7-9(ジャイタナと特使ゴンド).
「ここも外れか・・・」
「ああ、魔道具などが置いてあるだけだ」
ジネヴラとジャイタナが忍び込こんでいるのはトラリアにあるホロウ商会の支店に隣接している倉庫だ。忍び込んだと言っても、忍というより強引に見張りを気絶させて入ってきただけだ。一応覆面のようなものをしているので顔は見られていない。
「どこかにバイラル大陸から攫ってきた人たちを集めている場所があるはずだ」
バイラル大陸からの特使ゴンドから聞いた話では、魔導船が就航し始めて少し経った頃から村ごと襲われて住民が虐殺されるという事件が年に数回起こっている。虐殺された死体に若者の姿がない。ゴンドたちが調査を続けた結果、ヨルグルンド大陸の奴らが怪しいという結論に達した。それまでも一人二人の住人がいなくなるということはあった。だが、村ごとなどという事件が起こり始めたのは魔導船が就航した後のことだ。バイラル大陸では緩やかな国家はあっても、基本、町や村単位で自由に生活していることが多い。特に獣人系やエルフ系、それにドワーフ系はそうだ。そのため、気がつくのが遅れ、また組織だった調査も行い難かった。テテルラケル連合が設立されようやくこれらの事件に対し本腰を入れた調査が開始されたのだ。
ジャイタナはホロウ商会の倉庫から出て夜の通りを歩きながら「ゴンド様は、すでにバイラル大陸の住人を違法に販売している店のいくつかを突き止めている」とジネヴラに話しかけた。
ゴンドたち使節団の中にはバイラル大陸の住人拉致事件の調査団が含まれている。いや、今回の訪問の主目的がそれだ。調査に携わっている者は、いずれも身体能力や魔法に優れているものたちだ。S級冒険者であるジャイタナとジネヴラはその調査に協力を求められたのだ。
「でも、もっと決定的な証拠が欲しいってことね」
「一人二人の奴隷を見つけても・・・」
「例の新型とかいう奴隷の首輪を着けられていると証言もできないのよね」
「ああ、奴隷の存在だけでもある程度の証拠にはなるが、やはり決定的な証拠がほしいな」
ゴンドは言い逃れできない決定的な証拠を掴んだ上で、恐らくその主犯であると睨んでいるトルースバイツ公国とガルディア帝国にその報いを受けさせるつもりだ。ヨルグルンド大陸の人族は獣人系が多いバイラル大陸の住人をともすれば下に見ているが、彼らは決して馬鹿ではない。ゴンドたちはヨルングルンド大陸にある国家の内情、特にドロテア共和国の内情についてはよく知っている。
「ゴンド様の調査ではトルースバイツ公国とマルメ公国の二つの公国が今のドロテア共和国では大きな権力を握っている。その原動力は我らバイラル大陸との交易とそれを武器にガルディア帝国を始めとした国々と取引をしているからだ。その中にバイラル大陸の住人を攫っての違法奴隷取引も含まれている。特に獣人系が奴隷として人気があるとか・・・。腹立たしい限りだ」
ジャイタナも獣人系だ。
「だが、それができなくなれば・・・」
ジャイタナの言葉にジネヴラは「ヴェラデデク公国にも港はあるしね」と応じた。
マルメ公国の南に位置するヴェラデデク公国も海に面しておりカイワンには規模では劣るが港がありバイラル大陸との交易も行っている。ヴェラデデク公国が違法奴隷取引に関わっていないことは確認している。彼らはそもそもガルディア帝国とは取引がない。主に南の国々と取引している。マルメ公国、トルースバイツ公国、ガルディア帝国という商売の流れがストップすればドロテア共和国内の勢力バランスに大きな影響を及ぼすことは間違いない。
絶対にガルディア帝国とトルースバイツの奴らは許さない。ジャイタナにはそう思う理由がある。
「次は、噂のジリギル公国に行ってみる?」
ジリギル公国は南の内陸部にある公国で海に面していない。ヴェラデデク公国の西にある公国だ。それなのに獣人系の住人が多いと噂になっている。しかもホロウ商会の大きな支店があるというのだ。確かに怪しい。だがジリギル公国はトルースバイツと親しくない。ジリギル公国と一番仲が良いのはヴェラデデク公国だ。
不思議な話だ。
「ジリギル公国に行く前に確かめたいことがある」
「例のグループの話ね」
ここトラリアには貧民街がある。明るく活気のある街ではあるがどこにでも影はある。それ自体はおかしなことではない。この世界は貧富の差が激しい。貴族は生まれながらに金持ちだし、魔力量や魔法適性によって就ける職業に差が出る。しかも社会保障も何もない世界だ。トラリアだけの現象ではない。
ただ、ジャイタナとジネヴラは気になる噂を聞いた。貧民街のグループの中に白髪の獣人系若者をリーダーとするグループがあり、グループの中に多くのバイラル大陸出身者がいるというのだ。貧民街にバイラル大陸出身者がいてもおかしくない。別に違法奴隷でなくともバイラル大陸からヨルグルンド大陸に渡り、その後生活に困って貧民になる者も多くいる。それは自己責任だ。ただ・・・。
「リーダーの若者が元奴隷だという噂を聞いた」
「だが、新型の奴隷の首輪を着けられていたのなら主から逃げることはできなかったはずだ」
「主が死んだのかも」
ジネヴラの言う通り、主が死ねばさすがに逃げるくらいはできるかもしれない。
「そうかもしれんな。だが、それでも首輪を外すことはできない。ということは奴隷になった経緯は話せない」
「ええ」
ゴンドはすでに違法奴隷を販売している店自体はいくつか突き止めており、バイラル大陸出身の奴隷を数人だが手に入れている。こっちにも協力者はいるからだ。だが、首輪を外すことには成功していない。主でさえ外せないのだ。
「私でもダメだったわ」
そう、ゴンドに頼まれてジネヴラが首輪を外そうとしたがダメだった。オリジナルではない奴隷の首輪は高位の魔術師なら外せる事があると言われている。ジネヴラは最上級魔法さえ使える。ジネヴラ以上の魔術師などまずいないだろう。そのジネヴラでも新型の首輪を外すことはできなかった。
「明日は貧民街に行ってみよう」
★★★
「ゴンド様、まだ見つからないようです」とマサライが報告した。
「ジャイタナたちに協力してもらってもだめか」
「かなり派手に調査をしているようですが」
マサライは苦笑を浮かべた。
「まあ、いざとなればわしらが匿うさ。後ろ暗い商売をしていれば相手も公にはし難いだろう」
「そうですね」
ゴンドはバイラル大陸から攫った違法奴隷を集めている拠点があるはずだと思っている。ゴンドたち使節団がバイラル大陸を立つ少し前にも村全体が襲われるという事件が起こっている。まだ全ての奴隷を捌いているはずがない。攫ってきた大量のバイラル大陸の住人が何処かに隠されているはずだ。
「それに、まだ新型の奴隷の首輪を外す方法が発見できません」
あのいけすかないドロテア協和国の大公ジェフリー・バーンズに正義の鉄槌を下すためにも、大量の違法奴隷の存在とそれにトルースバイツ公国が関わっている証拠がほしい。そのためには拠点の確保と首輪を外す手段が必要だ。
「まさか、ジネヴラにも外せないとはな」
ゴンドは最上級魔法も使えるというジネヴラにゴンドの確保している奴隷の首輪を外すべく試してもらった。しかしダメだった。
「まあ、焦っては失敗する。いくらジェフリーの奴が我らを侮っているとはいっても、相手は大公だ。そして後ろにはガルディア帝国がいる」
「そうですね」
マサライはそこでしばらく間を置くと、帝国といえばと話し始めた。
「ガルディア帝国とルヴェリウス王国の間がきな臭いとか」
ルヴェリウス王国・・・勇者を召喚してこれまで人族の危機を度々救ってきた国だ。最近も勇者を召喚したと聞いている。勇者は今年の武闘祭で優勝したのだとか。今、ドロテア共和国での話題の中心は勇者コウキと新たにSS級冒険者となった『鉄壁のレティシア』の二人だ。『鉄壁のレティシア』のほうはトルースバイツ公国の出身でもありジェフリーが恐れるほど民衆からの人気が高い。それを聞いたゴンドはいい気味だと思った。そういえば、ジャイタナたちはエラス大迷宮でその『鉄壁のレティシア』に会ったことがあるらしい。
「両国が国境付近に騎士団を集結させているとか」
「どうも帝国のほうから仕掛けているようだな」
「はい。しかもドロテア共和国もルヴェリウス王国との国境付近に剣聖イネス・ウィンライトを司令官とする軍を待機させているとか」
「ガルディア帝国とルヴェリウス王国の間で戦いが起こればガルディア帝国に加勢するつもりかもしれません」
ジェフリーのことだ勝ち馬に乗るつもりだろう。そして噂では帝国が勝ち馬になる可能性が圧倒的に高い。おまけにジェフリーは帝国と親しい。
とにかく焦らずにもう少し情報収集をしよう。その上でガルディア帝国とトルースバイツ公国には必ずバイラル大陸の住人を甘く見たことを後悔させてやるとゴンドは思った。
ゴンドは受けた借りは必ず返すバイラル大陸有数の戦士だ。




