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7-3(マルメ公国公都カイワン).

 港に停泊した巨大な船から、多くの人が降りてくる。


「凄くおっきいね」

「うん」


 僕たちは唖然としてその巨大な船を見上げている。海を初めて見るというクレアに至っては、さっきから口を大きく開けて無言で景色を見つめている。そんなクレアも可愛い。


「あれは魔導船さ」


 僕たちと同じくその船と船から降りてくる人たちを見ている野次馬らしき男の人が教えてくれた。僕たちだけじゃなくてずいぶん多くの人が集まってその巨大な船の到着を見物していた。


「魔導船?」


 でも巨大なマストが何本も立っている。


「あー、魔導技術だけで動くわけじゃないが、ただの帆船でもない。魔導技術を組み込んだ大型船なのさ」


 ハイブリットってわけか・・・。


「10年前にあれが開発されてから、バイラル大陸との交易はずいぶんと盛んになった」

「10年前に?」

「ああ、兄ちゃん、この辺のもんじゃないのか? あれはな、こっちの魔導技術とバイラル大陸の職人の技術によって生み出されたもんなんだ。バイラル大陸の職人の腕がなければ作れなかったって話だ」


 僕はタイラ村の職人たちを思い出した。クレアの赤龍剣やユイの杖やローブを作ってくれた。ドワーフの血を引く人たちには鍛冶や職人系の固有魔法が発現することが多いって話だった。

 杖といえば、ユイは、今ではタイラ村製の杖じゃなくて聖龍の杖のほうを使っている。ユイは僕がプレゼントしたタイラ村製のほうを使いたがったんだけど、聖龍の杖だって『レティシアと愉快な仲間たち』が協力してエラス大迷宮を攻略して手に入れたものだからと説得した。それにローブは依然タイラ村製のものだ。ユイには少しでも効果の高い杖を使って命を大事にしてほしい。


 そんなことを考えながら見物していると、魔導船から降りてくる人たちの中に一段と目を引く存在があった。


「あれが特使かな」

「特使?」


 男は、ほんとに何も知らないんだなという顔すると、それでも親切に「今回の魔導船にはバイラル大陸からの特使率いる使節団が乗っている。バイラル大陸との交易はずいぶん盛んになったが、これだけの使節団がドロテア共和国を訪れるのは初めてだ。だから、今日はこんなに見物人も多いんだ」


 特使は大柄な戦士のような男だ。額に二本の角がある。獣人の血を引いているのだろう。特使の周りを固める者たちも外交官というよりは戦士だ。特使と同じように外見から獣人系だとすぐ分かる者もいる。みんな騎士たちと違い自由な服装をしている。騎士というより冒険者に近い。使節団の人数もずいぶん多い。100人以上いるんじゃないだろうか。


 その後、僕たちは宿を取るのにちょっと苦労した。冒険者ギルドでS級冒険者の権威を利用することになってしまった。バイラル大陸からの特使たちの到着とそれを見物する人たちにより宿に空きが少なかったからだ。

 ここはドロテア協和国の5つの公国のうち北東にあり海に面しているマルメ公国の公都カイワンだ。カイワンはマルメ公国の公都であると同時にこの世界最大の港町だ。僕たちはエラス大迷宮のあるエニマ王国を南に下りマルメ公国に入ったのだ。

 それにしても港町を見るとなんだか懐かしい気分になる。僕は港町の生まれでもなんでもない。それなのに不思議と脳の中の記憶を刺激される感覚がある。匂いまで知っているかのようだ。どこかで見た映画やアニメの一場面に似ている、そんな単純なことなのかもしれないけど・・・。


「それにしても、あの船は凄かったね。ハイブリットだなんて」

「そうね」


 僕たちは夕食を取りながら会話をしている。


 特使が乗ってきた船以外にも大きな船があり、それらでバイラル大陸産の武器や防具、織物、香辛料などが運ばれている。それにしても大きいと思ったら、なんでも家具や魔道具など比較的大型な商品も含まれているらしい。性能もさることながらそのデザインにより貴族の間で人気があるのだとか。そういえばとクレアが、ビダル伯爵の屋敷にも以前には見かけなかったデザインの家具があったと言っていた。魔導船からコンテナのようなものが降ろされているところも見た。そんなかさばる物までバイラル大陸から運んでも商売になるのだからお金もあるところにはあるということだろう。


 クレアはまだ海を見た驚きに浸っている。


「クレア大丈夫?」

「はい。まさか、海があんなに大きいものだとは・・・」

「ガルディア帝国からルヴェリウス王国に入ったときも陸路だったんだね」

「はい」


 冒険者ギルドでもバイラル大陸からの使節団到着の噂でもちきりだった。


「でも、使節団以外にもバイラル大陸から来た人が多い気がしたよ」

「うん」


 ユイの言う通りで特に獣人系の人を多く見かけた。角や獣耳があるから目立つ。まあ、それらがなくても顔つきとかで何となく分かる。日本で外人を見かければ分かるのと同じだ。この宿でも、さっき可愛らしい獣人系の侍女を連れた貴族を見かけた。宿に空きが少なかったせいもあって、ここはかなり高級な宿だ。


 ただ、僕にはちょっと気になることがある・・・。


「ハル様、ユイ様、使節団のことと同じくらいレティシア様のことが話題になってましたね」

「そうだよねー。特使のこと以上に盛り上がってた」とユイも頷いた。

「うん」


 レティシアさんはここマルメ公国の隣のトルースバイツ公国出身だ。本人はまだ帝国にいるみたいだけど、3人目のSS級冒険者誕生という情報はすでにここカイワンにも伝わっていた。

 そういえば、同じくSS級冒険者のイネスさんは故郷のニダセク公国に帰還したと聞いた。イネスさんはもともとニダセク公国の貴族だ。僕が武闘祭で対戦した弟のケネスさんはドロテア共和国の軍人だ。


「とにかくレティシアさんの人気は凄かったなー。女性のSS級冒険者は珍しいみたいだよね」

「うん。美人だとか、SS冒険者の中でも一番強いらしとか、それに・・・」

「うん、あの噂にはちょっとドキっとしたね」とユイがいたずらっぽい顔をした。


 レティシアさんに関する噂の中には、なんと本当はエラス大迷宮を攻略したんだけど秘密にしているらしいなんてのがあった。

 

「今でもこれだから、ドロテア共和国に帰ってきたら大変なことになりそうだよね」とユイが言った。


 レティシアさんは帝国での用事を済ませたら故郷で冒険者をするって言っていた。


「イネスさんと同じように貴族として取り込もうとするだろうね」


 それにここは一応共和国だから、住民からの人気があればその影響力はガルディア帝国やルヴェリウス王国にいるよりもっと大きなものになるのではないだろうか? そういうことに興味がなさそうなイネスさんも故郷ニダセク公国の貴族になっている。


 ドロテア共和国は5つの公国からなる国だが、それぞれの公国では議員を選ぶ選挙がある。制度は公国ごとに違いがあるみたいだけど、一応平民でも選挙には参加できる。ただし被選挙は貴族にしかない。一票の価値とか平民が選挙に参加できる度合いは公国によって違いがある。

 とにかく、公国によって制度に多少の違いはあるけど平民でも国政に関わる権利がある。したがって民から人気があり王族などと同等の扱いが保証されてるSS級冒険者の影響力はルヴェリウス王国やガルディア帝国より大きいんじゃないかと思う。

 ちなみに公主は議員により選ばれ、大公は各国の公主の協議によって選ばれる。ただし、ここ3回は最も経済的に発展しているトルースバイツの公主が連続して大公に選ばれている。大公の任期は4年だから、もう10年以上もトルースバイツの公主が大公を務めている。そのためトルースバイツは5つの公国の盟主のような存在だ。


「ハル、それで何か気になってることがあるんじゃないの?」

「うん」

「で、それってなに?」

「さっき冒険者ギルドに行く途中でホロウ商会の支店を見た。立派な建物だった」

「ハル様、ホロウといえば」

「間違いないの?」

「うん。天秤にホロウという文字を組み合わせたデザインの看板が掲げられていた」


 ドロテア共和国は武力ではルヴェリウス王国やガルディア帝国には劣るが、その経済力は随一だ。ここカイワンからマルメ公国を抜けてトルースバイツ公国を経由してガルディア帝国やルヴェリウス王国へバイラル大陸からの交易品が運ばれている。帝国の新興貴族カイゲル・ホロウ男爵はそんな商売でのし上がった。そしてとても評判が悪い。その評判の悪さは皇帝ネロアが旧貴族派の挑発に利用するくらいだ。


「ハルが気になっていることってそれだけなの?」

「さっき見た貴族なんだけど、獣人系の侍女かメイドみたいな女の人を連れていたでしょう?」


 女の子といってもいいような年に見えた。


「うん。バイラル大陸出身なのかなって思った。街にもバイラル大陸出身らしき人を見かけたし、そんなにおかしくないんじゃないの?」

「女の子の首元からチョーカーみたいなのが覗いていた」


 ユイの顔がみるみる曇る。無理もない。どうしたって神聖シズカイ教国のことを思い出す。


「それって」

「うん。カイゲル・ホロウは奴隷の違法取引の噂があった」


 ユイとクレアは考え込んでいる。


「まあ、ただのアクセサリーかもしれないし、奴隷だとしても違法とは限らない。でも丁度バイラル大陸から使節団が到着した。なんとなく気になるんだ」


 使節団は、使節団というイメージからは程遠い集団だった。特使からして歴戦の戦士のような風貌だった。


「ハル様、バイラル大陸の獣人系の人は身体能力強化に優れていると聞きます。それに女性には可愛らしい人も多いです。それもあって獣人系の使用人を持つことが帝国の貴族の間で流行っていると聞いたことがあります。もしかしたらルヴェリウス王国でも・・・」

「うん。ユウトの仲間のルルさんも可愛らしかったよね。ルルさんはバイラル大陸の生まれではないみたいだったけどね」

「それにエルフ系の人は属性魔法に優れているんだよね」とユイが言った。

「うん」


 イネスさんのパーティーメンバーだったジャイタナさんとジネヴラさんを見てもバイラル大陸の人の優秀さが分かる。


「まあ、今はこれ以上考えても仕方がない」

「次はジリギル公国を目指す?」

「そうなんだけど、ちょっと東に行ってトルースバイツを経由してみようと思うんだけど、いいかな?」


 トルースバイツはここマルメ公国の東隣でドロテア共和国の盟主的存在だ。ルヴェリウス王国、ガルディア帝国、エニマ王国の3カ国と接している。最近は特にガルディア帝国との関係を深めていると聞く。


 僕はガルディア帝国は魔族と関係があると考えている。もちろんエリル派ではない魔族だ。そしてドロテア共和国は近年ガルディア帝国との関係を深めている。


 それにホロウ商会・・・。


「もちろんだよ」

「ハル様は何か考えがあるのですね」


 こうして僕たちはトルースバイツ公国を経由してジリギア公国を目指すことにした。ここマルメ公国でもレティシアさんの噂でこれだけ盛り上がっているのだ。ましてやトルースバイツ公国はレティシアさんの故郷だ。

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