7-16(ホロウ商会).
もうトラリアの街は寝静まっている時間だ。
「さっきの馬車にもそんなにたくさんの人の気配はなかったよ」
「そうか」
僕たちの中で一番魔力探知に優れるユイが目の前にあるホロウ商会の大きな倉庫に出入りする馬車の中の気配を探っている。特に大型の馬車を中心にだ。こんな夜遅くにも馬車の出入りはある。
ガガサトとフランは船を降ろされてから大きな倉庫のような場所に他の奴隷たちと一緒に集められていたと言っていた。どこかに違法奴隷を集めている拠点があるはずだ。
「ここも、ハルが言う拠点じゃないみたいだね」
「うん」
数日に分けて時間帯も変えてこうやって探っている。でも違法奴隷が集められている気配はない。
「でも、大量の奴隷が運ばれるって、年に何回もはないよね」
「たぶん」
「ユイ様、入ってきた馬車が出て行くとき、人の気配が増えているってこともないんですよね」
「今のところないよ」
大量の違法奴隷が運ばれている気配はもちろん。違法奴隷を買って出ていく気配もない。ガガサトはそれが出荷と呼ばれていると言っていた。酷い話だ。
もう、怪しそうな商店の倉庫を3か所調べた。ガガサトたちを買った商店には拠点となるほどの大きな建物はなかった。調査したどの倉庫の警備も厳重だった。最近、警備を掻い潜って倉庫に忍び込むという事件多発しているらしいのだ。不思議なことに何も盗まれてないらしい。僕たちと同じで何か調べているんだろうか? それにしてはずいぶん強引なやり方だ。僕たちは別に忍び込むわけじゃないし、ある程度距離を取って見張っているだけだから、警備が多少厳重でもなんとかなる。その代わり、時間と根気がいる。
「やっぱりホロウ商会が怪しいと思うんだけどなー」
「そうだよね」
僕の言葉にユイも同意する。
「ハル様、バイラル大陸からの使節団との懇親パーティーにホロウ男爵やその関係者が招待されたと聞きました」
「うん」
ホロウ男爵はかなりトルースバイツ公国と、はっきり言えば大公ジェフリー・バーンズと親しそうだ。ガルディア帝国ではホロウ男爵が違法奴隷取引に関わっているともっぱらの噂だった。そのホロウ男爵がバイラル大陸からの使節団とのパーティーに参加したとすれば皮肉な話だ。だけど、表向きホロウ男爵はドロテア共和国を通じてバイラル大陸とガルディア帝国の交易を発展させた立役者の一人なんだから招待されるのは不思議ではない。
「やっぱり、マルメ公国に戻って調べたほうがいいのかな?」とユイが言った。
この世界最大の港町カイワンを有するマルメ公国はトルースバイツ公国とも親しい。違法奴隷はバイラル大陸から海を渡って連れてこられているんだからマルメ公国が違法奴隷に関与しているのは確実のように思う。ガガサトたちの話もそれを裏付けている。
「うーん、どうしようか。サリアナから言われた件もあるし、先にジリギル公国へ行って見ようかと思うんだけど、どうかな?」
「そうだね。例の噂もあるしね」
「私もそれでいいと思います」
二人の同意も得られたから、先にジリギル公国へ行ってみることにしよう。ジリギル公国にも大きなホロウ商会の支店があるという話だ。
「それよりハル様・・・」
「うん」
僕は後ろを振り返る。ここ数日、僕たちの後をつけてくるものがいる。メリンダだ。
僕はホロウ商会の倉庫を離れてメリンダが隠れている方に近づく。
「メリンダ、そろそろ出てきて理由を教えてくれてもいいのでは?」
なんかゴソゴソしている音がする。迷っているのかなー。
「言ったでしょ。僕たちは高位の冒険者です。隠れても気配で分かっていますよ」
僕の呼びかけにやっと諦めたのか建物の影からメリンダが現れた。辺りはほぼ真っ暗だがメリンダの白い髪がぼんやりと浮かび上がった。白い髪の間から獣耳が覗いているのが確認できる。
「お前たち、本当に違法奴隷のことを調査してるんだな」
「見ての通りだよ。それを確かめるために何日もつきまとっているの?」
「そうだ。それにいろいろと情報も集めた。お前たちS級の冒険者らしいな」
そうか、僕たちのことを調べたのか。
「S級冒険者といえば貴族だ。なのに違法奴隷のことを調べているのか?」
「貴族じゃなくて、貴族扱いだけどね」
「どっちでも同じだ。貴族は敵だ!」
違法奴隷は凄く高価だ。買えるのは貴族だけだろう。
「あのとき連れていた。子供たちはどうした?」
どこまで話すべきだろう? まあ、バイラル大陸からの使節団のことはみんな知っているし、いいだろう。
「二人は今トラリアを訪れているバイラル大陸からの使節団に預けたよ。二人は故郷に帰るんだ」
「本当か?」
「こんなことで、嘘はいわないよ」
「メリンダもバイラル大陸に帰りたいの? それなら」
「あたしは帰らない!」
メリンダは急に大きな声を出した。
「い、いや・・・まだ、やることがあるんだ。それに仲間もいる」
貧民街の獣人系の子供たちはメリンダのことを慕っていた。
「そうか」
「お前たち、まだ違法奴隷の調査を続けるのか」
「そう思ってる。許せないからね」
ガガサトやフランのように拉致されたものが多くいるとすれば、ほっとくわけにはいかない。二人の話では拠点には大勢の奴隷がいたのだ。
メリンダは僕があのとき違法奴隷のことを調査するって言ったからこうしてついてきたのだろうか。でも、貧民街には奴隷はいないはずなのに・・・。
「今のところ成果はないようだな」
「残念ながらね。でもホロウ商会は絶対に怪しい」
辺りが暗いのでメリンダの表情は分かりづらい。
「貧民街には元違法奴隷はいないはずだ。奴隷の首輪をされたら主から逃げられない」
メリンダは何も言わない。
「もしかしたら、主が死んだら逃げられるとか? もしかしてメリンダは」
「違う!」
違うのか・・・。
「じゃあ、なんでそんなに違法奴隷のことに興味があるの?」
メリンダは僕の質問には答えず別のことを言った。
「しばらくお前たちについていく」
なんだって!
「いや、僕たちはこれから南に行くんだ。ニダセク公国を通ってジリギル公国へ行くんだよ」
「ジリギル公国にもホロウ商会の大きな支店があるって話だな。あたしも行く」
ジリギルにホロウ商会の支店があることをメリンダも知っているのか。じゃあ、あの噂も・・・。
「貧民街の子供たちはいいのか?」
「信用できる仲間がいる。あたしたちは身体能力が高いんだ。お前たちが心配することじゃない」
確かに油断していたとはいえ、僕はメリンダに傷を負わされた。
「そうか。勝手にしろ」
「ああ、勝手にさせてもらう」
「ハル、いいの?」
「仕方ないだろう。勝手についてくるものを無理には止められないし」
「まあ、そうだね」
「ハル様、何か事情がありそうですし、悪い人には見えません」
「うん」
僕にもメリンダが悪人には見えない。子供たちにも慕われていた。
メリンダは、自分で言った通り、それからも僕たちにつきまとった。そして、いよいよトラリアを立ち南に向かうその日にも、少し距離をおいて僕たちについてくるメリンダの姿があった。大きなリュックのようなものを背負っている。昨日、僕たちがわざとメリンダに聞こえるように「明日はここを旅立つ」と話したからだ。
本当はプニプニや馬を急がせればメリンダを撒くことは簡単だったが、僕たちはそうはせず、プニプニと愛馬の手綱を持って歩いて移動した。自分で言っていた通り、メリンダは身体能力強化に優れているらしく大きなリュックを背負ったまま僕たちについてきた。
途中、僕は一緒に野営しようと誘ったが「あたしを3人目にしようとしても無駄だ」とかなんとか言って少し離れたところで野営していた。
ユイとクレアはメリンダを心配しているみたいで辺りに気を配っていた。




