1-27(王国サイド).
王宮の一室に6人の男の姿があった。
「異世界人たちの様子はどうだ」
「さすがに動揺は隠せないようです」
王の質問にギルバートは表情を変えずに答えた。
「騎士団の失態だな」
「恐れ入ります」
恭しく答えたのは王国騎士団長のアトラス・シグデマイルだ。王国の貴族で武の名門の当主である。名門貴族家の当主であり実力も兼ね備えているが実力的には剣聖のギルバートには劣る。
「最初は9人だったが6人になったな」
「申し訳ありません」
騎士団長と一緒にギルバートも頭を下げる。
「しかしまだ6人いるとも言えます。幸い6人の中には勇者と賢者がいます」
宰相のジェズリー・ライトが指摘した通りで、まだ勇者と賢者がいる。それに6人に減ったとはいえ、まだこれまでの中では最も多い。
「だが、減ったことには変わりはない。これ以上の失態は許さんぞ」
「はっ!」
「それとクレアだったか・・・の素性は?」
「はっきりとはしません。突如現れた将来有望な若手の冒険者。今考えるとおかしな点はありました。私の管理不足です。最初からもっと私が関わっていれば」
騎士団長のシグデマイルは自分の失態のよう振る舞っているが、明らかに責任をギルバートに押し付けようとしている。クレアと面談しその採用を進言したのはギルバートだ。ギルバートには、武力面での強化を最優先としていた王国騎士団にとって、クレアはまたとない人材に思えた。
「いまさらだな。まあ、帝国の手の者と考えるのが自然だろう」
「仰る通りかと」
この場にいる者にとって、ことが起こった今となっては帝国が最も怪しいというのは共通認識であった。
「それより、どこに転移したのかは分からないのだな?」
「はい。あの魔法陣は遺跡から移設してからまだ転移の実験を1度も行っておりませんでした」
宰相の質問に答えたのは魔導技術研究所の所長である大魔導士バラクだ。隣には助手のルクニールも控えている。
「確か移設してからすでに1年以上経っていたのではないか?」
「はい。正確には1年と2カ月です」
「それだけあって一度も起動実験を?」
「それが、今だにどうやっても起動できない状態だったので」
「起動できない・・・遺跡にあった時と同じということだな」
「はい」
あの転移魔法陣がルヴェリウス王国にある失われた文明の遺跡の奥深くにあることはすでに数100年以上前から知られていた。しかし起動したのを見たものは誰もいない。現地での調査により転移魔法陣らしいことは分かっていた。起動させようという試みも何度も行われていた。だがそれが成功することはなかった。
遺跡の奥深くでは調査にも限界がある。そこでバラクの提案により1年2ヶ月前に魔導技術研究所に移設されたのだ。移設するのに時間と金がずいぶん掛かった。
「魔法陣に十分魔力を溜めることはできておりました。しかし起動することができませんでしたので新たな転移先も設定しておりませんでした」
バラクの予定ではアレクの魔導技術研究所にある転移魔法陣を転移先として設定するつもりだった。魔力の充填自体は順調にできていたので起動もできそうだと楽観していたのだが・・・。
「それがなぜか今回は起動した」
「はい。その通りです」
王の言葉にバラクとルクニールは頭を下げる。なぜバラクでさえ起動させることができなかった魔法陣が起動したのか。仮説はある。バラク以外にも似たようなことを考えている者はいるだろう。だが、それが事実だとしても王国の役に立たないことに変わりはない。
「転移した者たちは、死んでいる可能性が高いのだな」
この場の皆が知っていることを王は改めて確認した。
「はい。各国とも秘匿はしていますが、正常に稼働している転移魔法陣は存在します」とバラクが説明を続ける。
ガルディア帝国などには正常に動いている転移魔法陣があるとの噂が以前からある。おそらく事実だ。実は、ここルヴェリウス王国にもある。大して役には立ってはいないが。
「ただし、正常に動いているのは、もともとあった場所にあるものだけです。研究所などに移設した転移魔法陣で正常に稼働しているものはありません。好きな場所に設置し望む場所に転移する。これに成功した国はまだありません」
どうせ遺跡の中でも起動すらしない魔法陣ならばと、研究所に移設して研究していたのがあの魔法陣だ。転移魔法陣の研究は各国で行われているが、移設した転移魔法陣を正常に稼働させることに成功した例はないはずだ。移設するとなぜか転移先が解除されていたり、どうしても転移先が判明しなかったりで正常に稼働しない。
成功すればバラクの歴史的功績になるはずだった。もちろんすでに成功した国が秘匿している可能性はあるが、バラクには自分より魔法陣に精通しているものがいるとは思えなかった。
「そして研究の過程で今回のような事故も偶に起こっております。そして、私の知っている限りでは事故に巻き込まれた者が生還した例はありません」
「賢者を含む異世界人といえども生きている可能性は少ないか」
「はい」
この世界で偶に起こる転移魔法陣の事故・・・それに巻き込まれ突然消えてしまった者たちが生還した例はない。
事故に巻き込まれた者が数年経って発見されたとなどの話がまったくないわけではないが、あくまで噂やおとぎ話の類である。例えば、研究中のものではなく失われた文明の遺跡で冒険者が転移魔法陣で転移してしまったが、数年後に生きて発見されたなどの話だ。だが、今回の事故は研究所内でのものだ、そして移設された転移魔法陣は例え起動したとしても正常に稼働した例はないのだ。
「勇者たちにはどう伝えているのだ」
「転移した者は死んでいる可能性が高いが、過去には生きて発見された例もあるので、全力で捜索していると、そう伝えております」
シグデマイルに目で確認の上、ギルバートが返答した。
「指示通りだな」
「はい」
「で、なぜ部屋に鍵がかかってなかったのだ?」
今度はバラクの方を見て、王が質問した。
「はい。そ、その最近は転移魔法陣の研究にかかりっきりで・・・」
「要するに忘れたのだな」
「申し訳ありません」
バラクとルクニールが体を縮めて頭を下げる。
「探させますか?」と宰相が王に尋ねた。
「ふむ」
どうすべきか。だが、そもそも世界中をどうやって探すのだ。この世界は人族や魔族が住む場所より魔物が支配する地域の方が圧倒的に多い。それに・・・。
「まあ、生きてはいないでしょうな」と宰相は王の考えを読んだように発言した。
転移した者たち生存している可能性は極めて、そう極めて低い。そして、先ほど宰相が指摘した通り、手元にはまだ6人の異世界人が残っている。その中には勇者と賢者も含まれる。今はこれ以上減らさず王国に貢献してもらうことに注力すべきだろう。王はそう判断した。
「一応、国内での捜索は続ける。だが他国での大掛かりな捜索は不要だ。それと他にも帝国の手の者が紛れ込んでいないか、もう一度洗い直せ。王国騎士団だけではなく宮廷騎士団や官吏もだ」
全員が王の言葉に「はっ!」と答えると、王は「それと最初に出ていった異世界人、ユウトの件はどうなっている?」と質問した。
「ギルバート」
宰相は王の質問に答えるようギルバートを促した。
「はい。未だに見つかっておりません。王国内の冒険者にそれらしい人物はおりません。本人が言っていた通りで異世界人がこの世界で生きていくのには冒険者になるのが自然だと考えます。したがって国内の冒険者にいないということは、残念ながらすでに他国に流出してしまったものと考えております」
「陛下、やはり気になるのは、そのユウトとやらが、なぜ王国を出し抜くように姿を消したかですな。何かに気付いたとしか思えません。同じことに他の異世界人も気付いているのかが気になりますな」
「今の所その気配はありません。それにもしそうなら、あのときユウトが一人だけ出ていったのもおかしなことに思えます」ギルバートが宰相の疑念に自身の考えを述べた。
王は考える。何かに気付いて一人姿を消した異世界人。帝国の仕業と思われる事件で転移してしまったと思われる二人の異世界人。なかなかすべてが思い通りにはいかないものだ。9人が6人になった。減った3人の中に賢者が含まれていたのは痛いが、賢者以外の2人は9人の中では能力的には劣っていたと報告を受けている。それに、なぜか今回は賢者は二人いて一人はまだ手元に残っている。
「やはりユウトの件も捜索は国内に留めて置くことにしよう。報告を受けた限りでは、仮に他国で冒険者になっているとしても、一人では何もできんだろう。引き続き残った異世界人6人には細心の注意を払え。何かに気付いている可能性もあるし例の病の件もある」
この場の全員が王の言葉に頷き。会議は終了した。要するに減った3人のことより残った6人の方が重要だということを再確認しただけだ。最初に出て行った一人はおそらく一人では何もできず、今回帝国のスパイと思われる者と共に転移した二人はおそらく死んでいる。死んでいるのは帝国のスパイも同じだ。
やはりどう考えても王の判断の通り、残った6人のことを優先すべきだと全員が納得した。
次話で第1章は終わりの予定です。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




