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7-4(大公ジェフリーと特使ゴンド).

 トルースバイツ公国の公主にしてドロテア共和国の大公であるジェフリー・バーンズは、バイラル大陸からの特使を迎えるため公館の入口で多くの側近たちと待機していた。


 ドロテア共和国はマルメ、ニダセク、トルースバイツ、ヴェラデデク、ジリギルの5つの公国からなる国である。大公は5つの公国の公主の中から選ばれる。任期は4年だ。当初は輪番制であったが現在では5公国の協議によって選ばれている。そして、ここ最近3回連続でトルースバイツの公主が大公に選ばれているので、若くしてトルースバイツの公主となったジェフリーはもう10年近く大公を務めている。


 トルスーバイツはドロテア共和国の北西に位置しており5公国の中でもっとも広い。北西に位置しているということは、ヨルグルンド大陸を東西に隔てる中央山脈が途切れる北側でガルディア帝国、ルヴェリウス王国、エニマ王国の3国と領土を接しているということだ。これらの国々との交易によってトルースバイツ公国は5つの公国の中で最も豊かだ。港を持っていないのが欠点だが、ドロテア共和国最大の港カイワンを持つマルメ公国との関係が良好なことがその欠点を補っている。

 バイラル大陸産の織物や武器、防具などの交易品がカイワンに陸揚げされマルメ公国を通り、ここトルースバイツ公国を経てガルディア帝国やルヴェリウス王国などへ輸出される。特に近年トルースバイツ公国は帝国との関係を深めている。

 そして、その経済力によりドロテア共和国はこの世界の三大国の一つに数えられている。トルーツバイツ公国は大国ドロテア共和国の盟主の座を固めつつある。


 スレイプニルの引く豪華な馬車が公館に到着し特使率いるバイラル大陸からの使節団が馬車から降りてきた。一行は2週間ほどのマルメ公国滞在を終えトルースバイツ公国を訪れたのだ。特使は額から二本の角を生やした大柄な男だ。顔は立派な白い髭に覆われている。特使というより歴戦の戦士のようだ。特使に従う者たちも獣人の血を引いている者が多い。

 よく観察すれば、カイワンの港に上陸した一行全員がここにいるわけではないことに気がつくかもしれない。


「特使殿、ようこそドロテア共和国へ、そしてここトルースバイツ公国へ」


 ドロテア共和国の現大公であるジェフリーが特使に右手を差し出す。ジェフリーは少しふっくらして髪が薄い男だ。もう50に手が届きそうなくらいの年齢に見える。その外見から優しそうな雰囲気があるが、もちろんそれだけの男ではない。人によっては腹に一物ありそうな男だと言うかもしれない。


「出迎え頂きかたじけない。テテルラケル連合から特使を拝命しているゴンドと申す」


 ジェフリーの握ったゴンドの手はその外見から予想された通りゴツゴツとした武人のような手だった。


 テテルラケル連合とはバイラル大陸にある多くの国の緩やかな連合である。バイラル大陸には多くの小国家がある。国家とは言えない小集団もある。獣人の血を引く者が多い国家、ドワーフ系の国家、数は少ないがエルフの血を引く魔法に長けた一族、もちろん人族の国家もある。これらの国々は基本独立して自由に活動している。小さな争いはあるが大きな争いはない。しかし、それではヨルグルンド大陸と交易するのに不便である。そのため各国の利害を調整する組織としてテテルラケル連合が作られ、今ではバイラル大陸の代表のような役目を担っている。


「ドロテア共和国は、それにここトルースバイツはいかがですかな」

「いやー、この発展ぶりには驚きを禁じ得ません。バイラル大陸の国々はこちらに比べれば小国ばかりで、小さな町や村の集まりと言った感じです。ですが、最近ではこちらの技術を取り入れて街と呼んでもいい場所も少しずつ増えてきています。まあ、それでもカイワンやトラリアとは比べものになりませんが」


 この世界最大の港町でありマルメ公国の公都でもあるカイワンに上陸した特使一行が次に訪れたのは、マルメ公国の東隣りであるトルースバイツ公国の公都トラリアである。現在のトラリアはドロテア共和国の首都のような存在だ。現大公ジェフリーはできればそれを永遠のものにしたいと考えている。今のトルースバイツの立場からすればそれは不可能ではないと思っている。

 トルースバイツ公国とマルメ公国は歴史的にも親しい存在だ。かつては一つの王国であり住民の8割以上がメスト人と呼ばれる民族が占めるのも共通している。200年前の30年戦争の後、ガルディア帝国がバルトラウト家が支配する国となり、ロタリア帝国やトビアス王国が滅びてルヴェリウス王国に併合されるなどの混乱の中、この辺りはいくつかの国に分離したり集合したりを繰り返した挙げ句、民の蜂起とその後の揺り戻しなどの紆余曲折を経て今の形となった。


 それはともかく、これまで通りドロテア共和国最大の港カイワンを持つマルメ公国と良好な関係を維持していれば、帝国との結びつきを強めドロテア共和国の中でも最大の領土と経済力を持つトルースバイツがドロテア共和国の盟主の座を譲ることはないだろう。ジェフリーはそう考えている。


 そのためにも・・・。


 バイラル大陸からの特使は丁重にもてなす必要がある。近年のドロテア共和国の繁栄のかなりの部分をバイラル大陸との交易に負っているのだから。


「ぜひ、トラリアでの滞在を楽しんでください」

「ありがとうございます」


 ゴンドたち特使は、3ヶ月とかなり長い間ドロテア共和国に滞在する予定だ。単なる親善使節ではなく魔導技術や都市開発など様々なことを学んで帰る予定だ。そのため使節団の人員も多い。


「色々と学んで帰りたいと思っています」

「トルースバイツの以外の公国にも寄られるのですね」

「はい。できるだけ多くを見て回りたいと思っています」

「その中でトルースバイツでの滞在がゴンド様たちにとって実りあるものになれば良いのですが」


 大公ジェフリーの言葉は、謙遜しているよう見えて、実際には他の公国へ行ってもここ以上のものを得られないだろうというニュアンスが含まれていることにゴンドは気がついていた。それにジェフリーがゴンドたちを田舎者と侮っていることにも。

 ゴンドは外見通り歴戦の戦士である。だからと言って、頭が空っぽなわけではない。バイラル大陸の住人たちはおおらかで自由な性格の者が多いが、争い事がないわけではない。いや、なんでも腕力で解決しようとする単純な者も多い。それに魔物の被害もヨルグルンド大陸以上に多い。そんなバイラル大陸でヨルグルンド大陸との交渉を任せられているゴンドがそもそも無能であるわけがない。バイラル大陸を代表する組織であるテテルラケル連合の創設にもゴンドは深く関わっている。


「私たちのほうも、バイラル大陸の職人の技術には興味があります」


 興味があるどころか技術者を引き抜きたいとジェフリーは思っている。いくら魔導技術が進歩しようともバイラル大陸の職人の技術がないと作れない物は多い。それほど神が与える魔法の才能とは凄いものなのだ。

 バイラル大陸の住民、とくにドワーフの血を引く者がドロテア共和国の住民となり血が混じってくれば将来的にはドロテア共和国にも技術系の固有魔法を発現する者が増えてくるだろう。だが、それにはもう少し時間がかかる。

 技術者にもあれを・・・帝国と共同で開発した新型の首輪を使ってもいいかもしれない。すでにあれは十分な効果があることが確かめられている。


 それにと、ジェフリーはゴンドを見る。ゴンドのような獣人の系の戦士のような男は騎士や軍人としても重宝されるだろう。ガルディア帝国も興味を持っている。

 

 そういえばニダセク公国のSS級冒険者であるイネス・ウィンライトもバイラル大陸出身者をパーティーメンバーに加えていた。エラス大迷宮攻略に取り憑かれていたイネスはやっと攻略を諦めパーティーを解散したという噂だ。イネスがニダセク公国に戻りニダセク公国の力が増すのはジェフリーとしては面白くない。

 対抗するためには、新たに誕生したSS級冒険者を取り込みたい。なんといっても彼女はトルースバイツの出身なのだ。今は帝国にいるのだが・・・。とにかく3人目のSS級冒険者誕生は大ニュースになっている。その評判は尾鰭もついて鰻登りだ。やれ、物凄い美人だの、SS級冒険者の中でも一番強いだの、秘密にしているが本当はエラス大迷宮を攻略しただの、勇者に協力して魔王討伐の旅に出るらしいなどジェフリーも多くの噂を聞いた。


「そういえば、カイワンはもちろん、こちらでも我らが同胞を多く見かけましたな」

「ええ、バイラル大陸との交易が盛んになってずいぶん年月も経ちましたから」


 ゴンドはジェフリーの顔を見たが、ゴンドが言葉に込めた皮肉には気がつかなかったようだ。ゴンドをがさつな田舎者と侮ってる証拠だ。それはゴンドにとってむしろ都合がいい。

 バイラル大陸の町や村がここより質素であるのは事実だ。しかしそれは馬鹿だからではない。できるだけ自然と共存し自由に生きるのが好きだからだ。戦いとなればこっちの軍人や騎士以上の力を発揮するし、エルフ系の住人はこちらの魔術師より上だ。それに魔導技術だって知識では劣る部分はあってもジェフリー自身が言ったようにドワーフ系の住民を中心に固有魔法のおかげもあり技術力は高い。


 カイワンに到着して以来、ゴンドたちはバイラル大陸出身者と思われる者を予想以上に多く見かけた。中でもゴンドと同じ獣人系の者が多かった。


 そして、その中には・・・。


 調査する必要がある。そしてその調査こそがこの使節団の最大の目的なのだ。だが、今はまだそれを知られるわけにはいかない。事実だとしたら動かぬ証拠を押さえたい。

 カイワンやここトラリアの発展にバイラル大陸との交易が大きく貢献していることにはゴンドも気がついている。


 だとしたら・・・。


 ジェフリーの慌てる顔が見たいものだ。バイラル大陸の住人たちを馬鹿な田舎者で金のなる木だとでも思っている様子のジェフリーの慌てる顔が・・・。


 ゴンドは「これからもますますドロテア共和国、とくにトルースバイツとは関係を深めたいものですな」と言ってニッコリ笑った。


 ジェフリーはまさに我が意を得たと言わんばかりに大きく頷いた。

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