1-25(アカネ).
ユイとハルが、いなくなった。
アカネは二人が朝食の時にいなかったのに気付いていた。朝から二人でなにしてるの。もうラブラブ過ぎるよなどと呑気に思っていた。
でも訓練の時間になっても二人は現れなかった。さすがにおかしいとヤスヒコに声をかけて二人でハルの部屋やユイの部屋も含めてあちこちを探したけど二人はいなかった。アカネはコウキたちにもハルとユイが見当たらないことを伝えてみんなで探した。だが二人が見つかることはなかった。
さすがにおかしいとコウキがギルバートにハルとユイがいないことを伝えた。
そのあと、アカネたちが生活しているエリアは宮廷騎士団員や王国騎士団員たちが出入りし慌ただしい雰囲気に包まれた。
騎士団員にギルバートやセイシェルも加わってアカネたちが住む建物や訓練場は徹底的に捜索された。それでも二人は見つからなかった。アカネたちが生活するエリアは一日中厳重に警備されている。部外者が入ることはもちろん、逆にアカネたちが勝手に出て行くこともできない。
アカネも含めみんながこれ以上どこを探せばいいんだと途方に暮れていた頃、ギルバートがアカネたちに会議室と呼ばれている部屋に集まるように言った。
アカネはギルバートの様子から何か大変なことが起こったのではと感じ不安になった。周りを見ると、みんなも同じように戸惑っている。会議室にアカネたちが集まると、そこにはギルバートに加えてセイシェルとクラネスもいた。
みんなが揃ったのを確認したギルバートは、全員を見回すと「魔導技術研究所で何者かが争ったような跡があった。魔導技術研究所は中から閂が下ろされていた」と言った。
みんなが何を言っているだという顔している中「中から閂がかかっていたってことは、どうやって入ったのですか?」とコウキが質問した。
「朝、魔導技術研究所所長のバラク大魔導士や助手の方が魔導技術研究所へ入ろうとしたら中から扉が閉じられていたらしいの。警備をしていたクレアさんたちもいなかった。昨晩はクレアさんが魔導技術研究所の扉前を警備する当番だったそうよ。それでハルくんとユイさんもいないと連絡を受けたギルバート副団長たちが扉を壊して入ったの」とクラネスが補足した。
「魔導技術研究所内を調べると、クレアと一緒に魔導技術研究所警備の当番だった宮廷騎士団員が魔導技術研究所の一室に監禁されていた。命には別状はない。本人は何者かに後ろから襲われ気がついたら監禁されていたと言っている。襲った者の姿は見ていていない」
「魔導技術研究所の警備はいつも同じ人ではないですよね?」
コウキが質問する。
「ああ、このエリアは魔導技術研究所を含めて数か所が常時警備されている。警備は基本宮廷騎士団員が行っているが交代制だ。クレアは王国騎士団に所属しているが、最近はお前たちの訓練担当でもあることもあって警備に参加していた。もちろん毎日ではない。だが昨晩はクレアが魔導技術研究所警備担当の一人だった」
「そしてもう一人の警備担当は監禁されているところを発見され、クレアさんの姿はない」
「そういうことだ」
コウキの質問に答えたギルバートが話を続ける。
「俺たちが魔導技術研究所に入ってみると何者かが争った跡があった。だが魔導技術研究所を隅々まで探したが監禁されていた警備担当以外誰もいなかった」
「中から閂がかかっていて、監禁されていた宮廷騎士団員以外には誰もいない。普通ありえませんよね? 他に出入り口とか、壁を壊して土魔法かなんかで塞いだ跡とかは?」
「他に出入り口はないし壁を壊した跡なども無かった。ついでに言えばお前たち専用の建物と魔導技術研究所があるエリアは厳重に警備されているし、詳しいことは言えないが、ある種の結界も張られていてこのエリアに昨晩誰も出入りしてないのは確認済みだ」
アカネはギルバートの説明を頭の中で反芻する。このエリアは厳重に警備されていただけでなく結界が張られていて昨晩誰も出入りしていないことが確認されている。結界、大掛かりな魔法だ。おそらく魔法陣がどこかに設置されているのだろう。
これは・・・アカネは密室という言葉を思い出した。アカネは詳しくないが、これはミステリーでよく密室と呼ばれている状況ではないのか。
「魔導技術研究所には内側から閂、このエリアは厳重に警備されているだけでなく結界が・・・これって二重の密室? いや当然、王宮全体も警備されているから三重の密室なのか?」
アカネと同じくヤスヒコもこれは密室だと気付いたようだ。そういえばヤスヒコはハルの影響でよくミステリーと呼ばれるジャンルの小説を読んでいた。
「もう何が起こったのか分かっているのでは?」と訊いたのはコウキだ。
そういえばギルバートたちは困ったような顔はしているが、なんだか落ち着いている。少なくともアカネにはそう見えた。
「ハルとユイだけでなくクレアの姿も見当たらない。魔導技術研究所の中には争った跡があるが、誰もいない。おまけに魔導技術研究所には中から閂がかかっていた。このすべてを説明できる仮説がある」
皆ギルバートの次の言葉を待つ。
「3人は、魔導技術研究所にある魔法陣でどこかへ転移したとしか考えられない」
「転移って私たちがこの世界に来たときと同じなの? ユイとハルは、どこに転移したの? 今どこにいるの? また違う世界に行ったりしないよね!」とアカネは叫ぶように尋ねた。
「魔導技術研究所の地下の部屋に何者かが侵入した痕跡があった。その部屋には転移魔法陣がある」
ギルバートはアカネの質問には答えず説明を続ける。
「魔導技術研究所の地下といえば俺たちを召喚した魔法陣がある場所ですよね」
「そうだ。あそこには異世界召喚魔法陣以外にも複数の魔法陣が設置されている」
「侵入者の痕跡があった部屋にある転移魔法陣とはどんな?」
「異世界ではなくこの世界の中での移動に使う魔法陣だ」
それで、とコウキが説明の続きを促す。
「俺たちは、ハルたち3人がその魔方陣で転移したのではと考えている。魔法陣には起動した形跡があった。溜めていた魔力が0になっていたんだ」
「ギルバートさん、それじゃあ、ハルたちがどこに転移したのかも分かるんですよね?」
「コウキ、残念ながらそれは分からない」
「なぜなんですか?」
「その魔法陣は、失われた文明の遺跡から研究のため移設されたものだが、まだ転移先は判明していない。そもそも正常に稼働するかどうかも確認できていない。簡単に確かめられることではないんだ。だが3人の姿が見えない以上、どこかに転移したと考えられる」
「考えられるとは、あいまいな言い方ですね」
「転移魔法陣は現在の技術で一から作ることはできない。さっきも言った通り、あの魔法陣は失われた文明の遺跡から移設されたものだ。これまでの研究で、転移魔法陣を移設すると転移先が解除されたり正常に動作しなくなる例が多いことが知られている」
「それなら、なんで移設なんかしたのよ!」
アカネの興奮した質問にギルバートは冷静に答えた。
「それでも研究所で研究したかったからだ」
「3人がどこにいるのか。そもそもどうなったのか。何も分からないってことですよね」
コウキがいつになく厳しい表情で確認する。
「たぶんこの世界のどこかに転移したとは思うんだが・・・」
「それじゃあ、どこかで生きているんですよね?」希望を見出したようにヤスヒコが聞く。
「3人が、どこにいるのか? 生きているのか死んでいるのか? 一切不明だ。だが残念だが死んでいる可能性が極めて高い」
アカネは一瞬頭の中が真っ白になった。
今なんて・・・死んでいる可能性が極めて高い?
「転移魔法陣に関連した事故は、これまでにも何度か起こっている。似たような転移魔法陣の事故で生きて発見された例はほとんど無い」
「な、なに言ってるのよ。ユイとハルが死ぬわけないでしょ! 早く探しなさいよ! 私も探しに行くよ!」
アカネは、そのあとのことをあまり覚えていない。
ヒステリックに、なんかいろいろ叫んだ気がする。
ヤスヒコに連れられて部屋に戻ったのを最後にアカネの記憶は途切れた。
うーん、やっぱり三人称はむずかしいですね。




