6-29(6階層その6).
「いくぞ!」
レティシアさんが青い龍の像に触れる。地龍のときと同じで像が光る。光が部屋全体に広がり、それが収まると大きな角のある巨大なドラゴンがその姿を現した。
氷龍だ!
氷龍はふわりと浮き上がると、攻撃する機会を伺っているかのように巨大な空間の中を旋回している。まずは地上に落とす必要がある。
「炎竜巻!」
氷龍が高度を下げ近づいてきたタイミングでユイが得意の合成魔法を使った。炎竜巻は最上級魔法に近い威力を持っているけど、これはダメージを与えるためじゃない。氷龍の態勢を崩して次の攻撃を当てやすくするのが目的だ。
「グオー!」
氷龍が炎の竜巻を避けようと旋回する。
今だ!
「黒炎弾!」
「黒炎弾!」
僕は魔法の二重発動であらかじめ用意していた2発の二段階限界突破した黒炎弾を放った。いつもとは違ってそこまでは凝縮していない。羽にある程度大きな穴を開けて氷龍を撃墜するためだ。凝縮した場合より威力は落ちるけど二段階限界突破してあれば・・・。
あ!
「すみません。外しました」
「撤退だ!」
氷龍が急降下しながら首を波打たせている。ブレスが来る!
「氷盾!」
「氷盾!」
「氷盾!」
レティシアさんが三重発動で防御魔法を3つ一度に発動した。
「岩盾!」
ユイも防御魔法を発動する。
ゴオーーー!!!
氷龍が口から白い霧のようなものを上げながらブレスを吐いた。氷のブレスだ! 氷龍はブレスを吐きながらゆっくりと着地した。
バリン、バリンと防御魔法が突破される。それでも、最後はレティシアさんの盾で氷龍のブレスを受けきった。すると、氷龍が鋭い爪をこちらに向けて飛びかかってきた。
ガキッ!!
「うおぉぉぉーーー!!!」
氷龍の前足とレティシアさんの盾が激突した。僕、クレア、ユイの3人はレティシアさんの後ろに縦に並んでいる。
レティシアさんは氷龍に押されて後退したが、転倒することもなく氷龍の攻撃を受けきった。後退したことにより僕たち全員は自然と入口の方に押し出される格好になり、無事脱出することができた。
「一応作戦通りには逃げられたな」
「はい」
「でも、僕が失敗してしまいました」
「それはしかたないさ。3年も頑張ってたやつらもいるんだ。一度くらいの失敗はなんでもない」
実際に龍の部屋の攻略に費やしたのは3年よりは短いとは思うけど、それでもイネスさんたちは何度も試行錯誤を繰り返したはずだ。
「それに私たち『レティシアと愉快な仲間たちの』の強みも確認できたよね」
ユイの言う通りだ。僕たちの一番の強みは防御力が高いことだ。防御魔法が使える者が3人いる。しかもレティシアさんは盾役として極めて優秀な上、レティシアさんの使っている盾はそうとうな業物だ。なんでもレティシアさんが冒険者として稼いだお金の大半を使って大陸の南の方で手に入れたんだとか。僕は大陸の南というのがちょっと気になった。とにかくレティシアさんはその業物の盾での防御に加えて、防御魔法を一度に3つ発動できる。僕だって2つの魔法を同時に使える。考えてみれば5階層での危機を乗り越えられたのもこの防御力の高さとユイの回復魔法のおかげだ。これらがないパーティーは威力が高く攻撃範囲も広いブレスを吐く龍を相手にするのは危険だ。だからイネスさんたちは地龍を選んだのだ。
「今のやり方でブレスを防げることが確認できた。同じような感じで何回か挑戦してみよう」
レティシアさんの言葉に全員が頷いた。
結局、僕が2発の二段階限界突破した黒炎弾で氷龍を撃ち落とすことに成功したのは5回目のチャレンジのときだった。3度目の正直を過ぎてしまった。
「ハルくん、よくやった!」
まあ、撃ち落としたというより、羽に多少のダメージを受けた氷龍が自分で着地した感じだ。
「レティシアさん、ブレスです!」
氷龍が首を引き上げるような動作をしている。
「みんな私の後ろへ!」
全員がレティシアさんの後ろに集まった。
ゴゴォォォォーーー!!!
「氷盾!」
「氷盾!」
「氷盾!」
「岩盾!」
氷龍によってレティシアさんの3つの防御魔法とユイの防御魔法が破壊された。しかし最後はレティシアさんの盾で氷龍のブレスを受け切ることができた。これまでと同じだ。
「ギャアーー!!」
叫び声を上げながら氷龍が回転した。尻尾での攻撃だ。
ガギッ!
レティシアさんが氷龍の巨大な尻尾を盾で受け止めたが、やや態勢を崩した。僕たちの位置取りも少し乱れている。そこに今度は前足の鋭い爪をこちらに向けて氷龍が飛び掛かってきた。
「黒炎盾!」
「黒炎盾!」
僕は防御魔法を2つ展開した。限界突破する時間はなかった。
バリン、バリンと僕の防御魔法は破壊されたが、その間に態勢を立て直したレティシアさんが「うおー!」と気合を入れると盾で氷龍の攻撃を受け止めた。
グルリと氷龍が回転する。また尻尾攻撃だ! さっきより近い!
僕たちは転がるようにそれを避ける。地龍の尻尾攻撃に比べるとスピードは遅い。やはり地上では地龍ほどじゃない。クレアは一人だけそれをジャンプして避けると氷龍の背中を駆け上がって氷龍の頭の辺りを赤龍剣で斬った。
「ギャーー!」と氷龍が叫ぶ。
「クレア! 無理するな!」
僕の指示通りクレアは無理をせず、すぐに氷龍から離れた。氷龍はクレアに気を取られている。クレアはその後も無理をせずに氷龍の注意を引きつつ素早く移動する。
レティシアさんもクレアとは別の方向から攻撃して時間を稼ぐ。常に盾を掲げて慎重に攻撃している。
「炎竜巻!」
レティシアさんの盾の影からユイが得意の合成魔法で二人を援護する。竜巻系の魔法は発動してしばらくその場に残って移動しながら攻撃するので牽制には打ってつけだ。僕は無理に攻撃しない。他にやることがある。
氷龍もブレスを連発してはこない。火龍もそうだった。次に使うまでにある程度時間が必要なはずだ。魔法と同じだ。
僕たちは無理をせず時間を稼ぐ。ユイ以外は魔法は使わない。
そしてどのくらい時間が経っただろうか。レティシアさんがチラッと僕を見た。あれは魔法の三重発動の準備できた合図だ。以前よりずいぶん速くなった。
それなら、行くか!
いやダメだ!
氷龍が首を波打たせている。あれはブレスがくる兆候だ! 氷龍のほうも準備ができたみたいだ。
くそー!
「レティシアさん、またブレスです!」
「分かった。みんな私の後ろへ」
最初のときと同じように全員がレティシアさんの後ろに集合した。
氷龍が首を後ろに引き上げるような動作とともに大きく口を開いて最初と同じようにブレスを吐いた。
ゴオオォォォーーー!!!
「氷盾!」
「氷盾!」
「氷盾!」
「岩盾!」
こっちも最初と同じようにレティシアさんの3つの防御魔法とユイの防御魔法、さらにはレティシアさんの盾で氷龍のブレスを受け切る。
「クレア!」
「はい!」
ここからは最初と違う。僕の準備はできている。
僕とクレアは並んで氷龍に向かって走った。氷龍は尻尾で僕たち弾き飛ばそうと回転する。巨大な尻尾が僕とクレアに迫る。
「ハーッ!」
クレアは僕を抱えてジャンプした。僕を抱えたまま尻尾を避けたクレアはそのまま氷龍の背中に着地した。
「うおぉーー!!」
ズブリ!
ズブッ!
僕は気合を込めて黒竜剣を氷龍の首の付け根辺りに突き刺した。隣でクレアが同じように赤龍剣を突き立てる。
「ギャアァァーーー!!!」
氷龍が悲鳴を上げて暴れる。僕は黒龍剣を離さない。隣りにいるクレアも赤龍剣を握りしめている。
「ハル! クレア!」
「ハルくん! クレアさん!」
ユイとレティシアさんが叫ぶ。
「しばらく、このまま時間を稼ぎます」
「分かった。準備できたら合図するぞ!」
レティシアさんが怒鳴るように返事をした。
首元に二本の剣を突き立てられた氷龍は叫びながら暴れている。黒龍剣も赤龍剣も切れ味は素晴らしく剣は氷龍の鱗を貫き根本まで突き刺さっている。これはさすがの氷龍も痛いだろう。
暴れる氷龍。
剣を掴んで離さない僕とクレア。
魔法で援護するユイ。
そのユイを守りながら剣で牽制するレティシアさん。
シズカディアで火龍と戦ったときと似たような状況だけど、今はユイとクレア、そしてレティシアさんもいる。
絶対に勝つ!
とにかく時間を稼ぐ。
稼ぐ・・・。
黒龍剣を持つ手に感覚が無い。僕は歯を食いしばって耐える。隣のクレアは平然としている。さすがだ。
そして・・・ついにレティシアさんが「準備OKだ!」と言った。魔法の三重発動の準備できたのだ。3度目だ。準備にかかる時間が段々短くなっている気がする。
「黒炎爆発!」
「黒炎爆発!」
僕はレティシアさんの合図を聞くと同時に2つの黒炎爆発を発動した。どちらも二段階限界突破している。僕はみんなが時間稼ぎをしている間ひたすらこれを準備していた。先に氷龍が2度目のブレスを吐いたのは想定外だったけど、みんなの頑張りでここまで耐えた。
巨大な黒い炎の塊が広がって氷龍を包む。しかも二重にだ!
「ぐえぇぇーー!!」
氷龍はなにか叫びながら黒い炎の塊から脱出しようと移動するが、僕自身の周りに黒炎爆発を発生させているので逃げることはできない。これはイデラ大樹海で見たエリルの必殺技から思いついたやり方だ。そして、シズカディアで火龍を相手にしたときにも同じ方法で戦った。
考えてみれば、僕たちがここまでエラス大迷宮を攻略するのにイデラ大樹海を始めとしたこれまでの経験が凄く役に立っている。まるでこのときのためだったみたいだ。
「クレア!」
僕は隣のクレアに声を掛けた。
「はい!」
クレアは返事をすると同時に僕を抱えると氷龍の背から飛び降りる。風属性魔法を使ってふわりと着地すると僕たちは転がるようにレティシアさんの背後に移動した。
ドドゴゴオオォォォォーーーン!!!!
「グギャアアアァァァァーーー!!!!」
二重になった黒い炎の塊が大爆発を起こした!
だがこれで終わりではない。僕たちがいる位置はあまりにも氷龍に近い。脱出する時間がほとんど無いのだから仕方がない。この位置では・・・。
「氷盾!」
「氷盾!」
「氷盾!」
「岩盾!」
バリバリと防御魔法が破られる音がする。レティシアさんが盾で爆風を防ごうとする。そう、僕たちがいる場所は氷龍に近すぎるのだ。直撃ではないにしろ二段階限界突破された2つの黒炎爆発に巻き込まれたら・・・。
「うああーー!」
「きゃあーー!」
「ぐぅー!」
「うっ!」
レティシアさんと盾ごと僕たち4人は爆風で吹き飛ばされて床をゴロゴロと転がった上、壁に激しく叩きつけられた。
い、痛い・・・。
最上級魔法をも超える二段階限界突破した黒炎盾が2発。その威力は想像以上だった。自分たちが巻き込まれないようにレティシアさんの三重の防御魔法が準備できるまで待ってたんだけど、それでも大ダメージを受けた。
で、でも大丈夫なはずだ。
「超範囲回復!」
そう、僕たちにはユイはいる。なんとか僕は動けるようになった。け、計算通りだ。さすがユイだ。
「レティシアさん、今のうちに」
「いや、ハルくん、その必要はない」と爆風でボロボロになったレティシアさんが言った。
爆発の収まった後には今まで見た中で一番大きな魔石が落ちていた。




