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7-7(親馬鹿).

 それから数日後、僕たちは大公ジェフリー・バーンズの屋敷に招待され昼食を振る舞われた。今は昼食が終わり、侍女たちが配ったお茶を味わっているところだ。僕は侍女たちの一人に獣人系の人がいることに気がついた。


 バーンズ大公は最初に娘の不始末について簡単に詫びただけで、昼食の間は僕たちの冒険者活動や最近のバイラル大陸からの特使の話など当たり障りのない話題に終始した。特使たちとの一連の行事が一段落したところだったようだ。


「お疲れのところ、ご招待いただき感謝します」


 僕は慇懃にお礼を言った。今回の目的を思い出させるためでもある。


「ああ、娘たちが迷惑をかけたのだからこのくらいは当然だ」


 大公は鷹揚に言ったが、大した迷惑をかけたとは思ってないのは明白だ。一つ間違えたら殺人未遂だけど・・・。


「それで、今日は娘さんは」

「いや・・・。まあ、謹慎中なのでな」


 直接謝らせる気はなさそうだ。そんなに甘やかしているからあんな性格になるのだ。大体謹慎している理由はユイに魔法攻撃をしたせいだ。


「そうですか」


 クレアの目がちょっと怖い。無茶をしないように注意しとかなくては。


「娘のクリスティーネはあれでなかなか優秀な魔術師でしてな」


 なんと娘に謝らせるどころか娘自慢をしてきた。さすがに呆れる。こんな男が大公とは・・・。


「学園からC級と認めらた生徒は創立以来クリスティーネと婚約者のアルファイドだけでしてな。まあ、今回の件でE級に戻ってしまいましたが。本当に冒険者になるわけではありませんからE級でも問題ありません」


 今回僕たちが招待された件でE級に降格されたのにこの言い草だ。この男、大公に相応しくないどころか馬鹿なんじゃないだろうか?


「優秀な娘さんで鼻が高いですね」


 ユイが皮肉たっぷりに言った。


「え、まあ、そうですな・・・」


 被害を受けたユイの皮肉にはさすがに気がついたようだ。


「トラリアはずいぶん発展していますね。やっぱりバイラル大陸との交易のおかげですか? 特使も来ているようですしね」


 僕が話題を変えると大公はここぞとばかりに乗ってきた。


「そうでしょう。ですがバイラル大陸との交易のおかげだけではありませんぞ」


 この部屋には特徴的なデザインの魔道具や家具が多い。おそらくバイラル大陸の職人の手によるものだと思う。きっと値段も高いのだろう。


 僕が部屋の様子を見ているのに気がついたのか大公は「確かにバイラル大陸産の魔道具などは優秀です。職人の腕も確かです。しかし魔導技術そのものは我が共和国のほうが進んでいます」と言った。


「そうなんですね」

「ええ、特に最近では帝国と協力して魔道具の開発や改良に取り組んでいます。かなりの成果を上げていますよ」

「カイワンで見た船は凄かったよね」とユイが言った。

「ええ、あの魔導船も成果の一つです」

「ですが、あれもバイラル大陸の職人の技術があってこそと聞きましたが?」

「まあ、それもあります。ですが、それよりもトマス・ケスラ研究所の存在が大きいのです」

「トマス・ケスラ?」

「ええ、ここトラリアにある帝国と共同で設立した魔導技術の研究所です。帝国と共和国の歴史的な研究者の名前を取って名づけられた研究所です」


 歴史的な研究者、トマスとケスラ・・・か。もし二人が生きていたら共同研究なんて嫌がったんじゃないだろうか。


 近年ドロテア共和国が帝国と関係を深めているという噂は本当のようだ。ただ、どちらかというと、それはトルースバイツ公国と帝国が親しいということのようだ。そして、ここ3回続けてトルースバイツ公国の公主がドロテア共和国の大公に選出されている。


「帝国とはずいぶん親しいようですね」

「そうですね。バイラル大陸産の交易品を買ってくれるお得意先でもありますしね」

「そういえば、娘さんが通っている学園も帝国の魔術学院を参考に設立されたとか?」

「ええ、その通りです。私も学園の設立にはちょっとした貢献をしています。貴族にとって魔力を鍛えるのは大切なことですからな。そうだ。ハルさんたちはS級冒険者でしたな。来週トラリア魔術学園の卒業記念のイベントがあるんですが、見に来ませんか?」


 大公によるとトラリア魔術学園では毎年その年卒業する学生の代表が魔法や剣術の演舞や模擬戦をするというイベントがあるらしい。魔術学園という名前だが、現在では剣術科もある。クレアが通っていた騎士養成所とは違って主に貴族の子弟のための学園といった感じらしい。この辺りもユウトから聞いた帝国の学院と同じだ。


「年によっては冒険者と生徒との模擬戦が披露されたりすることもあります。是非ハルさんたちも見に来てください。娘も代表に選ばれています」


 冒険者との模擬戦・・・。危険ではないのだろうか? ガラディア闘技場のような仕掛けはないと思うんだけど・・・。


 それに、代表だという大公の娘は謹慎中のはずなんだけど・・・。




★★★




「ユイはなぜ?」


 結局、トラリア魔術学園の卒業記念イベントに僕たちは招待されることになった。ユイが乗り気だったからだ。


「うん。何か面白そうなことが起こりそうじゃない?」


 うーん、なんか怖い。


 大公の屋敷を出た僕たちはトラリアを観光しながら通りを歩いている。


「あれは?」

「ホロウ商会だね。ハルがカイワンで指摘した天秤とホロウの字をデザインした看板がある。小売りもしているみたい」


 ホロウ商会は大公の屋敷にも近い大通りに面した場所にあった。しかもかなり大きい。メインの建物の他に敷地の中に大きな倉庫やユイも言った通り小売り店などが贅沢に建てられている。


 敷地ということに関して言えば、公都トラリアはそもそも全体的に広い街だ。それは城壁が無いためだ。ルヴェリウス王国の王都ルヴェンは二重の城壁に囲まれていた。神聖シズカイ教国の聖都シズカディアは一重ではあるが立派な城壁があり城壁の外にも街が広がっていた。ガルディア帝国の帝都ガディスにはあまり目立たない古い城壁があった。そしてトラリアにはそもそも城壁が無い。

 トラリアの周りには危険な魔物が出現するような森や砂漠などがない。中央山脈からも離れている。その上人族同士の争いに巻き込まれたことも、最近では30年戦争の後の内乱くらいしかない。他国から攻められたことがないのだ。魔族との戦いがこの辺りまで及んだのは第一次人魔対戦とその後の数百年の間だけだ。このような理由からトラリアには城壁が無い。トラリアだけでなくマルメ公国の公都カイワンにも城壁は無かった。


「ちょっと入ってみようか?」


 僕たちは両開きの扉を通って小売りをしているらしい店の中に入った。「いらっしゃいませ」の声とともに店員が近づいてきた。僕の持っているホロウ商会のイメージと違って感じがいい。


 辺りを見回すと主に服など繊維製品が飾ってある。ただ飾ってあるのは見本であり、実際に買うとなると並べられている生地を使って仕立てるのだと思う。この辺りは高級な場所だ。いわゆる既製品を買う人はあまりいないと思う。


 ユイが少し奥に入って壁などにかける装飾品なのかそれとも敷物なのか判断に困る織物を眺めている。それに気がついた店員が「それらは全てバイラル大陸の職人の手によるものです。うちの店以外ではほとんど手に入らないと思いますよ」と説明してくれた。ユイは「へー」と言いながら眺めている。確かに他の商品もデザインが変わっているし、素人の僕が見ても丁寧な装飾が施されているように見える。


「2階には何があるんですか」


 僕は店員に尋ねる。


「2階には主に魔道具や家具などが置いてあります。やはりバイラル大陸産のものが多いですね」


 そのあと2階に上ってみると店員の言う通りで魔道具や家具が並べられていた。店員の説明では魔道具はその性能自体はよくあるものだった。元の世界の家電製品のようなものだ。中にはかなり大きなものもある。


「これらすべてがバイラル大陸産なんですか?」

「いえ、国産のものありますし、ガルディア帝国やルヴェリウス王国産のものもありますね。ただやはりバイラル大陸産のものが人気です。ほら、この通り装飾やデザインが違います」


 店員が説明してくれた通り性能が変わらないにしてもバイラル大陸産のものは装飾やデザインが凝っている。


「魔導船が就航するようになってから、こういった大型の商品もバイラル大陸から入ってくるようになりました。私どもの本店はガディスにあるのですが、帝国は当初からドロテア共和国とバイラル大陸との交易を支援してきましたから、こうして十分な商品を並べられているというわけです」


 店員は得意そうに説明してくれた。店員に特に不審な点はない。


 いろいろと丁寧に説明してくれた店員に対して日本人的な配慮が働いた結果、僕はユイとクレアに髪飾りを買うことにした。僕がそう言うと二人は思った以上に喜んでくれた。


 結局ホロウ商会には何も怪しいところはなく僕たちは店を出た。


「ハルありがとうね」

「ハル様ありがとうございます」


 二人とも買った髪飾りをさっそく着けている。


「え、いやー」


 僕はあまり深く考えて言ったわけじゃなかったので、思った以上に喜ばれてちょっと後ろめたい。

 

 二人ともとても熱心に選んでいた。僕にも「どっちがいいかなー」とユイが訊いてきたり、それを見たクレアが「ハル様、どっちが好きですか?」などと言って髪飾りを着けた姿を僕に見せてきたりした。


 ちょっとした幸せを感じたひと時だった。

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