6-35(コウキ).
「ローダリアは魔族との戦いの最前線なんですよね」
俺は馬車の中で俺の前に座っているギルバートさんに尋ねた。
「ああ、厳密にはローダリアの北にあるいくつかの砦が最前線だが、拠点という意味ではローダリアが最前線だな。あと北西側にも魔族との戦いの拠点がある。今回訪問するローダリアは北東側の拠点だ。ただ、高位の魔族の中には空を飛ぶ魔物や身体能力が高い高位の魔物を使役している者もいるから、突然、思わぬ場所に現れたりすることもある。ただ、最近ではルヴェリウス王国以外が襲われることが少ない気がするな。それもあって各国の魔族に対する警戒感が薄まっているように感じる」
俺たちは馬車に乗ってそのローダリアに向かっている。いよいよ魔族との最前線を視察するのだ。ギルバートさんが師団長を兼ねている王国騎士団第一師団の100人も一緒だ。普段、第一師団は王都ルヴェン周辺に配置されている。セイシェルさんも一緒だ。セイシェルさんは王国騎士団ではなく宮廷騎士団所属だ。宮廷騎士団は王族の親衛隊のようなもので王宮の警備や王族の警護が本来の任務だ。
「今回は私たちも魔族と戦うんでしょうか?」とマツリが尋ねた。
「それについては、まだ何も決まっていない。状況次第だ。だが、北東部での対魔族の責任者であるアイゼル師団長は無茶をする人ではない。冷静な判断のできる指揮官だ」
「戦場に初めて出れば誰でも緊張します。私もそうでした。ですから何があっても心配することはありませんよ」
ギルバートさんの返答にセイシェルさんが優しく言葉を付け加えた。
第二師団長アイゼル。事前にクラネスから聞いたアイゼル師団長の評価も似たようなものだった。どうやらアイゼル師団長はギルバートさんの師匠に当たる人らしい。しかもギルバートさんと同じ剣聖だ。ギルバートさんは王国騎士団の副団長だから今の地位はギルバートさんのほうが上なのだろうが、ギルバートさんがアイゼル師団長のことを語るときには尊敬の念が感じられる。
「これまでに実践訓練で訪れた街などでは、あまり魔族との戦いが激しくなっているという感じはしませんでしたね」
俺はこれまで疑問に思っていたことをギルバートさんにぶつけてみた。ギルバートさんは口数が多いほうではないが、王都を出たときのほうがよく喋ってくれる気がする。ガルディア帝国を訪れたときもそうだった。
「そうだな」
ギルバートさんの返事はそっけないものだった。だが、怒っているふうでもない。むしろ返事をする前に少し間があった。言い淀んでいるような・・・。いや、セイシェルさんを気にしているのかもしれない。
今度はサヤが「コウキくんたちが行ったガルディア帝国って大国で、ルヴェリウス王国ともいろいろあるんですよね?」と尋ねた。
「人族の国家間でもいろいろあるのは事実だ」とギルバートさんは今度も短く答えた。
「だったら、あんまり魔族との戦いに戦力を取られるとさ、ガルディア帝国から背後を突かれたりしてね」
ギルバートさんはサヤの発言に少し驚いたような顔をした。おそらくサヤが意外と鋭いことを言ったからだろう。
「サヤちゃん、でもガルディア帝国だって人族の国家なんだから、魔族が攻めてきたらむしろ協力してくれるんじゃないの?」
カナが心配そうに言った。
マツリが「カナさん、そんなに単純なものじゃないと思うわ。元の世界での国家間の争いとかを見ても分かるわ」と言った。
「それにさ、カナっち、魔族って人族の10分の1もいないでしょう。だったら人族にも協力者がいなきゃこの世界の支配なんてできないない気がするんだよね」
サヤが鋭く切り込んだ。俺たちはハルたちの話を聞いてガルディア帝国が魔族と関係があるんじゃないかと疑っている。サヤの言うことには一理ある。人族すべてを魔族だけで支配するには数が足りない。
「さすがにそれはないと思うが、だがガルディア帝国と我々があまり仲が良くないのは残念ながら事実だ」とギルバートさんが言った。
「サヤさんは、軍師にもなれそうですね」とセイシェルさんがほほ笑んだ。
ギルバートさんの表情からは何も読み取れない。ギルバートさんはハルたちからの手紙を読んでいない。だから俺たちほどはガルディア帝国での騒動について詳しくは知らないはずだ。一緒にガルディア帝国に行っていないセイシェルさんはなおさらだ。
「それより、カナは大丈夫か。もし魔族と戦闘になったとしてカナの強力な魔法を魔族に対して使えるのか?」
「それは大丈夫だよ。私だって覚悟はあるよ」
俺の問いにカナはまかせてというように即答した。
一番の心配は気が弱いカナのことだ。カナの魔法は多くの敵を相手にしたとき最も効果的だ。だがそれは最も多くの敵を傷つけることにもなる。
優しいカナにそれができるだろうか?
なるべくそうならないように立ち回りたい。そもそも、最終的に俺がこの国の王になった暁には、ハルの言った通り、魔族と和解するつもりだ。俺たちの怒りの矛先は魔族よりもむしろルヴェリウス王国なのだ。
「ならいい」
最終的な目的は俺が王になり魔族と和解することだとしても、それまでの間、完全に魔族との戦闘を避けることはできないだろう。それに魔族だけでなく、さっきサヤも言ったように、人族同士の争いにも巻き込まれるかもしれない。だいたい、この国で俺たちの名声や権威をより高めるためには戦争などで功績を上げる必要がある。
もっともカナに限らず俺だって好んで魔族を殺したいわけじゃない。ハルの話では魔王は人族との和解を望んでいるし魔族と人族には思ったほど違いがないらしいのだから。ただ、魔族も一枚岩ではない。
「だけど、サヤちゃんが言ったように魔族の数が少ないなら、そもそも魔族だけで人族全部を支配できないのなら、なんで何千年も争ってるんだろう? なんか不思議だよ」
カナの言う通りで、確かにそれは不思議だ。魔族とはそれほど支配欲に囚われているのだろうか、それとも支配するのではなく滅ぼすことが目的なのだろうか? でもなぜ・・・。
「人族と魔族が争うのが不思議とは、変わったことを言うな」
「そうですね」
ギルバートさんやセイシェルさんの表情を見ると本当に魔族と争うことになんの疑問も持っていないようだ。ギルバートさんやセイシェルさんにとっては、いやこの世界の人族にとっては魔族と争うことは当たり前のことなのだ。おそらく魔族側も同じなんだろう。ハルと仲良くなった魔王のほうが特別なのだ。
★★★
ローダリアは高い城壁に囲まれた街だった。ゴアギールに近いのだから当たり前だ。ローダリアに到着した俺たちはこの辺りの領主だというサバール辺境伯に挨拶した後、騎士団の指令本部になっている建物に移動した。辺境伯は政治向きのことを担当するほか魔族との戦いにも無関係ではないが、この地での対魔族との戦いの責任者は王国騎士団第二師団長のアイゼルである。
「勇者殿、ようこそローダリアへ」
最初に俺にそう挨拶したアイゼル師団長は、師団長の中でも最年長でギルバートさんの師匠だと聞いていたが、思ったより若々しく生気に溢れていた。俺は根っからの武人だと感じた。
「賢者のマツリ、サヤにカナです。サヤは一流の盾役でカナは大魔導士です」
ギルバートさんが俺以外の3人をアイゼル師団長に紹介した。
アイゼル師団長は若い俺たちを侮るような様子は見せず「うむ」と頷くと「皆さん、よろしくお願いします」と言った。
お互いに挨拶した後、アイゼル師団長の副官だというマルセル第一大隊長が「最近、ちょっと魔族の攻勢が強まっていまして、今ここローダリアには我々第一大隊しかいないのです」と言った。
「魔族が攻勢を強めている?」とギルバートさんが確認した。
「ええ、ここ一月の間に3度戦闘になりました。巨人の部隊も目撃されている上、かなりの数の使役された中級魔物が戦闘に参加しています」
「中級が?」
「ああ、100はいたそうだ」とアイゼル師団長が言った。
中級の魔物は一般的な冒険者ならパーティーで対応する魔物だ。確か中級上位をパーティーで問題なく倒せればB級のはずで、ユウトたちのパーティーがそうだった。単独で倒せればA級だ。まあ、ハルたちはなんとS級だったのだが・・・。
「中級が100とは、魔族といえどもかなり高位の使役魔導士が必要ですね」
セイシェルさんが確認する。
「ああ、倍以上の数の下級魔物もいたようだな」
「それに巨人の部隊ですか・・・。まさか200年ぶりに本格的な戦いになる兆候なのでしょうか?」
セイシェルさんが少し暗い表情で尋ねた。
「それはわしにもわからない。だが警戒したほうがいいのは確かだろう」
ハルから聞いた魔王エリルの話とは矛盾する。魔王エリルに反対の魔族も多いという話だったが。何か嫌な予感がする。
「そういうわけで、今ここには第一大隊しかいない。その第一大隊がローダリアを離れるわけにもいかんから、最前線まで勇者殿一行を案内することはできそうにない」
「アイゼル師団長、分かりました。もともと今回は戦いにコウキたちが加わると決めてきたわけではありません。この街の様子などを見学して帰ることにも意義はあるでしょう。魔王が出現したことが確かだとしても、魔族との戦いがすぐに200年前のように激しいものになるのかどうかはまだ分かりませんから」
ギルバートさんの言葉に「わしはそうならんことを祈っているよ」と言って少し笑った。笑うと皺ができてアイゼル師団長の本来の年齢を感じさせた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この話も入れて3話コウキ視点の話が続き、その後、ハルたちの迷宮攻略に戻ります。
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