7-21(ハル、ユイ、クレア).
夜になって騒がしい音がして僕は目を覚ました。まだ、体中が痛い。ユイの聖属性魔法のありがたさを改めて感じた。戦いで傷ついてもすぐに治してくれた。
いや、待てよ・・・。
よく考えてみるとアイテムボックスに回復薬が入っているはずだ。僕はアイテムボックスから上級回復薬を出して飲んだ。体中の痛みが引き楽になった。手足を拘束されてなくてよかった。
徐々にはっきりしてきた頭で様子を窺うと、数人で激しく争っているような音がする。そのとき僕の耳に誰かが魔法使ったような声が聞こえた。聞き間違いかもしれないけど、ユイの声のような気がした
助けに来てくれたのか・・・。
だけど、心配だ。ここにいるのはたぶん黒騎士団だ。しかも僕が相手をした3人はかなりの手練れだった。それでも、あの3人だけならユイとクレアが負けることはないと思う。だけど他に何人いるのかも分からない。
争っている音はますます大きくなってきた。こっちに近づいている。
だけど、不思議なことにユイとクレアの二人が暴れていると言うよりは、もっと多くの人同士で争っているような音に聞こえる。もしかしてメリンダもいるのか。それとも二人が助けを頼んだんだろうか? でも、いくら二人がS級冒険者でもホロウ商会を襲撃するなんてことを頼めるような知り合いがコトツカにいるとは思えない。
そのとき部屋に男たちが入って来た。僕を拘束した3人だ。
「出ろ!」
僕の主だと言っていた男が命令した。主には危害を加えられないので何もできない。いや、危害を加えようと考えるだけどあの苦痛が襲ってくるのだ。そう思うと何もする気にならない。あれは、それほどのものだ。
くそー! 自分の意気地の無さに腹が立つ。
「早くしろ!」
僕は3人に部屋から引きずり出され猿轡のようなもので声を出すことを封じられた上、後ろ手に縛られた。身体能力強化しても外れそうもない。そのための魔道具なのかもしれない。3人は手際がいい。こういう仕事に慣れているようだ。実際僕は叫ぼうかなと思っていたのでこれはまずい。
考え過ぎて、すべてが後手に回っている。
その後、裏口のようなところから建物の外へ出た僕と3人は隠すように置かれていた馬車に乗った。男の一人が御者を務める。こうして僕と3人の男は大騒ぎになっているホロウ商会を後にした。
「さっさと殺せばよかったのでは」
男の一人が物騒なことを言った。
「お前、今の騒ぎを見ていなかったのか。仲間がいる。しかも、恐ろしいくらいの手練れだ。こいつを生かしておいたほうが使い道があるかもしれん。こいつの背後にいるやつらを探る必要がある」
答えたのは僕の主だ。
「言われてみれば、そうですね」
「それより、こいつの前で余計なことを言うな」
「いや、でも首輪を着けてますし何もできませんよ」
「いいから黙っていろ! 何事にも万一ということがある」
僕の主となった男は馬鹿ではないらしい。
★★★
「結局ハル様はいませんでした」
「うん」
ユイとクレアの落胆は大きい。
ホロウ商会でハルを見つけることはできなかった。一同は、ユイとクレアが泊まっている宿に引き上げてきた。今いるハルのために取った部屋にハルはいない。5人もいるのでちょっと部屋が狭い。
「ハルどころか奴隷もいなかった」とジャイタナが言った。
「ここのホロウ商会も噂と違って違法奴隷の拠点ではなかったってことか」とジネヴラが応じた。
「この後、どこを探せば・・・」
ユイの顔色は悪い。
「ユイ様・・・」
ユイを心配そうに見ているクレアの顔も暗い。
「だが、倉庫の地下に牢のような部屋があった」
全員が頷いた。
「ちょっとおかしいと思わないか」
ジネヴラが一同を見回した。
「おかしいとは?」とジャイタナが訊く。
「ジャイタナ、違法奴隷がいない割りには警備は思ったより厳重だった」
「ああ、とてもただの商店の警備とは思えない。後ろ暗い証拠だ」
「それで戦闘になった。相手は手練れで人数も多かった」
「ああー、10人以上はいたな」
引き返す選択もあったかもしれないが、ハルを心配したユイとクレアが突入することを選んだ。
「かなり激しい戦闘になった。私もユイさんも魔法だって使った。殺してはいないはずだが・・・ユイさんの聖属性魔法もあったし・・・とにかく大騒ぎにはなった。それなのに・・・」
「そうか、それなのに騎士たちが全然姿を見せなかったな」
「これまでも似たような騒ぎになったことはあった。でも今回ほどじゃなかった。これだけの騒ぎになってジリギルの騎士たちが姿を見せないのはちょっとおかしい」
ユイもジネヴラの指摘になるほどと思った。深夜とはいえ街中であんな大騒ぎを起こしたのだ。ホロウ商会にはハルも違法奴隷もいなかった。だったらユイたちはただの襲撃者だ。それなのに・・・。
「ユイ様。ジネヴラさんの言う通りです。何かがおかしいです」
クレアもユイと同じ考えに至ったようだ。
「クレア、実はね。気のせいかもしれないけど、私たちがホロウ商会を襲撃するために宿を出たとき、微かに魔力を感じたような気がしたの。すぐに気配はなくなったから、忘れちゃってたんだけど・・・」
ここにいる者の中で魔力探知に最も優れるのはユイかジネヴラだ。
「ユイ様。何者かが私たちを見張っていたんでしょうか?」
「分からない」
「それに、見張っていたとして、それが騎士たちが現れないことと何か関係があるのでしょうか?」
「それも分からないわ。クレア」
それにしてもこの後どうしたらいいのだろうか? ユイには思いつかない。そのときユイはジャイタナが怪訝そうにメリンダを見ているのに気がついた。
メリンダ自身も気がついたのか「なんだよ。あたしに何か言いたいことがあるのか、でかいの」と言った。
相変わらず口が悪い。
それでも、なおもジェイタナはメリンダを見ている。いや、観察している。
「さっきは暗かったから気がつかなかったが・・・。お前、もしかしてバデナ村のメルメルじゃないのか? ただ、言葉遣いが・・・」
一瞬の沈黙の後、唖然としたような顔をしたメリンダが「お前、なんで姉さんの名を、子爵の回し者か!」と叫んだ。
「姉さん? まさかお前カナンなのか?」
「そういうお前は誰だ!」
「分かないのか、カナン。俺だ」
「俺?」
今度はメリンダがジャイタナをじっと観察するように見ている。
「ま、まさか、ジャン兄さんなのか」
「そうだ。カナン」
カナンとメルメルがジャン兄さんと呼んでいたジャイタナはカナンがバデナ村にいたころ、カナンとメルメルを可愛がってくれた兄貴分だ。小さな子供だったカナンは姉と一緒にジャン兄さんと呼んでいたが、正確にはそれがジャイタナだとは知らなかった。
「な、なんであの日、ジャン兄さんはいなかったんだ。兄さんさえいてくれたら」
あの日ジャイタナは村にいなかった。仲間と一緒に魔物の狩りで森深くに入り、野営したからだ。あの頃、ジャイタナはすでに近隣で名を知られた戦士だった。もしジャイタナが村にいれば・・・。
「すまん」
ジャイタナが村に帰ってきたときには、村に生きている人間はいなかった。ジャイタナの両親を含めてだ。死体の数からして多くの若者や子供が攫われたことは明白だった。その後ジャイタナはいなくなったメルメルたちと犯人を探したが見つけ出すことはできなかった。それはジャイタナがイネスのパーティーに誘われる3年以上も前の話だ。
「メルメルは、メルメルはどうしたんだ?」
「姉さんは死んだ。いや殺されたんだ!」
あの自分を慕ってくれていた可愛らしい少女が死んだ。ジャイタナは目の前が真っ暗になるのを感じた。
「誰が、誰がメルメルを殺したんだ」
ジャイタナの声は低く迫力があった。
「帝国の貴族だ」
「これ以上詳しくはこれのせいで話せない」
メリンダはジャイタナに首元の首輪を見せた。
「その赤いのは奴隷の首輪なのか」
「そうだ」
「それを着けられたまま、なぜここにいることができる」
「それは・・・」
「とにかく詳しい話を聞かせろ」
「だから、首輪のせいで詳しくは話せないって言ってるだろう。それに詳しい話を聞いてジャン兄さんはどうするんだ?」
「村を襲い、お前らを奴隷にして、俺の両親や・・・メルメルを殺した奴らに復讐する」
そのときユイが口を挟んだ。
「それは新型の奴隷の首輪で、その効果で奴隷になった経緯を口にすることができないんだね?」
メリンダは黙って頷いた。
「ちょっと待ってね」と言ってユイはメリンダの方に身を乗り出した。メリンダの顔が赤い。
「ユイ、お前、何を?」
「ほら」
メリンダはもちろん、ジャイタナとジネヴラもユイが手に持っているものを見て驚いた。ユイが手にしているのはメリンダから外した赤く染められた新型の奴隷の首輪だ。
メリンダ、ジャイタナ、ジネヴラはしばらく黙っていた。特にメリンダは7年間に亘り自分を苦しめてきた首輪が外れてうれしいと言うより唖然としていた。
「私にも外せなかったのに・・・。ユイさんは一体何者なの?」
やっと立ち直ったジネヴラが尋ねた。
「え、まあ、それは秘密ってことで」
ユイは言葉を濁す。
「あ、ありがとう」
メリンダはやっと我に返ってお礼を言った。
「ユイ様なら当然です」とクレアが言った。
その後、ユイやクレアも含めた全員が、新型の奴隷の首輪が外れたメリンダの、いやカナンの話を聞くことになった。




