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7-24(ハルの危機…).

「そろそろジリギル公国を出ますね」


 僕の主だという男はもう一人の男の問いかけに返事をしない。それどころか目で黙っていろと指示している。3人目の男は御者をしている。3人以外にも馬に乗った10人以上の護衛が僕を乗せた馬車の周りを固めている。身なりは冒険者のようだが、こいつらは黒騎士団ではないかと僕は睨んでいる。しかも僕と同じ馬車に乗っている3人はかなりの手練れだ。例の『皇帝の子供たち』かもしれない。ただ、さすがにネイガロスやエドガーほどの強者ではないだろう。


 僕は手を縛られているが魔法は使える。ただ、主については攻撃しようと考えるだけでも地獄の苦しみが襲ってくる。一度あれを経験すると逆らう気は起きない。残りの者には攻撃できるが結局主に逆らえないのではどうしようもない。しかも首輪には主から逃げれない効果もある。それでも、いざとなればやるしかない。ただ、慎重に判断しなければ・・・。


 この馬車はどこへ向かっているのだろう? 


 僕の予想ではトルースバイツ公国ではないかと思う。もしかしたら最終目的地はその先のガルディア帝国かもしれない。これは、どう考えてもまずい。奴隷の首輪を着けられた上、ガルディア帝国なんかに連れていかれたらさすがのユイやクレアも僕を見つけ出すことはできないだろう。


 そのとき馬車が急停車した。


「ジリギルの騎士だ!」


 御者の男が叫んだ。


 騎士? ホロウ商会での騒ぎを聞きつけて騎士が追ってきたのだろうか?


「強硬突破しろ!」

「無理だ!」


 外で争う音がしている。


「な、なんだこいつは!」

「化け物か!」

「ぐわー!」

「ぎゃー!」


 なんだか叫び声が聞こえたと思ったらすぐ静かになった。馬車が走り出す気配はない。騎士たちが勝ったのか? でもこいつらは相当な手練れだ。化け物とかなんとか聞こえたから、ユイやクレアが助けに来てくれたのだろうか?


「行け!」


 僕の主だけ残り、もう一人の男が馬車の外に飛び出した。


「逃げようとしても無駄だ」


 まだ、僕の主は冷静だ。


 また外で争う音が聞こえたが、すぐに静かになった。こいつらは簡単な相手ではない。だとすれば、やっぱりユイとクレアが・・・。幸い上級回復薬のおかげで僕の体調は回復している。僕は目の前の男を見る。さすがに男も不安そうだ。剣を手にして警戒している。


「くそー! 騎士が追って来たのか。どっちにしても俺は逃げる。お前を殺してな!」


 男は剣で僕を刺そうとした。僕は抵抗しようと試みた。


「ぐおぉぉぉー」


 気がついたら僕は馬車の中で胸を掻きむしって蹲っていた。奴隷の首輪の効果だ。く、苦しい・・・。新型の奴隷の首輪の効果はオリジナルの隷属の首輪と違って死ぬことはないらしいが、死ぬのと変わらない苦しみが僕を襲う。


 これは無理だ!


「馬鹿が・・・。死ね!」


 僕は目を瞑った。こんなとこで死ぬなんて・・・。


 ザシュ!


「グッ!」


 ドサッ!


 目を瞑っていた僕の耳に何かが斬られるような音と小さな呻き声、それに何かが倒れるような物音がした。僕はまだ生きている。僕は恐る恐る目を開けた。


 目の前に小柄な人物がいた。馬車の床には、僕の主だった男が、胴体と首がきれいに分かれた状態で転がっている。


 目の前の人物はユイでもクレアでもなかった。僕は驚きのあまりすぐには声が出ない。いや、猿轡のようなものを噛まされているのでそもそも声を出せない。そんなことも忘れていた。


「ハル、助けに来てやったぞ!」


 僕たちはしばらく見詰め合っていた。


「ああ、これのせいか」


 その人物は猿轡を外してくれた。


「エリル、悪いけど、首輪とロープも外してもらえないかな」


 僕はなるべく平静を装って言った。


 僕の危機に颯爽と登場したのは魔王だった。新型の首輪もさすがに魔王の魔力には抵抗できなかったようで簡単に外すことができた。


「それで・・・え、エリルなんでここに?」

「ふふ、驚いたか?」

「・・・」

「驚いたんだろう?」

「・・・」


 僕が黙っているとエリルが「何だ、つまらんな。ほら、何かもっと聞きたいことがあるんじゃないのか?」と言った。


 僕は思わず噴き出した。


「ハル、どうしたんだ?」

「だって、エリル、このやり取りには覚えがあるよ」


 そう、イデラ大樹海で初めてエリルに会ったとき、あの龍神湖畔のエリルの拠点で似たようなやり取りをした。


「そうだったかなー」

「そうだよ」


 エリルは首を傾げている。とても魔王とは思えない可愛らしさだ。 


「とにかく、ハル、会いたかったぞ」


 エリルはそう言うと僕を抱きしめてくれた。


「それに、よくクレアと二人、イデラ大樹海を生きて脱出したな。よく頑張った。よく頑張ったな、ハル」

「そ、それは、エリルのおかげで・・・」


 その後は言葉にならず僕はエリルに抱きしめられたまま泣いていた。さっきまでの死の恐怖から解放されたせいか、いや、それ以上に・・・そうか、僕は頑張ったのか・・・頑張ってイデラ大樹海を脱出して、ユイを見つけて・・・。


「僕は頑張れたのかな、エリル?」

「ああ、たった二人でイデラ大樹海を脱出してユイとやらにも再会したんだろう」

「うん」

「それで、ガルディア帝国の皇帝ネロアの陰謀を防いだ。サリアナから聞いたぞ」

「うん」

「それに、その後もいろいろあったんじゃないのか? だからホロウ商会で捕まっていた」

「うん」


 エリルは僕を抱きしめる手に力を籠めると「だから、ハルは頑張った。ハルの成し遂げたことは魔王や勇者にだってできないことだ」と言った。


 気がついたら、僕は「うわー」と声を上げて泣いていた。やっぱり一人で捕まって神経が張り詰めていたんだろう。


 僕は泣き止んだ後、恥ずかしさを誤魔化そうと、改めて「でも、エリルはなんでここへ」と訊いた。エリルはいたずらっぽい笑顔を浮かべると「それは目的の場所についてからだ」と言った。


 僕とエリルは馬車で移動している。


 騎士らしい人が御者をしている。エリルについて来ていたらしい。他にも何人か護衛らしい人が馬で並走している。魔王の部下の騎士って・・・。

 そもそも、なんでエリルがここに現れたのか全く分からない。落ち着いたら次々に疑問が湧いてくる。ただ、ゴアギールにいるはずのエリルがここにいるってことは。例のものが存在するに違いない。


「そうだ。エリル、ありがとう」


 僕は窮屈な馬車の中で精一杯頭を下げた。


「ど、どうしたんだ、急に?  今回のことなら、た、大したことじゃない。だから気にするな」


 エリルが動揺している。


「今回のことはもちろんだけど、それだけじゃないよ。だって、確かに僕もクレアも頑張ったけど、やっぱりイデラ大樹海を脱出できたのはエリルのおかげだよ。本当にありがとう」


 僕はもう一度頭を下げた。


「い、いや、それほどでも・・・」

「それに、その後もいろいろと乗り越えてこれたのはエリルの加護と黒龍剣のおかげだよ」

「黒龍剣?」

「エリルがくれた剣だよ」

「ああー」


 エリルは照れたような顔をして「まあ、役に立ったのならよかった」と言った。


「ところでエリル、この馬車は一体どこへ?」

「コトツカに戻っている」

「コトツカへ?」

「そうだ。旦那様」


 エリルはニヤっと笑った。僕はエリルに旦那様と呼ばれてドキっとした。


「ま、また、揶揄ってるんだよね?」

「揶揄っている? ハルはサリアナに私の夫だと名乗ったと聞いたが?」

「いや、あのときは・・・」

「まあ、いい。側室の二人も招待している。話はそれからだ」


 側室・・・?


 僕は急に眠くなってきた。今は何時頃なんだろう? 回復薬で傷は治っているものの、昨日からの出来事で思ったより疲れていたようだ。エリルに助け出されて、奴隷の首輪も外してもらって、そして、エリルによく頑張ったって褒めてもらった・・・。それからエリルの小さな胸で大泣きして・・・。


 なんだか、本当に眠い・・・。 


 次に目を覚ましたとき、僕はエリルに膝枕されていた。ユイやクレアのときと違って上を見るとエリルの顔がよく見える。


「ハル、何かよからぬことを考えているな」

「そ、そんなことないよ」


 外を見ると、馬車はすでにコトツカの街に入ったようだ。しばらくして馬車は大きな屋敷に着いた。


「ここは?」

「コトツカの公主の屋敷だ。公のじゃなくて個人の屋敷のほうだな」

「なんで、公主の屋敷に・・・?」


 僕はエリルに案内されるままに屋敷の一室に入った。

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― 新着の感想 ―
エリルがいて良かったなぁー(T_T)いろいろな意味で
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