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7-23(ユイとクレア).

 カナンの話が終わったとき、誰もしばらく言葉を発しなかった。いや発することができなかった。


 クレアは考えていた。自分も小さい頃に両親を失った。だが、自分はこうして生きている。だが、カナンの姉は・・・。不幸自慢をしてもしかたがないがカナンの人生のほうが自分より遥かに苦難に満ちていると思う。


 クレアは自分の目から涙が流れていることに気がついた。隣にいるユイの大きな目からも同じように涙が溢れている。


 そういえば、あのときハル様は私の話を聞いて泣いてくれた・・・。どうも私は、ハル様やユイ様と出会ってから感情の起伏が大きくなったようだ・・・。


 そうだ、ハル様を・・・ハル様を探し出さなくては・・・。


「クレア・・・。ガガサトやフランを助けてよかったね」とユイが言った。


 クレアはユイの言葉にガガサトとフランの可愛らしい顔を思い出した。カナンには申し訳ないが、ガガサトやフランがカナンのようにならなくてよかった。

 

「はい、ユイ様。ガガサトとフランが悪い貴族に売られる前に助けることができてよかったです。ハル様のおかげです。でもそのハル様が・・・」


 その通りだ。ユイはハルをまだ助け出せていないことに胸が締め付けられた。クレアの表情からクレアも同じ気持ちであることが分かる。


「それでカナン、なんで女の格好をしているんだ。貧民街ならむしろ女でも男の格好をしたほうがいいだろうに」とジャイタナが尋ねた。

「それでだよ、ジャン兄さん。まさかあたし、俺が男だとは誰も思わない。トラリアで俺の主だった子爵の関係者を見たことがある。俺が、子爵の屋敷から逃げてきた奴隷だと絶対に知られないように女に化けていたんだ。俺はもともと姉さんに似ているからな。俺は生き抜いて違法奴隷に関係している奴らに復讐する。だから、違法奴隷のことを調べているS級冒険者だというハルたちについてきたんだ。それにハルたちが調べているホロウ商会という名にも聞き覚えがあった」


 ジャイタナはカナンの言葉に「それは、本当か?」と訊いた。


「ああ、俺たちが売られていくときホロウ商会とか大公とかいう言葉を耳にした」

「そうか。カナン、お前がそれを証言できるのなら役に立つ」

「これまでは、詳しいことは喋れなかった。主から逃げ出せないっていう以外の首輪の効果は消えてなかったんだ。でも、今は、何だって話せるし証拠だってある。絶対にあいつらを許さない!」


 ジャイタナは「分かった」とカナンに頷くと「俺もお前の復讐に協力しよう。俺だってバデナ村の出身だ。村を襲い、お前らを奴隷にして、メルメルを殺した奴らをこのままにはしておけん。それに・・・」と言った。ジャイタナの家族だってあの事件で犠牲になっている。


 ジャイタナの言葉に沈黙が場を支配した。ジネヴラも黙ってジャイタナを見ている。ジネヴラだってバイラル大陸の出身だ。思うところはある。


 しばらくしてクレアが「ユイ様、エジル子爵の三男のリカルドのことを・・・」と言った。


 そうだった。カナンの話に登場したカナンと姉のメルメルを購入し二人の主となった貴族ジェイソン。ユイたちはその貴族ジェイソン・エジル子爵をよく知っていた。


 ユイはハルのことが心配でしかたがなかったが、これはカナンに伝えておかなければならないと思った。


「分かったわ」


 ユイは「カナン」と声を掛けた。


「なんだユイ?」


 相変らずカナンの口は悪い。だが、なぜかそれがユイには可愛らしく思えた。それにカナンは一人で凄く、本当に凄く頑張ってきたのだ。


「さっきカナンの話に出てきたリカルドことなんだけど」

「リカルド、あの禄でなしの三男のことか」

「そうよ。その禄でなしのリカルドは死んだわ」

「なんだって!」


 ユイはエジル子爵が治めているエイダンで経験したことをカナンに話した。リカルドが死んだのは裏社会の揉め事に巻き込まれたためだと説明した。ハルの推理も話したいが、サリーたちに迷惑はかけられない。それに、カナンの話によれば本当にカナンが復讐すべきはリカルドではなくエジル子爵その人だろう。


「リカルドが・・・死んだ」


 ユイの話を聞き終えたカナンは、しばらくは放心状態だった。


「くそー。できれば自分で復讐したかった。それにしても、俺が逃げた後、リカルドのやつがジェイソンと同じようなことをしていたとは」

「私はむしろエジル子爵が過去に三男と同じことをしていたことのほうに驚いたよ。私たちがエイダンに滞在していたときにはエジル子爵より三男のリカルドのほうが評判が悪かったんだよ。しかもリカルドがさっき話に出てきたアンジェラさんの前にも同じような事件を起こしたことがあるっていう噂も聞いてたの」

「ユイ様、あの噂ですけど、もしかしたらリカルドのことではなくてエジル子爵のことだったのかもしれませんね」

「そっか。そうかもしれないね。エジル子爵もいい人には見えなかったし、それにプリシラさんのことだってあるもんね」


 プリシラさんは似たような経緯でエジル子爵の第三夫人になったと言っていた。


「はい。私もそう思います」


 どっちにしても親子揃ってクズで間違いない。


「カナン、その三男とやらが死んでもメルメルを殺した主犯のエジル子爵は生きている。それに、違法奴隷取引を牛耳っている奴らもな。まだ、俺たちにはすることがあるはずだ。特使だって、そのためにここまで来ている」

「ジャン兄さん・・・。そうだな。もっと悪い奴らがまだ生きている」

「そうだ。お前やメルメルのような者を二度と出さないようにするために、俺たちにはやることがある」


 ガガサトやフランの話を聞いたときからユイは違法奴隷に関わっている奴らは許せないと思っていた。そしてカナンの話を聞いてますますその思いを強くした。


 だけど、その前にユイとクレアにはしなければならないことがある。まだハルを助け出せていない。次々にいろんなことが起こりすぎてユイはちょっと混乱状態だ。


 でも・・・。


「ユイ様、ハル様は一体どこにいるのでしょうか?」


 クレアの表情も晴れない。当たり前だ。ハルはどこにいるのかというクレアの質問にユイは答えられない。ハルはもう、コトツカには、いや、ジリギル公国にはいない可能性だってある。


 一番可能性が高いと思ったホロウ商会にいないとすれば・・・。ああ、何も思いつかない。


 結局、一同はそれぞれ宿の部屋に戻って仮眠を取ることになった。明日、いやもう今日なのか、朝からハルを探すとしても体力は必要だ。


 ユイはほとんど眠れないまま一夜を明かした。それはユイの隣で横になっていたクレアも同じだった。ハルと二人でイデラ大樹海に飛ばされて以来、クレアのそばには常にハルがいたのだ。


 そして次の日の朝、ユイとクレアをもっと驚かせる出来事があった。


 ユイとクレアを騎士が訪ねてきたのだ。やっぱり取り調べに来たかと思って緊張したユイとクレアだったが、騎士の態度はとても丁寧なもので取り調べに来たようには見えない。そして騎士は思いがけないことを言った。


「ユイ様、クレア様、公主のシーナ・スプロット様がお二人を屋敷に招待したいと仰られています。よろしければすぐにでもということです」

「私とクレアを?」

「はい」

「一体、何のために」

「来ていただければ、分かると。公主はそう仰っています」


 何がなんだか分からない。だけど、昨日の夜の出来事と無関係とは思えない。だけど、早くハルを探さないと・・・。隣にいるクレアも同じ思いのようだ。


 そのとき騎士が「公主が、どうしてものときには、ハルという名を告げるようにと・・・」と小声で言った。


 それを聞いたユイは目を見開いて騎士を見返すと、すぐに「分かりました」と返事をした。クレアもユイの隣で頷いた。


 ユイは、ハルの探索を開始すべく集まっていたジャイタナ、ジネヴラ、カナンに事情を説明して「ちょっと行ってきます」と告げた。どうみても騎士たちに敵意はない。そう判断したジャイタナたちはユイの言葉に頷いた。


 こうして、ユイとクレアは公主が寄こした迎えの馬車に乗ってジリギル公国の公主シーナ・スプロットの屋敷を目指した。

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