7-20(ハル、ユイ、クレア).
首に嵌められた首輪に触るとひんやりした感覚が手に伝わってきた。おそらく、これはガガサトやフランが着けられていたものと同じ新型の奴隷の首輪だ。逆らうことも、逃げることも、そしてこれを着けられた経緯も話せない。この首輪を着けられた僕は3人の男に拘束され、今は窓もない部屋に監禁されている。
ここはホロウ商会で間違いない。おそらく倉庫の地下だと思う。やっぱりホロウ商会が関わっていたのだ。一人でホロウ商会に寄ったのは迂闊だった。しかも、僕は奴隷について質問したのだ。
よし!
僕は黒炎弾で閉じ込められている部屋の扉を破壊しようと試みた。アイテムボックスに入っている黒龍剣を使うよりはよさそうだ。
「ぐおぉぉぉーーー!!!」
黒炎弾を発動しようとした瞬間、僕の全身をまさに地獄の苦しみと呼ぶしかないような猛烈な痛みが襲った。僕は首を掻きむしって床を転げ回った。しばらくすると痛みは収まったが、騒ぎを聞きつけて二人の男が部屋の様子を見に来た。
「馬鹿なやつだ。捕まったときも同じ目に遭っただろう」
男の一人が僕を見て言った。
この首輪の効果は本物だ。逃げようとしただけでこの始末だ。
くそー!
僕は身体能力強化をして男に殴りかかろうとした。
「ぐぅぅーーー!!!」
僕はまたも全身をもの凄い痛みに襲われ床を転げ回ることになった。
「ああ、主に危害を加えようとしてもそうなる。ちなみにとりあえず主は俺にしてあるから注意しな」
こいつが僕の主人だって。やっと痛みが収まった僕は、その筋肉質で短髪の男を睨みつけた。やっぱりこの首輪はガガサトたちが着けられていた新型の奴隷の首輪で間違いない。少し冷静になった僕は二人の男を観察する。僕の主だと言った男も、もう一人のやや小柄な男も鍛えられた体つきをしている。それに顔つきが帝都ガディスでよく見た人たちに近い気がする。
「なんで、黒騎士団がこんなとろこに?」
「貴様、なんでそんなことを知っている」
カマをかけてみたら当たりらしい。レティシアさんは言っていた。黒騎士団には裏の任務についている部隊もいると。もしかしたら『皇帝の子供たち』かもしれない。それなら、こんな事態になったことも納得できる。それでも、僕に油断があったことは確かだ。
「殺しますか?」
「いや、上にお伺いを立てる必要がある。それにこいつが何者なのかも吐かせる必要があるな」
その後、僕は殴る蹴るの暴行を受けた。
「お前、何者なんだ!」
「ふん。そう言われて話すやつがいるとでも」
「てめえ!」
ドスドスとまた腹を蹴られ更には顔を殴られた。身体能力強化で耐えるが意識が遠くなる。その後も、質問されては答えない僕が暴行されるということが繰り返された。暴行される痛みよりもさっきの首輪の効果のほうが苦しかったな、などと考えて僕はひたすら耐えていた。
「これ以上は」
「ああ、殺してしまっては意味がない」
どのくらい時間が経ったのか意識が薄れる中でそんな会話が聞こえてきた。
★★★
「ユイ様、これ以上どこを探したら」
クレアの顔に焦りの色が見える。
「やはり、私が一緒に行っていれば」
「いえ、クレアのせいではないわ。とにかく、諦めずに探しましょう」
「はい」
二人は、もうしばらくコトツカの街を探すことにした。
クレアは街中を駆け回ってハルを探す。
凄いスピードで走っていくクレア見て驚いている人もいる。ハルは見つからない。今、クレアとユイは別々に街中を探している。
ハル様・・・。
クレアにとってハルは誰よりも大切な人だ。そのハルがいなくなった。そう考えるだけど胸が締めつけられる。
だが、クレアとユイの必死の捜索にも関わらずハルは見つからない。そもそもクレアたちはこの街に来たばかりでハルが寄りそうなところにも全く当てがない。すでに辺りは薄暗くなってきた。そろそろ宿に戻ってユイと合流する時間だ。
もしかしたらユイ様が見つけてくれているかもしれない・・・。
「クレア!」
クレアが振り返るとメリンダがいた。
「何かあったのか?」と言ってメリンダが近づいてきた。クレアはメリンダにハルが一人で冒険者ギルドに行った後、帰ってこないことを話した。
メリンダはクレアの話を聞いて「ホロウ商会が怪しい」と言った。
「なぜ分かるのですか?」
「ハルがホロウ商会から出てくるのを見た。一人だけでお前たちがいないから、あれっと思ったんだ」
「一緒に来て、その話をユイ様にもしてください」
クレアはメリンダの手を引っ張って宿に向かった。宿に向かうとちょうどユイも帰ってきたところで宿の前で3人は合流することになった。
急いで部屋に戻ってユイとクレアはメリンダの話を聞いた。といっても、メリンダが話せるのは宿を探している途中でハルがホロウ商会から出てくるのを見たこと。その後、メリンダは宿を取り、またハルたち3人と合流しようと宿を出ると慌てているクレアと出会った。それだけだ。
ユイは考える。そういえばホロウ商会の大きな建物はこの宿と冒険者ギルドの間辺りにあった。
「クレア、メリンダの言う通りホロウ商会が怪しいわ」
「はい」
「ハルは、ちょっと思いついてホロウ商会に寄った。それで、ハルのことだから違法奴隷のことでカマをかけるようなことを言ったのかもしれないわ」
「ハル様ならありえますね」
「そうしたら、相手は思ったより危険な人たちだった」
考えれば考えるほどユイにはその可能性が高そうに思えた。だいたい、コトツカに来てどこにも寄っていないし怪しい動きもしていない。ハルだってホロウ商会と冒険者ギルドにしか寄ってないだろう。冒険者ギルドで誰かに目をつけられた可能性もあるけど、やっぱり一番怪しいのはホロウ商会だ。
「私が、すぐに・・・」
「クレア待って。忍び込むにしても、もう少し遅くなってからにしましょう」
「分かりました」
いつも二人を引っ張ってくれるハルがいない。私が落ち着かなくてはとユイは思った。
「あたしも行くぞ」
「危険かもしれないよ」
「承知の上だ」
ユイはメリンダに頷いた。メリンダはハルを傷つけたほどの身体能力を持っている。それに、違法奴隷の話になぜか執着している様子だ。
「でも、危なそうだったら逃げて」
相変わらすクレアが不安そうな顔をしている。
「クレア、大丈夫だよ。ハルは強いし頭もいい。簡単にやられたりしない。ハルを信じましょう」
ユイはクレアを安心させるように、そして自分に言い聞かせるように言った。
★★★
ユイとクレア、それにメリンダの3人は深夜になって宿を抜け出しホロウ商会に向かった。
「少し明かりが見えますね」
ユイの目の前にはホロウ商会の大きな3階建ての建物とそれに隣接する倉庫が見える。明かりが見えるのは倉庫の1階だ。
「倉庫が怪しいね。ハルが閉じ込められているのかも」
そのときユイは後ろから近づく気配に気がついた。只者ではない。
「クレア、後ろ」
ユイは小さいが鋭い声でクレアに声をかけた。3人は後ろを振り返り警戒する。気配は近づいてくる。向こうも警戒しているのかゆっくりと移動している。
緊張が高まる。
倉庫からの明かりでぼんやりと相手の姿が浮かんできた。二人だ。クレアが一番前に出た。
「確かクレアじゃないのか? 後ろにいるのはユイだったか?」
大柄な男から突然名前を呼ばれたクレアとユイは戸惑った。二人はすぐそばまで近づいてきた。敵意はないようだ。
「ジャイタナさんにジネヴラさん・・・」
二人はクレアに頷くと「こんなとこでどうしたんだ」とホロウ商会の建物に目をやって尋ねた。
「二人こそこんな遅くに一体何を?」とクレアの隣に出たユイが尋ねた。
「ひょっとしたら、ユイさんたちと同じ理由かもね」とジネヴラが言った。
ユイは考える。この二人は長い間イネスさんのパーティーでエラス大迷宮攻略にかかりっきりだった。しかも二人ともバイラル大陸出身だ。違法奴隷に関係があるとは思えない。どうすべきか・・・。
ユイが考えていると、先にジャイタナが「俺たちは違法奴隷について調べている。そこにいるのは俺たちと同郷の者のようだが」と言った。
ジャイタナはメリンダを観察している。
ユイは少し迷ったが、ジャイタナが違法奴隷のことを調べていると言ったことを信用して、ハルがいなくなり、それにホロウ商会が関係していると考えて、これから忍び込もうとしていることを話した。
「そうか、偶然にも俺たちもこれから忍び込もうとしていた。ホロウ商会については他でも調べてきた。違法奴隷の拠点みたいなところがあると睨んでな」
「これまで一度も忍んだことはないけどね」
ジネヴラの言葉にジャイタナは頭を掻いている。
「そうだ。お前たちもこれを使え」
そう言ってジャイタナはユイに覆面のようなものを渡してきた。
「予備があってよかった」と言いながらジャイタナはクレアとメリンダにも覆面を渡した。
確かに一応したほうがいいかもしれない。
ユイはハルを探そうと焦っていたので、そこまで考えが回らなかった。ユイたちは覆面を受取り全員が着けた。
「じゃあ、行くか」
ジャイタナの、この場に似合わないのんびりした掛け声を合図に全員でホロウ商会を目指した。覆面をしているといってもジャイタナは、あまり忍ぶ気はないようだ。そんなジャイタナの飄々とした態度にユイはちょっとレティシアのことを思い出した。
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