8-1(プロローグ).
第8章(王国編)の始まりです。
「師団長、ガルディア帝国騎士団が迫っています」
「数は事前の報告通り4000です」
「そうか」
「獣騎士団が連れている従魔の数は?」
「約200体です」
「多いな」
獣騎士団の使役している魔物の数は100体というのが事前の情報だった。だが実際にはその倍だった。ほとんどが下級か中級クラスだが、上級上位のワイバーン3体と伝説級のサイクロプスがいる。
ルヴェリウス王国騎士団第三師団の師団長であるスナイデルは副官の報告に頷いた。報告を受けるまでもなく、すでにスナイデルの目にも遠くに砂埃と共に多数の騎士団が迫ってくるのが視認できる。
帝国黒騎士団の第一大隊、第二大隊、そして獣騎士団と呼ばれる第三大隊、それに帝国白騎士団の第一大隊と第二大隊で約4000だ。帝国の一つの大隊は騎士1000人で構成されている。獣騎士団だけは十数人の使役魔導士で構成されているので合計約4000だ。
対するルヴェリウス王国は第三師団2500に第四師団からの援軍500を入れて3000だ。ルヴェリウス王国の騎士団は帝国とは構成が異なり騎士2500からなる5つの師団からなる。一つの師団はさらに500で構成される5つの大隊に分かれている。5つの師団のうち第一師団は王都ルヴェン周辺に配置されている。さらに第二と第五は魔族に対応するためシデイア大陸北東のローダリアと北西のクランティア周辺に釘付けになっている。従ってヨルグルンド大陸側に配置されているのは第三と第四の二つの師団のみである。この二つの師団のうち主にガルディア帝国のとの国境を近くに配置されているのがスナイデルが率いる第三師団というわけだ。
「数が相手のほうが多いが地の利は我々にある」
ルヴェリウス王国騎士団3000に対して帝国騎士団4000と伝説級を含む従魔200。不利である。地の利はこちらにあるとスナイデルは言ったが、この辺りは小さな森とルール川があるものの、基本的にはほとんどが草原というか平野である。あまり策を弄する余地もない。
遠くに迫る帝国騎士団を見ながら、辺りを見回したスナイデルはなんだかのどかだと思った。空気が美味い。スナイデルはこの辺りの出身だ。この故郷の匂いを覚えておいたほうがいいような気がした。
「いくぞ! 援軍の第四騎士団500を従魔に当たらせよ!」
「はっ!」
確かに数では不利だが、そこまで差があるわけではない。この程度ならやってみないと分からないと、スナイデルはそう思っていた。
しかし、スナイデルは自分の考えが甘かったことをすぐに知ることになった。帝国騎士団はスナイデルの想像以上に強かった。特に帝国黒騎士団は噂以上だ。部隊長クラスのほとんどが『皇帝の子供たち』だ。しかも全体を率いる黒騎士団長イズマイルは、まさに鬼神のごとく強い。
イズマイルを抑えるべく、スナイデルは自らイズマイルと対峙した。すでにイズマイルの戦い振りを見ていたスナイデルは、今日が自分の命が終わる日であることを悟っていた。だが、スナイデルが引くことはない。スナイデルにとってはこれは故郷を守る戦いだ。
この日、ルヴェリウス王国騎士団はガルディア帝国騎士団に歴史的な敗北を喫した。
★★★
ルヴェリウス王国騎士団長のアトラス・シグデマイルはグノイス王に「帝国騎士団4000に加えて魔物200体がアレクに迫っています」と報告した。
帝国黒騎士団の第一、第二、第三の3つの大隊約2000と同じく帝国白騎士団の大隊が2つで約2000、合わせて約4000がアレクに向けて侵攻しているのだ。
「従魔が200体とは聞いていたのより多いな」
この部屋の空気は報告された内容に相応しく重苦しい。
この場にいるのは、グノイス王、王太子アルフレッド、宰相のジェズリー・ライト、王国騎士団長のアトラス・シグデマイル、それにギルバートとセイシェルの6人だ。セイシェルは勇者たちの担当の一人であることからこの場に呼ばれている。
侵攻してきた帝国騎士団4000に対してルヴェリウス王国側は帝国との国境を守備する第三師団2500に第四師団から派遣された一大隊500を加え計3000で迎え撃った。後にルール川の戦いと呼ばれたこの戦いはルヴェリウス王国側の歴史的大敗となった。第三師団の師団長スナイデルも戦死した。
「こちらは3000の約3割を失いました。対して帝国騎士団はほぼ無傷だと」
戦争で3割もの犠牲者が出るなどそうあることではない。まさに大敗だ。アトラスの言葉に一同は言葉を失った。
「それに・・・」
「アトラス、ま、まだあるのか?」
アルフレッド皇太子が恐る恐ると言った様子で尋ねた。
「ドロテア協和国軍が国境辺りに集結しているという報告があります」
暑くもないのに報告するアトラスの額からも汗が滴り落ちている。
「ドロテア共和国との国境にも騎士団がいるだろう?」とアルフレッド皇太子が確認する。
「そ、それが・・・帝国との戦闘のため500も残っておりません」
それはグノイス王の指示だったはずだ。
「協和国軍の規模は?」とグノイス王が訊く。
「すでに2000近くが集まっていると・・・」
ギルバートは思ったより多いと思った。近年ドロテア共和国、中でもその主導的立場にいるトルースバイツ公国が帝国と接近しているという情報はあった。だが、軍を出すほど親しいとは・・・。
「さらに帝国黒騎士団の新たな大隊が我が国との国境へ移動していると・・・。なんと皇帝ネロア自身が率いているとのことです」
「皇帝が。それはまことか?」
「はい」
皇帝自ら戦場に・・・。普通ではありえない。それだけ、今回の侵攻が本気なのか、それとも・・・。ギルバートには判断がつかない。ただ、さらに精鋭の黒騎士団1000が加われば、これはさすがに無理かもしれないとギルバートは思った。
「ギルバート、この後すぐに第一師団の大隊一つと勇者たちを率いてアレクに迎え」
「大隊を一つだけですか?」
大隊一つといえば500だ。
「ルヴェンの守りは必要だ。これでも最大限譲歩している。北の魔族との戦闘も楽観できん」
魔族が最近急に攻勢を強めてきたため、第二師団と第五師団はそれぞれ北東のローダリアと北西のクランティア周辺に釘付けになっている。コウキたちも頻繁に派遣した。そのおかげもあり今は対魔族との戦いは膠着状態だがグノイス王の言う通り楽観できる状況ではない。
ギルバートは考える。
現在アレク周辺に残っている第四師団2000のうちドロテア共和国の国境などに残している500を引くとせいぜい1500、敗走している第三師団と合流すれば3500か。いや、第三師団には負傷している者も多いだろう。せいぜい3000かもっと少ないかもしれない。そこに大隊を率いてギルバートが加わたとしても3500だ。対して帝国は黒騎士団2000、白騎士団2000に従魔200体、さらに皇帝自ら率いる黒騎士団の大隊1000が加わりそうだ。
数の上では不利だが、これにコウキたちが加わればどうだろうか?
あまり楽観できないとギルバートは思った。帝国騎士団を率いているのは剣神イズマイルだ。おまけに獣騎士団がいる。獣騎士団が使役している魔物は事前に約100体との情報を得ていたが、実際に戦場に現れたのはその倍の200体だ。それに有名なワイバーン3体に加えてなんと伝説級のサイクロプスまで目撃されている。
コウキたちは強いが黒騎士団も強い。特に大隊長や部隊長のほとんどが『皇帝の子供たち』だ。それにイズマイル団長、サイクロプスを含む魔物200体・・・。戦争に絶対はないがこれは負け戦だ。アレク周辺は平原で奇襲などは通じない。実力通りの結果になる可能性が高い。
ましてや、ドロテア共和国軍がこれに加われば・・・。悲惨な運命しか待っていないだろう。
「せめて1000は連れて行きたいのですが」
「くどいぞ! ギルバート!」
ギルバートを大声で叱責したのは騎士団長のアトラスだ。本来ならギルバートの後押しをしてもいい立場だ。現在王都ルヴェンは何の危機にもさらされていない。1000どころか2000を連れて行ってもいいはずだ。いや、今の状況を考えれば、そうすべきだろう。
「人数はこちらが劣勢だが勇者たちがいる」とグノイス王が言った。
「王の言う通りだ。ギルバート、勇者コウキたちはすでにお前やセイシェルより強いのだろう?」
アトラスの言葉にギルバートは頷いた。
「それなら勝てる。そうだな」
今度は宰相のジェズリー・ライトが念を押した。
「必ず勝てるとは言えません」
ギルバートは冷静に答えた。いや、たぶん負ける。
「帝国騎士団を率いているのはあのイズマイルです」
ギルバートが指摘した。
剣神イズマイル、それは帝国の最大戦力として広く知られている。今は亡き武闘祭の優勝者であるネイガロス副団長でも相手にならないほどの強さだとの噂だ。
「それに気になることが・・・」
「ギルバート、思わせぶりな言い方はよせ。何だその気になることとは?」
アトラスがギルバートを責めるように問うた。
「イズマイルの姿が、私とセイシェルがローダリアで目撃した魔族の幹部らしき者に似ていると報告を受けています。曲剣を両手に持つ恐ろしいほどの手練れです」
「まさか・・・」とセイシェルが呟いた。
ローダリアに現れた二人の二刀流の魔族のうち一人は曲剣を持っていた。ギルバートから見てもあれはとんでもない強さだった。コウキたち4人が相手にしてやっとというくらいの手練れだったのだ。それに加えて人数的にも圧倒的に不利。さらに相手には伝説級を含む従魔200体がいる。
それに・・・もしあの魔族と剣神イズマイルが同一人物だとしたら、帝国の背後には魔族がいるということになる。それを疑わせる情報は以前からあったが、まさかと思っていた・・・。
これは・・・戦争に絶対はないが・・・
少なくとも第一師団全軍と第二、第五からも援軍が必要だ。だが、ここにいる面々はこれ以上シデイア大陸側の、いやルヴェンの周辺の戦力を削る気がない。まさかルヴェリウス王国最大の都市アレクを見捨てるつもりなのか。いや、見捨てるのはアレクだけではないのかもしれない。
「ふん、帝国の騎士団長が魔族だなどありえない」とアトラスが言った。アトラスの言葉にギルバートとセシェル以外は頷き、その考えは一蹴された。
ギルバートは武闘祭直後に起こった帝国内での小競り合いに魔族が関係していたという噂があることは、一応アトラスにも報告していたはずなのだが・・・。まあ、悩んだ末に噂があるという事実を報告しただけなのだが。
「もういい。ギルバート、第一師団のうち大隊一つと勇者たちを連れてアレクへ迎え。すぐにだ!」
グノイス王が強い口調で命令した。
「陛下の言う通りだ。ギルバート、ドロテア共和国軍が参戦する前にケリをつけるんだ。帝国が劣勢になればドロテア共和国軍も考え直すかもしれん」
ギルバートは、その前にドロテア共和国軍が国境を越えたらどうするんだと思ったが、口には出さず「はっ!」と返事をするとこの場を後にした。
ギルバートが去った後、しばらくは誰も言葉を発しなかった。その沈黙を破ったのは宰相のジェズリー・ライトだった。
「それで陛下、これからどうします?」
「水面下で帝国と交渉せよ。外交ルートはまだあるのだろう?」
「はい。それで条件は?」
ジェズリーは冷静に王に問いかけた。
「次の決戦が我が国の敗北に終わるようなら、最悪ヨルグルンド大陸側の領土は失っても構わん」
ジェズリーは敗北に終わると確信している。ジェズリーはギルバートが考えていたのと同じ結論に達しているのだ。
「勇者たちは?」
「それも失ってもいい。また召喚すればいい。それに勇者たちの動きが怪しいのだ」
「怪しいとは?」
「いろいろと気がついているかもしれんということだ。ふん、馬鹿な奴らだ。大人しく我らに従っていればいいものを。これは奴らを始末するいい機会かもしれん。万が一に奴らが勝利を収めればそれはそれでいい。どっちにしてもそもそも異世界人など我らのために尽くすのが当然なのだ。そう神が定めたのだからな」
異世界召喚魔法陣は10年に一回程度起動させることができるところまで改良されている。その上前回の結果がフロックでなければ召喚できる人数も増えている。それを知っているのはこの国でも少数の者だけだ。王の言う通りまた試みればいい。そのためにはシデイア大陸側の領土と異世界召喚魔法陣は確保しておく必要がある。言い換えれば、それ以外は失ってもいい。王はそう言っているのだ。
「父上、アレクは我が国最大の都市です。それを失っても良いのですか?」
皇太子のアルフレッドが戸惑ったように質問した。アルフレッドは異世界召喚魔法陣の改良についてそこまで詳しくは知らされていない。
「アルフレッドよ、已むを得ないのだ。そもそも30年戦争以降ヨルグルンド大陸側の領土は帝国に削られ、今ではシデイア大陸側の三分の一程度しかない」
グノイス王は最初からアレクを中心としたヨルグルンド大陸側の領土を切り捨てるつもりだった。加えて勇者たちも斬り捨てるつもりだ。さっき自身で口にした通り、グノイス王は最近の勇者たちの動きに不穏なものを感じていた。勇者たちには最後まで頑張ってもらって交渉の時間を稼いでもらおうではないか。できるだけシデイア大陸側の戦力は温存したまま帝国と交渉する。これがグノイス王の考えだ。
「当面、我が国は大幅に弱体化される。それは否定しない。だが、帝国や共和国とて対魔族との防波堤である我が国を滅ぼすことはできないはずだ。なんといっても我らには異世界召喚魔法がある。これを質にして交渉すれば良い」
一同は王の言葉を頭の中で吟味する。
王の言葉は理にかなっているように思える。だが、もしこの場にギルバートがいたら、その帝国が魔族と繋がっている可能性があると指摘しただろう。それなら防波堤としてのルヴェリウス王国は必要ない。最近の魔族の攻勢、それに呼応するような帝国の侵攻。あの双剣の魔族を知っており、この場で唯一それを指摘できるセイシェルは何も言わなかった。いや、言えなかった。
「せいぜいギルバートと勇者たちには頑張ってもらうことにしよう。我が国が勝てばよし。そうでなくとも時間稼ぎくらいはできるだろう。相手も無傷では終わらないだろうしな」
協和国軍まで参戦する可能性がある今、ルヴェリウス王国側が圧倒的に不利なのは否定できない。それでもグノイス王の言う通りで、ギルバートや勇者たちが戦いに加われば戦いが簡単に終わることはないだろう。双方に大きな犠牲が出るのは間違いない。シデイア大陸側の戦力をできるだけ温存し帝国と交渉するのだ。帝国側の犠牲が大きければ、そもそもシデイア大陸側に侵攻する余力を失っている可能性だってある。どちらにしても交渉の余地は十分にあるだろう。
一同は王の言葉を頭の中で反芻する。
そしていつものように王の言葉に従うことにした。
第8章で物語は一気に完結に近づきます。もう少しだけお付き合い頂けると幸いです。




