7-12(カナン).
ストレスのある話です。苦手な方は注意してください。
カナンとメルメルを買ったガルディア帝国の貴族は領地持ちだったので、二人はその貴族の領地にある屋敷で使用人として生活することになった。
ふたりの主となった貴族は、はっきり言って領地でも評判のよくない領主だった。領主だけでなくその子供たちの評判も悪い。領主には3人息子がいたが、中でも三男の評判は悪かった。跡継ぎである長男はすでに結婚していた。次男にも婚約者がいて近いうちに結婚して独立するだろうとの噂だ。独立すると言っても下級貴族として親の領地経営を手伝うという名目の下、この地に留まることになるだろう。
一番問題の三男は街の裏家業の者たちとつるんだり、女好きで美人とみれば手を出そうとしたりと、素行は散々だ。ときには冒険者の真似ごともしているらしい。親であるカナンとメルメルの主もこの末っ子を甘やかしていた。だが、後にほんとに悪い奴は別にいることが分かった。
来客あると。領主はまだ少女であるメルメルによくお茶を出すように指示した。それ以外にも領主は重要な来客があると必ずメルメルを見せびらかした。帝国貴族の間では獣人系の使用人を持っていることがある種のステータスだからだ。しかもメルメルは可愛らしい。
ある日、屋敷を訪ねてきた来客の一人がメルメルとカナンを領主に売った帝都の商人だとカナンは気がついた。後でメルメルに訊いたら、メルメルがお茶を出したときメルメルを見て「あのときの」と言っていたらしいから間違いない。そしてその来客には連れがいた。ホロウ男爵と呼ばれていた。カナンはその男を目に焼き付けた。
領主の人使いは荒く奴隷であるカナンとメルメルに休みはない。メルメルの存在を自慢したい領主は何かにつけメルメルを使うし連れ歩きたがる。一日の仕事が終わった夜になるとカナンもメルメルもへとへとである。それでもメルメルは、両親が殺されたあの日から、カナンを守ることが自分の使命だと思い込んでいる。そんなメルメルは毎日カナンがそばにいるのを確認してから眠りにつく。
男であるカナンは雑用を任されていたが、ときにはメルメルと一緒に来客の接待に駆り出された。メルメルと同じく来客に獣人系の使用人を自慢するためだ。それにカナンは男にしては可愛らしかった。
そんな毎日が数年続いた・・・。
メルメルは徐々に可愛らしいだけでなく美しく育っていた。そんな姉を見てカナンは誇らしいと同時に嫌な予感がした。
その予感を裏付けるように領主は奴隷であるにもかかわらずメルメルに派手な服を着せ始めた。そしてますます手元から離さなくなった。
カナンのほうはしばらく前から雑用など通常の仕事のほかに騎士としての訓練をすることが日課に加わった。獣人系の者は身体能力が高い。カナンはよく獣人系にいる厳つい熊のような大男ではなかったが、しなやかで機敏だった。奴隷でなくとも獣人系の騎士を雇っている貴族は多い。カナンは将来は良い騎士になれそうな素質があった。
だが、訓練は厳しかった。特にがっしりした体格で領主の護衛隊長をしている男がカナンに厳しかった。いや、厳しいというより虐めだ。男は顔など肌が見える部分は避けてカナンを傷つけた。可愛い顔したカナンが気に入らなかったのかもしれない。カナンは、将来自分が強くなることは何かの役に立つかもしれないと考え虐めのような厳しい訓練に耐えていた。夜、傷だらけで部屋に帰ってきたカナンの手当を、目に涙を浮かべたメルメルがするというのが日課のようになっていた。
「カナンったら、こんなに傷ついて」
「姉さん、大丈夫だから・・・」
カナンは美しく成長した姉に抱きしめられて顔を赤くした。だが、カナンはむしろ自分の存在がメルメルの支えになっていると分かるくらいには成長していたので、何も言わずに姉に好きなようにさせていた。そう、いつしかメルメルのほうがカナンに依存していたのである。両親を亡くし弟を守ると誓ったメルメルの心は、あれから数年が経ちガラス細工のように脆くなっていた。
そして、カナンとメルメルに転機が訪れた。カナンの悪い予感があたったのだ。領主はついに美しいメルメルを着飾るだけでは満足できなくなったのだ。その夜、カナンが部屋に帰ってきたときメルメルはベッドに顔を埋めて泣いていた。
「姉さん・・・」
いつもならカナンが部屋に帰ってくるとすぐにそばに寄ってくるメルメルはベッドに蹲ったままだ。
「姉さん、何があったの」
カナンがもう一度訊いた。カナンの声に顔上げたメルメルは「主様が・・・」と言ってまた顔を伏せた。
カナンが部屋を見回すとあちこちが破れたようになっている使用人用しては派手な服が床に脱ぎ捨てられているのが目に入った。それを見たカナンは何が起こったのかを察した。
くそー! 主のやつ・・・。
奴隷の首輪を嵌められている以上、主には逆らえない。だが、許せない! 固く握りしめた拳が震えている。
気がついたらカナンは部屋を飛び出していた。どちらかといえば冷静なカナンだがそのときは我を忘れていた。気がついたら屋敷の中の主人たちの部屋があるエリアで「ジェイソン、出てこい!」と叫んでいた。ジェイソンとはカナンたちの主の名だ。
「何事だ!」とジェイソンの声がした。
まもなくカナンは廊下で数人の男に囲まれていた。その中にはカナンの主であるジェイソンと評判の悪い三男、それにカナンを訓練だと称して虐めている護衛の大男もいた。
「姉さんに何をした!」
カナンはジェイソンの襟首に掴みかかった。その瞬間、猛烈な痛みがカナンを襲った。奴隷の首輪の効果だ。それでもカナンは諦めなかった。「うぐぅぅー」と呻き口からは涎を垂らしながらジェイソンに襲いかかった。
「てめえ、奴隷のくせになんだ!」
「このやろう!」
三男と大男がたちまちカナンを取り押さえる。普通なら身動きすらできない程の痛みに襲われているのだからカナンに反撃のすべはない。それでも・・・。
バシン!
「痛い、痛い!」とジェイソンが悲鳴を上げた。
押さえつけられる寸前にカナンがジェイソンを殴りつけたのだ。
「てめえ!」と大男が叫びカナンの腹を蹴り上げた。しかし、すでにそれ以上の痛みがカナンを襲っている状態だ。
「ぐおおー!!」
全身を襲う言葉では表せないほどの苦痛にカナンは咆哮した。
大男の護衛騎士に羽交い絞めにされたカナンに対してジェイソンと三男は殴る蹴るの暴行を加えた。意識を失うほどの地獄の苦しみに襲われているカナンには何もできなかった。途中から大男も暴行に加わりカナンは意識を失った。
★★★
「ここは?」
次に気がついたときカナンはベッドに寝かされていた。
「気がついたか」
声のした方を見ると屋敷の使用人の一人がいた。確か執事だ。使用人の中では地位が高い。
「お前は3日間も寝ていたんだ」
そんなに・・・。
「生きているのが不思議なくらいだ」
そうだ!
「姉さんは?」
カナンが死にかけたとすれば、一番心配しているのメルメルのはずだ。
「・・・」
どうしたんだ。姉さんになにか・・・。
「ね、姉さんは・・・?」
しばらくの沈黙の後、答えが返ってきた。
「メルメルは死んだ」
い、今なんて・・・。
「いずれ分かることだから、教えてやる。お前の姉のメルメルはもうこの世にいない」
あの日、ジェイソンはカナンを痛めつけた後、カナンたちの部屋行って、メルメルにカナンを死ぬほど痛めつけてやったと言うと、呆然としているメルメルをまた凌辱したらしい。騒ぎの一部始終を聞いていた奴隷仲間によるとそういうことらしかった。
次の日、メルメルは屋敷の3階から身を投げた。すでにメルメルの死体は焼かれて処分され墓すらないという。
両親が殺された後、いつもカナンのそばにいて、カナンを守ろうとしていた姉はもうこの世にいない。
「そうですか」
カナンは落ち着いた口調でそう答えた。本当に落ち着いているわけでない。姉の死を聞かされたカナンは何も考えられなくなっているのだ。涙も出てこないことがカナンのショックの大きさを物語っていた。
「これをお前にやる」と言って執事はカナンに紐のようなものを渡してきた。それはいつも姉のメルメルが髪を縛るのに使っていたものだと、カナンにはすぐに分かった。
カナンはその紐を手に取る。そこでようやくカナンの目から涙が零れ落ちた。
「うわぁぁーー!!!」
部屋中にカナンの悲鳴のような泣き声が響いた。
ストレスのある展開ですみません。悪者は必ず報いを受けますのでお許しください。




