7-25(ジリギル公国公主シーラ・スプロットの屋敷).
その部屋にいたのはユイとクレアだった。なんだかずいぶん久しぶりのような気がする。二人の顔を見たらほっとして体中から力が抜けるのを感じた。なんだか、雲の上でも歩いているようだ。
「ハル!」
「ハル様!」
ユイとクレアが僕に抱きついてきた。
「もう、ハルったら心配したよー」
「ハル様、無事でよかったです」
僕は二人を抱きしめた。ずいぶん心配をかけてしまったようだ。もとはといえば僕の油断が引き起こしたことだ。反省しなければ・・・。
やっぱり二人が近くにいると安心する。二人を抱きしめる腕に力が入る。ああー、間違いない。ユイとクレアがここにいる・・・。
僕たち3人はしばらく抱き合ったままだった。
「そろそろ離れてもいいんじゃないか」
エリルが僕たちに声をかけた。
「え、エリル様!」
クレアはやっとエリルに気がついたようだ。
「な、なぜエリル様が・・・」
クレアは驚きのあまり固まっている。その気持ちは分る。
「エリル!? じゃあ、これが・・・魔王・・・」
一方、ユイは鋭い目で僕とエリルを観察している。
「まあ、とにかく座って話そう」
エリルの言葉に従って僕たちはソファーに座った。なぜか僕はエリルと一緒にユイとクレアに向かい合うようにソファーに座らされている。一瞬、ユイとエリルの間に火花が見えた。幻覚だろうか・・・。
怖い・・・。
二本の角のあるメイドのような女性がお茶を持ってきて配った。僕は部屋を見回した。改めて見ると、ちょっと変わった装飾がなされた部屋だ。異国情緒豊かというのが適切だろうか。
部屋に一人の女性が入って来た。40代くらいだろうか。中肉中背だがなんか背筋が伸びているというか、貫禄がある。
「貴方が私の姪の旦那様のハルね」
その女性は入ってくるといきなり僕にそう声を掛けた。旦那様ということばにユイの目の上がピクっと動いた。
「姪?」
「エリルは私の姪なの。ほんとは従妹の姪なんだけど・・・」
なんだって! そういえば、髪が赤い。
「あなたは?」
「私はジリギル公国の公主シーラ・スプロットです」
「公主・・・」
公主シーラはソファではなく机のそばにある椅子に座った。もしかしたらここはシーラさんの執務室のような部屋なのだろうか?
「ここは、私の個人的な屋敷です。私の一族の屋敷はずいぶん昔からこの場所にあります。ハル、この屋敷の地下に在るものが分かる?」
質問の答えはたぶんこれだ。
「転移魔法陣ですね? こことゴアギールを結ぶ」
「さすがエリルの旦那様だけのことはあるわね。正解よ」
「ハル、ゴアギールの私の一族が住む場所とここは転移魔法陣で結ばれているんだ。しかも、それは魔王城にあるイデラ大樹海と繋がる転移魔法陣と違って誰でも使えるんだ」
エリルが補足した。
そうか。いろいろと腑に落ちる。
「何かを思いついたような顔をしているわね。聞かせて頂戴」とシーラさんが言った。
「ジリギル公国に入って、いろんな人種がいることに驚きました。ここはドロテア共和国の内陸部にある公国なのにです。角がある人も多かった。獣人系かと思ってましたが、魔族の血を引いていたんですね」
「それも正解よ。頭がいいわね。転移魔法陣のおかげでずいぶん昔から魔族がここを訪れていた。ここの住人と魔族の血はゆっくりと混じっていったのよ。エリルにも人族の血が流れているわ。そして私には魔族の血が混じっている」
「シーラさんの髪も赤いですよね」
「そうね」
エリルが「サリアナがここのことをお前たちの仄めかしたと言っていたから、ときどき様子を見に来ていたんだ」と言った。
「エリルったらハルが何時来るか何時来るかって凄く気にしてたのよ」
「シーラ叔母、よけいなこというな。それにしても、ハルが攫われたのには驚いたぞ。報告を受けてすぐ助けに行ったというわけだ」
「私はエリルが直接行かなくてもジリギルの騎士を動かすって言ったんだけど、エリルはどうしても自分で助けたかったみたいよ」
エリルを見ると「私の旦那様を誘拐するなんて許せないからな」と恥ずかしそうに言って赤くなった。
エリル、あざといぞ! でも、可愛い・・・。
「ハル!」
「ハル様・・・」
うーん、なんか嫌な予感しかしない・・・。エリルが可愛らしい上目遣いでユイをチラっと見ると、また火花が散った。
「さて、お互いにいろいろと情報交換しましょう」とシーラさんが言った。
「そうだな。ハル、クレア、それにユイ、あれから起こったことを教えてくれ。すでに知っていることもあるが、詳しく知りたい。それに誘拐の件もだ」とエリルにも促された。
それから僕はずいぶんと長い話をした。イデラ大樹海を脱出して神聖シズカイ教国でユイと再会したこと、ガルディア帝国での事件、そしてエラス大迷宮を攻略したこと、最期にドロテア共和国でこれまで経験したことを話した。エリルに隠し事をする気にはなれなかった。レティシアさんにはいつか説明して許してもらおう。
エリルは僕の話を聞きながら「メイヴィスがそんなことを」、「あの側近はやはり異世界人だったか、しかも勇者だと・・・」、「ジーヴァスの奴め」とか言って表情をコロコロ変えていた。それが少し子供っぽくて微笑ましい。特にエラス大迷宮のアノウナキ人の話は、さすがのエリルも驚いたようだ。エリルはしばらく黙っていたが、「やっぱり、人族と争うのは無意味だな」と言って頷いた。
エリルの言う通りだ。まったく無意味な争いだ。
「さて、最後はここドロテア共和国の話だな。違法奴隷の件だ。ガガサトとフランだったか、ハルたちが保護した子供たちは。それにハルも着けられていた新型の奴隷の首輪のこともある」
「おそらく新型の首輪はガルディア帝国とトルースバイツ公国が協力して開発したんだと思う」
「ふむ、ガルディア帝国か。ジーヴァスの奴も関わっているってことか」
エリルが憎々し気にジーヴァスの名を口にした。
「シーラさんは、ジリギル公国の公主なんですよね。なんとかできないんですか?」と僕は質問した。
「そうですね。今ドロテア共和国の中で一番勢いがあるのはトルースバイツ公国です。すでにトルースバイツ公国の公主が3回続けて大公に選ばれています。それにマルメ公国は親トルースバイツですね」
「マルメ公国は港湾都市カイワンがある公国ですね」
「そうです。それにニダセクは今のところドロテア共和国を発展させてくれているトルースバイツ公国に好意的です」
「ニダセクには英雄イネスさんがいます。僕たちはここに来る途中でイネスさんに会いました。イネスさんも違法奴隷のことを気にしてました」
そのときユイが急に「ハルにカナンのことを伝えなきゃ」と言った。
「カナン?」
聞き覚えのない名だ。
「それにジャイタナさんたちのことも」とクレアが言った。
「そうね」
その後、僕がユイから聞いたのは衝撃的な話だった。あのメリンダが男だったとは・・・口は悪いけどあんなに可愛かったのに・・・。それにしても、本当に酷い話だ。許せない。あのイネスさんのパーティーメンバーだったジャイタナさんとジネヴラさんも違法奴隷のことを調べているらしい。しかも特使の依頼だ。ガガサトとフランを特使たち使節団に預けたのは正解だったようだ。
話を聞いたシーラさんは「そうですか、特使の目的はそれだったですね。まあ、そのカナンの話を聞けば納得です。村ごと襲って奴隷を集めているなんて。どうやら帝国とトルースバイツ公国はやりすぎたようですね。私もちょっと動いてみましょう」と言った。
「ニダセク公国のほうはイネスさんが協力してくれると思います。イネスさんはもとジャイタナさんとジネヴラさんと同じパーティーです」
「そうね。英雄イネスは故郷ニダセクではそれこそ公主以上の影響力持っています」とシーラさんは僕の言葉に頷いた。
「えっと5番目の公国の」
「ヴェラデデク公国ですね。あそこは大丈夫です。ここジリギルの東の公国でカイワンほどではないですが大きな港がありバイラル大陸とも交易をしています。ジリギルとは親しい間柄です。ジリギルにはヴェラデデク経由で入ってきているバイラル大陸の人たちも多いです。公主のオーティスも信頼できます」
なるほど。ジリギルには魔族の血を引いている人の他にもヴェラデデク公国経由で入ってきているバイラル大陸の人たちもいるのか。いろいろな人種がいて活気があるのも当然だ。
「よし! 私がハルと一緒にトルースバイツに乗り込んで暴れてやる! ジーヴァスの奴にも一泡吹かせてやるぞ!」
「エリルだめですよ。キチンと証拠を固めて議会で追及しなくては、すぐに暴力に訴えてはいけません」
シーラさんに叱られたエリルはしゅんとしている。大体、魔王が暴れたら人族との融和も何もないだろう。
「ハル、証拠といえば、ジャイタナさんとジネヴラさんが調べても違法奴隷の拠点を発見できなかったみたいだよ。ハルが監禁されていたここのホロウ商会の倉庫にも違法奴隷はいなかったし、二人はトルースバイツやマルメのホロウ商会とかも調べたって言ってた」
「たぶん、ここのホロウ商会の支店は僕たちみたいなのを捕まえる罠だよ。バイラル大陸出身者が多いと噂のコトツカに大きな支店を構えて調べに来た者を捕まえるのが目的だ。ジリギルが違法奴隷に関係しているっていう噂もわざと流しているんだろうね」
「それで、ハルは見事にそれに引っかかったのね」とユイが言うのと同時に、クレアが「なるほど。それでハル様はわざと捕まってみたのですね。さすがです」と言った。
いや、クレア、わざと捕まって死にかける奴はいない・・・。
「あ!」
そういえば忘れていた。僕はアイテムボックスから冒険者ギルドで受け取った手紙を取り出した。
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