7-31(ユウト).
僕たちは今、キュロス王国の王都キャプロットからさらに北に向かっている。そろそろ国境も近い。キュロス王国の北にはいくつかの小国がある。その小国群を抜けるとドロテア共和国だ。ドロテア共和国は北のルヴェリウス王国、西のガルディア帝国とならぶ東の大国だ。そして5つの公国からなるドロテア共和国の中でもっとも南にあるのは海側のヴェラデデク公国と中央山脈側のジリギル公国だ。
ジリギル公国はハルたちが次の目的地だと言っていた場所だ。
「炎弾!」
バン!
「ぎゃうん!!」
炎弾は見事にジャイアントウルフの首元に命中し、その命を奪った。
「ミリア、ナイスだ!」
ルルの攻撃により動きが鈍っていたとはいえ、なかなかの魔法コントロールだ。
「あ、ありがとうございます、ユウジロウ様」
シャルカの盾の後ろから顔を覗かせたミリアが恥ずかしそうに言った。金髪に装飾が多めの黒いドレスがよく似合っている。火属性魔法の赤にも黒は合う。うん、満足だ。
僕は相変わらずユウジロウと名乗っている。そろそろ必要ない気もするけど、トリスタンさんに最初に名乗った冒険者ユウジロウという名前にちょっと思い入れもあるからだ。もちろんミリアも含めて仲間たちは本名がユウトだと知っている。
「あとは、身体能力強化をしながら魔法が使えるようになるといいね」
「はい。頑張ります」
この世界の人にとって身体能力強化をしながら属性魔法を使うことは難しい。僕たち異世界人にはそれができる。まあ、僕はハルやコウキほど上手じゃないんだけど・・・。風属性魔法を補助的に使う剣士の人はそれなりにいるみたいなんだけど(これは黄金の組み合わせと呼ばれている)、ちゃんとした属性魔法と身体能力強化を同時に使うのは不可能に近いくらい難しいらしいんだ。だけど、ハルたちとの話の中でも話題になったんだけど、この世界にも少数ながらできる人はいるらしい。ハルの意見はいろいろと参考になる。だからミリアにも練習してみるようにアドヴァイスしている。ちなみにどちらかというと剣士タイプのルルは、未だに一旦身体能力強化を解除してからでないと回復魔法が使えない。
「それにしてもユウ様、ミリアちゃんが初級とはいえ攻撃魔法を使えるようになるとは驚きました。もしかしてユウ様は最初から分かっていたんですか?」
「いやー、さすがにそれはないよ」
分かっていたわけじゃない。これは本当だ。
「それにしては、キャプロットで火属性と聖属性の魔導書を買い集めてたよな」とシャルカが言った。
シャルカの言う通り、ちょっと思いついて火属性と聖属性の魔導書を買った。キャプロットはさすがに王都だけあって上級まで揃えることができた。ただし、上級の魔導書は冗談かと思うほど高かった。特に聖属性魔法のそれは。それで僕はハルから貰った伝説級魔物タラスクの甲羅の残っていた分と上級魔物の素材の大半を売って資金を調達した。みんなは必至に止めようとしていたがお金なんて使わなくっちゃ意味がないのだからこれでいい。また貧乏になってしまったけど。
その後、魔導書をミリアに試させてみると、なんと初級の炎弾を覚えることができたというわけだ。
ミリアは「火属性に適性があるのは分かっていましたが、生活魔法しか使えなかったのに・・・」と不思議がっていた。ミリアが実家で試したときには生活魔法以外は覚えられなかったのだ。ルヴェリウス王国でも使える魔法の種類は生まれつき決まっていると習った。
確かに不思議な話だ。
試しに全員で購入したすべての魔導書を試してみたけどミリアが炎弾を覚えただけだった。そういえば、魔導書って何回試せるんだろう。ルヴェリウス王国で習ったことを思い出してみる。
うーん、試せる回数とかは教わっていない気がする。
もともと魔導書は失われた文明の遺物だ。上級までは今の技術でレプリカが作れると教わった。逆に言えば最上級はオリジナルしかないわけだ。オリジナルは国などしか持っていない。だけど、そのオリジナルは何度も使われている。使用回数に制限はないのだ。だけどレプリカのほうはどうだろう? 買ったときその辺りの保証はできないとかなんとか説明を受けた気もする。
まあ、いいか、深く考えてもしかたがない。
「それに、クーシーもついに上級魔物と認定されたしな」とシャルカがクーシーを撫でながら言った。クーシーはシャルカに撫でられて「くぅー」と目を細めている。
そうなのだ。クーシーが成長していることは僕も感じていた。キャプロットの冒険者ギルドでクーシーは上級魔物だと認定されたのだ。冒険者ギルドでも上級魔物を従魔にしているなんて魔族くらいで人族では聞いたことがにないと言われた。あるとしても伝説の大魔導士セイメイくらいじゃないかとの話だ。でもガルディア帝国黒騎士団のケルカはワイバーンを3体も使役していた。ハルの話では伝説級のサイクロプスとかいう魔物もだ。とはいえ、ハルの推測ではそのケルカも魔族らしい。
「よし、ミリアもっと練習するぞ」
「はい」
その後もカラミティフォックスやワイルドボアなどの下級魔物を何体か倒した。でも身体能力強化を維持しながら炎弾を使うのはやっぱり難しいようだ。
「なかなか、上手くできなくてすみません」
「全然、大丈夫だよ。大体、そんなに簡単にできるのならみんなやってるし」
「はい」と返事をしながらミリアはしゅんとしている。
「ミリア、私という優秀な盾役がいるんだから、何も心配することはないぞ」
「ええ、私だっています」
「がうー」
みんなの言う通りだ。シャルカはとても優秀な盾役だ。ルルの剣技も凄い。上級認定されたクーシーは言うまでもない。ミリアだってまだまだ成長しそうな気がする。ミリアは僕たちの中で一番若い。
あれ、僕は・・・?
ミリアがさらに凄い魔導士になったら、僕っていらないような・・・。
「ユウ様、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと自分の存在意義について考察してたんだよ」
「存在意義?」
「ユウジロウ、そんな難しいことを考えていると禿げるぞ」
え、僕は自分の頭を撫でる。僕の髪はどちらかというとサラサラな感じだ。確かに禿げそうな髪質ではある。心配になってきた。
「ユウジロウ、何を本気にしているんだ」
シャルカが呆れたような顔をして僕を見ている。
「ん?」
「ユウ様、上です!」
ルルの言葉に僕たちはすぐシャルカの盾の後ろに隠れた。
ガンと音を立てて何かがシャルカの盾にぶつかった。シャルカの盾はオリハルコンとタラスクの甲羅の合金製の逸品だ。
「鳥型の魔物だな」
「あれはジャターです」
ジャターと言えば情報伝達によく使われる魔物だ。卵から育てて使役したりすると聞いたことがある。ジャターを使役している魔導士や魔術師のほとんどが国のお抱えだ。
「ルル、本当にジャターなのか?」とシャルカが尋ねた。
「間違いないです」
ルルは目がとてもいい。
「ルルが言うならそうなんだろうが・・・」
「シャルカの言いたいことは分かります。ジャターにしては凄く大きいですから。普通のやつの3倍以上はありますね」
「ああ、ジャターはもともとそんなに攻撃力がある魔物ではないからな。だけどさっき盾で受けたとき結構な衝撃を感じた」
なるほど、そういうことか。
「また来ます!」
「シャルカ殺さないようにして」
「任せろ!」
ガン!!
「ぎゅぅーーー!」
シャルカはジャターが盾にぶつかる瞬間、盾を前に突き出してジャターを弾くように攻撃した。
「えい!」
バン! バン!
今度はルルがフラフラになったジャターを剣の腹で2回叩いた。ジャターは地面に落ちてもうほとんど動くことができない。そこに僕が氷弾で狙いを定める。すぐには発射しない。
期待していたことが起こったのはそのときだった。僕の頭の中にあるイメージが浮かんだのだ。
そう、言葉にすると「ジャターが仲間になりたがっている。どうしますか?」ってイメージだ。クーシーのときと同じだ。
もちろん僕はクーシーのときと同じく『YES』を選択した。
「みんな、もう大丈夫だ」
「クーシーのときと同じですね」とルルが言った。
「そうなのか」と言ったのはシャルカだ。
「ユウジロウ様、何が起こったのですか?」とミリアが訊いた。
僕はみんなにこのジャターが新しい仲間になったことを伝えた。
「ユウジロウ様はやっぱり凄いですね」
ミリアは感動している様子だ。
「うーん、可愛さで言えばクーシーのほうが上かなー」
シャルカはジャターをじろじろと眺めてそう評価した。
「がうー」
言われたクーシーは得意そうにジャターを見ている。先輩からの洗礼なんだろうか?
「ユウ様、クーシーと同じで特殊個体みたいですね」
「やっぱり」
「ああ、ルルのいう通りだ。大体こんなに大きなジャターなんて初めてみたぞ。普通の3倍はある。どう見ても特殊個体だろう」
言われたジャターは「キー」と鳴いた。返事をしたみたいだ。
「ユウ様、名前はどうしますか?」
「そうだなー、シャルカにつけてもらうか」
クーシーを一番可愛がっているシャルカが適任だろう。
「任せろ!」
そういうとシャルカは腕を組んでしばらく考えていた。
「よし、決めた。このジャターはタロウだ!」
え、太郎? タロウ? なんで? 鳥だよ・・・。
「以前ユウジロウの名前のジロウは次男の意味だって教えてくれただろう」
そういえば、そんなことがあったかもしれない。
「それで、長男はって訊いたらタロウだと教えてくれた。だからこのジャターはタロウだ」
「いや、だいたい仲間になった順番からしても長男じゃないし、それじゃあ、僕がこのジャターの弟になっちゃうよ。クーシーだって後輩がタロウって嫌だろう?」
クーシーは「がうー」と僕に同意してくれた。
「たぶん雌だと思うけど・・・」
ルルが何か呟いている・・・。
「いや、タロウがいいよな」とシャルカがジャターに呼び掛けると「キィー」と返事をした。
その後ジャターはタロウと呼びかけないと返事をしなくなった。
こうして僕は5番目の仲間タロウを得た。
次話のエピローグで第7章は終わりです。




