7-6(トルースバイツ公国公都トラリア~生意気な学生).
マルメ公国のカイワンからいくつかの街を経由して僕たちはトルースバイツ公国の公都トラリアに到着した。クレアに撫でられているプニプニは今日も元気だ。
騎獣預かり所にいつものようにプニプニを預けると冒険者ギルドに向かった。S級冒険者である僕たちは街に到着すると冒険者ギルドに挨拶するようにしている。コウキやユウトからの連絡があるかもしれないという理由もある。
受付の人に挨拶に来たことと僕たち宛に何か連絡のようなものがないか確認していると、カランっと入り口のドアに取り付けられたベルが鳴った。反射的にそっちを見ると、僕たちより若い男3人女2人のグループが入って来た。5人とも同じような服装をしている。
「学園の生徒みたいですね」とクレアが言った。
「学園?」
「トラリアには騎士や魔術師を養成する学園があると聞いたことがあります。帝国の魔術学院を参考に創設された学園です。最初は魔術科だけだったのですが今は剣術科もあるはずです」
ガルディア帝国の帝都ガディスには魔術学院があるとユウトからも聞いた。魔力適性の高い者が貴族に多いので結局身分の高い人が集う学院になっているらしいとユウトが言っていた。どういうわけかユウトは学院についてずいぶん調べていた。今入ってきた生徒たちもなんとなく貴族の子弟のような雰囲気がある。
なるほど、あれは制服なのか。ちょっとカッコいい。
「そういえばクレアは魔法も使えるけど帝国で学院とかに通ったことってあるの?」
「いえ、私は、ビダル家に引き取られた後は、魔法に関しては短期間ですけど家庭教師と言うか英才教育みたいなのを屋敷で受けていました。その後はすぐに騎士養成所に入りましたので学院に通ったことはありません」
「クレアの制服姿、見たかったんじゃないの?」
「え、いや、うん、そうだねきっと可愛いよね」
ユイに図星を指されてちょっと焦ってしまった。クレアを見ると、制服・・・とか呟きながら赤くなっている。可愛い。
視線を感じて横を見ると、ユイにちょっと睨まれた。いやユイが言ったんでしょと思ったけど、睨んだ顔のユイも可愛いので文句を言うのは止めておいた。
「いやその依頼よりもっと安全なやつを・・・」
見ると、さっき入ってきた5人にベテラン冒険者らしき男の人が話しかけている。
「僕はこれでもC級なんですよ。クリスもC級だし他の3人もD級ですから問題ないはずでしょ」
C級と聞いて僕たちも含めて周りの冒険者たちの間に、おっ!というような雰囲気が広がった。S級の僕たちが言うのもなんだけど、あの年齢でC級はかなりすごいことだ。
「でも、そのC級は学園で貰ったやつで実戦経験はあまりないだろう。まずは経験をだなー」
「あー、もう、うるさいですね。あなたはA級かなんかですか?」
「いや、俺もC級だけど・・・」
「その年でまだC級? 申し訳ありませんが、あなたの指図は受けません」
生意気な奴だなー。でもあの年でC級なんだから優秀なのは間違いない。
「ハル、あの子C級みたいだけど、結構すごいんじゃない?」
「騎士とか魔術師を養成する学校はだいたい冒険者ギルドとも提携していて生徒に冒険者ランクを付与することができる場合があります。彼らもそれなのかもしれません」
「その通りです」と言ったのは冒険者ギルドの受付嬢だ。
「えっと・・・」
「セイラです」
「セイラさん、C級って普通ベテラン冒険者レベルですよね。学園に通えばそんなに簡単に貰えるものなんですか?」
「いえ、普通は無理ですね。一般的にはE級とかで優秀な生徒でやっとD級です。C級が与えられるのは、かなり稀なことだと思います」
「ってことは二人がC級で残りもD級って言ってたから、彼らはかなり優秀ってことなんだ」
「そうみたいですね。でもアイヴァさんの言う通りで、実践ではまず安全な依頼から始めたほうがいいと思いますが・・・」
あのベテラン冒険者はアイヴァという名前らしい。まだなんか言い争ってるけど、まあ、周りに冒険者やギルドの人たちもいるし大丈夫だろう。
「ユイ、クレア、行こうか」
「はい」
「うん」
僕たちが冒険者ギルドを出て行こうとした瞬間、ドンっという音がいたので振り返ると、
「な、なにを」
学生たちにアドヴァイスしようとしていたアイヴァさんが床に倒れて、言い争いをしていたリーダーらしき男子学生が剣を抜いて倒れたアイヴァさんに突き付けていた。
おいおい、アドヴァイスがうざいと思ったのかもしれないけどやりすぎだろ。親切で言ってくれてたのに・・・。
隣で殺気を感じたので横を見ると、ユイとクレアの怒りが伝わって来た。まあ、クレアも僕を馬鹿にした冒険者に剣を抜いた前科がある。でもあの時と違って今回は親切でアドヴァイスしてたのは明らかだから、この学生たちはたちが悪い。
「学園に通っているのはほとんどが貴族の子弟でしょうから、甘やかされているのでしょう」
クレアは学生たちを睨みつけながら言った。
「そうみたいだね」
「貴族は魔力量や魔力適性に優れることが多いです。彼らが、それなりに優秀なのは事実なのかもしれませんが」
この世界では強さが重要視される。支配者階級である貴族に魔力量や魔力適性に優れる者が多い傾向にあるのは理にかなっている。
僕とクレアが小声で話していると、どうやら一番ユイが切れていた。
「ふーん。C級を付与されるくらいだからまあまあ優秀なんだろうけど、それで調子に乗っちゃったってことかー」
周りの人たちは事態の推移を固唾の飲んで見守っている状況だったので、思ったよりユイの声は響いたみたいで、アイヴァさんに剣を突きつけていた学生がこっちを睨んできた。
それともユイのことだからわざと聞こえるように言ったのかもしれない。ユイを怒らせたら駄目だと改めて思った。
「あれ、聞こえちゃたかな? ごめんね。ほんとのこと言って」
「ユイ・・・」
これでアイヴァさんから注意がそれたみたいだし、さっさと行くか。
「氷弾!」
キーン!
「え!?」
なんと女子学生の一人がユイに向かって氷弾で攻撃してきた。それをクレアがユイの前に立って剣で弾いたのだ。
嘘だろう・・・。
ユイが挑発したのは事実なので、なんか言い返されるかなくらいには思っていたけど、人に向かっていきなり攻撃魔法を使ってくるとか、頭がおかしいんじゃないのか。
「ユイ様に、殺す!」
「クレア、待って」
僕は、今にも学生たちを斬り伏せそうなクレアを止めた。
僕たち3人と学生たち5人が睨み合う状況になった。誰かどうにかしてくれないかなと思っていたら丁度ギルド職員のセイラさんと目が合った。
「あなたたち、いい加減にしなさい。人に向かって簡単に剣を抜いたり、ましてや魔法でいきなり攻撃するなんて、冒険者失格です」とセイラさんが言った。見るとセイラさんの後ろには騒ぎを聞きつけて2階から降りてきた男の人がいる。
「セイラ何があった?」
「あ、マスター」
セイラさんとアイヴァさんが一連の出来事を説明する。黙って説明を聞いているギルドマスターの顔がだんだん険しくなる。
「S級冒険者を魔法で攻撃したって・・・。しかもギルド内で・・・」
ギルドマスターは頭を抱えている。
ギルドマスターの登場にさすがに学生たちもまずいって顔をしている。ギルドマスターの指示で学生たちは別室へ連れていかれた。ギルドマスターの名前はギルマンというらしかった。
「クレア、あの子たちどうなるのかな?」
ユイが訊いた。
「ギルドマスターのギルマンさんもかなり怒っていたみたいですので、何らかの処分が科されるのは間違いないですね。冒険者ギルド内でユイ様に魔法攻撃をしてきたのはさすがに許されないでしょう」
「貴族の子弟でも?」
「冒険者ギルドは国をまたがる組織で、魔物の討伐や魔物の素材採取は国力に影響しますから、例え国であっても簡単に冒険者ギルドに逆らう事はできません。しかもユイ様は貴族扱いのS級冒険者です」
クレアの言う通りだ。その証拠にセイラさんが僕たちに駆け寄ってくると「今回の件については、また冒険者ギルドから連絡します」と言った。僕たちは近いうちにまた冒険者ギルドに寄ると約束した。
基本的に冒険者ギルドは政治的なことに介入しない。その代わり冒険者ギルドのルールには貴族といえども従わなければならない。国だって冒険者ギルドと敵対して良いことなど一つもない。
この世界で冒険者ギルドの位置づけはかなり高い。冒険者ギルドのランクに応じて貴族扱いされたりするのも冒険者ギルドの権威を高さの表れだろう。あの子たちも偉そうにする場所を間違えたってことだ。
特にユイに目をつけられたのが運の尽きだった。僕も注意しよう。
「ハル」
「はい?」
「何か失礼なこと考えてたでしょ?」
「・・・」
★★★
約束通り、数日後に冒険者ギルドを訪問すると、すぐにセイラさんが来てギルドマスターのギルマンさんの部屋に僕たちを案内した。
セイラさんが2階にあるギルドマスターの部屋をノックする。
「セイラです。ハル様たちを案内してきました」
「おー、入ってくれ」
僕たちが部屋にはいると「忙しいとこ申し訳ない。それにこないだの件はギルドとしても責任を感じている」と言ってギルマンさんは僕たちを迎え入れた。
「いえ、僕たちこそすいません。ちょっと腹が立ったので挑発したら、まさか魔法攻撃されるとは思いませんでした」
挑発したのはユイだけどね。ユイは隣ですました顔でニコニコしている。うーん、怖い。
「ああ、学園には苦情を申し入れた。教育がなってないってな。あいつらしばらくは冒険者ギルドには出入り禁止だ」
「処分ってそれだけなんでしょうか? 冒険者資格はく奪とか? せめてランクは引き下げとかは? いえ、それどころかS級冒険者のユイ様を魔法攻撃したのですから犯罪なのでは?」
クレアが不満そうにそう訊くと、ギルマンさんは、「あー、それについて、ちょっと相談があるんだ」と言った。
「実は、まだ処分は保留にしているんだ。あいつらのうちアイヴァさんに剣を抜いたリーダー格の学生だが、デネルフィス伯爵の息子のアルファイドだ。まあ、嫡男ではないがな。それより問題なのがユイさんに魔法攻撃をした娘だ。あれはバーンス公爵家の令嬢クリスティーネだ。アルファイドの婚約者でもある。
「バーンズ?」
「ああ、ジェフリー・バーンズ公爵はトルースバイツ公国の公主にしてドロテア共和国の大公だ。そしてクリスティーネは大公の娘だ」
なるほど、あれは大公の娘だったんだ。
「それで?」
「ハルくんたちは、クリスティーネを官憲に訴えるつもりがあるのか?」
「うーん、ユイどうする?」と僕はユイを見る。
「まあ、私もちょっと挑発するようなことを言ったからそこまではいいよ」
僕たちの会話を聞いたギルマンさんは「それなら、あとは冒険者ギルドとしての処分だけということになるな」と言った。
「冒険者ギルドとしては、あいつらの冒険者資格はE級に降格する。それにしばらくは謹慎だ」
どうだ、と言うようにギルマンさんは僕たちを見た。
「私はそれでいいよ」とユイが言った。僕も頷いた。クレアは不満そうだ。
「それじゃあ、了解してもらったということで。ギルドとしても感謝する。冒険者ギルドは国とは独立した組織だが、とはいえ大公と揉めたいとは思っていないからな」
「でも、今ギルマンさんが言った処分でも大公が納得しなかったら?」
「それは、関係ない。さすがに冒険者ギルドとしてもこれ以上は譲らない。本来はクレアさんが言った通りでユイさんが訴えれば犯罪だ。学園だって退学になる事案だ。まあ、学園はそうはしないだろうがな」
まあ、ここは日本とは違う。いきなりギルド内で魔法攻撃するのはやり過ぎだが、冒険者同士の揉め事は少なくない。今回はたまたま冒険者ギルド内の出来事で目撃者も大勢いる上、僕たちが貴族扱いのS級冒険者だから見て見ぬふりはできなかっただけだ。
それにしても生意気な奴らだと思ったけど、予想以上に大物だった・・・。
「それと大公が直接お詫びをしたいと言っている」
なるほど、さっきギルマンさんが言った冒険者ギルドとしての処分は大公と話がついていたんだろう。大公も僕たちがS級だと知ってすでに納得しているってとこか。そもそも冒険者ランクなんて普通は誰でもE級から始めるものだし彼らは別にお金にも困っていない。謹慎なんて罰にもなってない程度のものだ。
そして、大公としては貴族扱いのS級冒険者の僕たちに念のためお詫びの席くらい設けておこうと・・・そういうことか。
面白い。
最近帝国との関係を深めているドロテア共和国。特にここトルースバイツ公国は帝国と親しいという噂だ。大公ジェフリー・バーンズはトルースバイツ公国の公主でもある。魔術学園だって帝国の学院を真似て創設されたものだ。
これはチャンスかもしれない。




