7-26(コウキからの手紙).
「冒険者ギルドでこれを受け取ったんだ。その後捕まっちゃってすっかり忘れてたよ」
「それって?」
「ちょっと待ってね」
僕は手紙を開封した。
「どうやらコウキからの手紙みたいだ」
「そっか、ジリギル公国に行くって言ってあったもんね」
僕はさっそくコウキからの手紙を読んだ。僕が手紙を読む間みんなは黙っていてくれた。僕は手紙を読み終わり顔上げた。
「エリル、ルヴェリウス王国で魔族との戦争が前より激しくなっているって書いてある」
エリルは少し顔を顰めると「それは事実だ」と言った。
「なぜ?」
「ジーヴァスの仕業だ。それにメイヴィスとデイダロスも協力しているようだ。私とサリアナで全面戦争にはならないよう抑えてはいるが、奴らの動きをすべて止めることはできていない」
僕はエリルの言葉に頷いた。
「手紙にもそんなことが書いてある。コウキはローダリアで魔族との戦争に参加したらしい。そこで曲剣を持った二刀流の魔族と交戦したって書いてある。クランティアにも行ったって書いてある」
ローダリアはシデイア大陸側のルヴェリウス王国北東の街、クランティアは北西の街でいずれも対魔族の拠点となっている。
「ハル様、二振りの曲剣を操るといえば・・・」
「ハル」
僕はユイとクレアに頷いた。
「うん。イズマイル団長で間違いない。それに手紙のよると戦場に火龍とヤスヒコも現れたようだ。ただ、ヤスヒコがカナさんを助けてくれたって書いてある」
「ヤスヒコくんがカナさんを助けた?」
「うん。少なくともコウキにはそう見えたんだって」
「そっか・・・」
コウキの手紙によれば4人はその後もたびたび戦場に駆り出されているようだ。僕たちがこんなことをしている間にコウキたち4人は戦場に出ている。なんとか4人の力にならないと。
それに、他にも気になることが書いてある。
「どうもガルディア帝国との国境がきな臭いらしい」
「ハル、それはどいう意味だ」とエリルが訊いた。
「ガルディア帝国がルヴェリウス王国との国境付近に騎士団を集結させているらしいんだ。黒騎士団だけではなく白騎士団も」
「挟み撃ちか! ジーヴァスのやつめ」
エリルの言う通りだろう。北の魔族との戦線にルヴェリウス王国の戦力を大半を引き付けておいて、南からガルディア帝国が攻め上る。
「もしかして、それで」とシーラさんが呟いた。
「シーラ叔母、何か思い当たることがあるのか」
「ジェフリーの動きが怪しいわ。軍をルヴェリウス王国との国境付近に集めているって話よ」
「ジェフリーというのは大公だな」とエリルが確認する。
「そうよ」
ドロテア共和国軍がルヴェリウス王国との国境付近に・・・。
ガルディア帝国に協力するつもりなのか。ガルディア帝国とトルースバイツ公国は違法奴隷の件でも分かるように協力関係だ。そしてトルースバイツ公国の公主ジェフリー・バーンズは現ドロテア共和国大公だ。僕たちも会ったあの馬鹿だ!
「近々、臨時の公主会議がある。たぶん、その件も議題に上がる。むしろその件が目的なのかもしれないわね」
公主会議が・・・。ドロテア共和国には5つの公国がある。
「もし、私の想像通りなら、ルヴェリウス王国は滅びるかもしれないわ。少なくとも国土の大半を失うかも」
僕は自分の顔から血の気が引くのを感じた。
「手紙にはコウキたち4人がギルバートさんと一緒にその戦争に参加させられそうだって、そう書いてある」
「ハル、私たちになんかできることは? 4人を助けないと」
「うん」
その後、シーラさんの説明を聞いた限りでは、魔族との戦線が活発化してそちらに戦力を取られた状態では獣騎士団を含む帝国黒騎士団と帝国白騎士団に対してルヴェリウス王国は圧倒的に不利だという。
「でも、勇者であるコウキたちが参加すればどうなんですか?」とユイが尋ねた。確かにコウキは勇者でありとても強い。だけど・・・。
「ジーヴァスの側近のインガスティは参戦するだろうな。もしかしたらアグオスも」とエリルが言った。
エリルの話ではインガスティとは剣魔という二つ名を持つジーヴァスの側近で黒騎士団の団長イズマイルだ。そしてアグオスとは炎の化身という二つ名を持つ同じくジーヴァスの側近でおそらく皇帝ネロアその人だという。
「ハル、仮にインガスティとアグオスの二人とコウキくんたち4人が互角か上だとしても・・・」
「ああ、ルヴェリウス王国の不利は覆らない。獣騎士団だっている。しかも・・・」
「ハル様、ドロテア共和国がガルディア帝国に加勢したら、シーラ様の言う通りルヴェリウス王国は大敗するかもしれません」
別にルヴェリウス王国なんてどうでもいい。でも、コウキたちを助けないと!
僕は頭フル回転させて考える。
これまで僕たちが得た伝手は使えるものはなんでも使おう。
それに、ユウトにも連絡しないと。コウキからも連絡しているかもしれないけど念のためだ。
違法奴隷の件だって利用できるかもしれない。大公ジェフリー・バーンスの弱みになる。そのためには拠点を抑えたい。拠点は一体どこに・・・。
それに、近々公主会議が開かれる・・・。
考えるんだ。とにかく優先順位はコウキたち4人を助けることだ。次はガルディア帝国とトルースバイツ公国に鉄槌を下す。
どうすれば・・・。
そうだ。カナンの件は使えるかもしれない。カナンの主、あのエジル子爵にも罪は償ってもらおう。
頭の中を様々な考えが駆け巡る・・・。
「ハル・・・」
「ハル様・・・」
考え込んだ僕をユイとクレアが心配している。
「エリル、とりあえずジーヴァスやメイヴィス、それにデイダロスをできるだけ抑えてくれ!」
「分かった。なんならジーヴァスと一戦交えてもいいぞ」
「エリル、さっきもすぐ暴力に訴えてはダメだと言ったでしょう」
またエリルがシーラさんに叱られている。魔王には見えない・・・。
「エリル、シーラさんの言う通りで、それは、まだ早い。それに今回の目的はジーヴァスを倒すことよりコウキたちを助けるのが第一だ。少しでもルヴェリウス王国がガルディア帝国との戦争に兵力を避けるようにシデイア大陸側での魔族との争いがこれ以上拡大しないように頼む」
ルヴェリウス王国を助けたいと思っているわけじゃないけど、ジーヴァスの思い通りにはさせない。とにかく僕たちが助けに行くまでコウキたちにはできるだけ粘ってもらう必要がある。
「やってみるが、どこまで抑えられるかは約束できない。そもそもルヴェリウス王国と魔族との争いは長い間続いている。お互いに恨みを持っている者も多い。本当はハルの頼みならなんでもできると言いたいのだが。すまん」
「分かってるよ、エリル」
イデラ大樹海の経験でよく分っている。エリルはできないことをできるとは言わない。でも、できるだけのことをしてくれるはずだ。
「シーラさん、ジリギル公国の公主であるシーラさんにお願いがあります」
「何かしら」
僕はシーラさんに僕の考えていることを伝えた。シーラさんは僕の話を聞いて目を見開いた。その後、ニヤリと笑うと大きく頷いた。ちょっとエリルに似ている。
「いいでしょう。そもそも私も動くつもりでした」
「ユイ、クレア、そういうわけだから、いそいで宿に帰ってジャイタナさんやジネヴラさん、それにメリンダ、いやカナンと話がしたい」
「分かったよ」
「はい」
僕はエリルの方を向くと「エリル、助けてくれてありがとう。本当に助かったよ、エリルが来てくれて」とお礼を言った。
エリルには今回だけでなくイデラ大樹海でも助けられた。
「それにエリルの加護と黒龍剣にも何度も救われた」
「何だ急に」
エリルの顔が赤い。
「ハル、私は急いでゴアギールに帰る」
「うん」
「そして、ハルの、旦那様の期待に応えられるよう全力を尽くそう」
エリルがユイの方をチラっと見た。
「う、うん」
「ハル、死ぬなよ」
「うん」
そのとき、エリルと僕の会話を聞いていたユイが突然エリルに頭を下げた。
「魔王様、イデラ大樹海でも、そして今回もハルを助けてくれてありがとうございます」
ユイはずいぶん長い間頭を下げ続けた。
「本当にハルが無事でよかった・・・」
ユイが何か呟いている。
「ふん、旦那様を助けるのは当然だ」
そう言いながらどうやらエリルは照れているらしい。しばらくしてユイが顔を上げた。ユイの目が少し赤い気がした。
ユイは、ふっーっと息を吐くと「魔王様にはずいぶんお世話になりました。だから魔王様が望むのなら側室にしてあげてもかまいませんよ」と言った。
「言うな」
ユイとエリルはお互いにしばらく見詰め合ってニヤっと笑った。そしてエリルがユイに右手を差し出して「ユイとやら、しばし休戦だ」と言った。ユイはエリルの差し出した右手をがっちりと握った。
「クレア」
ユイの声にクレアは頷くと、ユイとエリルが握手している手の上に自分の手を重ねた。
「クレア、また悪い奴らに捕まらないようにハルを頼む」
「エリル様、ハル様のことはお任せください」
「それじゃあ、急いでゴアギールに戻るか」
「ちょっと待って、エリル」
僕は部屋を出ようとしたエリルを呼び止めた。
「なんだ、ハル?」
「エリル、ヤスヒコは僕の親友なんだ」
「タツヤと名乗っているメイヴィスの側近だな。しかも勇者だという」
「うん」
ヤスヒコはカナさんを助けたって手紙に書いてあった。
「ハル、私に一番反対しているのはメイヴィスだ。だが、私にはメイヴィスがそれほど悪い奴には思えないんだ。ただ、メイヴィスはとても長く生きている。過去に何かあったのかもしれない。メイヴィスとその側近のタツヤのことは私も気にかけておこう」
「ありがとう。エリル」
「それじゃあ、今度こそ行くぞ。ハル、それにクレアとユイ、また会おう!」
エリルはそう言うと、後ろを振り返ることなく部屋を出て行った。
エリル、また会おう。
僕はエリルの背中に心の中で呼びかけた。
さあ、これからすべきことはたくさんある。




