7-10(トラリア魔術学園その1).
トラリア魔術学園は思った以上に広かった。イベントはその広い敷地の中にある立派な訓練場で行われる。それに卒業イベントは思った以上に大がかりなものでたくさんの保護者や見物人が押しかけている。
卒業イベントが行われる訓練場はガラディア闘技場のような魔道具になっているわけではない。だけど、訓練場を取り囲むように階段状の観客席があるのはよく似ている。その観客席には大勢の人が詰めかけて満員の状態だ。
貴賓席らしいとこに大公ジェフリー・バーンズの顔も見える。親馬鹿な大公は娘の晴れ姿を見に来たようだ。本来娘のクリスティーネはまだ謹慎中のはずなのだが。
僕たちをここまで案内してくれた学生のデアンドロくんに尋ねると、大公の他にも卒業生の親である貴族が多数来ており、そのお付きの人たちや護衛も入れるとかなりの人数になるらしい。
「凄く立派な学園だね。敷地も広いし建物もいっぱい建っている」とユイが辺りを見回しながら言った。
「学生が入る寮もありますよ」
美人のユイに顔を赤くしながらデアンドロくんが答えた。実際広いし建物の数も多い。まだ建設中の大きな建物もある。デアンドロくんの説明によれば後からできた剣術科をさらに充実させるための室内練習場を建設中らしい。資材でも積んでいるのか大きな馬車が何台も停車している。
僕にはちょっと気になることがある。なんでもその練習場はガルディア帝国の協力で作られているらしいのだが、建設にずいぶん時間がかかっているとデアンドロくんから聞いたからだ。僕はクレアがいた騎士養成所を思い出して何か仕掛けがあるから建設に時間がかかっているのではないか? そう思ったのだ。近年強者を続けて排出している帝国の騎士養成所。レティシアさんから聞いた話のこともある。
「すごい人だね」
僕はユイの声に我に返った。
「ええ、このトラリア魔術学園の卒業イベントは学園というよりトラリアの街のイベントと言ってもいいくらいですからね」
デアンドロくんはそう答えた。
「デアンドロくんはイベントには参加しないの?」
「あー、僕はまだ4年生で卒業生ではないのです」
ユイに質問されたデアンドロくんの顔がやっぱり赤い。
トラリア魔術学園は12歳から入学できて5年で卒業らしい。12歳からといっても12歳以上であれば誰でも試験に受かれば入学できるらしく学生の年齢層は割と幅広い。
この世界の成人は15歳からだし、学生といっても成人して結婚している人もいて家族用の寮まであるそうだ。学生のほとんどが貴族だが中には平民もいる。貴族でも下級であればそれほど裕福でない場合だってある。そんな学生のために優秀であれば学費が免除される制度もある。それだけ優秀な剣士や魔術師は必要とされているのだろう。歴史や算術等の一般的な学問も習うのだが、3年からは剣術と魔術で科が分かれている。これらは帝国の魔術学院を参考にしている。大公や帝国は気に入らないが学園の制度にはいいところもあると感じた。
僕はこうしたことをデアンドロくんから教えてもらった。僕たちがいるのは観客席でも前の方でかなりいい席だ。
僕たちがトラリア学園に到着すると学園長だという髭のおじさんが現れて、いきなり卒業生代表と模擬戦をすることを頼まれた。
「大公からとても若いS級冒険者を招待したから卒業生代表との模擬戦に参加してもらったらどうかと言われまして」と学園長は揉み手をするような勢いで頼んできた。通常は学生同士とか冒険者ギルドから相手を呼ぶこともあるようだ。これは、今回は最初から僕たちに頼むつもりだったなと思った。
結局僕たちは応諾しクレアが剣での模擬戦にユイが魔術の模擬戦に参加することになった。僕ではなくユイとクレアの二人が参加すると言うと学園長は「ええ、そうでしょう」と何かを納得したような顔をして頷いた。たぶん、僕が弱そうに見えたのだろう。
「たぶん私たちのことを侮っているよね」
「だろうね」
今年の卒業生の代表は魔術のほうが大公の娘のクリスティーネ、剣のほうがその婚約者のデネルフィス伯爵の息子のアルファイドだ。それで僕たちを模擬戦に参加してはどうかと誘ってくるのだから、たぶん大公は若い僕たちを見てS級とはいってもなんかのコネでなったくらいに思っているのかもしれない。人は自分の価値観で他人を評価しがちだ。自分がそういう人間だからそう思ったのだろう。だけど、大公が思っているのと違って冒険者ギルドはそれに値する実力があると判断した者にしかS級の称号を与えない。
「ねえ、ハル、私たちも高校くらい最後まで通いたかったね」
確かにそうだ。ユイと一緒にもう少し高校生活を楽しみたかった。もちろんヤスヒコやアカネちゃんも一緒だ。
「でも僕はこの世界でユイやクレアと一緒にいることができて感謝しているよ。やっぱり家族に会えないのは寂しいけど・・・。でも、運が良かったと思うよ」
そう、僕は恵まれている。一番残念なのはやっぱりアカネちゃんとヤスヒコのことだ。
「うん。これからもよろしくね。ハル」
「こちらこそ、よろしくユイ、それにクレア」
「ハル様やユイ様には申し訳ないですけど、ハル様やユイ様と出会えて・・・私は逆に家族ができてうれしいです」
「クレアったら、申し訳なくなんかないよ。私もうれしいよ。私より年上でとっても強いのに、なんか妹みたいで可愛い」
ユイはそう言ってクレアに抱き着いて頭を撫でている。クレアはユイ様やめて下さいとか言ってるけどなんかうれしそうだ。確かに普段の二人を見ていると、ユイのほうがお姉さんって感じだ。模擬戦を前にして二人とも思ったよりリラックスしているようで何よりだ。
「二人とも自然体なのは良いけど、やり過ぎないようにね」
「もちろんだよ」
「はい。戦いにはいつも真剣です」
いや、クレア、僕は今やり過ぎないようにって言ったんだけど・・・。
「そういえば、デアンドロくん、二人で歩いている学生をよく見かけるよね。友達同士にも見えなかったんだけど」
「あれは従者です。貴族の子弟は従者を連れてくるのを許されています」
「なるほど」
デアンドロくんによると、貴族の子弟のうち伯爵以上の上級貴族の子弟は従者を連れていることが多いという。そういえば獣人系の従者も見かけた。
そうこうしているうちに偉い人の挨拶だの卒業生の演武だの卒業イベントのプログラムは順調に消化されていった。一糸乱れぬ卒業生たちの剣術の演武はかなりの練習の跡が窺えなかなかのものだった。空手の型の演武みたいだった。
魔術の演武はそれに比べると派手だった。大きな炎が上がったり、氷の壁や岩の壁が出現したりと、会場も大いに盛り上がった。どうやら中級魔法まで使える学生がいるようだ。こちらも、なかなかのものだった。
こうして、あとは最後のイベント、模擬戦を残すのみとなった。
クレアはしばらく前に選手控室みたいなとこに呼ばれて行った。僕もちょっと緊張してきた。
「いよいよお待ちかねの卒業生代表の模擬戦の時間です」と訓練所の真ん中で司会の人が言った。声が観客席にもよく聞こえる。武闘祭を思い出した。
最初は剣での模擬戦だ。
「今日は、なんとS級冒険者のクレアさんが来てくれています」
クレアが若くて美人なことで観客は驚いている。あれでS級なのか、などの声が聞こえる。
「卒業生代表はアルファイド・デネルフィスくんです」
確かにあのときベテラン冒険者のアイヴァさんに剣を突きつけた学生だ。イケメンの部類に入るのだろうけど目つきや表情に貴族にもかかわらず何か卑しい感じを受けた。理由もなく虐めをしそうなタイプとでも言えばいいんだろうか。僕がそう感じたのは先入観のせいだけではないと思う。だいたいこいつは謹慎中のはずだ。
「クレアさん、いかに僕が優秀でもS級冒険者にかなうわけがありません」
何やらアルファイドくんが話し始めた。ちっともかなうわけがないとは思っていないような口調だ。こいつはきっと馬鹿だ。
「そこで3人で相手をしてもらってもいいでしょうか?」
なるほど、そういうことか。クレアに恥をかかそうってことだな。
「もちろんかまいませんよ」とクレアが答えた。そして「なんなら10人でも、いえ100人でもいいですよ」と冷静な口調で付け加えた。それを聞いたアルファイドくんの顔が怒りで赤くなった。馬鹿にされたと思ったのだろう。こういう輩は人を馬鹿にするくせに自分が馬鹿にされることを嫌う。
「いえ、3人で結構です」
アルファイドくんの言葉に二人の学生が訓練場に入って来た。顔に見覚えがある。あのとき冒険者ギルドに一緒にいた男子学生だ。
「ハルさん、クレアさんは大丈夫なんですか? あの3人はとても優秀な学生です」
デアンドロくんが心配そうに僕に尋ねてきた。
僕が答える前にユイが「心配なのはあの3人のほうだね」と言った。僕も同じ意見だ。みんなS級冒険者を、クレアを甘く見過ぎだ。持っているのは訓練用の木刀だから大丈夫だとは思うんだけど。
アルファイドくんは後から入って来た二人の学生に「相手は対人戦では不利な大剣使いだ」とかなんとか言っている。確かにクレアは木刀でも大剣を持っている。でも、むしろそのことを心配したほうがいい。
武闘祭と同じで審判役の先生らしき人の合図で模擬戦が始まった。
そして試合はあっという間にクレアの勝利で終わった・・・。
「い、痛い、痛い!」
「うあぁー!!」
「手が手が・・・」
ほとんどの観客には何が起こったのか分からなかっただろう。思った以上に地味な模擬戦になった。3人の学生の利き手はあらぬ方向に曲がっている。クレアとしては顔面とかは避けたつもりなのかもしれない。まあ、S級冒険者と3人の学生が対戦すればこうなる。それにしても、卒業イベントなのに卒業生の見せ場は全く無かった。
ざまあみろだ!
「なんてことを!」
観客席で貴族の一人が叫んだ!
「デネルフィス伯爵!」と呼ぶ声も交じっている。アルファイドくんのお父さんのようだ。
「ユイ」
「分かった」
ユイは素早く訓練場に降りていくと3人の学生に回復魔法をかけた。3人の手はすぐに元通りになった。観客はユイの回復魔法の手際のよさとその容姿に見惚れている。観客だけではない。
「ありがとうございます」
「もう、なんともありません」
二人の学生はユイに感謝の目の向けてお礼を言った。心なしか顔が赤い。アルファイドくんだけは回復魔法をかけてもらったのにまだクレアを睨んでいた。
こいつはどうしようもない。たぶんこんなやつを育てた父親もだろう。息子をちゃんと謹慎させていればよかったのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もし少しでも面白い、今後の展開が気になると思っていただけたら、ブックマークへの追加と下記の「☆☆☆☆☆」から評価してもらえるとうれしいです。
また、忌憚のないご意見、感想などをお待ちしています、読者の反応が一番の励みです。
よろしくお願いします。




