6-38(最下層その1~まさかここは…).
眩いばかりの光が収まると辺りは薄暗くなった。足元には魔法陣があるがもう光ってない。
「ここはどこなんだ?」
レティシアさんの声がした。周りを見るとレティシアさんのほかにユイとクレアも起き上がって頭を振ったり手足を伸ばしたりしている。全員いる。よかった・・・。
「なんだか洞窟みたいなとこですね」
周りの人工的なものではない壁を見て僕が言った。それになんだか懐かしい匂いのようなものを感じる。
「ここは突き当りのようだから、出口があるとしたらあっちだ。とりあえず行ってみるか? みんな大丈夫か?」
「僕は大丈夫です」
「私もです」
「問題ありません」
全員がレティシアさんに返事をして僕たちは薄暗い洞窟の中を歩き始めた。地面は土や岩でできていて苔のようなもので覆われているところもある。ちょっと滑りやすい。明らかに自然のものだ。洞窟はそれほど長いものではなかったみたいで歩き始めてすぐに進行方向に明かりが見えた。
「出口だな」
そして洞窟を出ると、そこは森林だった。懐かしい記憶が蘇ってきた。この雰囲気は・・・。
「ハル様・・・」
「ああ、クレア、どうやら僕たちは戻ってきたようだ」
「はい」
「イデラ大樹海深層に」
この景色、この匂い、絶対に忘れらないものだ。
この気持ちはなんだろうか? 様々な感情が蘇ってくる。恐れ、懐かしさ、ユイの行方が分からなかったときの焦燥感、絶望感・・・そのすべてが僕を襲ってきた。隣にいるクレアも睨みつけるように景色を眺めている。
ユイとレティシアさんはしばらくそんな僕とクレアを見ていた。沈黙を破ったのはレティシアさんだ。
「ここはイデラ大樹海なのか?」
「はい。しかもその深層です」
「そうか、ハルくんたちは、イデラ大樹海深層を探索したことがあるんだな。だからあれほどの種類の伝説級の魔物と戦った経験があったんだ」
レティシアさんの内心はともかく、この落ち着きぶりは大したものだ。
「私は初めてです」とユイが言った。
僕とクレアは一年近くもここにいた。しかもユイを探し求めてあちこちを探索した。イデラ大樹海は広大だが、僕とクレアがこのあたりにかなり詳しいのも事実だ。
「ハルくん、サイクロプスだ」
レティシアさんの視線の先には一体のサイクロプスがいた。
「戦闘はなるべく避けましょう。ここは迷宮ではありません。部屋を出たり、一定の距離を取ったら魔物が追ってこないなんてルールはありません。やり直しはできないんです」
「ああ、ここがハルくんの言う通りでイデラ大樹海深層ならこの世で一番危険な場所だ。慎重に行動しよう」
僕たちはサイクロプスを避けるように移動した。
「これから私たちはどうしたらいいのかな?」とユイが訊いた。ユイも意外と落ち着いている。あのときと違って4人全員で転移したからだろう。
それが問題だ。
エラス大迷宮を探索し、いよいよこれでクリアかと思ったら。イデラ大樹海深層に転移した。
「ハル様、とりあえず龍神湖を目指してみたらどうでしょう」
なるほど。あそこは安全地帯で龍神が眠るという伝説がある場所だ。
「レティシアさん、ここイデラ大樹海の深層には安全地帯があるんです」
「安全地帯?」
「はい。魔物に襲われない場所です」
「それこそ、迷宮のようだな」
言われてみればその通りだ。
「とにかくそこを目指しましょう」
僕とクレアは木に登って辺りの地形を確かめたりしながら龍神湖の方へみんなを案内する。
「ハル様、変ですね」
「うん」
間違いなくここはイデラ大樹海深層なのだが、なんとなくあのときとは違っている。
「ハル、魔物の気配が」
ユイが注意喚起した。ユイの魔法探知は僕より上だ。
ユイの誘導で魔物の気配から遠ざかろうとしたとき、クレアが「ハル様、フェンリルです。しかも親子なのでしょうか?」と言った。
見るとユイが魔物の気配を感知した方向に4体の狼型の魔物が見える。一体は巨大で灰色をしている。そしてその後をその半分くらいの体高の魔物が3体ついて歩いている。子供なのか? 魔物も普通の動物と同じように繁殖して生まれるのだろうか? いや、一つ目のサイクロプスなんかはちょっと人口的な感じで、繁殖という言葉にそぐわない。たぶん、魔物もいろいろなのだろう。通常の動物が変化するもの、突然変異で生まれるもの、普通に繁殖するもの、いろいろあるのかもしれない。
この世界は大森林、山脈、砂漠、大樹海など魔物の生活圏のほうが人族や魔族の生活圏より遥かに広い。魔物はいくら討伐しても現れる。この世界にもいろんな学説があるが、魔物については分かっていないことのほうが多い。
僕たちはいそいでフェンリル親子から遠ざかった。親子連れだったせいかフェンリルたちのほうも追ってこなかった。
「ハル様・・・」
「うん」
3体の子供のうち1体は真っ白だった。特殊個体だ・・・。
その後、一度キングオーガに率いられた10体ほどのオーガの群れと戦闘になったが無事に討伐できた。
「ハル、また魔物の気配が、結構大きそう」
やはりイデラ大樹海は魔物との遭遇率が高い。
「回避しよう! こっちだ!」
僕たちはレティシアさんに続く。
「あ!」
植物系の魔物の触手が!
「ハル様!」
ズサッ!
クレアが僕に絡みついていた触手を斬り捨てた。でも死んではいない。それに大量にいるみたいだ。
まずい!
「きゃあー!」
ズサッ!
今度は触手がユイを襲ったがこれもクレアが斬った。僕も黒龍剣を手に植物系魔物に対応する。
「追いつかれた!」
植物系の魔物と戦っている間にさっきユイが気配を感じた魔物に追いつかれてしまった。
「ハル様、ハクタクです」
僕とクレアがイデラ大樹海で最初に戦った魔物、因縁のハクタクだ。あのときはまさに運がいいとしかいいようがない方法で倒した。
「ユイさんは私の後ろに」
盾を構えたレティシアさんが前に出てユイがその後ろに回り込む。
「炎竜巻!」
レティシアさんの後ろからユイが魔法を使う。炎の竜巻がハクタクを襲う。ハクタクは小刻みにステップを踏むようにしてそれを躱す。4つ足の獣系魔物は基本的に素早い。
だけど・・・。
「黒炎弾!」
ガズッ!
ユイの魔法を躱したところに、僕が黒炎弾を放った。黒炎弾はハクタクの脇腹辺りを捉えた。ハクタクは「ぎゃうん!」と鳴いて今度は僕に飛び掛かろうとするが、ユイが発生させいている炎の竜巻が邪魔をする。
「ガーッ!」
ハクタクの後ろに回り込んだクレアがジャンプして斬り掛かった。クレアの一撃はハクタクを捉えたが、ハクタクが素早く移動したので急所は外れている。ハクタクはそのままの勢いで今度はレティシアさんとその後ろにいるユイの方へ走って大きくジャンプした。
「レティシアさん! 触手が!」
ハクタクの突進を受け止めようとしていたレティシアさんに植物系の魔物が襲いかかった。
「あ!」
態勢を崩したレティシアさんだが、なんとかハクタクの前に盾を掲げた。でも・・・。
ガギン!
ハクタクがレティシアさんの盾に激突した。かなり勢いをつけてハクタクが激突した上、植物系の魔物に態勢を崩されていたレティシアさんはユイを巻き込んで後方に大きく飛ばされた。
「うおー!!」
「きゃあーー!!」
そこをさらにハクタクが追撃する。
「黒炎盾!」
僕は防御魔法でレティシアさんとユイを援護した。一段階限界突破している。ハクタクの動きは速いし、いきなり戦闘になったので一段階に留まっている。クレアは周りの植物系の魔物を次々と斬り捨てる。
「氷盾!」
レティシアさんも僕に続いて防御魔法を展開した。
ハクタクはガンガンと音を立てて2つの防御魔法を破壊した。だけどその間にレティシアさんは態勢を立て直し再び盾を構えている。ユイはその後ろだ。
「炎柱!」
「ぎゃうーー!!!」
防御魔法を破壊して再びレティシアさんに襲いかかろうとしていたハクタクだが、足元から吹き上がった炎の柱に悲鳴を上げた。
植物系の魔物を斬り捨てながら後ろからハクタクに追いついてきたクレアが炎に包まれているハクタクを真上から斬った!
「クレアー!」
クレアの姿も炎に赤く染まっている。
「ぐおおぉぉぉー!!!」
後ろからクレアに頭を斬られたハクタクがさらに大きな叫び声を上げる。
「黒炎弾!」
僕も一段階限界突破した黒炎弾で追撃する。
グズッ!
額の辺りに黒炎弾を受けたハクタクは「うごっ!!」と奇妙な呻き声を上げるとその場に伏せるように倒れた。
「今だ!」
その後は全員で総攻撃をしてハクタクを倒すことができた。
「ふーっ」と大きく息を吐いたレティシアさんが「手強いな。伝説級なんだから当たり前だが」と言った。
僕たちはエラス大迷宮で伝説級を一度に3体倒したことだってある。神話級の龍たちだって倒した。でも、ここイデラ大樹海には別の危険がある。いつどんな魔物が出るか分からないし常に安全地帯が確保され撤退できるわけでもない。
「やっぱり、ここは大迷宮の中じゃないみたいだね」
ユイがハクタクの死体を見ながら言った。そう、ハクタクが魔石に変わることはなかった。
「一応回収するか」とレティシアさんが言った。
僕たちはハクタクの大きな2本の角や牙、毛皮、それに体内の魔石を回収した。レティシアさんもハクタクを丸ごと回収できるようなアイテムボックスは持っていなかった。
僕たちはその後も、次々に魔物たちと遭遇した。基本回避することを優先したが、それでも何度も戦闘になった。
幸いハクタク以外の伝説級との戦いは回避できている。だけど、上級といえども手強いし中級だって群れで出ればとても危険だ。
「ハー、ハー、ハルとクレアはよくここで生き延びたよね。4人でも絶対無理な気がするよ」
今日何度目かの魔物との戦闘の後、ユイが噛みしめるように言った。ユイの息は荒い。ユイだけでなく僕たちはとても疲れている。
「まさか、ハルくんとクレアさんは、二人でここを探索したのか? 他に仲間とかは?」
「ええ、信じてもらえないかもしれません二人だけで、まあ、途中で一人出会った人がいたんですけど・・・。それでも1年近くここにいました」
レティシアさんはしばらくしてから「ここで1年・・・まさか・・・ありえない」と呻くように言った。




