7-32(エピローグ).
最近、エイダンの街で幽霊を見たという噂が広まっている。
目撃されたのは、いずれもすでに街のほとんどの人が家路ついている薄暗い時間帯だ。ある者はその先が突き当りになって何もない路地を曲がるところを、ある者は領主屋敷の屋根に座っているところを、ある者は城壁の上に腰かけているところを目撃した。
城壁に上に腰かけているところを目撃した衛兵は、幽霊は白い髪の美人だと言う。衛兵の方を見て妖艶にほほ笑むと街の外に飛び降りたと言う。路地を曲がるところを目撃したという大工の男は美人だが少女のようだったと証言した。領主屋敷の屋根の上にいるとことを目撃した領主の使用人はあれは獣人だと話した。
いずれの証言でも女性であり真っ白い髪をしているというのは共通していた。それに領主の使用人の話にあったように、よく思い出して見ると獣人のような気がすると口を揃えた。
「街で変な噂が流行っているようだな」
「白い髪の女の幽霊の話でしょうか?」
「そうだ。しかも我が屋敷の屋根の上でも目撃されたというじゃないか」
「ええ、目撃したのはうちの使用人の一人です」
「余計なことを話すなと言っておけ」
「かしこまりました」
執事のジェイムズはベッドの脇に水差しを置くと恭しく一礼して領主の寝室を辞去した。すでに夜は遅い。
この屋敷の主であるジェイソン・エジル子爵はどうも三男のリカルドがバラバラ死体になって発見されて以来、よくないことばかり起こると感じていた。結局、リカルドを殺した犯人は見つからなかった。
ゼノスの役たたずめ!
それに、街全体がリカルドの死を歓迎している。領主館の使用人の間にさえそんな雰囲気がある。
忌々しい。
そのとき窓をコツコツと叩くような音がした。ここは3階だ。窓の外に誰かがいるはずがない。ジェイソンが恐る恐る窓のそばに近づいた。
ひっ!
ジェイソンは掠れたような悲鳴を上げた。窓には真っ白い髪をした獣人の女の顔が浮かんでいた。赤い首輪をしていた。それにあの顔・・・。ジェイソンには覚えがあった。ジェイソンがこれまでに所有した獣人系奴隷の中で最も美しかった少女。その美しさ故に、ジェイソンは使用人にもかかわらずその少女を着飾り奴隷の首輪さえ赤く染めたのだ。
メルメル・・・。
いや、見間違いだ。そんなことがあるはずがない。メルメルはずいぶん前に・・・。幽霊の噂を聞いたから神経質になっていたんだろう。
★★★
エイダンの街に白い髪の女の幽霊が出るという噂はますます広まっている。そしてその顔に見覚えがあるといった声もある。
領主館の執事のジェイムズは最近主の様子がおかしいことに気がついていた。「何かあったのですか?」とジェイムズが尋ねても主は首を横に振るばかりだ。
そんなある日の朝のことだった。
「ジェイムズ様」
執事のジェイムスに呼び掛けたのは、同じく使用人のラルフだ。顔色が悪い。
「どうしたラルフ?」
「こちらへ」
ジェイムズはラルフに促されて領主館の裏庭に連れて行かれた。そこには数人の使用人が青ざめた顔で立っていた。
「こ、これは・・・」
使用人たちが見ている場所には、領主館の護衛隊長であるドミトリーが俯せに倒れていた。大柄なドミトリーの背中に無数の切り傷がある。よく見ると骨が覗いているような深い傷もある。
「死んでいるのか?」
ジェイムズの問にラルフは黙って頷いた。
ドミトリーは大柄な男で、護衛隊長を任されるだけあって見かけ通りなかなかの強者だ。そのドミトリーが・・・。
ジェイムズはドミトリーが右手で何かを握っていることに気がついた。ジェイムズはドミトリーの死体の指を広げてそれを取り出した。
それは、真っ白い髪だった・・・。
「ひーっ!!!」
背後を見ると、ジェイムズの主ジェイソン・エジル子爵が立っていた。騒ぎを聞きつけてきたのだろう。子爵はジェイムズが手にしている白い髪を凝視して恐怖の表情を貼り付けたまま動かない。
「メルメル・・・」
しばらくしてエジル子爵は掠れたような声で何かを呟いた。
★★★
ジェイソン・エジル子爵は最近まともに眠れていない。あれからも何度も白い髪の幽霊を見た。あれは間違いなくメルメルだった。そして、ドミトリーが殺された。メルメルの仕業だ。今日もベッドに横になるだけで睡魔は訪れない。ジェイソンは自分が精神に変調をきたしているのを自覚していた。
ジェイソンはじっと天井を凝視していた。眠るどころか眼球が飛び出しそうだ。
ゴトン!
ベッドの右側から物音がした。ジェイソンが顔を向けると、そこには白い髪をした女が立っていた。
メルメルだ!
ジェイソンはガバっとベットから起き上がった。
「メルメル・・・」
「久しぶりだなジェイソン。ほんとはもっと長い間苦しめたかったんだが、これ以上、お前なんかに関わるのも馬鹿馬鹿しくなったから、ケリをつけに来てやったぞ」
ジェイソンはふらふらとベッドを降りると白い髪の女の前に跪いた。
「メルメル、ゆ、許してくれ。い、命だけは・・・」
白い髪の女はしばらくそれを眺めていたが「これまで、何人の違法奴隷を買った?」とジェイソンに尋ねた。その声は低く怒りに満ちており、ジェイソンにはこの世のものとは思えなかった。
「ひー! じゅ、十人だ」
「本当か?」
「い、いや、十一人、十一人だ。う、嘘じゃない」
「そうか」
ジェイソンはメルメルやカナンの前にも後にも使用人や愛玩用、そして護衛騎士にするため違法奴隷を買っていた。第一夫人や第二夫人用の奴隷もいた。
白い髪をした女はどこからともなく大ぶりの短剣を取り出した。白い髪の女から逃げようとジェイソンは後ずさる。
「一人目・・・」
ズシュ!
「うわぁー!」
ジェイソンはいきなり左目の上を斬られた。左目を覆った手も真っ赤に染まっている
「二人目・・・」
ズシュ!
「あわー!」
今度は左腕を斬られた。
「三人目・・・」
床に這いつくばったジェイソンは背中を斬られた。ジェイソンは「ごふごふ」と咳き込んだような声を上げて呻いている。
「メルメル・・・ゆ、許してくれ・・・」
「お前に勝手に奴隷にされた者たちの苦しみはこんなもんじゃない」
その後も、白い髪の女は容赦なくジェイソンを斬った。
「もっと痛めつけたいが、残念ながら次が最後の十一人目だ」と白い髪の女はジェイソンに声をかけた。ジェイソンは「ゆ、ゆ・・・」と声にならない声を上げた。
「最後は私にやらせてください」
ジェイソンの寝室の入口に執事と執事に連れられた少女が立っていた。少女はどう見ても白い髪の女と同じ獣人系だ。亡きメルメルに似た艶のある明るい茶色の髪をしている。
「君は?」
白い髪の女の問に少女は「村から攫われて奴隷にされました。それで・・・」と言った。少女の表情には覚悟が感じられた。
白い髪の女は「分かった」と言って短剣を少女に渡した。
「思いっきり背中から心臓の辺りを刺すんだ!」
少女は頷いた。
「そして短剣は抜くな。そのほうが長く苦しむことになる」
いつの間にか執事は姿を消していた。
その後、ジェイソン・エジル子爵は声にならない悲鳴を上げた。
★★★
領主の一家が惨殺された。現場は酷い有り様だったそうだ。中でも領主のジェイソン・エジル子爵はあちこちを斬られその死に顔は誰もが目を背けたくなるようなものだったとの噂だ。
「家族の中で第三夫人のプリシラ様だけが無事だったらしい」
「犯人はメルメルの幽霊らしいぞ」
「メルメル?」
「1年くらい前に自殺した奴隷だよ。いつもジェイソン様が自慢してただろう」
「ああー、あの美人の獣人か。白い髪の幽霊はそのメルメルだったのかー」
「ああ、使用人たちが間違いないって言ってる」
「でも、なんで髪が白いんだ。メルメルの髪はきれいな茶色だっただろう」
「そりゃ、お前、幽霊だからに決まってるだろう」
その日、使用人の多くがメルメルの幽霊を目撃していた。そして、誰も本気で領主一家を助けなかった。それにしても、護衛騎士たちが何もしなかったのは不思議だ。それに執事が姿を消したらしい。
しばらくすると、数人の冒険者がエイダンの街を訪れた。そして領主館の主となったプリシラとどんな話があったのか知らないが領主館の奴隷を全員引き取ると姿を消した。何人かの住人が、どこかであの冒険者たちを見たことがある気がすると首を捻った。
これで第7章は終わりです。続けて第8章に入ります。
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