないという。馬鹿馬鹿しい話だ・・・。
「それに初代勇者の名を冠するアレクは歴史ある街だ。かってルヴェリウス王国はヨルグルンド大陸最大の国家だったのだ」
キング侯爵家は、そのヨルグルンド大陸側の伝統ある貴族家だと聞いている。
「それに、王国騎士団の第三師団と第四師団は主にヨルグルンド大陸側の出身者によって構成されている。そして二つの師団は長年この地の防衛を任されている。彼らにとって、これは郷土を守る戦いだ」
「第三師団は先だって帝国に大敗した師団。第四師団は今回の主力となる師団ですね」
「そうだ」
過去の経緯からも心情的にも降伏はあり得ないということか・・・。それに籠城もしないと・・・。
「それにしても、ドロテア共和国が援軍を派遣するほど帝国と深い関係にあったとはな」
ドロテア共和国軍のことも聞いている。国境付近に2000が集結しているらしい。しかもドロテア共和国の国境付近にいるルヴェリウス王国騎士団は500もいないという話だ。なんでも武闘祭でハルと戦った剣聖ケネス・ウィンライトがドロテア共和国軍を率いているらしい。
「だから正々堂々打って出る。偉そうに言ってもこの地形だ。他に良い方法もないのが本音だ」
「分かりました」
俺はルヴェリウス王国のことなど気にしてはいない。だが、民間人が犠牲になるのは面白くない。それにガルディア帝国は人族との融和を望んでいる魔王に反対する魔族と繋がっているとハルから聞いた。人族との融和を目指す変わり者の魔王。そんな魔王とハルが知り合いになったのも偶然じゃない気がする。
俺たちはギルバートさん率いる王国騎士団第一師団第一大隊の500人の騎士と一緒にここアレクに到着した。第一師団は総勢2500だが俺たちに同行したのは第一大隊の500だけだ。アレク周辺には第四師団約1500が集結している。第四師団のうち500は既に第三師団と一緒に戦いに参加している。ドロテア共和国との国境など他の場所に配置されている部隊もある。だから残り1500だ。率いるのはギルバートさんと同じく剣聖であるシトラス師団長だ。それに敗走してきた第三師団のうち戦力になる者を加えて約3500がルヴェリウス王国側の戦力だ。
相手は4000だと聞いているからそこまで大きな人数差はない。しかし・・・。
「会議でも報告を受けたが、すでに追加の黒騎士団1000が国境を越えた。なんと皇帝ネロア自身が率いているらしい」
これで相手は5000だ。しかも精鋭と知られている黒騎士団が3000含まれている。しかもハルの想像では皇帝ネロアも魔族の可能性がある。
さらに・・・。
「しかも、獣騎士団がいる。事前の情報の倍の約200の従魔を従えている」
「従魔の中には上級上位のワイバーン3体に加えて伝説級の魔物がいるんですよね」とマツリが訊いた。
「ああ、サイクロプスだ」
サイクロプスという伝説級魔物の話はハルやユイから聞いたことがある。
「とうことは、圧倒的に不利ってことですか」
さっきの会議でもそういう結論だった。圧倒的不利は覆らない。本当は黒騎士団の援軍1000が加わる前にもう一勝負仕掛けたかったが、こちらも第三師団が敗走中でそんな余裕はなかった。
「そうだ。だが、数もそうだが気になるのは帝国騎士団全軍を率いているイズマイル団長だ」
「ローダリアで会った双剣の魔族と同じような曲剣を持っているとか?」
カナが確認する。
「カナっち・・・」
「サヤちゃん、大丈夫だよ」
あの双剣の魔族はやばいやつだった。俺たち4人でやっと相手にできていた。カナはヤスヒコが乱入しなければ死ぬとこだった。カナもあのときのことを思い出しているのだろう。それにネロアがハルの想像通りだとすると・・・。
「おまけにドロテア共和国軍が帝国に加勢するかもしれないのよね」とマツリが言った。
これはどう見ても勝ち目のない戦いだ。少なくとも、シデイア大陸側からもっと援軍を送るべきだ。そのことは会議でもギルバートさんと話した。援軍の話をしたときのギルバートさんの諦めたような表情を思い出す。ギルバートさんもそれは分かっている。だがグノイス王たちは自分たちのそばからこれ以上の戦力を手放す気はないらしい。
シデイア大陸側にもそれほど余裕がない。何度も魔族との戦闘に参加した俺たちにもそれは分かる。それでも、ここはもっと援軍を出すべきだ。特にルヴェンからは・・・。
最近の魔族の攻勢に加えてイズマイルがあのとき魔族だとすると・・・。
普通に考えれば答えは明らかだ。ハルから聞いた通りで反魔王派の魔族とガルディア帝国が繋がっている。ルヴェリウス王国は挟み撃ちにされているのだ。だとすれば、王は援軍を惜しむべきではない。明日の戦いでルヴェリウス王国が敗北すればルヴェリウス王国を滅ぼすまで戦いを止めない可能性がある。
「グノイス王はまだ帝国と交渉できると思ってるんでしょうね」
「そうかもしれん」
「まだ帝国にとってもルヴェリウス王国が存続することが対魔族対策として必要だと」
「そうだろうな」
「でも帝国が魔族の支配する国だとすれば、それも意味がありません」
「・・・」
ギルバートさんはローダリアであの曲剣の魔族を見ている。
「コウキ・・・」
ギルバートさんが覚悟を決めたような顔で話しかけてきた。
「俺は、最後まで戦う。アレクには大勢の人がいる。それを守るのが騎士の役目だ。第三師団と第四師団にとっても祖国を守る戦いだ。そしてエルロウ様も降伏する気はない」
俺は口を挟まずギルバートさんの次の言葉を待つ。
「だが、お前たちは違う。お前たちは若いしこの国の、いや、そもそもこの世界の者ではない。劣勢になったら逃げろ。ユウトだったか・・・最初に出ていったのは、ユウトと同じで冒険者でもなんでも自由に生きろ。お前たちならできる。勇者コウキ一行なら喜んで迎えてくれる国もあるだろう。王国も地の果てまでお前たちを追っていくことはできない」
ギルバートさんは口数の少ない厳しい人だった。そのギルバートさんが・・・。
「ギルバートさん・・・」
「たぶん、お前たちをここに派遣したのは、すでにお前たちを失ってもいいと思っている証拠だ」
たぶんギルバートさんの言う通りだ。現在俺たちが得ている情報では異世界召喚魔法陣は10年くらいの間隔で使える。もうあと7年くらいで再使用可能なはずだ。さらなる改良でもっと早く使えるかもしれない。いずれにしても数年待てば俺たちの代わりをまた召喚できる。だから俺たちを切り捨て、自分たちは生き残ろうとしている。
俺はルヴェンを立つ前に、すでにそのことをクラネスから聞いていた。俺は「コウキ、これは罠です」と心配そうに言ったクラネスの顔を思い出す。クラネスはルヴェリウス王国で政権の中枢からは切り離されている。それでも俺のためにいろいろ情報収集してくれているのだ。
「ギルバートさん、まだ負けると決まったわけじゃないわ」
夕日に照らされたマツリの顔はいつもより大人びている。
「マツリさんの言う通りです」
カナも落ち着いている。
「私がみんなを守るよ」
みんなの中で一番小柄なサヤが自信たっぷりに胸を張る。みんなを見たギルバートさんが微笑んだように見えた。思った以上にやさしい顔だった。
「そうだな。まだ諦めるわけにはいかん」
「そうですよ。なんせ俺たちはこの世界を何度も救ってきた勇者一行です」
俺たちは人族同士の争いに参加するためにこの世界に召喚されたわけじゃない。だけど、ローダリアやクランティアで一緒に魔族と戦った騎士たちは勇者という存在を本当に信頼してくれていた。第二師団長のアイゼルさんや副官のマルセルさんの顔を思い出す。最近では街中でも俺たちが勇者一行だと気が付くと皆が手を振って歓迎してくれる。
勇者や勇者の仲間とはそんな存在だ。魔族の傀儡であるガルディア帝国をこのままにしておくわけにはいかない。
「ああ、そうだな。すでにお前たちは俺より強い。頼りにしてる。それでも万一の場合はさっき言った通りでお前たちは逃げろ」
俺はギルバートさんを見る。意外と穏やかな表情をしている。
「とりあえず明日の戦いでは、お前たちは主に獣騎士団を相手にしろ」
「獣騎士団を?」
「そうだ。そのほうが戦いやすいだろう」
ギルバートさんはチラっとカナを見た。確かにカナの最上級魔法で人を大量に虐殺するよりは魔物を相手にするほうが・・・。
「分かりました。それでイズマイルは?」
「俺とシトラスで相手にする」
「第四師団の師団長ですね」
「ああ、俺と同じ剣聖だ」
おそらく、ギルバートさんは死を覚悟している。最後まで戦うと言っていた。ギルバートさんも俺たちも、そしてアレクを中心としたヨルグルンド大陸側の地域もグノイス王によって切り捨てられようとしている。
それなら・・・。
「ギルバートさん、ちょっと提案があります」
俺は、その提案をギルバートさんに話す。俺の話を聞いたギルバートさんが驚きの表情を浮かべる。いつも冷静なギルバートさんを驚かすのはちょっと気持ちがいい。
「コウキ、本気か」
「提案に乗ってくれるのなら俺たちは逃げないし全力で帝国騎士団と戦います」
「コウキお前も圧倒的に不利だとさっき確認したばかりだぞ」
「・・・」
「何か考えがあるのか?」
「・・・」
俺は質問には返事をせずギルバートさんの決断を待つ。ギルバートさんは腕を組んで考えている。
「エルロウ様はルヴェリウス王国のヨルグルンド大陸側の王と呼んでもいい存在だと聞きました」
俺はギルバートさんの背中を押した。
「アレクは初代勇者の名を冠する歴史ある街です。そして俺は今代の勇者です。武闘祭で優勝したことにより勇者コウキの名声は高まっています。さらに、ここで帝国騎士団を退ければ・・・」
ギルバートさんが俺が思っている通りの人物なら・・・。グノイス王と違い民のことを思う騎士なら・・・。
「俺たちも、ギルバートさんも、アレクを中心とするこの地域もグノイス王によって切り捨てられようとしているのです!」
「分かった。俺からエルロウ様に話してみよう。エルロウ様は信頼できる方だ。エルロウ様なら面白いと言ってその提案に乗ってくるかもしれん」
俺はギルバートさんに頷いた。
俺は会議で見たキング侯爵、エルロウ・キングを思い浮かべた。茶色い髪を逆立てた豪快でどこか子供のような目をした偉丈夫だった。戦況の不利に表情は明るいとは言えなかったが、それでも最後まで士気を高めようという姿勢を崩さなかった。自分だけが逃げ出す気もないようだった。
とにかく、俺は全力を尽くす。そして・・・。




