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7-22(カナン).

 姉のメルメルが死んだことを聞かされたカナンは獣のような叫び声を上げて慟哭した後、気を失うように眠りについた。そして目を覚ますと同じことを繰り返した。何度かそんなことを繰り返した後、カナンは涙を見せなくなった。そして自らの身体が回復するのを冷静に待った。そして傷が癒えたカナンは以前と同じように使用人を続けた。


 姉を亡くした悲しみによってカナンの心は復讐心で一杯になっている。だが、今のカナンにはジェイソンたちに復讐する力はない。かといって姉と同じく死んでしまっては負けだと思った。メルメルはいつもカナンを守ろうと必死だった。カナンが死んではそれが無駄になる。生きてあいつらに復習する、それがカナンにできる唯一のことだ。カナンの主であるジェイソンのほうも高価で顔立ちの整った獣人系奴隷であるカナンを殺すのはもったいないと思ったのか、それ以上カナンに罰を与えることはなかった。


 こうして、カナンに以前の生活が戻ってきた。ただ、それは見かけだけのものであり、カナンは毎日、墓すらない天国の姉に祈り、必ず復讐すると心に誓っていた。


 一度この屋敷から逃げたい。だが、首輪の効果で逃げることは禁じられている。それに主を殺すこと、いや主に危害を加えることも禁止されている。あの苦痛の中、ことをなすのは難しい。だが、例えば一気に刺し殺せば・・・。


「うぐぅーー!!!」


 主に危害を加えることを考えただけで、もの凄い苦痛が襲ってきた。こ、これは無理だ・・・。


 痛みが収まると、カナンはもう一度考え直す。


 ジェイソン、大男の護衛騎士、そして暴行に加わった碌でなしの三男、3人の姿を思い浮かべるだけで怒りがカナンを支配する。絶対に復讐する。特にジェイソンは許せない。

 カナンはあれから従順な態度を取っている。カナンの態度を見て、あれだけ痛めつけたのだからさすがに逆らう気も失せたのだろうとジェイソンも判断している。カナンとしても殺されてしまっては復讐もできないから止むを得ない。それに、無理に一人だけに復讐しても、それではカナンの心は晴れない。全員を地獄に送り届けなければ・・・。


 そしてカナンはある結論に辿り着いた。


 ある日、準備を整えたカナンは深夜になって屋敷を抜け出した。さっきから物凄い苦痛がカナンを襲っている。首輪が禁止している逃げ出すという行為が何を意味するのかは分からない。だが、恐らく物理的な状況ではなくカナンの意志によって判断されているのではないかと推測している。


 カナンは苦痛に抗って一歩一歩進む。意識を失ってはならない。カナンの知る限り首輪の効果で命を失うことはない。通常では我慢することが不可能な苦痛が全身を襲うが死ぬことはないのだ。それならば・・・逃げることはできる。メルメルのために生きて逃げ出し力をつけて復讐する。これがカナンが出した結論だった。


 姉さん・・・。


 カナンはいつも優しくカナンを見守ってくれた姉の顔を思い出すと、また前に進む。普通なら歩くことなどできないはずの苦痛がカナンを襲っている。新型の奴隷の首輪はそう作られている。気絶しないだけでも異常だ。

 カナンは痛みに耐えながら足を引きずるようにして北門の近くまで辿り着いた。門のそばには門衛がいる。だが、出ていくものにそれほど厳しく目を光らせているようには見えない。苦痛のため考えることもしんどい。


 カナンは広い門の門衛から遠い辺りを闇夜に紛れて通り抜けようとした。今日は3つの月のいずれも出ていない。だからこの日を選んだのだ。呻き声を漏らさないように歯を食いしばって一歩一歩進む。


 今のカナンを新型の奴隷の首輪を開発した者たちが見たら驚くだろう。カナンが知ってか知らずか、今カナンがしていることは彼らの想定を超えている。新型の奴隷の首輪は命令に逆らおうとすると普通なら動くことすら難しい苦痛が襲う。実験で何度も確かめられたことだ。それをカナンは声を上げることもなくその痛みに耐え意識を保って行動している。必ず生きて姉の復習を果たすという狂気がそうさせているのだ。


「そこにいるのは誰だ!」


 門衛がカナンに気がついて近づいてきた。カナンはなんとか逃げようとするがその歩みが速くなることはなかった。無理もない。そうでなくても苦痛で本来なら歩くこともままならないような状態だ。


 やっぱりダメか・・・。絶え間ない苦痛に加えて絶望がカナンを襲う。


「お前は領主様の屋敷の・・・」


 カナンの顔を確認した門衛はカナンが領主の奴隷だと気がついたようだ。当然だ。領主は獣人系の奴隷であるメルメルやカナンを所有していることを周りに自慢していた。


 門衛はカナンの様子をじっと見ると何かを納得したかのように頷いた。


「俺は何も見なかった」


 そう言って門衛は元の場所に引き返した。門衛は領主館で起こった出来事を、メルメルが死んだことを知っていた。街で噂になっていたからだ。ジェイソンがいくら口を封じてもジェイソンや三男を嫌っている使用人は多い。それに、あんなに自慢していた獣人系奴隷のメルメルがいなくなったのだから皆の知るところとなるのは当然だ。


 門衛は領主の非道によって姉を亡くしたカナンを捕まえて、その領主に突き出す気にはなれなかった。


 こうして門衛に見逃されたカナンは街を脱出することに成功した。


 この後、カナンが逃げ出したことに気がついた領主に門衛はひどく叱責されることになるのだが決して後悔はしなかった。それに、さすがの領主もその日勤務についていたすべての門衛を罪に問うことはできなかった。そもそも新型の奴隷の首輪を着けていながら逃げ出した方法すら不明だったのだから。


 街を出たカナンは苦痛に耐え何日も街道から外れた場所を歩き続けた。屋敷から持ち出した食料はすぐに底をついたが、樹の実や捕まえた小動物の肉など何でも食べた。火を付けるための魔道具を持ち出したのは正解だった。小動物を狩るくらいのことは生まれ故郷のバデナ村にいたときに姉のメルメルと一緒にやった経験があった。あれから7年近くが経ちカナンはずいぶん成長している。騎士になるための訓練も受けていたのだ。それも虐めのような厳しい訓練をだ。それでも、カナンはまだ成人にすらなっていない。


 そのときのカナンは気がついていなかったが、カナンは中央山脈の裾野を通って帝国から抜け出しドロテア協和国に入っていた。カナンがいたガルディア帝国の街はドロテア共和国との国境に近い街だった。カナンが川辺で水を飲もうとしたとき、自分がなんの痛みも感じていないことに気がついた。もともとそういう仕組なのか、理由は分からない。とにかくカナンの執念が奴隷の首輪の効果を上回ったのだ。


「こ、これは・・・」と緩やかな流れの川面に映った自分の顔を見てカナンは呟いた。


 カナンの髪はすっかり色素が抜け落ち真っ白になっていた。それになんだか左目が熱い・・・。

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距離は関係ないのかな
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