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1-26(ヤスヒコ).

 アカネをベッドに寝かせて、ヤスヒコが自室に戻ったタイミングでコウキが訪ねてきた。


「アカネの様子はどうなんだ?」

「しばらく興奮して暴れていたが今は寝てる」

「そうか」

「コウキ、ハルとユイは本当に死んだのか?」


 ヤスヒコ自身は親友のハルたちが死んだという実感はない。


「ギルバートさんは、生きて発見された例はほとんど無いって言った」

「じゃあ、やっぱり・・・」

「ヤスヒコ、ほとんど無いだ。全く無いじゃない」

「そうか、そうだよな。あいつらが死ぬわけない」

「ああ、俺もそう信じている」

「コウキ、こっちに来てから気がついたんだが、お前思ったよりいいやつだな」

「・・・。 それより俺はもう少し詳しいことを聞いてきた。ちょっと聞いてくれ」


 ヤスヒコがコウキから聞かされた話はこうだ。


 魔導技術研究所の地下にある部屋に血痕があり、その部屋の転移魔法陣が起動された形跡があった。その転移魔法陣は研究中のもので、どこに転移するかはまだ判明してなかった。そもそも移設したときに正常稼働しなくなっている可能性が高い。予定では新たな転移先を設定することになっていたが、まだされていなかった。ただ他の世界に転移することはないらしい。だからこの世界のどこかに転移した可能性が高い。

 ギルバートが死んでいる可能性が高いと言ったのは、過去の転移魔法陣の事故で生きて見つかった例は少ないからだ。転移魔方陣の事故には分からないことが多いらしい。例えば、海の中に転移したら死んでしまうし、海の中でなくてもこの世界は森林や砂漠などの魔物が多い地域が大半を占めており、人が生きていける場所に転移する可能性の方が少ない。

 ただ3人は普通の人に比べるとかなり強い。普通の人に比べれば生きている可能性が少し高いとはいえる。実際に安全な場所に転移して生きて発見された例もあるそうだ。ただし、それは冒険者などが遺跡で転移魔法陣の事故に巻き込まれた場合などらしいが。


 ヤスヒコは、はっきりしない頭でそんな説明を聞かされた。みんなが動揺している中で、コウキは冷静に事実確認をしていた。さすがといって良い。


 コウキはさらに話を続けた。


「魔導技術研究所の中には争った跡があった。転移魔法陣が起動された部屋には血痕まであった」

「それで」

「ハルとユイが争うわけがない」

「あたりまえだ」

「ならハルとユイがクレアさんと争ったとしか考えられない」

「確かにそうなるな」

「クレアさんはいったい何者なんだろうな?」

「ギルバートさんの部下の王国騎士団員じゃないのか」

「ただの王国騎士団員ならハルたちと争うわけないだろう」

「そうか、そうだな」

「俺は・・・おそらく、この世界の情勢が関わっているんじゃないかと思う」

「この世界の情勢?」

「ヤスヒコ、お前だってこの世界に転移してからのルヴェリウス王国の説明がおかしいって分かってるだろう」


 それはヤスヒコにも分かる。というかハルから同じようなことを聞かされていた。

 やっぱりコウキもそう思っていたのか。最初にルヴェリウス王国の言う通りに訓練して魔王討伐に行こうと、みんなを促したのはコウキだ。あのとき、コウキは当面のみんなの安全を第一に行動しただけで、コウキの本心は別にあったのだろう。ハルもそう推測していた。あの状況でやっぱりコウキはたいしたやつだとヤスヒコは感心した。


「確かに実践訓練で王宮の外に行っても魔族との争いが激しくなっているという危機感はあまり感じられなかったな」

「それもある。とにかく魔王討伐とかだけでなく、王国は何かに俺たちを利用しようとしている。そして、それを面白く思っていない者もいる。そんなとこじゃないかな」

「やっぱり国家間の争いってことか」

「話が早いな」

「いや、正直に言うとハルが似たようなことを言っていた」

「そうか」

「まあ、俺の考えは、何かそんな争いにハルとユイが巻き込まれたんじゃないかってことだ」

「そうか・・・だからクレアさんが何者なのかが重要なのか」


 そこでコウキは話題を変えた。

 

「今のところ、この世界のどこにいるのかも分からないハルたちを俺たちだけで探しに行くのは無理だ」

「そ、そんな・・・」


 ヤスヒコは言いかけた言葉を飲み込んだ。自分たちだけで探しに行くのが無理なのはヤスヒコにも分かっていたがそれだけではなかった。コウキが無理だと言いながらすごく悔しそうな顔していたからだ。


「とにかく、今できることは情報収集だ。ヤスヒコ頼りにしている」

「分かった。でもコウキ、お前が最も頼りにしてたのはハルだろう。お前案外分かり易いよ」

「ふん、それよりアカネのことは頼んだぞ」

「言われるまでもない」


 そのあと少し考え込んでいたコウキは「やっぱりヤスヒコには伝えておくか」と言ってポケットから何かを取り出した。


「これを見てくれ」


 コウキが取り出したのは小さな金属片だ。


「それは・・・」

「校章だ」

「校章?」


 ヤスヒコは馬鹿みたいにコウキの言葉を繰り返した。


「本当はもう少し秘密にしていようと思ってたんだが。俺はこれを俺の部屋の隅で見つけた。机の後ろの床の凹みに嵌っていた。なかなか気付き難い場所だ」

「それはいつの話だ?」

「俺は疑り深いんだ。異世界に連れてこられて、部屋をあてがわれて、ハイそうですかって納得する性格じゃないんだ。最初の日から自分の部屋を徹底的に調べたよ。部屋に何が仕掛けられているか分からないからな。それで、これを見つけた」


 コウキ、なんて奴だ! ヤスヒコは、あの混乱した状態でコウキだけが冷静だったことを知って驚いた。


「ヤスヒコ、30年くらい前、修学旅行中のバスから生徒全員が消えた事件を知っているか?」

「ああ、神隠しだの。某国に拉致されたんじゃないかとか言われてるやつだよな」


 ヤスヒコたちが生まれる前の事件だが、今でもオカルト界隈ではよく話題になる事件だ。


「あの高校のものだよ。これ」

「ま、まさか」

「よく見てみろ」


 ヤスヒコはコウキに渡された校章を観察する。周辺に何か葉っぱのようなものが4つデザインされている。4つの葉に囲まれた真ん中には漢字がデザインされていた。これは山一なのか。


「山崎一高、あの事件が起こった学校の名だ。たぶん30年前異世界召喚魔法でこの世界に呼ばれたんだろう。まあ召喚と時間の関係は分からないからこの世界で30年前とは限らないが、そんなに昔の話じゃないだろう」


 確かにヤスヒコが見ても校章は数百年前とかのものには見えない。むしろ30年前よりもっと新しそうにさえ見える。


「俺はこれを見つけて、ルヴェリウス王国の説明とは違ってもっと頻繁に勇者召喚が行われているんじゃないかと疑いを持った。だが、この世界には俺たち以外に日本人がいる気配がない。なぜなのか? ずーっと考えていたんだ」

「一人で・・・か?」

「ただでさえ異世界に召喚されてみんな動揺していた。もっと頻繁にたくさんの日本人が召喚されているはずなのにどこにもいないなんて言えなかった。もう少し調べてから話した方がいいと思ったんだ」

「それで、お前のことだ何か思いついたことがあるんだろう?」

「まあ、最初からおかしいと思っていることは他にもある。ただ、あんまりいい方の想像じゃないし、これ以上は今は仮説にすぎないから言わないでおくよ。とにかくハルとユイがいなくなった。この機会にもう少し過激な手段で情報収集してみようと思う」

「過激な手段?」

「俺に考えがある。ヤスヒコにも協力してほしい。ハルとユイがいなくなったこととも関係があるかもしれない。それと、これはまだ俺とヤスヒコの秘密にしておきたい。今の状況でこれ以上みんなを不安にさせたくない」

「分かった」


 コウキの言う通りで、アカネの様子を見てもこれ以上みんなを不安にさせるのは良くないと、ヤスヒコも思う。コウキに協力するのはやぶさかではない。

 ヤスヒコが思うに、おそらくコウキは最初にハルにこの秘密を伝えて協力を求めようとしていたはずだ。だが一番頼りにしていたハルがいなくなった。だからコウキはヤスヒコに秘密を打ち明けたのだ。

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