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7-13(ハル奴隷を買う).

 魔術学園の模擬戦は結局いい感じに終わった。


 親馬鹿な大公やデネルフィス伯爵は何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。そもそも誰も怪我すらしていない。自分たちの子供が本来謹慎中であることをやっと思い出したのか、僕たちがS級冒険者であることを思い出したのか、それとも模擬戦に誘ったのがそもそも自分であることを大公が思い出したのか、まあ、そのどれかなんだろう。


 模擬戦でユイが使った隕石竜巻メテオトルネードだけど、ユイによるとエラス大迷宮6階層で闇龍と戦ったとき、倒せはしたものの攻撃力不足を感じたのでいろいろ考えていたんだとか。たまたま結界の張ってある場所で模擬戦をすることになったので試してみたと言っていた。無理だったら他の魔法にするつもりだったらしい。


「で、でもユイは基本回復役なんだから、これ以上強くならなくても・・・」


 凄い回復魔法を持っているユイに攻撃魔法でも負けたら・・・。


「まあ、上手くいったらって感じで試してみたんだよ」


 いや、あれは上手くいき過ぎだと思う。ちょっと怖かった・・・。


「ハル、どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ」


 あれから数日経って僕たちは公都トラリアの観光を楽しんでいる。やっぱりトラリアは少し帝都ガディスに似た雰囲気がある。建物の感じとかルヴェンやシズカディアに比べると比較的多くの人種を見かけることがそう感じさせるのかもしれない。威圧的な城壁もない。

 数日間のトラリア滞在の中で僕たちは気になる噂を聞いた。僕たちは例によって冒険者ギルドを中心に様々な噂に注意しているのだが、僕たちが目的地としているジリギル公国では獣人系の人をよく見かけるというのだ。ジリギル公国はドロテア共和国では内陸部にあるにも関わらずだ。それを教えてくれた冒険者の人に思い切ってそれは違法奴隷なのかと聞いてみたが、それは分からないという答えが返ってきた。ただ、別の冒険者がジリギル公国の公都コトツカにはここトラリアに負けないくらい大きなホロウ商会の支店があるのだと教えてくれた。それを聞いたユイが「なんか怪しいね」と言い。僕もその通りだと思った。実際、そのことで違法奴隷とジリギル公国の関連を疑う噂があるようだ。


「これは・・・」

「奴隷商の店ですね」


 ジリギル公国の噂について考えていたら、タイミングよく奴隷商の店の前に立っていた。ずいぶんと立派な店だ。ホロウ商会ではない。


「ちょっと、寄ってみてもいい?」


 魔術学園でもそうだったが、貴族が連れている従者など使用人に獣人系の人をよく見かける。トラリアは様々な人種の人がいる活気ある街なのだからおかしくないのかもしれないけど、ちょっと気になっていた。


「はい。でもハル様は奴隷は嫌いなのでは?」

「そうだね」


 隣でユイも顔を顰めている。もちろん僕は奴隷なんて嫌いだ。ユイの隷属の首輪の件を忘れたことはない。


 奴隷商の店に入ると店の主なのか越後屋のような顔をした男が「奴隷をお探しですか」と寄ってきた。僕が「ええ」と答えると、一階にいる奴隷たちを見せてくれた。あまり熱心な様子ではない。僕たちが若い冒険者だからだろう。


 見せてもらった奴隷は犯罪奴隷や借金奴隷たちだ。奴隷は好きではないが特に不審なところはない。


 だけど・・・。


 僕はちょっと思いついてS級冒険者証を奴隷商に見せた。


「なんと、その若さでS級・・・」


 僕の顔と冒険者証を見比べている。よくある反応だ。


「僕たちは大公の知り合いでね。先日も大公と会って来たところなんです」


 僕は悪代官のような顔を作って言った。嘘ではない。


「そういうことでしたか。私はこの店の主のラムズです。以後お見知りおきをハル様」


 冒険者証を見せたので名前を知られてしまった。まあ、いいか。


「それではハル様こちらへ」


 ラムズは万事心得ていますという表情で僕たちを地下に案内した。何か勝手に勘違いしてくれたようだ。


 地下には10人以上の奴隷がいた。よく見るとすべて獣人系に見える。二人だけ子供がいる。僕の目には小学生くらいに見える男の子と女の子だ。


 僕が二人の子供たちを見ているのに気がついたのかラムズは「若い女性や子供は人気があります」と揉み手をしながら言った。


 ラムズはここにいる奴隷たちを犯罪奴隷だとも借金奴隷だとも説明しない。


「そうか。ではそこの二人を貰おう」

「かしこまりました。ハル様は運がいい。二人とも上玉です」


 値段を訊くとかなり立派な家が建ちそうな値段だったが僕たちには問題ない。僕はアイテムボックスから一掴みの大金貨を無造作に取り出すとラムズに渡した。


「さすがですな」


 ラムズは満面の笑みで代金受け取った。


「首輪のほうは新型です」

「当然だな」と僕は答えた。

「ええ、当然です。ご存じだとは思いますが、念のため説明しますと、通常の奴隷の首輪に備わっている主人に危害を加えることができないという効果に加えて、主から逃げ出すことができない、さらに奴隷になった経緯を喋ることができないという2つの効果が組み込まれています。これらの命令は主人でも解除できません」


 主人でも解除できないだって!


「うむ」


 僕はなんとか驚きを表情に出さずにさも当然だというように頷いた。


「それと・・・。いえ、ハル様にこれ以上余計な説明は不要ですな」


 演技が行き過ぎたか・・・。もっと情報が欲しかった。


 僕は子供たち二人に着けられている新型だという奴隷の首輪にラムズに言われるまま魔力を流した。


「これでこの二人の主はハル様ということになりました」

「これが新型の首輪か・・・。これを着けているのなら安心だな」


 僕は悪そうな笑みを浮かべた。ユイとクレアは黙って僕を見ている。なんかユイの顔がちょっと怖い。


「ええ、ハル様の言う通り安心です。命令により素性は喋れない。逃げることもできない。後は好きなようにお楽しみください」


 ラムズは美人のユイとクレアをチラリと見てそう言った。


「これは気持ちだ」


 僕は追加の大金貨をラムズに渡す。ラムズは当たり前のように大金貨を受け取ると揉み手をしながら「大公様によろしくお伝え下さい」と言った。


「分かっている」


 僕とラムズは顔を見合わせてニヤリと笑った。


 こうして僕は獣人系の二人の子供を奴隷として購入した。


「ふー」奴隷商の店を出ると僕は大きく息を吐いた。

「ちょっと緊張したよ」

「私はハルがあまりにも悪人に見えたから殴ってやろうかと思ったよ」


 危なかった・・・。


「ハル様、何か考えが」

「考えって言うか、全員を買うのは不自然だからとりあえず子供二人だけでも助けようと思っただけだよ」

「ハル、ラムズって奴隷商、地下にいた奴隷たちについては犯罪奴隷とも借金奴隷とも説明しなかったよね」

「うん。おまけに、新型の首輪とやらで奴隷となった理由も喋れないし逃げることもできない」


 明らかに怪しかった。それに思い付きで大公の名前を出したら地下に案内されたんだから、大公も関わっている。地下にいたのは違法奴隷で間違いない。犯罪者ではないし借金を踏み倒したわけでもない。みんな獣人系だった。バイラル大陸から攫って来たのか・・・。僕は魔導船から運び出されていたコンテナのような大きな荷物を思い出した。


「それに新型の首輪って、私が着けられていたオリジナルに性能が近づいているみたいだよね」


 ユイが心から嫌そうな顔をして言った。無理もない。それと、あらかじめ組み込まれた3つの命令が主にも解除できないと言うのはオリジナルにもなかった効果だと思う。


「こんな危険なものをこんな子供たちに・・・。許せません」


 クレアも子どもたちの首につけられた首輪を見て怒っている。


 子供たち二人は怯えたような様子で僕たちの話を聞いている。


「とりあえず宿に帰ろう。二人に聞きたいことがある」





★★★





「まず、この首輪を外そう」


 二人は疲れていたのか今はベッドで熟睡している。主である僕はまず男の子のほうの首輪に手を触れて魔力を流す。そういえばどうやって外すのだろう。


「外れない」


 いろいろとやってみたが首輪は外れない。僕が主のはずなのになんで外れないんだろう。そういえばこの首輪の機能について奴隷商がまだ何か言いかけていたけど・・・。


「これって主でも外せないのかな?」

「もし、そうだとしたら、これって違法奴隷のために作られたような首輪だよね」


 ユイの言う通りだ。もしそうなら、主にも外せない、奴隷になった経緯は喋れない、逃げることもできないってことになる。違法奴隷のために開発されたとしか思えない。


「そうだ。ユイなら外せないかな?」


 確か、奴隷の首輪は高位の魔導士なら外せることがあるって話だった。新型でもそこが変わってなければ賢者であるユイなら外せるかもしれない。


「うん、やってみる」


 ユイが寝ている男の子の首輪に手を触れると、それはあっさりと外れた。さすがユイだ。新型と言えどもそこは旧型と同じで高位の魔導士なら外せるようだ。ユイは続けて女の子の首輪も外す。僕はユイが差し出した2つの首輪を受け取ると少し観察してアイテムボックに仕舞った。


「よし、とりあえずこれでOKだ」


 その後しばらくして二人の子供は目を覚ました。辺りをキョロキョロと見回している。二人は僕の顔を見てやっと僕に買われたことを思い出したようだ。


「えっと、まず二人の名前を教えてもらえるかな?」

「はい。主様」

「ハルでいいよ」

「ハル様、僕の名前はガガサトです」

「フランです」


 ガガサトにフランか。二人とも角はないが特徴的な耳と茶色の髪で獣人の血を引いていると一目で分かる。


「二人はバイラル大陸の出身なの?」


 ガガサトもフランも黙っている。


「首輪は外したから大丈夫だよ」


 自分の首に何も着いていないことを何度も確かめたガガサトはとても驚いている様子だ。首輪が無いことを十分確認したガガサトは「はい。サマーケット村の出身です」と答えた。そしてフランに「本当に大丈夫みたいだ」と言った。


「首輪を着けているときは答えられなかったんだね?」

「はい。す、凄く痛くて動けなくなって・・・」


 そのときのことを思い出したのかガガサトの顔は恐怖で歪んでいる。


 ただ、こうやってガガサトが生きていることからするとオリジナルのように命令に逆らうと死んでしまうわけではないようだ。


「もう大丈夫だよ」


 僕は安心させるようにガガサトとフランに声をかけた。 


 やっと安心して口を開いたガガサトたちのたどたどしい話から判断すると、二人はバイラル大陸にある故郷の村で遊んでいたところを何者かに拉致されて攫われたらしい。


「許せない!」

「うん」

「はい」


 ユイとクレアの表情も硬い。


 その後、怯えているガガサトたちから、なんとか聞き出したところ、二人は他の何人かの人たちと一緒に馬車やら船に乗せられて気がついたらあの奴隷商の店にいたらしい。目隠しをされていたり馬車のホロが降ろされていたりで二人はあまり詳しいことを説明できなかった。ただ、船を降りてしばらくは大勢の人たちと一緒に倉庫のような広い場所にいたと言う。


 どこかに拠点のようなものがあるのかもしれない。


 とにかく二人が違法に拉致されたことは間違いない。大勢の人を運ぶとなると魔導船が使われたのだろうか。だとしたら国が関わっているのではないか? 


 それに新型の奴隷の首輪って・・・。


 僕は大公が言っていたトマス・ケスラ研究所のことを思い出した。ガルディア帝国と共同で作った魔導技術の研究所だ。やっぱりガルディア帝国とドロテア共和国、特にトルースバイツ公国が怪しい。


「二人をなんとかバイラル大陸に帰してあげたいよね」 

「うん」


 ユイの言う通りだ。バイラル大陸の二人の故郷の村に、両親のところへ帰してあげたい。


「でもどうすれば?」


 僕たちは今のところバイラル大陸に行く予定はない。将来はともかく、今はすることがある。


「ハル様、特使様に頼むのはどうでしょうか?」


 なるほど、今はちょうどバイラル大陸からの使節団が来ている。僕は魔導船から降りてきた歴戦の戦士のような風貌の特使を思い出した。


「クレアのアイデアはいいと思う」

「そうね。バイラル大陸からの特使なら二人を悪いようにはしないよね。それに一緒にバイラル大陸に連れて帰ってくれるよね」

「うん」


 ガガサトとフランは二人でいるところを攫われたって言ってた。なら故郷には両親もいるはずだ。

 

「ガガサト、フラン、かならずお父さんとお母さんのところへ帰れるようにするからね」


 僕の言葉にガガサト「はい」と頷き、フランは「ガガお兄ちゃん」とガガサトの袖を握りしめて頷いた。


 そういえば、僕の両親は今どうしているだろう。最近では日本にいる家族のことを思い出すことはほとんどなかった。もう2度と会えない人のことを考えるのを無意識に避けていたのかもしれない。視線を感じたので隣を見る。どうやらユイも同じことを考えていたようだ。僕たちは幼馴染で僕たちの両親も知り合いだ。


 うん。ガガサトとフランのことは特使に頼んで必ず両親の下へ帰そう。きっとS級冒険者の肩書が役に立ってくれるだろう。

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