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6-28(6階層その5)

 再び目を覚ましたクレアはあのときのことを僕たちから聞いている。


「そうなんですか。ユイ様が・・・。ユイ様ありがとうございました」


 僕が最初にクレアを助けようと抱きかかえたのがユイだと説明すると、クレアはユイにお礼を言って頭を下げた。


「私なんかのために・・・。でもユイ様は魔導士なんですから次からは私のためにそんな危険なことはしないでください」


 そう言われたユイは、ちょっと怒ったようにクレアを睨んだ。


「クレア! そんなことを言ったらダメでしょう。前にも言ったでしょ。クレアは家族だって」


 家族か・・・。もしかしたらクレアが死んだんじゃないかと思ったあのとき僕は・・・。


「ユイ様・・・」


 ユイは上体を起こしているクレアを抱きしめて「本当に無事でよかったよ」と言った。


 僕はそんな二人を見た後、天井を見上げた。涙が零れないようにするためだ。この涙がクレアが無事だったことによるうれし涙なのか、別の感情によるものか自分でもよく分からない。


「私だって地龍の突進を盾で受け止めたりして頑張ったんだけどな」

「レティシア様、ありがとうございました」

「え! いや、まあ、うん。当然のことをしたまでだ」


 レティシアさんは自分でアピールしたのに照れている。


「レティシアさん」


 僕は真剣な口調で『レティシアと愉快な仲間たち』のリーダーであるレティシアさんの名を呼んだ。


「なんだ?」

「6階層の攻略は諦めようと思います」

「ハル」

「ハル様・・・」


 僕は世界最大の失われた文明の遺跡であるエラス大迷宮にこの世界の鍵になるような秘密が眠っているんじゃないかと思ってここまで来た。それは好奇心であり切羽詰まった理由ではない。

 ここまで、レティシアさんやアルベルトさんの件はあったけど全体としては思ったより順調に攻略ができた。そのためどこか油断があった。迷宮が危険なものだという意識に欠けていた。罠部屋のような場所を除けばやり直し可能なことがその気持ちに拍車をかけていたと思う。


 でも・・・。


「レティシアさん、僕かここに来たのは単なる好奇心からです。イネスさんのように迷宮に憑りつかれているわけではありません」

「私の目的なんてもっと酷いものだったがな」

「それは、もういいんです。とにかくさっきのように大切な人を危険に晒してまで迷宮を攻略する理由がありません」


 そうだ、これはクレアやユイを危険な目に合わせてまで無理にやることじゃない。


「ハル様・・・。すみません。私が油断したばっかりに・・・」

「クレアのせいじゃない。危険を冒すにしても僕たちにはもっと他にやることがあると思ったんだ。迷宮の攻略に命を懸ける必要なんてないんだ」

「ハルの言う通りね」


 クレアは何か考え込んでいる。


「ハル様とユイ様の言うことはよく分かります。でも、もう少しだけ頑張ってみませんか? ほら、いつかハル様も言ってました。3度目の正直って。これまでも何度かチャレンジしてクリアした場所もあります」

「でも・・・」

「それにハル様、ハル様とユイ様にとってはただの好奇心じゃないと思います。ハル様とユイ様は自身の意に反してこの世界に呼ばれた異世界人です。お二人にとってこの世界の秘密がもしあるのなら、それを知りたいと思うのは単なる好奇心以上のものではないでしょうか?」


 クレアに指摘されて僕は考える。確かに、なぜ自分たちにこんなことが起こったのかを知りたい気持はある。だけど、その秘密がここエラス大迷宮に眠っているという根拠は、ここが世界最大の失われた文明の遺跡だからというだけだ。いや、あの夢のこともあるのか・・・。


 その後、いろいろ話しをしたけど、なかなか結論がでなかった。そういえば、異世界人がなんて話したけどレティシアさんは何も言わなかった。まあ、僕とユイの外見やユイの聖属性魔法を見れば今更か・・・。


 すると、それまで黙っていたレティシアさんが、僕の近くに来て「ハルくん、これで攻略を止めるとクレアさんは自分のために攻略を諦めたと思って、ずっと責任を感じることになりはしないか?」と僕だけに聞こえるように言った。


 確かに・・・。クレアは僕とユイの騎士だと自認していて僕たちを守ることが自分の責務だと考えているところがある。そのクレアが自分のせいで迷宮攻略を諦めたと感じたら・・・。


 そのレティシアさんの一言が決め手となって僕たちはもう少し攻略を続けてみようということになった。おそらく、それだけじゃなくてクレアが言ったことも確かに理由の一つかもしれない。ただし、無理だと思えば諦める。これに変わりはない。さっきのような気持ちは二度と味わいたくない。


「よし! それじゃあ攻略は続行ということでいいな。ただし、安全第一でいこう」


 レティシアさんの言葉に全員が頷いた。


「というわけで、作戦会議だ。次も地龍にチャレンジするか。それとも他の龍に変えるか」


 地龍は空も飛ばないしブレスや魔法も使わない代わりに単に防御力が高いだけじゃなくて身体能力は火龍より高かった。あのずんぐりした見かけによらず地龍は凄く素早い。だからこそクレアがやられたのだ。


「地龍はかなり危険だと感じました」

「うむ」

「ねえ、イネスさんたちってどうやってクリアしたのかな?」

「イネスさんはとにかく剣さばきが速いと聞いている。おそらく地龍に対抗できるほどだ」とレティシアさんが言った。

「それに、あの獣人の血を引いているというジャイタナさんも身体能力強化に優れていそうに見えました」とクレアが言った。


 確かに獣人の血を引いている者は身体能力が高いことが多いと聞く。だけどジャイタナさんは大剣使いだ。クレアと同じ大剣使いなら、クレアより上ってことがあるだろうか?


 そうだ。思い出した。


「スレイドさんが言ってました。エルフの血を引いているというジネヴラさんは風属性魔法を最上級まで使えるって噂だって」

「そっか。天雷ミリアッドライトニングあったかー」とユイが言った。

「うん」

「あれなら攻撃範囲が広いから一発くらいは稲妻が当たりそうだよね。それで・・・」

「うん。最上級魔法だから当たれば威力だって相当なもんだし、その上当たると一瞬麻痺するんだ」


 一瞬の沈黙の後、レティシアさんが「なるほど、動きを止めることができるのか・・・。おまけにイネスさんは速い。だとしてもあいつを倒すのはかなり大変そうではあるが。まあ、なんといっても私たちと違って3年近く試行錯誤しているんだからクリアできてもおかしくないのか」と言った。


 続けてユイが「前にハルが言ってたけど、天雷ミリアッドライトニングって5階層の伝説級が3体同時に現れるやつにも役立ちそうだから、やっぱり凄い魔法だよね」と言った。


「あ!」

「ユイ、どうしたの?」

「私、風属性の中級なら使えるよ。稲妻ライトニングだよ」


 稲妻ライトニングはその名の通り稲妻を発生させる魔法だが、天雷ミリアッドライトニングとは違って一本だけだ。だけど、天雷ミリアッドライトニングと同じく一瞬相手を麻痺させる効果が付いている。


稲妻ライトニングって威力自体は中級の中でも低いから、あんまり使ってなかった。でも、風属性魔法ってスピードが速いのが特徴の一つなんだよね。ひょっとしたら地龍にも当てることができるかも」


 同じことをフェンリルのときにも考えた。でも・・・。


「うーん、どうだろ。相手は伝説級だし中級でどのくらい効果があるのか分からない。それにいくら風属性魔法が速いって言っても地龍も凄く速かったから一本だけを当てるってどうかなー。それに、仮に当たったとして、一瞬だけ動きを止めても倒せそうもない気がする。威力自体は天雷ミリアッドライトニングとは比べものにならないしね」

「やっぱり威力が足りないか」

「ハル様、違う龍にしたほうがいいのでしょうか」


 それにしても、3年間の成果とはいえ4種類の龍すべての攻略情報があるんだから大したものだ。おそらく最初の1年くらいは倒すより情報収集に徹していたとかじゃないだろうか。やはり相当な執念だ。そのイネスさんたちですら龍の部屋の次で諦めている・・・。


「私たちの中には天雷ミリアッドライトニングとやらを使えるものはいない」

「ええ、ですから違う龍を相手にするべきだと思います。地龍は危険です。クレアですら避けられないスピード、あれを相手にすべきじゃない。クレアは十分に速い剣士ですが、あくまで大剣使いです。イネスさんとはタイプが違います。レティシアさんだって本来は盾役であってスピードに特化しているわけじゃない。ユイが稲妻ライトニングを使えますが、やっぱり中級では不安です」


 地龍は、ジークフリートさんたちが討伐隊を組織して対応したように多くの人数で遠くから囲んで徐々に弱らせてと言った感じで討伐すべき相手だ。ブレスや魔法はないのだからそれでいけるはずだ。限られた空間で少人数で相手にするべきではない。


 だとすると僕たちはどの龍を相手にするべきか・・・。


「じゃあ、残りは・・・」

「氷龍にしましょう」

「理由は?」

「雷龍は最初に考えた通り論外です。相手のほうが天雷ミリアッドライトニングのような魔法を使うのですから危険過ぎます」

「その代わり耐久力は一番低いらしいぞ」

「ですが危険なことには変わりありません」

「そうだな」

「僕とクレアは火龍とは戦ったことがあります」

「うむ」

「攻略情報によれば火龍と氷龍はブレスの属性が違うだけで特徴は同じのようです」

「なら、なんで経験のある火龍じゃなくて氷龍なんだ」

「相性の問題です」


 そう、僕の黒炎系の魔法は火属性の魔法が変化したものだから火龍より氷龍のほうが相性がいいんじゃないだろうか。


「僕の魔法は火龍より氷龍のほうが相性がいいと思うんです。あくまで思うだけですけど・・・」

「ということは、ハルの魔法で倒す作戦ってことか?」

「はい」

「まさか、あのときと同じ方法で・・・。あれはハル様が危険すぎます。同じようにいくとは限りません」

「でも、クレア、あのときは鼠男・・・ヤスヒコだ・・・もいて、火龍はほとんど僕一人で相手をしていた」

「そうですが・・・」

「でも、今回は4人いる。そして相手は氷龍一体だ」

「でも・・・」

「ハル、それで4人いるんだから、なんか作戦があるんでしょう」


 その後4人でいろいろと作戦を話し合った。そしてなんとかクレアも納得させた。


 こうして僕たちの2回目のチャレンジは氷龍を相手にすることになった。 

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