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6-41(再び6階層).

 次に気がついたとき、僕は冷たい床の上に倒れていた。


「ハルくん、気がついたか?」

「ハル様、大丈夫ですか?」

「ハル、大丈夫?」


 レティシアさんとクレアにユイだ。みんな無事みたいだ。


 ここはいったい?


「ハルくん、どうやら私たちは闇龍の部屋に戻ってきたようだ」


 僕は辺りを見回した。確かに闇龍を倒した部屋のようだ。闇龍が復活しているなんてこともない。


「ハル様、イデラ大樹海に転移したのは夢だったのでしょうか?」

「いや、クレアさん、夢じゃないぞ。その証拠に私のアイテムボックスの中にはハクタクの素材がある」


 あれは、夢じゃない・・・。あのアノウナキ人と話したことも夢じゃないんだ。


「ハルくん、ちょっと私にも分かるようにさっきの話を解説してくれないかな?」

「分かりました。でも僕にも分からないこともあります。それでよければ」


 僕たちは念の為闇龍の部屋を出て安全地帯に戻った。そして車座に座ると僕は話し始めた。


 すでにレティシアさんは僕とユイが異世界人であること、僕とクレアがイデラ大樹海深層にいたことがあるなど、ほとんどのことを知っているか、気がついている。なので、僕とユイが日本人でありこの世界に召喚されたところから、すべてを話し始めた。一緒にエラス大迷宮を攻略しアノウナキの話を聞いたレティシアさんに隠し事をするつもりはなかった。


 なのでとても長い話になった。


 途中でレティシアさんが「この話は今日中に終わるのかな?」と尋ねたくらいだ。ただ、それ以外はレティシアさんも僕の話に聞き入っていた。クレアにとっても日本の話は興味深いようだった。イデラ大樹海に転移した話、シズカディアでの経験と話が続く。ガルディア帝国の話になったときはレティシアさんが少し緊張しているのが分かった。僕は正直に話した。僕がどんな考えで行動していたかを。するとレティシアさんは「クレアさんにも、そんな事情が・・・」と大きく頷いていた。


 やがてこの迷宮を探索することになった経緯に話が移る。


 迷宮での話になると全員が改めてこれまでの探索を振り返るような感じになった。そしてアノウナキ人から聞いたことについて僕なりの解釈を話す。


 話し終わったとき、しばらく誰も口を開かなかった。


「ハルくん・・・」

「はい」

「これは大変な話だ」

「はい」

「アノウナキ人、失われた文明の創造者が人族と魔族を最初から争うように創った。そして、戦いを面白くするためにハルくんやユイさんが、その日本とやらから召喚された。勇者もそうだ。そして、魔王と勇者は対立する存在として創られている。だが、なんだっけ、その不確定要素とかいうやつによって、いろいろと予想外のことも起きるし戦いの結果も予測できない。アノウナキ人でさえ予想しなかったことが起こる場合もある。今回、私たちがエラス大迷宮を攻略したのもその一つだ」

「はい」


 再び、沈黙が場を支配する。


 しばらくしてユイが「ハル、地球や日本にも影響を与えているんだよね。アノウナキ人が」と確認するように言った。

「そう思う。あの精神体が影響を与えてるから、この世界は僕たちがよく知っているファンタジーの世界に似てるんだと思う」

「ハルが言いたいのは、ここがファンタジーの世界に似てるんじゃなくて、ファンタジーのほうがアノウナキ人が創造したこの世界に影響されてるんじゃないかって、そういうことだよね」

「うん」


 アノウナキ人はこの世界だけでなく元居た世界にとっても神のような存在なのかもしれない。人がゲームをプログラムするように神が世界をプログラムした。もしアノウナキ人が神だと言うのなら、今なら、シズカディアでイヴァノフ殿下やゾーマ神父と交わした宗教談義の中で出てきた疑問に答えられるかもしれない。


 なぜ、万能であるはずの神が創造したこの世界や人がこうも不完全なのか? 


 イヴァノフ殿下、それにゾーマ神父、それは・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ハルくん、それでどうする? この話を公表するのか?」

「僕の意見では、それは止めたほうがいいと思います」

「そうだな。そもそも信用されないしアノウナキ人の話を他の者に聞かせることもできない」


 それにアノウナキ人の話には不自然な点もある。あのとき思ったようにあれはアノウナキ人ではなく、ただのプログラムだった可能性もある。全てを鵜呑みにはできない。それにアノウナキ人がこの世界を創った神のようなモノだとして、結局そのアノウナキ人がどこから来たのかという疑問が残る。堂々巡りなのだ。


 じゃあ真の世界の始まりとはなんなのか? 僕の拙い考えでは、自分自身や世界を認識できる存在が生まれた瞬間、言い換えれば自我もしくは世界の観察者になれる存在が生まれた瞬間に世界が創造されたと言ってもいいんじゃないかと思う。認識する者がいなければ無いのと同じだ。


 それなら観察者の数だけ世界があるってことも・・・。


 今僕が見ている世界とユイ、クレア、レティシアさんが見ている世界はとてもよく似ているけど異なる世界なのかもしれない。まあ、これ以上考えても仕方がない。僕は物理学者でも哲学者でもない。それに、現実にやるべきことがまだある。


 ただ、アノウナキと名乗る存在ともう少し話をしてみたかったのは事実だ。次にそれができるとしたら、それこそ勇者と魔王が一緒にここを訪れたときだろうか?


 ん? 勇者と魔王が・・・。


「そうか、それでか・・・」

「ハル、何か思いついたの?」

「僕たちがイデラ大樹海に転移したのは偶然じゃない。そしてエリルがあそこにいたのも、メイヴィスだってそうだ。タイラ村の存在だってそうかもしれない」

「ハル様、それはどういう?」

「ゴアギールやルヴェリウス王国があるシデイア大陸とイデラ大樹海とは関係が深い。タイラ村の存在を考えると異世界人にだけ反応する転移魔法陣があるはずだ。もしかして僕が起動したあれも・・・。そして魔王城にある魔王だけが使える転移魔法陣の存在。 メイヴィスもいたんだからきっと他にも転移魔法陣がある。もしかしたらメイヴィスが使った転移魔法陣は四天王にしか使えないのかもしれない」

「それで」とユイが先を促す。

「うん、イデラ大樹海深層にはたくさんの伝説級の魔物がいる。僕とクレアもその何体かと戦った」

「はい」とクレアが頷く。

「その経験が5階層攻略に繋がった」

「まさか・・・」

「ユイ、そのまさかだよ。勇者を始めとした異世界人、そして魔王や四天王はイデラ大樹海深層に転移しやすい。それって5階層の攻略条件を満たしやすくするためなんじゃないかな。そして聖龍と闇竜も勇者と魔王なら討伐できる。最後に迷宮の最下層はイデラ大樹海最深部そのものだ。だから僕たちはすぐに安全地帯である龍神湖畔を目指すことができた。もともと勇者と魔王ならこの迷宮をクリアできるように造られているんだよ」


 僕たちが5階層の攻略条件を満たしてここまで来れたのは偶然じゃない。僕たちの前に5階層をクリアできたのはイネスさんたちを除けば、おそらく勇者パーティーと魔王パーティーだけだ。


「そうだよね。ハルとクレアがイデラ大樹海で経験したことが5階層攻略に役に立ったんだもんね。イネスさんは条件を満たすのに10年もかけたのに・・・それでも6階層で諦めた」

「うん」

「ハル様と一緒にイデラ大樹海深層に転移したのは偶然ではなかった。あの経験は無駄ではなかった・・・」とクレアが呟いた。


 レティシアさんが黙って僕たちを見ていた。


「心配するな。人に言うつもりない」


 僕はレティシアさんの言葉に頷いた。僕はレティシアさんを信用している。だから全てを話したのだ。


「まあ、ハルくんが魔王の夫だというのはともかく」

「いえ、それは、勝手に・・・」

「魔族は思った以上に人族の中に入り込んでいる。帝国を見れば分かる。そして、そいつらに騙されて兄さんは・・・」


 レティシアさんの顔が少し曇った。


「レティシアさん・・・」

「ハルくん、そんな顔をするな。私は大丈夫だ」

「はい。でもレティシアさん、魔族にもいろんな考えの者がいます」

「うむ」

「魔王エリルは人族との争いを止めたがっています」

「ハルくんの奥さんなんだから当然だな」

「いや、それは・・・。と、とにかくレティシアさん、帝国に入り込んでいる魔族はそうは思っていないんです」

「そうだろうな。やつらは帝国を使って人族を支配しようとしているように見える。帝国は、皇帝ネロアは富国強兵に熱心だ」


 レティシアさんだけでなく、ネロアに近い者ほど帝国と魔族との関係については疑いを持っているはずだ。


「というわけで、ハルくんの言う通り、どう考えても、その辺りを報告するのは、少なくとも今は止めたほうがいいな。とりあえずはイネスさんたちと同じで聖龍を倒せなかった。冒険者ギルドにはそう伝えることにしようと思うが。それでいいかな?」


 レティシアさんの言葉に異論はない。ユイとクレアも頷いている。


 それにしても、レティシアさんはこの世界の人としてはずいぶん柔軟な考えができる人だ。頭もいい。この迷宮を攻略できたのもレティシアさんのリーダーシップによるところが大きい。


 そのレティシアさんが兄であるネイガロスの復讐のため僕たちを殺そうとした。


 レティシアさんは何かを察したのか「ハルくん、人はいつまで経っても未熟なんだ」と言った。


「そうですね。僕も迷ってばっかりです。迷宮攻略でも失敗ばかりでした」


 特に、あれは酷かったと聖龍を攻略したときのことを思い出した。それに地龍のときにクレアが死にそうになったのだって慎重さが欠けていたからだ。


「だが、私は今回の迷宮攻略でいろいろと学ぶものがあった。戦闘についても上達した。今ではハルくに倣って魔法の三重発動も自由自在だ。最初は事前に準備した攻撃魔法を使うだけだったのにな」


 今のレティシアさんは、盾で防御しながら自由に防御魔法を三重に展開している。僕たちはその防御力に何度も助けられた。


「よし、私は今日から『鉄壁のレティシア』と名乗ることにする」


『鉄壁のレティシア』・・・凄く格好いい!


「ハルは二つ名はいらないよ」

「そう?」


 クレアは可愛く首を傾げて何かを考えている。僕のために格好いい二つ名を考えてくれているのかもしれない。


「戦闘の面だけじゃない。兄さんが死んだのをハルくんたちのせいにしてハルくんたちを殺そうとした。それも私が未熟だったせいだ」

「レティシアさん・・・」

「さっきのハルくんの話で、ハルくんやクレアさんの立場も少し理解できたよ」

「それを言うなら、僕もです。少なくともあのときネイガロス・・・さんの家族やネイガロスさんを慕う部下のことなんて何も考えていませんでした」


 今思い返せば、あのとき黒騎士団の中でネイガロスさんが一番人間的な感情を持っていた。


「そうか・・・」


 レティシアさんはネイガロスさんのことを思い出しているんだろうか。


 しばらくしてレティシアさんは「うむ。ハルくんも、ハルくんよりだいぶ年上の私や兄さんも未熟だった。人はいつまで経っても未熟だ」と言った。

「はい」と僕は返事をした。

「だけど、それはな、いつまで経っても成長できるってことでもある。ハルくんたちを殺そうとした私が言っても説得力がないけどな」とレティシアさんは苦笑いをした。


 もしそうなら、僕は今回の経験で少しは成長できたのだろうか?


「まあ、冷静に考えれば悪いのはネロアたちで間違いない。私はまだまだ未熟だからネロアやイズマイルへの復讐は諦めない」


 ガルディア帝国皇帝ネロアに黒騎士団団長イズマイル・・・。そうだ、僕たちにはまだやるべきことがある。


「それじゃあ、引き上げるか」


 僕たちは『レティシアと愉快な仲間たち』のリーダーの言葉に頷いた。

 エラス大迷宮攻略完了です。

 異世界転移とか異世界転生ものでは物語の都合上、転移してきた日本人が意外と生活しやすいなんちゃってヨーロッパ中世風の世界が舞台になることが多いです。これはいわゆるお約束となっています。このお約束について理由づけをしてみようというのが作者の狙いだったのですが、できはどうだったでしょうか? ちょっと理屈っぽかったかもしれませんね。

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― 新着の感想 ―
大好きです!! 一つ気になるのは賢者が二人で勇者も二人だった、という事は魔王も二人いるのでしょうか??
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