7-8(カナン).
バデナ村が冒険者の集団のような者たちに襲われ、メルメルとカナンは両親を失った。カナンは姉のメルメルに助け出されたものの、すぐに集団に見つかり大きな馬車に乗せられ、いや載せられて移動している。この馬車の中にはカナンと同じように拉致された村の住人が15人くらいいる。同じような馬車があと2台ある。50人近くのバデナ村の住人、しかも若者や子供ばかりが馬車に載せられているのだ。
そのほかの住人は・・・たぶん殺されたのだろう。
拉致された村の住人は全員首に首輪のようなものを嵌められている。誰も逃げる気配はない。それはそうだ。カナンはあのときの光景を思い出す。
馬車が休息のため停車したときのことだ。一人の若者が馬車を飛び降り逃げ出そうとした。
「うわぁーー!!!」
逃げ出そうとした村の若者は首輪に手を触れると藻掻くように苦しんで蹲った。その後も暴れるように苦しみ続けている。
冒険者のような男がその若者の蹴とばすと「お前らも逃げようとするとこうなる。お前らの首に着けられている首輪の効果だ。ついでにいうとお前たちが拉致されたことも喋れない。喋ろうとすれば同じことになる」と言った。
「ぐぉー!!」
すると別の若者が胸をかきむしるように苦しみ始めた。馬車の中を転げまわるようにのたうちまわっている。勇気ある若者が男の言ったことを確かめようとしたようだ。
「馬鹿が」
男が吐き捨てるように言った。
「俺が言ったことは嘘ではない。こいつらを見れば分かるだろう。地獄のような苦しみが襲うんだ。人が耐えられるようなもんじゃない」
しばらくすると、二人の若者の苦しみは収まった。おそらく、逃げることを諦めたのだろう。しかしその表情に生気はなかった。
カナンは抱きしめてくれた姉のメルメルの腕の中でその光景を見ていた。抱きしめるメルメルの手もカナン自身も震えていた。
あれから逃げ出そうとする者はいなくなった。
その後、カナンたちは巨大な船に載せられた。大きな箱のようなものに荷物のように入れられてだ。小さな窓のようなものがついていて食事が与えられた。トイレのような一角も用意されてはいたが、船旅の最後は匂いが凄かった。
箱の中にいるカナンにはバデナ村を出てどのくらい経ったのかも分からない。カナンはほとんどの時間をメルメルに抱きめられて眠っていたような気がする。
そしてずいぶん長い船旅が終わり、箱のようなものに入れられたままカナンたちは運び出された。外は見えないのでここがどこかは分からない。
「カナンのことはお姉ちゃんが絶対に守るわ」
「お姉ちゃん・・・」
船での長旅の間にカナンはメルメルから両親が死んだことを教えられた。そのときも今と同じように「絶対に守るから」と言ってメルメルはカナンを抱きしめてくれた。
大きな箱のようなものに入れらたまま船を降りたカナンたちは、また大きな馬車のようなものに載せられた。村を出たときと同じだ。やっぱり外を見ることはできない。その後、野営を挟んで馬車で移動した。野営のとき外に出されたカナンが見ると。馬車の周りは数人の護衛と馬がいた。実際には護衛ではなくカナンたちを見張っているのだろう。だが、見張りなどいなくてもカナンたちが逃げることはできない。それはカナン自身が確かめることになった。
「カナン」
メルメルがカナンの手を引いて小さく声をかけた。
「お姉ちゃん・・・」
メルメルは突然カナンの手を引いたまま、停まっている3台の馬車の間から森の奥に向かって走り出した。メルメルは森に入ればなんとかなると考えたのだろう。故郷の景色に似ていたのも影響したのかもしれない。だが、それは数歩しか続かなかった。
「ぎゃー!!」
「うぐぅーー!!」
とても子供が出すようなものではない悲鳴を上げると二人ともその場に倒れ込んだ。
「馬鹿が、だから逃げられないって言っただろう」と見張りの一人が言った。
二人は見張りの男に襟元を掴まれ引きずられるように元の場所戻された。最初に逃げようとした男のように蹴られなかっただけましだったのだろう。
カナンは、そのときのことを思い出すと冷や汗が出る。地獄の苦しみとはあのことだ。もちろんカナンは地獄なんて知らない。あのとき「カナンごめんね。お姉ちゃん何もできない」と言ってメルメルは泣いていた。
その後も何人かが同じように逃げようと試みたが同じ結果に終わった。そのたびにカナンは首に嵌められた首輪を触った。この首輪の効果でカナンたちは逃げられない。そして拉致されたことを話せない。あいつらが言っていたことは本当だ。あんな苦しみが続くのに逃げることなんて誰にもできないだろう。
その後、数日して馬車は街に入った。相変らず外は見えないが気配で分った。どうやらそれなりに大きな街のようだ。馬車の中にも外の喧騒が聞こえてくる。カナンたちが馬車を降ろされたのは大きな倉庫のような建物だった。馬車を降ろされたとき辺りは真っ暗だった。その大きな倉庫のような場所には先客がいた。いずれもカナンたちとおなじバイラル大陸出身者のようだった。それも獣人系だ。全員カナンたちと同じ首輪を着けられている。
その後はカナンたちが着けられているのは奴隷の首輪だと教えられた。それも新型なんだとか。
「その首輪を着けていると逃げることはできない。奴隷になった経緯を喋ることもできない。これからお前たちは売られていくことになる。売られた先の主に危害を加えることもできない。もし、そうしようとすればどうなるか、すでに身を持って経験した者もいるだろう。だから無駄なことをせず諦めろ。主人に可愛がってもらえば、あんな田舎の大陸にいるよりいい人生を送れるかもしれん」
カナンたちを拉致してきた一味の一人が改めてそう説明した。
説明を聞きながらメルメルはカナンを守るように抱きしめていた。両親が死んだことによりメルメルは自分がカナンを守らなくてはと思い詰めているようだった。だが、それはメルメルがむしろカナンの存在を生きる目的にしているということでもあった。この頃からメルメルは少しずつ変わっていたのかもしれない。
それからは、その大きな建物から、あるときは一人だけ、あるときは一度に十数人と奴隷たちがいなくなった。一味はそれを出荷と呼んでいた。あるとき、横柄な態度の男がその建物に案内されてきた。カナンはずいぶん偉そうな奴だと思った。
「ずいぶんいるな」
「はい、指示通り村ごと襲いましたんで」
「うむ」
その偉そうな男に一味の男の一人が説明している。こいつの指示で村を襲った。そう思ったカナンは怒りで体が熱くなるのを感じた。
気がついたらカナンは飛び出してその偉そうな男の手に噛みついていた。
「カナン!」
「うぐっ」
「こいつ」
すぐにカナンは抑えつけられて殴られた。
偉そうな男はすぐにハンカチを取り出すと自分の手から出ている血をそれで拭った。そのあと、殴られて口から血を流しているカナンの顎を持ち上げると「可愛い顔しているな」というと同じハンカチでカナンの血を拭うとハンカチをカナンの方に放り投げた。メルメルがカナンを守るように抱きしめて偉そうな男を睨んだ。
そんなことがあってしばらくして、カナンたちが出荷される順番が来た。最初メルメルだけを連れていこうとした奴隷商はカナンを抱きしめて離さないメルメルを見て「この坊主も可愛らしい顔している。姉と同じ明るい柔らかそうな茶色の髪に獣耳、悪くない。二人とも貰おう」と言った。そのとき、その奴隷商が「やっぱりカイゲルはやり手だな。なんせ大公と手を結んでいるんだからな」と呟いた。奴隷商はカナンとメルメルを子供だと思ってつい口を滑らせたのだろう。だが、自分と姉を買った奴隷商がどんな人物なのかと神経を研ぎ澄ませていたカナンには意味が分からないながらもカイゲルと大公という二つの言葉が記憶に残った。
その後、奴隷商が時折漏らした言葉から想像すると、カナンたちがいた大きな箱のような場所はドロテア共和国にあったようだ。カナンとメルメルを買ったのはガルディア帝国の商人で、二人はガルディア帝国の帝都ガディスにあるその商人の店に連れていかれた。その店の檻のような場所で買手を待っていた二人は程なくして帝国の貴族に買われた。カナンとメルメルの二人がドロテア共和国だのガルディア帝国だのの意味を知ったのはもう少し後のことだ。
「これは上玉だな」
「ええ、子爵様は運がいいですな」
「運がいいのはカイゲルに取り入ったお前ではないのか? 商売も順調そうじゃないか」
「これは一本取られましたな。まあ、おかげさまで、商売もまずまずです。もちろんホロウ商会には到底及びませんが」
カナンはそんな会話をメルメルの震える腕の中で聞いていた。カナンはあのときのカイゲルという言葉をまた聞いたと思った。それにホロウ・・・。
二人を買った帝国の貴族はとんでもない額の金を商人に払った。帝国では獣人の使用人を持つことがステータスの一つになりつつあった。しかも、カナンと姉のメルメルは明るい茶色の髪に獣耳という貴族の間でも人気のある一目で獣人系と分かる容姿をしていた。貴族とはそんなことに金を惜しまない存在だ。もちろん、すべての貴族がそうであるわけではないが、少なくともその男は、そんな貴族の一人だった。
こうしてカナンと姉のメルメルは帝国貴族の奴隷となり、その貴族の領地にある屋敷の小さな使用人用の部屋が二人の新たな住居になった。




