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6-36(コウキ).

 ローダリアに到着してから3日が経過した。


 ローダリアに到着した俺たちはローダリアの街を視察したり、領主であるサバール辺境伯の晩餐会に出席したりと慌ただしい毎日を過ごしている。

 サバール辺境伯から「うちの娘はどうですか」などとしつこく言われたのには閉口した。最後は「第二妃でも」などと言っていた。武闘祭で優勝し勇者としての名声が上ってからこの手の話が多いが、マツリは案外冷静だ。以前はユイにずいぶん絡んでいたのに少し大人になったのだろうか。いずれにしてもマツリを始め日本から転移してきた仲間たちが精神的に安定しているのはいいことだ。それに俺は勇者として皆を守ると誓っている。アカネを守れなかったのは返す返すも無念だ。


「サツド砦の東を抜けて魔族と魔物たちがローダリアに近づいています」


 第二師団の連絡騎士からその報告を受けたのは、俺たちがサバール辺境伯に仕えるこの街の有力な貴族の屋敷で昼食を取っているときだった。


「それで」とギルバートさんが話の続きを促す。

「すでにアイゼル師団長が第一大隊のうち300を率いて出陣されました」

「300を?」

「はい。報告された敵の数では十分に対処可能だと思われますので安心してください。ローダリアにはまだ第一大隊200が残っています」

「200か」とセイシェルさんが呟いた。


 残り200か。俺にはずいぶん少なく感じる。


 第一師団は全部で2500だ。そのうち750ずつがサツド砦とエンデ砦に派遣されている。普段は500ずつらしいが、最近魔族の攻勢が強まったことにより、ここローダリアから追加で第三大隊500が両砦に派遣されたのだ。そして第四大隊は北東部第二の都市トビアに常駐している。したがって第一大隊の500だけがローデリアに駐留しているのだが、そのうち300がアイゼル師団長に率いられて出陣した。


「ギルバートさん、俺たちはどうしたら?」


 俺たちは王都ルヴェンからギルバートさんが師団長も兼ねている第一師団の騎士100人を連れてきている。


「とりあえずは待機だがいつでも援軍に行けるようにしとけ」

「分かりました」


 チラっとみんなを見る。みんな頷いているが緊張しているのが分かる。当然だ。日本人にとって本物の戦争など遠い世界の出来事だったのだから。だが、俺たちは魔物相手の実践訓練をもう2年近くやってきた。


 大丈夫だ、俺たちはやれる!


 ギルバートさんとセイシェルさんと共に俺たちは急いで貴族の屋敷を出て騎士団の拠点に戻った。アイゼルさんの副官で第一師団第一大隊長であるマルセルさんが僕たちを待っていた。マルセルさんは魔導士だ。セイシェルさんとは魔導士同士顔見知りのようで到着した日も親し気に話していた。


「ここローダリアの守備が薄くなったのはちょっと気にかかりますね」

「そうですね。ですがサツドやエンデを飛び越えて、いきなりここを襲撃することはできないでしょう」


 セイシェルさんの質問にマルセルさんが答えた。


「魔族は魔物を使役するのが得意なんですよね。空を飛ぶ魔物がいればできるんじゃないですか?」


 サヤが質問した。


「その可能性はあります。ですが空を飛ぶ魔物で脅威なのはやはりワイバーンですが、ワイバーンは上級でも上位なのでそれほど数多くは使役できません。まだ200人の騎士がいますし、それに勇者殿たちがいるのですからなんとかなるでしょう」


 俺たちも戦力に入っている時点で結構危険な状態だと思うが。同じように思っているのかそう言ったマルセルさん自身やセイシェルさんの表情も険しい。


「コウキ」とマツリが内緒話でもするように小声で話しかけてきた。

「なんだ?」

「これって、私たちが、特にコウキが狙いってことはないかしら?」

「俺たちがここを訪れるていることが魔族側に知られてるってことか?」

「ええ」

「私も同じことを考えていた」と小声で話に加わってきたのはサヤだ。


 俺は二人に頷くと「その可能性はある」と答えた。


 そして数時間後、皆が心配していた通り、ワイバーン十数体が近づいているという報告が司令部にもたらされた。





★★★





 俺たちはローダリアの巨大な城壁の上からワイバーンたちが近づいて来るのを眺めていた。何体かのワイバーンの背には魔族が騎乗している。あの中には使役魔導士も含まれているのだろう。間違いなく強敵だ。空を飛んでいると分かり難いがかなりの巨体である。ドラゴンの一種なのだから当然だ。ワイバーンは上級の中でも上位であり通常は10人以上の騎士で囲んで対処するのだという。

 だが、そうするためにはまずワイバーンを地上に落とさなければならない。上空にいたままではせいぜい魔法で攻撃するくらいしかできない、そしてそれを当てるのは難しい。普通は・・・。


 だが、俺たちにはカナがいる。城壁の下には200人の騎士が待機している。


 ワイバーンたちが近づく。


「カナ、頼んだぞ!」


 カナは黙って頷いた。カナが緊張しているのがこっちまで伝わってくる。


「カナっち・・・」と身長より高い巨大な盾を片手で持ったサヤが呟いた。


 カナは持っている杖を高く掲げた。


天雷ミリアッドライトニング!」


 最上級風属性魔法だ! 


 ワイバーンたちの頭上に雷雲のようなものが広がったかと思うとバリバリと音を立てて無数の稲妻が降ってきた。


「す、凄いよカナっち!」とサヤが叫び、城壁の下にいる騎士たちからも「おー!」という歓声が上がった。


 最初にこの魔法を見たときも驚いたが、今は最初の頃とは比較にならない威力を誇っている。そもそもカナは同じ魔法を使ってすら他の者より格段に威力が高い。伝説の大魔道士ルグリに匹敵するのではないかと俺は思っている。


「ギギィーー!!」

「ぐぎぃーー!!」

「グギャー!」


 悲鳴を上げたワイバーンたちが次々とコントロールを失い高度を下げている。ワイバーンたちが編隊を組んで固まっていたのも魔族側には裏目に出た。こうして半数以上のワイバーンが天雷ミリアッドライトニングにより撃ち落とされた。天雷ミリアッドライトニングは最上級魔法であり威力が高い。その上、相手を一瞬硬直させる効果まであるのだ。騎乗している魔族たちは騎乗具のようなものにしがみついたり、地上近くで飛び降りたりと慌てふためいている。


 城壁の下の騎士たちは上級上位のワイバーンが次々と落下してくる光景を呆気に取られて眺めていたが、マルセルさんの「い、今だ!」の掛け声に我に返って落下したワイバーンの下に走った。セイシェルさんの姿も見える。


「俺たちもいくぞ」


 俺はマツリを横抱きにすると「サヤはここでカナを守れ」と指示して城壁から飛び降りた。俺はマツリを抱いたままふわりと地面に着地する。マツリが風属性魔法を使って着地の衝撃を緩和してくれたからだ。俺とマツリの連携は完璧だ。


 俺は騎士たちの後を追って地面に落ちたワイバーンや魔族たちに近づいた。


光弾シャイニングバレット!」

 

 光弾シャイニングバレットで牽制しながら一人の魔族に近づくと光の聖剣で斬り掛かった。カンと音がして聖剣と魔族の持つ剣が交差した。変わった形の剣を持っている。すぐに追撃しようとしたが、ブンと風を切るような音がしてワイバーンの尻尾が目の前に迫っていた。俺は頭を下げてギリギリでワイバーンの尻尾を避けた。


 危なかった!


 周りを見ると100人以上の騎士がワイバーンや魔族たちを取り囲んでいる。上空にもまだワイバーンが10体近くいる。そいつらは時々急降下してきて鋭い爪で騎士たちを襲っている。セイシェルさんやマルセルさんたち魔導士は後方から魔法で援護している。それを護衛している騎士たちもいる。


 さすがのカナも最上級魔法を使うには一定の間隔が必要だ。それを察したのか一体のワイバーンが城壁の上のカナに襲いかかった。


 巨大な盾を構えたサヤがカナの前に立っている!


 ここまで音が聞こえそうな勢いでワイバーンの鋭い爪とサヤの巨大な盾が激突した。


「ギャアアーー!!!」


 悲鳴を上げたのは巨大なワイバーンのほうだ。小柄なサヤは、ほんの少し下がっただけで何事もなかったように盾を構えたままだ。


 上級魔物の突進を受け止めたサヤを見ていた騎士が「うおー」と歓声を上げた。


稲妻ライトニング!」


 サヤが弾き飛ばしたワイバーンをカナが魔法で追撃する。至近距離でカナの魔法を受けたワイバーンは城壁の下に落下した。稲妻ライトニングは中級魔法だが天雷ミリアッドライトニングと同じく相手を一瞬硬直させる効果がある。落下したワイバーンに騎士たちが群がって攻撃している。


範囲回復エリアヒール!」


 マツリが範囲回復エリアヒールで戦況を立て直す。


光弾シャイニングバレット!」


 ズサッ!


 俺は光弾シャイニングバレットで牽制しながら、俺に尻尾攻撃をしてきた一体のワイバーンを斬りつけた。さらにマツリも魔法で援護してくれたので、ほどなくそのワイバーンを倒すことができた。


 よしいける! 俺たちが優勢だ!


「援軍が現れたぞ!」


 誰かの叫び声にそっちの方を見ると30人くらいの魔族の一団が近づいて来る。


 なんだ、あれは・・・。


「巨人兵だ!」


 近づいて来るに従ってその魔族たちの大きさが分かってきた。大柄というには大き過ぎる。中でも先頭に立つ司令官らしき魔族は魔物のように大きい。


「ブッラクハウンドもいるぞ!」


 巨人兵の背後から数十体のブッラクハウンドが現れ、たちまち巨人兵たちを追い抜いた。速い! もう目の前だ。


 そこからはブラックハウンドと巨人兵が参戦して乱戦になった。まだ数ではこっちが倍以上だが戦いは拮抗している。


 ズサッ!


 俺は2体目のワイバーンに止めを刺すと同時に、飛び掛かってくるブラックハウンドを転がって避けた。


範囲回復エリアヒール!」


 マツリが範囲回復エリアヒールを使う頻度が上がる。マツリが攻撃魔法を使う暇がなくなってきた。俺も乱戦になると魔導士のマツリを守る必要があるので自由に動きづらい。


 巨人兵たちは強い。ブラックハウンドは速い。それにカナの魔法で地上の落とされたワイバーンの多くがまだ死んでいない。 


「まさに戦争だね」


 声をした方を見るとサヤとカナがいた。城壁から降りてきたようだ。上空にワイバーンはいない。俺たちが夢中で戦っているうちにすべてのワイバーンをカナが魔法で撃ち落としたのだろう。


 サヤの言う通りだ。俺たちは今戦争の真っ只中にいる!


「固まって戦おう」


 俺はマツリをサヤはカナを守るような位置に立った。いつも魔物の討伐訓練でしている通りのフォーメーションだ。

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4人の戦闘がやっと読める〜
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