6-44(ユウト).
「ユウ様、私たちのパーティーには大きな問題があります」
ルルがいつになく真剣な口調で話を切り出した。
「大きな問題?」
「はい」
大きな問題、一体なんだろう? 今のとこパーティーは順調だと思うんだけど。
「お金がありません」
なんだって! 僕たちはB級冒険者だ。こないだまで結構裕福だったはずだ。
「もしかして、装備を新調したせいなの?」
僕たちはガルディア帝国のビダル伯爵から旧貴族派の娘さんたちを助けたお礼にずいぶんなお金とオリハルコンの延べ棒を貰った。オリハルコンはミスリルやアダマンタイトと並んで魔鉱石と呼ばれている金属だ。中でもオリハルコンは物理的な強度と魔力との相性の両方に優れた鉱石でミスリルの上位互換のような存在だ。ちなみにアダマンタイトは魔法との相性はミスリルやオリハルコンに劣るが物理的な強度は一番だ。
僕たちは貰ったオリハルコンとこれまで討伐した魔物の素材を使って装備を新調した。実は自分たちが討伐した魔物の素材だけでなくハルから貰った魔物の素材も含まれている。
僕たちは断ったんだけど、クレアさんがビダル伯爵にゆかりのある人らしく、どうしても自分たちからもお礼をしたいとハルが引かず大量の上級魔物の素材とタラスクとかいう伝説級魔物の素材を押し付けられた。ほんとは他にも伝説級の素材を渡そうとしたハルをみんなで止めたのだ。あれはハルたちが自分たちのために使うべきだ。
そういわけで僕たちの装備は伝説級や上級魔物の素材、それにオリハルコンを贅沢に使ったものになった。
装備の製作はガディスの冒険者ギルドのマスターであるカサマツさんが紹介してくれた店にお願いした。その店は不思議なことにガディスではなくキュロス王国のイデラ大樹海に近い街トドスにあった。僕たちがこれから南に行くと言ったら、カサマツさんはその店を紹介してくれた。店主はがっしりとしているが小柄な人だった。カサマツさんがなんでそんな店を知っているのか不思議だ。店主は頑固そうな人だったけどカサマツさんからの紹介状を見せるとすぐに引き受けてくれた。
こうして僕たちの装備は、オリハルコンとタラスクの甲羅の合金でできているシャルカの盾を始めとして一新された。ただし、僕の剣だけは以前のままだ。ルヴェリウス王国が異世界人である僕のために用意したものでもともとかなりの逸品だったからだ。そういえば出て行くときによく取り上げられなかったものだ。たぶん残ったクラスメイトの手前もあったのだろう。素材は変わってもルルの服やシャルカの鎧のデザインは以前と同じというか、以前より僕の理想に近づいた。あの店の技術は凄い。
「それもありますが、それだけではありません」
「それじゃあ、なぜ?」
「上級回復薬を10個も買ったせいです」
確かに僕たちのパーティーの金庫番であるルルに上級回復薬を最低でも10個は用意するように指示した覚えがある。ルルは聖属性魔法を使えるが初級までだ。ガルディア帝国で魔族と戦闘になった経験から、安全のため十分な上級回復薬を用意しておく必要があると思ったのだ。
「なんだ上級回復薬のせいか。私の食欲が人よりちょっと旺盛なせいじゃないかと焦ってしまったぞ」
「それもあります」
「あるのか!」
「がう!」
意味が分かっているのか分かってないのかクーシーが吠えた。
「クーシー、クーシーの餌代も馬鹿になりませんよ。こんなに大きくなって」
「くうん」
確かにクーシーは僕の従魔になって以来、どんどん成長している。色もどんどん白くなっている。この大きさだと角のあるちょっと小さめのフェンリルだと言っても通用するのではないだろうか? まあ、さすがに伝説級は大げさだとしても上級魔物くらいはありそうだ。
「でも、クーシーはだいたい自分で食べる分は自分で狩ってるし、街にいる間は水だけでも結構長期間問題ないんじゃなかったっけ。街の騎獣預かり所でも最低限の食事は貰ってると思うけど、それは他の騎獣と一緒でしょ?」と僕が尋ねた。
「がう」
「まあ、そうですね」
「ということは、やっぱり私の食費が」
「あれは、冗談です」
冗談か、とシャルカが胸を撫で下ろしている。
「ユウ様、上級回復薬が一ついくらか知っていますか?」
「うーん、金貨3枚くらい?」
上級回復薬はかなり高価だと聞いている。思い切って高い値段を言ってみた。日本円で30万円くらいのイメージだ。
「枚数は合っています。でも金貨ではなく大金貨です」
「え、枚数は合ってるってことは大金貨3枚なの?」
「はい」
300万円だ・・・。
「それを10個買ったんだ」
「はい。ユウ様の指示です」
「よくそんなお金があったね」
「私たちはB級パーティーですから」
確かにB級パーティーといえば上位冒険者だ。
「ちなみに中級回復薬っていくら?」
「金貨2枚ですね」
20万円かー。それでも高い。
「ですから、ほとんどの冒険者は大銀貨3枚程度の下級しか持ってません。中級を持っているとしても、ほんとにいざという場合のために数個だけ持っているって感じだと思います。中級を使う事態になったらたいていの依頼は赤字になるでしょうね」
そうかー。B級になって、中級魔物を倒すだけでも結構なお金になるし、偶に上級でも倒せば一体でも大金貨を貰えたりするので、儲かるなーと思っていたけど、経費も馬鹿にならないんだ。
「でも、私たちのパーティーには私という初級とはいえ聖属性魔法が使える優秀なメンバーがいますから、初級の回復薬は必要ありません」
「ルル、そんなにそっくり返って後ろに倒れないように気をつけろよ。それにその恰好だと返って胸の無いのが目立つぞ」
「シャルカ、余計なお世話です」
確かに、ルルは初級とはいえ聖属性魔法が使える。これは、実際凄いことだ。ただ、ルルは身体能力強化をして2本の剣で戦うことも得意なのだが、両方同時には無理だ。聖属性魔法を使うためには身体能力強化して戦うのを止める必要がある。コウキやハルのように剣と魔法を組み合わせて戦うのはこの世界の人にとってはとても大変なのだ。かくいう僕は、ある程度はできるが、コウキやハルには到底及ばない。
「ですから、次の街では割のいい依頼を探します」
本当はハルから受け取った魔物の素材がまだ残っているはずだからそれを売ればお金には困らない。装備の製作代金もそれで払った。でも、それはいざというときでいいだろう。
「分かったよ」
それにA級を目指すのもいいかもしれない。ハルたちがS級だったのに影響されていないとは言えない。とはいえ、無理は禁物だ。
「ルル、A級ってどうやったらなれるんだっけ? A級なら依頼料も上がるでしょう」
[ユウ様、A級の基準は上級魔物をパーティーで問題なく倒せることです」
「ルル、それなら、私たちはもうA級でもいいんじゃないか? サラマンダーを倒したことだってあるじゃないか」
確かにシャルカの故郷であるタタロニア王国の砂漠地帯でサラマンダーを倒した。
「ふふっ」
「ルル、何を笑ってるんだ?」
「だって、タタロニアでシャルカの実家に泊まったとき、ご両親がハル様に娘をよろしくって何度も頭を下げていたのを思い出して」
「ルル、何を言っているんだ。あれは、そんな意味じゃないぞ」
「え、私は何も言ってませんよ。そんな意味ってなんですか?」
「ルルー! 貴様」
「きゃあ、いじめです。ユウ様、パーティー内でいじめが」
「がうー」
あのときはちょっと困ってしまった。最初はシャルカと同じで大柄なご両親や兄弟に囲まれて胡散臭い目で見られた。でも、シャルカが黒騎士団を辞めたこととか、これまでのことを話したらご両親の態度が変わった。
「やっぱり僕の人格がご両親に評価されたんだろうね」
「違うと思いますよ。確か、ユウ様のパーティーに入ってすぐに全員B級になれたって話をしたからですよ。お金に困らないと思われたんですよ、きっと」
「すまん、ユウジロウ、たぶんルルの言う通りだ」
「・・・」
クーシーが大きな舌で僕を舐めてくれた。
「次の街ではちょっと落ち着いて活動するか。できれば、A級の試験を受けられるように上級を複数討伐したいよね」
「そうですね。お金も稼がないとです」
僕たちはガルディア帝国を出てから南に向かってシャルカの故郷に寄った後、ハルたちから聞いたギネリア王国を経由してイデラ大樹海に沿って東に向かい、今はキュロス王国のトドスから北に向かっている。目指すは王都キャプロットだ。
「ずいぶん駆け足でここまできたよね」
ヨルグルンド大陸を反時計回りに移動している感じだろうか。ここまま北へ行けばいくつかの小国を経由してドロテア共和国に至る。ドロテア共和国の北にはあのエラス大迷宮を有するエニマ王国がある。そこまで行けば僕はヨルグルンド大陸を一周したことになる。
「そうですね。でもギネリア王国のテルツやキュロス王国のトドスでユウ様の友人のハル様たちから聞いていた人たちに挨拶できました」
確かに『聖なる血の絆』のメンバーには歓迎された。ハルとユイさんのその後をずいぶん聞かれた。ルヴェリウス王国関連のことは話さなかったけど「まだ、結婚してないのかー」って言われてたなー。
「ユウ様、どうしたのですか?」
「いや、『聖なる血の絆』との宴会のことを思い出して」
「確かにあれは楽しかったな。あれで全員貴族とはな」
「いい人たちでしたよね。でも、シャルカ、貴族には奴隷をモノみたいに扱う奴もいます」
「そんな奴は私がぶっとばしてやる。でも平民にだって悪い奴はいる」
黒騎士団でシャルカを虐めていたザギは平民出身だった。謎の仮面男ことハルがボコボコにしてくれてすっきりした。
「トドスでいきなりギルドマスターの部屋に通されたのも驚きましたね」
「そうだね」
トドスの冒険者ギルドでハルの名前を出したらいきなりギルドマスターの部屋に通されたのだ。ハルとクレアさんはトドスの街にずいぶん貢献したみたいだ。そういえば、武闘祭に出ていたルビーという名前のS級冒険者の人を見かけた。ザギにやられたときは心配したけど元気そうで良かった。ユイさんが回復魔法で治療したって聞いた。
「私はユウジロウが買い取り窓口の女の人ばかり見ているのがちょっと恥ずかしかったぞ」
確かにあの人は胸が大きかった・・・。
ハルたちから聞いた話の中でも一番印象深かった神聖シズカイ教国に寄らなかったのはちょっと残念だったかもしれない。
「とにかく、次の街では少し腰を落ち着けて活動しよう。そうだ聖属性魔導士のメンバーを見つけられたらお金の問題も解決できるかもしれないね。ルルはどっちかっていうと剣士だし」
「ルル」
「なんですか?」
「若い女性のメンバーが増えそうな気がしないか?」
「はい。なんか嫌な予感がしますね。魔物で聖属性魔法が使えるのっていないんでしょうか?」
「聞いたことがないな」
「がうー」
ルルとシャルカが何かこそこそ話している。クーシーも加わっているのはなぜだ?




