7-14(白髪の少女).
僕、ユイ、クレアの3人はガガサトとフランを連れて公都トラリアの街を歩いている。ガガサトとフランを特使に預ける前にもう少し一緒に過ごしたくなったからだ。
「おいしいね、ガガお兄ちゃん」
僕たちは屋台で何かの肉を使った串焼きのようなものを買って食べ歩きしている。
「うん」
子供たちが笑顔なのは気持ちがいい。あれから二人の子供たちはユイとクレアが熱心に面倒を見ている。昨日はユイとクレアの部屋に二人を泊めた。聞いてみるとガガサトが9才、フランが7才だ。フランはガガサトのことをガガお兄ちゃんと呼んでいるが本当の兄弟ではなく幼馴染だ。ガガサトはユイとクレアに囲まれてちょっと恥ずかしそうにしている。そのくらいの年齢なのだろう。
今もタレで服を汚さないかユイがフランを見守っている。ユイとフランが手を繋いで、クレアはガガサトと手を繋いでいる。最初クレアに手を握られて恥ずかしそうだったガガサトも今は慣れてきたようだ。それでもちょっと照れているのが分かる。
「やっぱり活気があるよね」
「ハル、買い物に行こうよ。ガガサトとフランちゃんに服を買ってあげないと」
「そうだね」
僕たちは観光も兼ねてトラリアの街の散策を楽しんでいる。
僕たち5人組を見た街の人の反応は様々だ。ユイとクレアを連れている僕を見て「チッ、貴族のボンボンか」と聞こえるように呟いた人もいた。だけど、その目は明らかに羨ましそうだった。これは二人を連れていればよくある反応だ。
そうかと思えば、フランを見て「どっちのお母さんに似ているのかな?」と声を掛けてきたおばちゃんもいた。そう言われたユイとクレアが同時に「私です」と言ったのには驚いた。でも、ちょっと考えれば年齢が合わないのは分ると思うんだけど・・・。それにユイにもクレアにもケモミミはない。あったら可愛いと思うけど・・・。
まあ、ガガサトもフランも楽しそうにしているのでOKだ。
しばらく歩いていると露天商が多く雑然とした感じの通りに出た。あまり高級な場所ではなさそうだが、僕たちなら大丈夫だろう。ガガサトとフランの二人はこの雑然として活気のある通りが珍しようでキョロキョロしながら歩いている。
だけど、僕たちは決して油断しているわけではない。特に、今はガガサトとフランもいる。
「ハル様、この先は」
「うん、そろそろ引き返そう」
この先は確か貧民街だ。トルースバイツ公国はガルディア帝国を始めとした国々との交易によってドロテア共和国の5つの公国の中で最も栄えている。中でもマルメ公国を経由してバイラル大陸から入ってくる交易品がその繁栄の原動力になっている。しかし、そんなトルースバイツ公国の公都トラリアにも影の部分は存在する。貧民街もその一つだ。
「ハル、なんだか後ろから私たちをつけてくるような気配が・・・」
「まずいね。この先は貧民街だ」
「ごめんね。もう少し早く気がついていれば。さっき角を曲がったときに感じたのと同じ気配の気がするよ」
「ユイ様のせいではありません」
「クレアの言う通りだ」
貧民街にいる人が全部悪い人ではない。貧しいことは悪ではない。でも貧しいが故に犯罪に手を染めてしまう者がいるのも事実だ。
「ユイ、相手は何人?」
「二人かな・・・」
僕たち3人なら問題はないが、ガガサトとフランがいる。二人は心配そうな顔して僕を見た。フランの口に串焼きのソースがついている。この二人を守らないと・・・。
どうすべきか。
そうこうしていると辺りの風景は一変した。商店はほとんど平屋で、路上で物を売っている者たちが増えた。露店があるのはさっきまでと同じだが値段が極端に安い。別に売っている者が良心的だからではない。並べられている商品には他の地区では捨てられているようなものも含まれているからだ。食料品などは明らかに腐りかけのものもある。
僕の悪いくせであれこれ考えている間に貧民街に入ったのだ。決断力が無さ過ぎる・・・。
僕たちが貧民街に足を踏み入れて以来、ジロジロ見られている。僕たちは明らかに貧民ではない。着ているものもどちらかというと高級品だ。この通りでは異物なのだ。
周りを見ると角や獣耳を持つ獣人系の人もいる。僕たちと一定の距離を取っている。彼らは奴隷ではない。もしガガサトやフランと同じ新型の奴隷の首輪を着けられているのなら主から逃げられないはずだ。奴隷でなくともバイラル大陸からこの地に渡り、様々な理由で貧民街に流れ着いた者はいる。
「引き返そう」
僕がそう言ったのと同時に、通りの向こう側からボロを纏った痩せた男がふらふらと歩いてきた。足取りを見ると酔っているのだろう。酒を買う金あるのが不思議としか思えない見た目だ。僕たちが足を止めても男はどんどん近づいてくる。僕たちはガガサトとフランを庇うように二人の周りに立っている。男が僕たちとすれ違ったとき、男は突然素早い動きで僕の方へふらついてきた。
「おっと」
僕が男を避けると、男は僕が避けようとした方向に向きを変えて僕にぶつかってきた。だけど、実際にはぶつかることはなかった。僕だって一応S級の冒険者だ。こんな男を躱すくらいはなんでもない。
僕に躱された男は地面に手をつきそうになったが、思ったよりしっかりとした動きで態勢を立て直すと「お前たち、何しに来たんだ!」と叫んだ。
「何をって、それはこっちのセリフだ」と僕は言い返した。
男はいきなり僕に殴りかかってきたが、クレアが「させません!」とその手を掴み捻じり上げた。そのとき黒い影がユイの方に突進してきた。ユイの背後にはガガサトとフランがいる。僕は素早くユイの前に立った。
「うっ!」
僕の腕から血が滲んでいる。僕と向かい合っているのはなんと真っ白な髪の少女だ。
「ハル様!」
まさか、僕が怪我をさせられるとは・・・。これは油断なのか、それともこの白髪の少女が思った以上の手練れなのか。
「クレア、大丈夫だよ」
クレアは痩せた男を蹴飛ばすと血の付いたナイフを手にしている白髪の少女と睨み合った。
「お前たち何しに来た? 誰に頼まれた? しかも獣人奴隷を連れているなんてどういうことだ!」
白髪の少女が吐き捨てるように言った。白髪の少女はガガサトやフランと同じで獣人系だ。獣のような耳がある。ただ、髪の色が真っ白なのは珍しい。クレアの銀髪に近いがクレアの髪は少し青が混じっているのに対しこの少女の髪は文字通り白い。少女は貧しい身なりだが整った顔立ちをしている。
「若いのに奴隷を連れ歩くなんて碌な奴らじゃないな」
少女の敵愾心はマックスだ。怒った声は女の子にしてはちょっと低くてセクシーだ。きっと大人になれば・・・。
「ハル!」
「ハル様!」
ユイとクレアには僕の考えていることが分かる超能力でもあるのだろうか?
少女は自分と同じ獣人系のガガサトとフランを僕たちの奴隷だと思っているようだ。S級冒険者である僕たちの見た目は裕福そうに見えるだろうから余計そう思われたのだろう。
「ガガサトとフランちゃんは奴隷じゃないよ。ほら」
ユイがそう言って、ガガサトとフランの首元を見せた。
「な! ・・・奴隷じゃ・・・ないのか?」
「違うよ」
「そうか、あたしの勘違いだったようだ。だが、ここはお前たちが来るような場所じゃない。さっさと帰れ。それとも金持ちの道楽で金でも恵んでくれるのか」
いや、来たくて来たんじゃなくて誘い込まれたんだけど・・・。
「それとも、あたしを捕まえに来たのか?」
そのとき、様子を窺っていた貧民の中から白髪の少女よりもっと若い少年や少女たちが数人飛び出してきた。
「お、お前、メリ姉ちゃんを捕まえにきたのか! そうはさせないぞ!」
「お姉ちゃんを連れていったらだめ!」
「メリンダさんを連れていかせないぞ!」
少年や少女たちが僕たちの前に立ちはだかった。全員獣人系だ。こっちに渡ってきた親が破産でもしたのか、それとも犯罪に手を染めて捕まったのか。いずれにしても孤児なのだろう。この白髪の少女が面倒をみているのだろうか?
「違う。僕たちは君を捕まえに来たわけではない。だいたい子供連れだぞ」
「そうか、そうだな。だが、さっきの動きは只者ではなかった」
S級冒険者だからね。
「えっとメリンダだっけ、きみって奴隷じゃないよね?」
メリンダをよく見ると首に赤いチョーカーをしている。
「違う。このチョーカーはちょっとした思い出の品でね」
「そうか。この中に奴隷はいないんだよね」
「いるわけないだろう。奴隷の首輪を着けられたら主から逃げられない」
「知ってるんだ」
「あたしたちバイラル大陸出身者の間では有名な話だ」
「そうなんだ。僕たちは、ちょっと違法奴隷に興味があるんだ」
「お前たちやっぱり」
「そうじゃない。人の話を聞けよ。違法奴隷が気に入らないから探ってるんだよ。メリンダ、きみ、バイラル大陸出身だろう?」
「・・・」
「バイラル大陸出身者を攫ってきて勝手に奴隷にしているっていう噂を聞いてね。許せないと思ってるんだ」
メリンダは何かを考えている。
「違法奴隷のことを調べたところでお前たちに何ができるんだ」
「僕たちは冒険者だ。それも結構高位のね」
メリンダは疑わしそうに僕を見ている。
「もういい。さっさと立ち去れ!」
メリンダはそう言うと踵を返した。




